Hand to Heart 【全年齢版】

亨珈

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土曜の夜は、未知の世界

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 そのままの足で、谷本の部屋のドアをノックしてみた。
 食堂では見かけなかったけど、もしかしてまだ眠ってるのかなあ。もう八時過ぎているから、一日外出するつもりのやつらは早々に起きて課題などに取り組んでいるのか部屋の行き来もあって廊下は賑わっている。

 しばらく待っていると、中ではごそごそと衣擦れの音がしてカチャリとドアが開いた。ふわあと大きく欠伸をしながら谷本の体が右半分だけ覗く。

「おはよ。寝てた? 起こしてゴメンな」

 髪もぼさぼさだし、明らかに寝ていたんだろうけど特に不機嫌そうでもないので少し安心する。

「おー……。昼まで寝ようかと」

 取り敢えず足を突っ込みましたって感じのイージーパンツの紐を結びながら、谷本は次の欠伸を噛み殺している。

 なんで谷本も上半身に何も着てないんだろう……皆寝る時は裸とかパンツ一丁なんだろうか。
 同室の智洋は適当に部屋着みたいなの着てるし、俺も何か着ていないと落ち着かない。携に至ってはきっちりと綿素材のパジャマ着用である。夏でも長袖。

「そっか~、じゃあまた誘うわ」

 踵を返そうとした俺の腕を、伸びてきた長い手に掴まれた。

「待てよ、何か用だったんだろ?」
「あ、ああ……今から一緒に演舞の練習しないかと思って」

 反対側の手に持っていたビデオテープを持ち上げて見せると、驚いた様子を示した。

「何それ!?」
「さっきウォルター先輩が貸してくれたんだ。執行部の備品らしいよ? 視聴覚室借りれば二人くらいは動けるっしょ」

 流石に寮内の娯楽室でやるのは恥ずかしい。ビリヤード台とかあるし、他のやつらの迷惑にもなるだろうしな。その点、学校の視聴覚教室なら広いから、段差になっている席の部分は使えないけど教卓の周りを少し片付ければ、二人が腕を振り回してもぶつかりはしないだろう。

「──二人で、ね……」

 左腕でドアが閉まるのを防ぎつつ、谷本はそのままこつんと扉に側頭を凭せ掛けた。

 んんー? 流し目? 男の色気?みたいなの漂ってますが、それ今要らないからねっ。

 見上げて答えを待っていると、ちょっ! なんか谷本の首元にもさっき見たような鬱血痕が……! 先輩ほど沢山はないけどっ。おかしいよ? 皆土曜の夜はそういうことするの当たり前なのー!?

 視線に気付いたのか、「ああ」と谷本が右手の指先でその辺りを探った。

「くっそ、付けられてるか」

 ちょっと嫌そうな顔になってる。
 そんな顔されたら恋人が気の毒になっちゃうな……どんな彼女さんかは知らないけどさ。
 いたたまれなくなり視線を外すと、

「後から行くからビデオ観れるように準備しといてもらえる? 着替えたらすぐ行くから」

 声だけ残して、パタンとドアが閉まった。
 それから歩き回りながら仕度している音がし始めたので、俺は言われたとおりに先に教室に行こうと歩き始めた。

 視聴覚教室はなんと校舎の五階にある。最上階は特別クラスの教室ばかりで、美術室や書道教室、それに何故か執行部の部室も最上階だ。特別教室でもESSやコンピュータ室は出入りが多いからか一階にあるんだよな。お陰で人気もなくて落ち着いて取り組めそう。

 というか、そもそも視聴覚教室自体が防音設備になっていて、ドアも映画館みたいにどっしりした分厚いスイング式の開き戸だ。重いのでそれを肩で押すようにして中に入ると、案の定誰もいないし黒いカーテンは閉まっているしで、取り敢えずカーテンと窓を開けて空気を入れ替えるところから始めた。

 百インチはあるかという大きなモニターに繋がるビデオデッキにテープを入れて準備万端。
 早く谷本こねえかなあ。それとも先に一回観といてもいいかなあ。
 うずうずしながら出入り口とモニターを交互に見遣り、誘惑に負けて俺はとうとう再生ボタンを押してしまった。
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