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第67章:「3月24日」
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レオンとサラとパルドゥルースで再会してから1週間。
キョウは、
この「アーサー部屋」で生活するようになった。
アイツらはあの後すぐに、ここを発ってしまったが。
あの後。
精子の凍結保存について、キョウのいない場所で俺はレオンに聞いた。
「ミワにはなんて言うんだ?」
「そのまま伝えるよ。まだ全く可能性がなくなった訳じゃないしね」
「そうだな。「依頼が来た」って言えば、その時点でまた話し合うこともできるしな」
「そう。それに・・・キョウが心配してる遺伝子に関しては、ボクは問題ないような気がする。もちろんその時がきたら医師団にキョウのDNAを詳細に調べさせるけど」
「俺も問題ない気がするけどな・・・アイツが懸念してるのは、「この地球上」での概念であって、「新しい地球」でのことじゃない」
「そうだとボクも思う。それにキョウを見ればわかるよ―――あんなに純粋な魂で問題ありとか言われたら、他の遺伝子全く残せなくなるよ。あはは」
「そうかもな・・・ま、このことはしばらくの間、保留だな」
さて、キョウのこの「アーサー部屋」での生活に関してだが。
半年後の国家試験を受けるにあたり、ここにある一室がキョウ専用に分け与えられた。
これからの怒涛の日々に備えるためだ。
シャワー、トイレ、ベッドが整えられたそれに、共有部分にはもちろんリビングや簡易キッチンなども装備されている。
今のアイツの睡眠時間はおそらく2-3時間。
でも、アーサーから提供された錠剤や栄養ドリンクを補給したり、
最先端の「睡眠器具」などを使ってるから、
体力的には全く問題ないらしい。
実験や実習にはかなり時間がとられてるけど、
ほとんど勉強をする必要のないキョウが寝ていないのは、
それ以外の事・・・
つまり、様々な準備や、
記憶の統合に時間を費やしてるからだと思う。
もちろん俺も、
この「アーサー部屋」で生活をしてる。
キョウと共に。
生活に必要なモノはなんでも揃ってるとはいえ、
大学内にあるこの部屋。
普通のアパートメントに比べたら、
違和感を感じざるを得ない。
そんな雰囲気を感じ取ってか、
キョウが言った。
「スティーブはアパートメントに戻りなよ。俺は大丈夫だから。ここじゃ窓も少ないし、軟禁されてるみたいで落ち着かないだろ?」
「オマエの面倒を見るのが俺の仕事だって言ったろ。気にするな。オマエの邪魔はしないから。それにこういうところの生活に俺は慣れてる」
「・・・ま、スティーブがいいなら俺はいいけど」
キョウはそう言って、俺に微笑んだ。
その笑顔は、本当に「大人の笑顔」で。
人間というものは、一瞬でこんなに変われるものなのだろうか?
事故直後、あんなに、幼い子供のように毎日泣いていたキョウが、
―――今はもういない。
具体的には、俺達には何も言わないけど、
この部屋にマシーンを運び、
ひたすらトレーニングを積んでるのも、
インターネットでひたすら何かを探してるのも、
何かの記憶が、
キョウをそうさせてるんだと思う。
その証拠に、キョウは言っていた。
「いま自分が何をやってるのか、よくわからないでやってるんだ」と。
そしてこうも言っていた。
「ただ、カラダが動くままに、やってるだけなんだ」と。
「スティーブ」
微笑みから一転、キョウの瞳が鋭くなる。
「ん?」
「俺に、医学を教えたのは誰?」
「・・・」
「俺が自分でそれに手を付けたとは思えないしさ」
「・・・」
「ま、言いたくないならいいよ。スティーブを困らせるようなことしたくないし。たぶんすぐに思い出せるだろうし、それに・・・」
そう言うとキョウは、そこにあったソファに勢いよく腰かけた。
「俺、「このことで」スティーブは何もする必要はないって、迷惑はかけないって、前に約束したよね?」
「そんなこと、言ったか?」
いつの、ことだ?
「スティーブに、初めて会ったときだよ」
キョウ・・・思い出したのか?
オマエがあのとき、「不測の事態」に備えて打ったいくつもの布石を。
「なんか・・・思い出したのか?」
「いろいろ、ね。というか、今までバラバラだったものが繋がってきて、それがまた、他の記憶を呼んでる感じだけど」
「例えば?」
あの、フローチャートのことを思い出したのか?
既にあの、フローチャート通りに動いてるのか?
