Hand to Heart 【全年齢版】

亨珈

文字の大きさ
上 下
13 / 153

基礎練だけでヘロヘロです

しおりを挟む
 チュンチュンと窓の外から鳥の鳴く声が聞こえてきた。

「えぇぇぇ……本当に何も無かった。私って魅力が無いのかなー」
『ウチとしては、そういう事は精霊を助け出してからにして欲しいんだけど』
「昨日は気合を入れて、いつもよりしっかり髪をといてみたりしたのにさ」
『おーい、リディアー。ウチの話、聞いてる? というか、聞こえてる?』
「こうなったら、クロードを絶対に……」
『リディアーっ!』
「ん? あ、おはよう、エミリー。……どうしたの? 何か疲れているみたいだけど」

 何故かエミリーがジト目でぐったりしているけれど、いそいそと朝の準備を始め、ある程度準備が整った所で、コンコンと扉がノックされた。

「リディア。起きていますか? 良ければ一緒に朝食を……」
「クロード。来るのが遅いよ」
「すみません。女性は朝に時間が掛かるものだと、姉から聞いていたので」

 違う、そうじゃないの!
 いえ、確かに朝は時間が掛かるものだし、クロードが来る時間は丁度良いんだけど……昨日! 昨日来て欲しかった!
 レオナさんも、もうちょっと大切な事を教えてあけて欲しかったよ。
 内心そんな事を思いつつ、二人で食事を済ませ、再び馬車で揺られる事に。
 昨日は本当に眠っちゃったけど、今日の私は違うんだからっ!

「……すぅー、すぅー」
『リディア。何をしているの?』
(そんなの決まっているじゃない。寝たふりよ)
『…………リディア。リディアは演劇の世界に進まなくて良かったね』
(エミリー。それはどういう意味?)
『そのままの意味なんだけど』

 目を閉じているから表情は分からないけれど、声からエミリーが呆れているのはわかる。
 変ね。完璧な演技のはずなのに。
 寝たふりをしながらクロードの肩に顔を乗せてみたり、偶然を装って指先に触れてみたりしたけれど、クロードはいつも通りの反応しかしてくれない。
 これは、もっと大胆にいかないといけないって事かしら?
 新たな作戦を練りつつ、時折現れた魔物をクロードが退治して、御者さんや乗客の方々から感謝されたりしている内に、イーサリム公国の国境へ到着した。

「はい。では、この馬車はここまでです。この先は国境を越えてから、向こうの乗合馬車へお乗り願います」

 御者さんの言葉に従い、乗客たちと共に入国時のチェックの列に並ぶ。
 ちなみに、イーサリム公国が入国チェックを始めたのは、つい最近らしく、余計に何か怪しい事をしているのではないかと、勘繰ってしまう。
 まぁ、アメーニア王国とかエスドレア王国が緩いだけで、もしかしたらイーサリム公国が普通なのかもしれないけど。

「あれ? エスドレア王国は入国時にチェックなんてしないのに、兵士さんは居るのね」
「イーサリム公国側に兵士が居るので、そのためですよ。我が国の国民が不当な扱いを受けないようにね」

 ふーん、なるほどねー。
 ちゃんと国民を大事にするのは偉い! そう思っていると、私たちの番が来て、

「では次の者ぉぉぉっ!?」

 エスドレア王国側の兵士さんがクロードの顔を見た瞬間に狼狽え始める。
 あ! もしかして、クロードの事を知っている兵士さんなの!? というか、第二騎士隊長だし、知らない訳がないわね。
 第二騎士隊長であるクロードが鎧も身に着けずに、若い女性(私)と二人でお忍びで別の国へ……って、騒がれると困る。
 今回の旅は、私とクロードの仲を深める旅行ではなく、あくまで精霊さんたちを助ける旅であり、普通の人を装って入国しようとしているのに。

「あ、あの……こんな所で一体何を……」

 クロードが目線で、空気を察して欲しいと訴えかけているのに、兵士さんが気付かぬ様子で話し掛けてくる。
 マズい。目と鼻の先にイーサリム公国の兵士さんたちが居るのに、ここで「隊長」なんて呼ばれたら……こ、ここは私がフォローするしかないわっ!

「さ、さぁ、あなた。次は、私たちの番よ。行きましょう。せっかくの新婚旅行ですもの。のんびり、ゆっくりしたいわねー!」

 そう言って、クロードの胸に抱きつく。

「――っ!? ……お、おい。今、新婚旅行って言わなかったか? ……あの、堅物のクロード隊長が結婚なんてするか!? よく似た他人じゃないのか?」
「……でも、それにしては似過ぎですよ。鎧こそ着ていないですけど、あの腰に吊るした剣とか、様になり過ぎですよっ!」
「……あ、だけど右手と右足が同時に前へ出たりして変な歩き方だから、やっぱり違うかも。あのクールなクロード隊長なら、絶対にあんな事しないでしょうし」

 ヒソヒソと兵士さんたちの声が聞こえてくるけれど、大声で話して居る訳ではないので、イーサリム公国側の兵士さんには聞こえていないみたい。
 私の演技……の甲斐もあって、無事に国境を越える事が出来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

その瞳の先

sherry
BL
「お前だから守ってきたけど、もういらないね」 転校生が来てからすべてが変わる 影日向で支えてきた親衛隊長の物語 初投稿です。 お手柔らかに(笑)

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

いとしの生徒会長さま

もりひろ
BL
大好きな親友と楽しい高校生活を送るため、急きょアメリカから帰国した俺だけど、編入した学園は、とんでもなく変わっていた……! しかも、生徒会長になれとか言われるし。冗談じゃねえっつの!

思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった

たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」 大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?

アリスの苦難

浅葱 花
BL
主人公、有栖川 紘(アリスガワ ヒロ) 彼は生徒会の庶務だった。 突然壊れた日常。 全校生徒からの繰り返される”制裁” それでも彼はその事実を受け入れた。 …自分は受けるべき人間だからと。

関係転換学各論A

はいじ@書籍発売中
BL
スゲェイケメンが来てから、それまで学校1のイケメンポジションに居た普通のイケメンは女子から睨まれ、男子から憐れまれる。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...