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第87章:「残された時間」
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誕生日から、10日。
俺は徐々に、落ち着きを取り戻しつつ、あった。
―――というか。
完全に彼女に気持ちを持っていかれて、感情が押しつぶされそうになっていたんだけど、
ふと、
重要なことを、自分が忘れていたことに気づいて、
急に冷静になったから。
「重要なこと」
それはつまり。
俺達には、もう、あまり、時間が残されていない、かもしれないってこと。
「それ」がいつ来るのか、それは誰にもわからない。
「その日」が来ないように地球上でも力を尽くしている人たちが大勢いるだろうから、
いまはそういう流れだったとしても、ある日突然その「決定的な事」は回避されるかもしれない。
でも一方で「アーサー」のように、
もう地球上の世界は取り返しのつかないところまで来ていて、
「その日」は避けられず、
新しい枠組みを作るしかないと考えて準備してる人たちもいる。
レオンは「もって2年」と言っていた。
正直。
今の俺にはまだ「その日」が迫っている実感はない。
過去の自分がそれに向けて準備していたことをぼんやり感覚的には感じてはいるものの、
一度美和に心と思考を占拠されてしまえば、あっさり忘れてしまう程度のことだった。
ただ。
もし「その日」が本当にやってきたとしたら。
この地球上の世界は、闇に包まれる。
そして美和のいのちも危険に晒される。
仮に俺も彼女も「その日」を生き延びたとしても、
彼女はその汚染された闇に降り立ち、仕事をするだろう。
自らを省みずに。
そしてその後、どのくらい生きられるのかもわからない。
その後また、地上で新たな、そして今までとは違う形のマニピュレートが始まるかもしれない。
もしかしたら「その日」まで待たなくとも、明日、「その日」に向かって戦いが始まるかもしれない。
そう。
いつ、何が起こって、
何を、誰を失い、
どうなるのか、なんて、
誰にもわからない。
そう、考えたら。
「一生誕生日プレゼントは受け取らない」ってことに固執した俺が、
酷く幼く見えて、すーっと、冷静さが蘇ってきた。
でも、一方で。
その「重要なこと」が見えなくなるほど、
俺にとっては「そこ」がものすごく大事だったってことで。
仮にもし1年後に「その日」がやってきて、
俺が死ぬとしたら―――。
これから毎日彼女に会えたとしても、
あと365回しか、彼女の顔を見ることができない。
充分に、ありうる話。
もしかしたら、もっと早まるかもしれない。
それが明日だったら。
俺は彼女の姿をもう、あと1回しか見ることが出来ない。
そう、思うと。
―――彼女に、会いたい。
一瞬でも、ムダにしたくない。
―――この、俺を突き動かすものに素直に従うしかない。
俺は立ち上がった。
=======
「あらキョウじゃない。忙しいからしばらく病院には来ないって聞いてたんだけど?」
「ん、落ち着いたからまた来させてもらおうと思って・・・いきなりで邪魔かな?」
「そんな訳ないでしょ。キョウならいつでも大歓迎よ。でも今夜の救急、見ての通りいつも以上にてんてこ舞いなの。大丈夫?」
「ん、手伝うからなんでも言って?」
慌ただしくたくさんの人が動き回る救急で。
いきなり、看護師長さんと杏の会話が耳に飛び込んできた。
「じゃ、待合室の患者さんの様子、見て来てもらえるかしら。急を要しそうな人は中に入れちゃって構わないから」
「了解」
「あ、そこの白衣、使っていいわよ!」
「ありがとう」
白衣をさらりと羽織りながら。
待合室に向かう杏が私の横を通り過ぎる。
この10日、会話するどころかすれ違うこともなかった杏に、
どう接していいかわからなくて戸惑っていたら―――
「帰り、送るから」
私の頭を軽く叩きながら笑って、杏はそう囁いた。
―――心臓が、止まりそうになった。
=======
午前0時すぎ。
慌ただしかった救急も少し落ち着いたところで、
俺と美和・・・彼女は帰された。
俺たちは病院前のバス停で、巡回バスを待っていた。