ただ、
キョウはまだ、ミワの存在に気づいてない、と思う。
気づいてたら、さすがの俺でもわかる。
だからまだ、
あのフローチャートを辿れていないはず。
「例えば・・・受けてたトレーニングの内容とか思い出したよ」
静かに、微笑むキョウ。
「自分がどういうトレーニングを受けてきて、何ができるのか、だいたいわかってきてる・・・」
「ただ、医学の事だけは、どうしてもアーサーと繋がらない。でも、知識は十分にあって、俺は医学部に行こうとしてた。そこがカギ、なんだよね、きっと」
まるで独り言のようにそう、呟いた。
「トレーニングもさ、内容とか風景とかははっきり思い出せるのに、俺を指導してくれた人たちの顔はぼやけてて見えないんだ」
「そうなのか?」
「存在とか雰囲気はわかるのに顔が見えない。名前も曖昧」
「でも、直接会ったら、その人だってわかるのか?」
「たぶん、ね・・・もし、その人のエネルギー量とか色とか、その人のエネルギーの個性が変わってなければ」
「それは・・・変わるだろう?」
だってそれらは、精神状態や体調、気圧なんかが要因で、毎日変わるのだから。
俺もそれらは見えるから、存在は確認できるけど、誰と特定するまでには至らない。
「そうなんだけど、それは表面的なもので、コアな部分は余程のことがない限り変わらないと思う」
そうなのか?
「コアな部分って、どこなんだ?俺には見えないけど」
「今の俺の記憶の中では、人の顔がぼやけてて見えないからハートのあたりで見てる。でも、直接スティーブを見ると、第3の目のあたりでも丹田の辺りでも見える。オーラみたいに全体的に見えることもある」
俺が思うに。
おそらくIQが上がって、人間の能力が開花すればするほど、
そういう「普通の人間には見えないモノ」が見えてくるんじゃないだろうか。
「不思議だよね。でも、それ以外にも、たぶん他のヒトには見えないものが俺には見えてるのかもしれない・・・ま、今はよくわかんないけど、それがきっと何かの役に立つときが来るのかもしれないし」
キョウは何故か、諦めたような表情をして、手元にあるパソコンに視線を移した。
「スティーブ、やっぱり今夜はちゃんと自分のベッドでゆっくり寝てよ・・・俺は大丈夫だから。こんな生活に付き合わせてスティーブに倒れられたら、俺も困るし」
理由はよくわからないけどなんとなく。
今夜はキョウが一人きりになりたいような気がして・・・
それに。
今日か明日、ミワのところにいるケイとも話をしたいと思っていたし・・・
「わかった。じゃ、そうさせてもらうよ。明日の夕方にでもまた来るから」
「うん。お休み、スティーブ」
でも。
その日の夜。
とんでもないことがキョウに起きていたことを知るのは、
まだだいぶ先のことになる。
そんなことがキョウに起こるなんて、
その時のキョウは知らなかったと思うが。
でも。
キョウは何かを感じ取っていたのかもしれない。
キョウは、
この「アーサー部屋」で生活するようになった。
アイツらはあの後すぐに、ここを発ってしまったが。
あの後。
精子の凍結保存について、キョウのいない場所で俺はレオンに聞いた。
「ミワにはなんて言うんだ?」
「そのまま伝えるよ。まだ全く可能性がなくなった訳じゃないしね」
「そうだな。「依頼が来た」って言えば、その時点でまた話し合うこともできるしな」
「そう。それに・・・キョウが心配してる遺伝子に関しては、ボクは問題ないような気がする。もちろんその時がきたら医師団にキョウのDNAを詳細に調べさせるけど」
「俺も問題ない気がするけどな・・・アイツが懸念してるのは、「この地球上」での概念であって、「新しい地球」でのことじゃない」
「そうだとボクも思う。それにキョウを見ればわかるよ―――あんなに純粋な魂で問題ありとか言われたら、他の遺伝子全く残せなくなるよ。あはは」
「そうかもな・・・ま、このことはしばらくの間、保留だな」
さて、キョウのこの「アーサー部屋」での生活に関してだが。
半年後の国家試験を受けるにあたり、ここにある一室がキョウ専用に分け与えられた。
これからの怒涛の日々に備えるためだ。
シャワー、トイレ、ベッドが整えられたそれに、共有部分にはもちろんリビングや簡易キッチンなども装備されている。
今のアイツの睡眠時間はおそらく2-3時間。
でも、アーサーから提供された錠剤や栄養ドリンクを補給したり、
最先端の「睡眠器具」などを使ってるから、
体力的には全く問題ないらしい。
実験や実習にはかなり時間がとられてるけど、
ほとんど勉強をする必要のないキョウが寝ていないのは、
それ以外の事・・・
つまり、様々な準備や、
記憶の統合に時間を費やしてるからだと思う。
もちろん俺も、
この「アーサー部屋」で生活をしてる。
キョウと共に。
生活に必要なモノはなんでも揃ってるとはいえ、
大学内にあるこの部屋。
普通のアパートメントに比べたら、
違和感を感じざるを得ない。
そんな雰囲気を感じ取ってか、
キョウが言った。
「スティーブはアパートメントに戻りなよ。俺は大丈夫だから。ここじゃ窓も少ないし、軟禁されてるみたいで落ち着かないだろ?」
「オマエの面倒を見るのが俺の仕事だって言ったろ。気にするな。オマエの邪魔はしないから。それにこういうところの生活に俺は慣れてる」
「・・・ま、スティーブがいいなら俺はいいけど」
キョウはそう言って、俺に微笑んだ。
その笑顔は、本当に「大人の笑顔」で。
人間というものは、一瞬でこんなに変われるものなのだろうか?
