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第81章:「そんなつもりじゃ・・・なかったんだ」
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何が、どうなってんだ?
キョウはミワのことを思い出したのか?
俺のそんな気持ちをよそに、
キョウはキッチンで淡々と、たまに鼻歌を歌いながらカレー用の野菜を刻んでいる。
俺はキョウには聞こえないように、ミワに囁いた。
「キョウとなんかあったのか?」
するとミワは首を横に振った。
「ううん。私が・・・彼の前で泣いてしまっただけ。彼は何も悪くないの・・・今日はいろいろあったから、それで」
「そっか・・・」
いろいろありすぎて、さすがのミワもいっぱいいっぱいなのかもしれない。
・・・この状況で、そうじゃなきゃおかしいくらいなんだけど。
俺はミワの頭をゆっくり撫でた。
「キョウ、ミワを虐めるとカレンに殺されるから気を付けろよ?」
「わかってるって。くく」
ミワを泣かせた、と自分で言ったくせに、凄く余裕に見えるキョウ。
俺には・・・今のキョウの考えていることが見えない。
隠しているのか、
それとも、
何も、思ってないのか。
でもなんとなく、
調理をしながら時々見せる、何かを懐かしむような優しい表情が、
キョウはこの状況を喜んでるんじゃないか・・・
俺をそんな気持ちにさせた。
そうこうしているうちに、カレンもここに到着。
一見、穏やかな雰囲気にもかかわらず、
ちょっと違和感のあるこの部屋の空気をカレンは敏感に察して、
俺に小声で言った。
「なんか、あったの?」
「いや・・・キョウはミワを泣かせたって言うし、ミワは違うって言うし・・・」
「泣かせたぁ?!ちょっと杏くん!美和ちゃんを泣かせたってどういうことよ?!」
「カレンさん、それはちょっと違うの!」
「美和ちゃんは黙ってて!杏くんはどうなのよ?!」
「くく。すみません、泣かせました」
「どうして?!」
「ちょっ、カレンさんっ!」
「俺・・・聞いちゃいけないこと、聞いたんだと思います。ごめんね、美和さん」
=====
どんなことを杏くんが美和ちゃんに聞いたのか、
そこまでは追及しなかった。
・・・スティーブも。
なんとなく、それは。
触れてはいけない部分のような気がして。
そして・・・さらなる問題が。
杏くんの作ったカレーが、美和ちゃんの作るカレーと瓜二つで。
これには私も絶句してしまって・・・
隣に座ってそのカレーを食べる美和ちゃんも、
一口それを含んだ瞬間から、
一言も、言葉を発することが出来なくなった。
一生懸命、食べてはいたけど。
だから。
「美和ちゃん、今日は本当に疲れてるみたいだから、もう帰りましょう?」
「あぁ、ミワ、オマエ、顔真っ青だぞ。帰って寝た方がいい」
「うん・・・杏くん、今日はいろいろごめんね。カレーもありがとう・・・残しちゃったけど、でも、とっても美味しかったよ」
「あぁ・・・なんか、こっちこそごめん。いろいろと・・・」
本当に顔色が真っ青の美和ちゃん。
私一人で彼女を連れて帰るのが心配だったみたいで、スティーブが何度もしつこく送ってくと言うのを断り、部屋のドアを閉めかけた時。
「美和さん」
杏くんが呼び止め、美和ちゃんが振り向いた。
「そんなつもりじゃ・・・なかったんだ。本当にごめん」
そんなつもりじゃ・・・なかった?
・・・って、どういう意味?
でも美和ちゃんはそれに冷静に答えた。
「杏くんは何にも悪いことしてないでしょう?だから謝る必要ないよ。今日はいろいろありがとう。また・・・病院でね?」
ドアがパタンと閉まる音が、
廊下に高く響いた。
美和ちゃんと私が住むマンションまでの帰り道。
私も美和ちゃんも、足取りが重い。
しばらくして。
何も聞かない私に、美和ちゃんが自分から話し始めた。
「杏がね・・・「彼氏はいるの?」って私に聞いたの」
「・・・」
「ちょっと・・・キツかったなぁ。あのカレーも」
それは明らかに・・・
杏くんに「美和ちゃんとの記憶がない」から出来ること。
記憶があったら、絶対に杏くんはそんなこと聞かない。
だって、美和ちゃんの彼氏は、杏くんだもの。
そんな行動、ありえないもの。
それに麻生家で、美和ちゃんのことをあんなに宝物のように大事にしていた杏くんが、
そんなことからかうようなこと、冗談でも言うわけない。
そんな試すようなこと、彼が言えるわけがない。
そして、あのカレー。
記憶がなくても、杏くんの他の能力が健在なのと同じで、
彼の中のどこかに、美和ちゃんとの思い出が深く刻まれている証拠。
その事実が余計に―――切ない。
でも・・・あの言葉
「そんなつもりじゃ・・・なかった」
は、ちょっと気になる。
どういう、意味だったのだろう?