「バイク、医学部棟に停めてあるから、そこまでバスね」
「大丈夫、一人で帰れるよ」
「くく。そういう訳の分かんないのは今後自動的に却下だから。下手に俺に抵抗しないほうがいいと思うよ」
「・・・なに、それ?」
「何を言われても、ちゃんと送ってく、ってこと―――これからほぼ毎日、ね」
巡回バスの中。
俺は、手を握る代わりに、隣にちょこんと座ってる彼女のジャケットの端を、ずっと掴んでいた。
美和・・・彼女は、
気づいてなかったと思うけど。
―――そうでもしていないと不安で。
駐輪場に到着すると、美和が言った。
「メット、一つしかないんでしょう?」
「今日はね」
そう言うと、俺は持ってた自分のメットをむりやり美和に被せた。
「それじゃ、杏・・・くんが危ないよ」
「大丈夫。美和・・・さんにはケガさせないから。俺が倒れないように、しっかり支えててよね?」
「・・・」
もう、俺に何を言っても無駄だと思ったのか、
彼女はそれ以上、何も言わなかった。
俺の腰にしっかり巻き付いた、美和の腕。
すげぇ、ドキドキする。
―――俺は、エンジンをかけた。
アパートメントまでは、たった5分の道のり。
本当はちょっと遠回りしたかったけど、メットもないし今日はやめといた。
アパートメントの正面玄関。
バイクをゆっくり止めると、美和がメットを外す。
「これ、ありがとう」
「明日は美和さんのメット、用意しとく」
「・・・いいよ。送ってもらわらなくても本当に私は大丈夫だから。杏くんも忙しいんだし」
「だから、そういうのは今後却下だって言ったろ?くく。今日は間に合わなかったけど―――これからほぼ毎日だと、やっぱ必要だからさ。こんなことで警察に捕まってもつまんないし。で、何色がいい?」
「・・・」
「言わないと、俺が勝手に選ぶよ?すげぇ派手なのとか?くく」
そんな有無を言わせない俺の態度に呆れたのか諦めたのか。
美和は溜息を軽く吐きながら言った。
「いいよ、自分で用意するから・・・好きなの、選んでくるから」
それを聞いて・・・
俺はなんだか、彼女が少し心を開いてくれたような気がして。
嬉しくて。
右手が勝手に、彼女の頬に伸び、
そして言った。
「おやすみ―――また、明日ね」
俺は徐々に、落ち着きを取り戻しつつ、あった。
―――というか。
完全に彼女に気持ちを持っていかれて、感情が押しつぶされそうになっていたんだけど、
ふと、
重要なことを、自分が忘れていたことに気づいて、
急に冷静になったから。
「重要なこと」
それはつまり。
俺達には、もう、あまり、時間が残されていない、かもしれないってこと。
「それ」がいつ来るのか、それは誰にもわからない。
「その日」が来ないように地球上でも力を尽くしている人たちが大勢いるだろうから、
いまはそういう流れだったとしても、ある日突然その「決定的な事」は回避されるかもしれない。
でも一方で「アーサー」のように、
もう地球上の世界は取り返しのつかないところまで来ていて、
「その日」は避けられず、
新しい枠組みを作るしかないと考えて準備してる人たちもいる。
レオンは「もって2年」と言っていた。
正直。
今の俺にはまだ「その日」が迫っている実感はない。
過去の自分がそれに向けて準備していたことをぼんやり感覚的には感じてはいるものの、
一度美和に心と思考を占拠されてしまえば、あっさり忘れてしまう程度のことだった。
ただ。
もし「その日」が本当にやってきたとしたら。
この地球上の世界は、闇に包まれる。
そして美和のいのちも危険に晒される。
仮に俺も彼女も「その日」を生き延びたとしても、
彼女はその汚染された闇に降り立ち、仕事をするだろう。
自らを省みずに。
そしてその後、どのくらい生きられるのかもわからない。
その後また、地上で新たな、そして今までとは違う形のマニピュレートが始まるかもしれない。
もしかしたら「その日」まで待たなくとも、明日、「その日」に向かって戦いが始まるかもしれない。
そう。
いつ、何が起こって、
何を、誰を失い、
どうなるのか、なんて、
誰にもわからない。
そう、考えたら。
「一生誕生日プレゼントは受け取らない」ってことに固執した俺が、
酷く幼く見えて、すーっと、冷静さが蘇ってきた。
でも、一方で。