事故直後、あんなに、幼い子供のように毎日泣いていたキョウが、
―――今はもういない。
具体的には、俺達には何も言わないけど、
この部屋にマシーンを運び、
ひたすらトレーニングを積んでるのも、
インターネットでひたすら何かを探してるのも、
何かの記憶が、
キョウをそうさせてるんだと思う。
その証拠に、キョウは言っていた。
「いま自分が何をやってるのか、よくわからないでやってるんだ」と。
そしてこうも言っていた。
「ただ、カラダが動くままに、やってるだけなんだ」と。
「スティーブ」
微笑みから一転、キョウの瞳が鋭くなる。
「ん?」
「俺に、医学を教えたのは誰?」
「・・・」
「俺が自分でそれに手を付けたとは思えないしさ」
「・・・」
「ま、言いたくないならいいよ。スティーブを困らせるようなことしたくないし。たぶんすぐに思い出せるだろうし、それに・・・」
そう言うとキョウは、そこにあったソファに勢いよく腰かけた。
「俺、「このことで」スティーブは何もする必要はないって、迷惑はかけないって、前に約束したよね?」
「そんなこと、言ったか?」
いつの、ことだ?
「スティーブに、初めて会ったときだよ」
キョウ・・・思い出したのか?
オマエがあのとき、「不測の事態」に備えて打ったいくつもの布石を。
「なんか・・・思い出したのか?」
「いろいろ、ね。というか、今までバラバラだったものが繋がってきて、それがまた、他の記憶を呼んでる感じだけど」
「例えば?」
あの、フローチャートのことを思い出したのか?
既にあの、フローチャート通りに動いてるのか?
ただ、
キョウはまだ、ミワの存在に気づいてない、と思う。
気づいてたら、さすがの俺でもわかる。
だからまだ、
あのフローチャートを辿れていないはず。
「例えば・・・受けてたトレーニングの内容とか思い出したよ」
静かに、微笑むキョウ。
「自分がどういうトレーニングを受けてきて、何ができるのか、だいたいわかってきてる・・・」
「ただ、医学の事だけは、どうしてもアーサーと繋がらない。でも、知識は十分にあって、俺は医学部に行こうとしてた。そこがカギ、なんだよね、きっと」
まるで独り言のようにそう、呟いた。
「トレーニングもさ、内容とか風景とかははっきり思い出せるのに、俺を指導してくれた人たちの顔はぼやけてて見えないんだ」
「そうなのか?」
「存在とか雰囲気はわかるのに顔が見えない。名前も曖昧」
「でも、直接会ったら、その人だってわかるのか?」
「たぶん、ね・・・もし、その人のエネルギー量とか色とか、その人のエネルギーの個性が変わってなければ」
「それは・・・変わるだろう?」
だってそれらは、精神状態や体調、気圧なんかが要因で、毎日変わるのだから。
俺もそれらは見えるから、存在は確認できるけど、誰と特定するまでには至らない。
「そうなんだけど、それは表面的なもので、コアな部分は余程のことがない限り変わらないと思う」
そうなのか?
「コアな部分って、どこなんだ?俺には見えないけど」
「今の俺の記憶の中では、人の顔がぼやけてて見えないからハートのあたりで見てる。でも、直接スティーブを見ると、第3の目のあたりでも丹田の辺りでも見える。オーラみたいに全体的に見えることもある」
俺が思うに。
おそらくIQが上がって、人間の能力が開花すればするほど、
そういう「普通の人間には見えないモノ」が見えてくるんじゃないだろうか。
「不思議だよね。でも、それ以外にも、たぶん他のヒトには見えないものが俺には見えてるのかもしれない・・・ま、今はよくわかんないけど、それがきっと何かの役に立つときが来るのかもしれないし」
キョウは何故か、諦めたような表情をして、手元にあるパソコンに視線を移した。
「スティーブ、やっぱり今夜はちゃんと自分のベッドでゆっくり寝てよ・・・俺は大丈夫だから。こんな生活に付き合わせてスティーブに倒れられたら、俺も困るし」
理由はよくわからないけどなんとなく。
今夜はキョウが一人きりになりたいような気がして・・・
それに。
今日か明日、ミワのところにいるケイとも話をしたいと思っていたし・・・
「わかった。じゃ、そうさせてもらうよ。明日の夕方にでもまた来るから」
「うん。お休み、スティーブ」
でも。
その日の夜。
とんでもないことがキョウに起きていたことを知るのは、
まだだいぶ先のことになる。
そんなことがキョウに起こるなんて、
その時のキョウは知らなかったと思うが。
でも。
キョウは何かを感じ取っていたのかもしれない。
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