=====
なんか、いろいろおかしくないか?
美和・・・さんとカレンさんが突然帰った後。
俺は自分のベッドの上で、彼女の表情を思い返していた。
俺は、あのカレーは彼女を喜ばせると、元気づけると、思っていた。
彼女に、俺との記憶があろうとなかろうと関係なく・・・
俺がそうだったように。
俺の日記には―――
彼女が作ってくれるあのカレーが、ナポリタンが、オムライスが、ハンバーグが、
まぁ、それがなんであれ、彼女が俺のために作ってくれる全ての料理が、俺は大好きで、
二人で一緒にそれを食べながらいろいろ話す時、俺は最高に幸せだ。
そう、書かれていた。
それを読んだ時。
俺はなぜ、あんなにあの味のカレーが食べたかったのかを知った。
俺はただ、彼女の笑顔が、見たかっただけだった。
あのカレーを食べたら少し元気になって、きっと微笑んでくれるだろうと思って、作った。
けど、結果は違った。
逆に、彼女を、悲しませた、と思う。
あの表情は、絶対にそうだ。
・・・つまり。
俺がまだ知らない事実がある、ってこと、だと思う。
あの、日記以外にも。
そして。
もし、彼女に俺との記憶があるとするならば。
記憶があって・・・
あんな辛そうな顔をしたのなら。
もしかしたら、それは。
あのカレーは、俺にとっては忘れたくないことでも、
彼女にとっては、思い出したくない、辛いことだったのかもしれない。
俺には・・・もう、会いたくなかったのかな。
俺たちは、再会しちゃ、いけなかったのかな。
なぜ彼女は・・・ここに来たのだろう。
「美和に会いに行け」
俺はそう、自分にメッセージを残したけど、
会って、俺はどうしたかったんだ?
ただ、失った記憶を埋めるためだけに、
彼女に会いに行かせようとしたのか?
彼女が・・・俺のすることで、辛い思いをするならば、
俺は彼女から離れた方がいいんじゃないか?
――――今の時点なら、まだ、それができる、と思うから。
俺たちが一緒に過ごした時間が、大切なものであるならなおさらのこと。
彼女が、「記憶のある俺」が本当に愛した人ならば、余計に。
俺は「記憶のない俺」の浅はかな行動で、彼女を泣かせるようなことはしたくない。
俺は・・・どうすればいい?
キョウはミワのことを思い出したのか?
俺のそんな気持ちをよそに、
キョウはキッチンで淡々と、たまに鼻歌を歌いながらカレー用の野菜を刻んでいる。
俺はキョウには聞こえないように、ミワに囁いた。
「キョウとなんかあったのか?」
するとミワは首を横に振った。
「ううん。私が・・・彼の前で泣いてしまっただけ。彼は何も悪くないの・・・今日はいろいろあったから、それで」
「そっか・・・」
いろいろありすぎて、さすがのミワもいっぱいいっぱいなのかもしれない。
・・・この状況で、そうじゃなきゃおかしいくらいなんだけど。
俺はミワの頭をゆっくり撫でた。
「キョウ、ミワを虐めるとカレンに殺されるから気を付けろよ?」
「わかってるって。くく」
ミワを泣かせた、と自分で言ったくせに、凄く余裕に見えるキョウ。
俺には・・・今のキョウの考えていることが見えない。
隠しているのか、
それとも、
何も、思ってないのか。
でもなんとなく、
調理をしながら時々見せる、何かを懐かしむような優しい表情が、
キョウはこの状況を喜んでるんじゃないか・・・
俺をそんな気持ちにさせた。
そうこうしているうちに、カレンもここに到着。
一見、穏やかな雰囲気にもかかわらず、
ちょっと違和感のあるこの部屋の空気をカレンは敏感に察して、
俺に小声で言った。
「なんか、あったの?」
「いや・・・キョウはミワを泣かせたって言うし、ミワは違うって言うし・・・」
「泣かせたぁ?!ちょっと杏くん!美和ちゃんを泣かせたってどういうことよ?!」
「カレンさん、それはちょっと違うの!」
「美和ちゃんは黙ってて!杏くんはどうなのよ?!」
「くく。すみません、泣かせました」
「どうして?!」
「ちょっ、カレンさんっ!」
「俺・・・聞いちゃいけないこと、聞いたんだと思います。ごめんね、美和さん」
=====
どんなことを杏くんが美和ちゃんに聞いたのか、
そこまでは追及しなかった。
・・・スティーブも。
なんとなく、それは。
触れてはいけない部分のような気がして。
そして・・・さらなる問題が。
杏くんの作ったカレーが、美和ちゃんの作るカレーと瓜二つで。
これには私も絶句してしまって・・・
隣に座ってそのカレーを食べる美和ちゃんも、
一口それを含んだ瞬間から、
一言も、言葉を発することが出来なくなった。
一生懸命、食べてはいたけど。
だから。
「美和ちゃん、今日は本当に疲れてるみたいだから、もう帰りましょう?」
「あぁ、ミワ、オマエ、顔真っ青だぞ。帰って寝た方がいい」
「うん・・・杏くん、今日はいろいろごめんね。カレーもありがとう・・・残しちゃったけど、でも、とっても美味しかったよ」
「あぁ・・・なんか、こっちこそごめん。いろいろと・・・」
本当に顔色が真っ青の美和ちゃん。
私一人で彼女を連れて帰るのが心配だったみたいで、スティーブが何度もしつこく送ってくと言うのを断り、部屋のドアを閉めかけた時。
「美和さん」
杏くんが呼び止め、美和ちゃんが振り向いた。
「そんなつもりじゃ・・・なかったんだ。本当にごめん」
そんなつもりじゃ・・・なかった?