その「重要なこと」が見えなくなるほど、
俺にとっては「そこ」がものすごく大事だったってことで。
仮にもし1年後に「その日」がやってきて、
俺が死ぬとしたら―――。
これから毎日彼女に会えたとしても、
あと365回しか、彼女の顔を見ることができない。
充分に、ありうる話。
もしかしたら、もっと早まるかもしれない。
それが明日だったら。
俺は彼女の姿をもう、あと1回しか見ることが出来ない。
そう、思うと。
―――彼女に、会いたい。
一瞬でも、ムダにしたくない。
―――この、俺を突き動かすものに素直に従うしかない。
俺は立ち上がった。
=======
「あらキョウじゃない。忙しいからしばらく病院には来ないって聞いてたんだけど?」
「ん、落ち着いたからまた来させてもらおうと思って・・・いきなりで邪魔かな?」
「そんな訳ないでしょ。キョウならいつでも大歓迎よ。でも今夜の救急、見ての通りいつも以上にてんてこ舞いなの。大丈夫?」
「ん、手伝うからなんでも言って?」
慌ただしくたくさんの人が動き回る救急で。
いきなり、看護師長さんと杏の会話が耳に飛び込んできた。
「じゃ、待合室の患者さんの様子、見て来てもらえるかしら。急を要しそうな人は中に入れちゃって構わないから」
「了解」
「あ、そこの白衣、使っていいわよ!」
「ありがとう」
白衣をさらりと羽織りながら。
待合室に向かう杏が私の横を通り過ぎる。
この10日、会話するどころかすれ違うこともなかった杏に、
どう接していいかわからなくて戸惑っていたら―――
「帰り、送るから」
私の頭を軽く叩きながら笑って、杏はそう囁いた。
―――心臓が、止まりそうになった。
=======
午前0時すぎ。
慌ただしかった救急も少し落ち着いたところで、
俺と美和・・・彼女は帰された。
俺たちは病院前のバス停で、巡回バスを待っていた。
「バイク、医学部棟に停めてあるから、そこまでバスね」
「大丈夫、一人で帰れるよ」
「くく。そういう訳の分かんないのは今後自動的に却下だから。下手に俺に抵抗しないほうがいいと思うよ」
「・・・なに、それ?」
「何を言われても、ちゃんと送ってく、ってこと―――これからほぼ毎日、ね」
巡回バスの中。
俺は、手を握る代わりに、隣にちょこんと座ってる彼女のジャケットの端を、ずっと掴んでいた。
美和・・・彼女は、
気づいてなかったと思うけど。
―――そうでもしていないと不安で。
駐輪場に到着すると、美和が言った。
「メット、一つしかないんでしょう?」
「今日はね」
そう言うと、俺は持ってた自分のメットをむりやり美和に被せた。
「それじゃ、杏・・・くんが危ないよ」
「大丈夫。美和・・・さんにはケガさせないから。俺が倒れないように、しっかり支えててよね?」
「・・・」
もう、俺に何を言っても無駄だと思ったのか、
彼女はそれ以上、何も言わなかった。
俺の腰にしっかり巻き付いた、美和の腕。
すげぇ、ドキドキする。
―――俺は、エンジンをかけた。
アパートメントまでは、たった5分の道のり。
本当はちょっと遠回りしたかったけど、メットもないし今日はやめといた。
アパートメントの正面玄関。
バイクをゆっくり止めると、美和がメットを外す。
「これ、ありがとう」
「明日は美和さんのメット、用意しとく」
「・・・いいよ。送ってもらわらなくても本当に私は大丈夫だから。杏くんも忙しいんだし」
「だから、そういうのは今後却下だって言ったろ?くく。今日は間に合わなかったけど―――これからほぼ毎日だと、やっぱ必要だからさ。こんなことで警察に捕まってもつまんないし。で、何色がいい?」
「・・・」
「言わないと、俺が勝手に選ぶよ?すげぇ派手なのとか?くく」
そんな有無を言わせない俺の態度に呆れたのか諦めたのか。
美和は溜息を軽く吐きながら言った。
「いいよ、自分で用意するから・・・好きなの、選んでくるから」
それを聞いて・・・
俺はなんだか、彼女が少し心を開いてくれたような気がして。
嬉しくて。
右手が勝手に、彼女の頬に伸び、
そして言った。
「おやすみ―――また、明日ね」
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