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たいけみお

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第86章:「苛立ち」

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自分の誕生日パーティからもう1週間経つというのに。


俺はいまだ、あの時の苛立ちを抑えきれず、感情をコントロールできずにいる。

ポーカーフェイスを装うこともできない。



「美和さんからは一生誕生日プレゼントは受け取らない」

そう、感情的に口走ってしまったから。



なんていうか。

今まで必死に押し殺してた「何か」が、

とめどなく、

溢れてしまう感じで。



美和・・・彼女を目の前にすれば、何かを言ってしまいそうで、

スティーブやカレンさんにも迷惑をかけてしまいそうで。

精神的な余裕はなくなっていて。



俺はみんなを避けるように、

圭さんが日本から送ってくれたバイクで走るか、

大学の「アーサー部屋」に籠るようになっていた。



あの、俺の言葉で、

彼女は・・・気が付いてしまっただろうか。

俺に、過去の、認識があることを。





実際に「過去の俺」が、そう彼女に言った場面の記憶は、俺にはない。

俺の日記に、そう書いてあっただけだ。



だけど、

それでも、

どうしても、

彼女からプレゼントを貰うのだけは、気持ちが耐えられなかった―――。





「キョウ、大丈夫か?」


明らかに俺を心配してわざわざこの「アーサー部屋」に出向いてくれたスティーブ。

俺の前髪を右手のひらで掻き上げ、

確かめるように俺の瞳を覗き込んだ。


「平気・・・心配かけてるなら、ごめん」

「心配・・・っつうか」

「ん」

「・・・いや、オマエが平気っていうならそれを信じるけどな」



スティーブが「何か」を俺に聞きたいのは明らかだ。

でも俺は、

それをわざとスルーする。


聞かれても、困る。



「体調が悪いとかじゃないから」

「それなら・・・気分転換にどっか行かないか?」

「ありがとう・・・でも、今はいいや」

「オマエ、一人で抱え込むなよ?」

「・・・」



「オマエが絶対に誰にも言うな、って言ったら、俺は絶対に誰にも言わない。約束は絶対に守るから」

「・・・知ってる」


俺がそう言うと、スティーブは微笑んで俺の髪をくしゃくしゃにし、

「じゃ、また来るから」

と、ドアに向かって歩き出した。



「・・・スティーブ、俺さぁ」

その俺の言葉に、スティーブは足を止め、振り返った。

「ん?」


「スティーブみたいになれないよ」

「どういう意味だ?」

「スティーブみたいに大人にはなれないってこと―――自分がガキすぎて反吐が出る」


するとスティーブは折り返して俺の隣に座りなおし、俺の肩を抱いた。

「オマエまだ17だろ。50の俺と張り合うとか生意気だぞ?くく」




*****


俺にはまだ、確信はない。


だけど、あの誕生日の出来事以来、

キョウが、

ミワのことに関して、何かを思い出したか、

例の「布石」に、辿り着いているんじゃないか、

そう、思うようになっていた。


それは、少し、俺の願望も入っている。

でももし、そうであるとするならば、俺も少し、動き出す。



ピンポーン



「スティーブ?」

「あぁ、ちょっと、いいか?」

「もちろんよ。入って?でも珍しいわね、いきなりこんな時間に、連絡もしないで来るなんて」


カレンとミワが住むマンション。

ミワがいないことをわかってて、ここにやってきた。


「なんか飲む?」

「ワイン、ある?」

「あるけど、赤?白?ロゼ?」


「オマエの好きなのでいい。あと、ベランダでタバコ吸っていいか?」

「いいけど・・・どうしたの?なんか、あったの?」


「まぁ、ないわけじゃないけど・・・知ってんだろ。俺がタバコ吸う時は・・・」

「ふふ。気合い、入れる時、よね?」

「あぁ」

「で、何の気合い?」

冷えた白ワインの入ったグラスを俺に差し出しながら、カレンが言った。



「――――大人の、気合い」

「ふふ、何それ?」

「まぁ、あるだろ、いろいろとさ」

「でも杏くんのことでしょう?」


「・・・まぁな」

「誕生日、ちょっと変だったしね・・・あれから美和ちゃんも杏くんと話してないって言ってるし」

「アイツ、今、いろいろ考えてんだよ」


「スティーブも、でしょ?」

「・・・」

「スティーブの指示には従うわよ?」


くく。



「別にいつも俺の指示に従う必要はないよ。別にオマエは俺の下僕じゃないんだし」

俺はふーっと、煙を青い空に流した。

「ミワの傍にいてくれてるだけで助かってるから」


するとカレンは、ワイングラスに口をつけ、言った。

「私ね、これ、仕事だと思ってないから・・・ま、スティーブも同じだと思うけど」

「・・・」



「誰かを大切にするって・・・難しい。特に、私みたいな人間には。ほら、私、若い時にそういうの教えてもらったことないでしょう?」

「・・・」


「だから、美和ちゃんと杏くんへの接し方とか、もしかしたら間違ってるのかもしれないけど、でも私ね、二人がすごく可愛いの」

「オマエは全然間違ったことしてないよ。むしろ凄いと思ってる・・・オマエだからなおさら、な」

「もしそれが本当なら、それは、スティーブのお陰、ね」


「俺じゃなくて「アーサー」の間違いだろ」

「ううん。スティーブよ。その後、「アーサー」に育ててもらったんだから」

「・・・」


「ね、スティーブ」

「ん?」

「髪、触ってもいい?」


は?


「そんな驚いた顔しなくても・・・ふふ」

「だってオマエ・・・オトコに触るとか、ムリだろ?」

「そうだけど・・・試したくなったの」

「・・・いいけど」


するとカレンは、恐る恐る、俺の髪に手を伸ばした。

「・・・やわらかい」

「痛んでるから、かな?」

「金髪、だからでしょ?」

「で、触った感想は?」


「・・・ドキドキした・・・けど、気持ちいい。ふふ。もっと触っていい?」

「あのなぁ」


俺の方が、もたないだろ・・・



「いいでしょ?他の人にはこういうこと、できないんだから」

「・・・いいけど」

「・・・なんか、嬉しい、な。美和ちゃんと杏くんのお陰、かな?」


俺の気も知らず、カレンはその後もずっと俺の髪を触っていた。

そして聞く。



「それで・・・何をするつもりなの?」


その問いにいまここで答えるつもりは、俺にはなかった。





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