・・・って、どういう意味?
でも美和ちゃんはそれに冷静に答えた。
「杏くんは何にも悪いことしてないでしょう?だから謝る必要ないよ。今日はいろいろありがとう。また・・・病院でね?」
ドアがパタンと閉まる音が、
廊下に高く響いた。
美和ちゃんと私が住むマンションまでの帰り道。
私も美和ちゃんも、足取りが重い。
しばらくして。
何も聞かない私に、美和ちゃんが自分から話し始めた。
「杏がね・・・「彼氏はいるの?」って私に聞いたの」
「・・・」
「ちょっと・・・キツかったなぁ。あのカレーも」
それは明らかに・・・
杏くんに「美和ちゃんとの記憶がない」から出来ること。
記憶があったら、絶対に杏くんはそんなこと聞かない。
だって、美和ちゃんの彼氏は、杏くんだもの。
そんな行動、ありえないもの。
それに麻生家で、美和ちゃんのことをあんなに宝物のように大事にしていた杏くんが、
そんなことからかうようなこと、冗談でも言うわけない。
そんな試すようなこと、彼が言えるわけがない。
そして、あのカレー。
記憶がなくても、杏くんの他の能力が健在なのと同じで、
彼の中のどこかに、美和ちゃんとの思い出が深く刻まれている証拠。
その事実が余計に―――切ない。
でも・・・あの言葉
「そんなつもりじゃ・・・なかった」
は、ちょっと気になる。
どういう、意味だったのだろう?
=====
なんか、いろいろおかしくないか?
美和・・・さんとカレンさんが突然帰った後。
俺は自分のベッドの上で、彼女の表情を思い返していた。
俺は、あのカレーは彼女を喜ばせると、元気づけると、思っていた。
彼女に、俺との記憶があろうとなかろうと関係なく・・・
俺がそうだったように。
俺の日記には―――
彼女が作ってくれるあのカレーが、ナポリタンが、オムライスが、ハンバーグが、
まぁ、それがなんであれ、彼女が俺のために作ってくれる全ての料理が、俺は大好きで、
二人で一緒にそれを食べながらいろいろ話す時、俺は最高に幸せだ。
そう、書かれていた。
それを読んだ時。
俺はなぜ、あんなにあの味のカレーが食べたかったのかを知った。
俺はただ、彼女の笑顔が、見たかっただけだった。
あのカレーを食べたら少し元気になって、きっと微笑んでくれるだろうと思って、作った。
けど、結果は違った。
逆に、彼女を、悲しませた、と思う。
あの表情は、絶対にそうだ。
・・・つまり。
俺がまだ知らない事実がある、ってこと、だと思う。
あの、日記以外にも。
そして。
もし、彼女に俺との記憶があるとするならば。
記憶があって・・・
あんな辛そうな顔をしたのなら。
もしかしたら、それは。
あのカレーは、俺にとっては忘れたくないことでも、
彼女にとっては、思い出したくない、辛いことだったのかもしれない。
俺には・・・もう、会いたくなかったのかな。
俺たちは、再会しちゃ、いけなかったのかな。
なぜ彼女は・・・ここに来たのだろう。
「美和に会いに行け」
俺はそう、自分にメッセージを残したけど、
会って、俺はどうしたかったんだ?
ただ、失った記憶を埋めるためだけに、
彼女に会いに行かせようとしたのか?
彼女が・・・俺のすることで、辛い思いをするならば、
俺は彼女から離れた方がいいんじゃないか?
――――今の時点なら、まだ、それができる、と思うから。
俺たちが一緒に過ごした時間が、大切なものであるならなおさらのこと。
彼女が、「記憶のある俺」が本当に愛した人ならば、余計に。
俺は「記憶のない俺」の浅はかな行動で、彼女を泣かせるようなことはしたくない。
俺は・・・どうすればいい?
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