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第55章:「カレーとスティーブの好きな人」
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全く知らなかったのだけど。
デイヴィッドに挨拶した日の直後から、
大学はクリスマス休暇に入った。
ここは北半球。
ヨーロッパの、それも北の方だから、もう少しするとかなり雪深くなるらしい。
だから、大学に行くのも面倒になるだろうと思って、
例の大量の専門書は結局全部この家に運んだ。
デイヴィッドはここの気候に慣れてるから、この家にちょくちょく寄って、俺の進行度を把握するつもりだと言う。
彼曰く、この期間をムダにしたくないらしい。
せっかくのクリスマス休暇―――彼も、休みたいだろうになぁ。
なんか、悪いよなぁ。
ところで。
俺たちのアパートメントがあるパルドゥルースのメインストリートはイルミネーションが物凄く綺麗だ。
けど、ここは多宗教というか無宗教というか、何事にも中立を保つってことで、
表立って派手なことは一切しないらしい。
それは正月も、ラマダーンも、ディーワーリーも、何もかも同じこと。
したい人は勝手にやってくれ、個人の自由だから、でも、他人の邪魔もするな、って感じだって、スティーブが言っていた。
そういう自由さが、スティーブの性にも、考え方にも合ってる、とも言っていた。
「もうウンザリなんだよな、そういうので人が争うのを見るのは・・・マニピュレート・ゲームはもう見飽きたよ。マジで、バカみたいで疲れるし、やる意味もないし、自滅行為だからな」
スティーブの意図する深い部分を、俺がまだ100%理解しているわけじゃないのはわかる。
でもその呟きは妙に腑に落ちる。
そして、マニピュレート・・・
この言葉にも・・・俺の心臓が強く反応する。
なぜだろう?
スティーブが前に言ってたのかな?
そういえば。
何日か前に圭さんから大量のカレールーが届いた。
でも、たった一種類だけ、大量に。
「ありがとう圭さん。でもなんでこのルーだけ?」
「キョウが求めてる味は絶対にそれだっていう確信があったから」
「へ、なんで?」
「そんなの、どうでもいいだろ。でも絶対にそれだから」
妙に確信を持ってるその発言はちょっと気になるけど・・・
早速俺は、箱の裏側に書いてあるレシピどおりに作ってみた。
記憶にあるイメージどおり、肉もジャガイモもニンジンも玉ねぎも、大きく切った。
包丁をなんなく使えるところを見ると、俺は前にも料理をしていたのかもしれない。
煮込みも終わって、一応完成されたはずのカレーを、一口味見する。
「どうだ?」
スティーブがカウンターの向こう側から、真剣な面持ちで聞いてきた。
「ん・・・たしかにこのルーだと思う。甘さもベースの味も、これだった」
「でもなんか不満そうだな?」
「なんかが足りない気がする・・・カレーって他に何か入れるんだっけ?」
「俺、日本人じゃないからわかんねぇなぁ・・・ケイに電話してみたら?」
「圭さん、たしかにこのルーだと思うんだけど・・・なんかが足りない気がする。普通はカレーに何入れるの?」
「人によって違うからなぁ・・・コーヒーの粉末入れたり、チョコレート入れたり」
「ホントに?!」
「あぁ、ちょっとだけどな。あとは醤油とかソースとか・・・リンゴをすったのとか」
結局、リンゴがあったからすって入れてみた。
おいしかったけど、やっぱり何かが違った。
でも、やっぱり。
このカレーを食べないよりは数倍ましだった。
カラダが・・・細胞が。
息を吹き返しているのがわかる。
なんでだろう・・・
俺に足りなかった栄養素が、カレーに含まれてたのかな・・・
「なんかすごく元気出てきた」
「ホントか?!しかしこれ、ウマいな。また作ってよ」
「うん。大量にル―あるし。こんなに元気になれるんだったら俺、毎日カレーでもいいや」
「あはは」
それから数日たって、今度は圭さんから電話がかかってきた。
「お前のカレーに何が足りないかわかったぞ」
「え?!なんですか?!」
「それ、正月に俺にに喰わせてくれるんだったら教えてやる」
「もちろんいいけど・・・もしかしてここに来るんですか?」
「あぁ、ちょっと遊びに行くわ。ヒマだし。あと友達も一人連れてくから」
圭さんがヒマなはずないと思うけど・・・
それに友達って、誰だ?
「了解です。で、何が足りないんですか?」
「リンゴとはちみつとにんにく。でも全部ちょっとだけ。りんごとにんにくは磨るんだぞ」
「試してみますけど・・・でも、なんでそんなことわかるんですか?」
「それは俺だからだ」
「なんですか、それ。くくっ」
その直後、実際にそのレシピで作って見たら、
俺の知ってる味と、全く同じで―――。
俺は自分のエネルギーが、更に増していくのを感じた。
はぁ。
なんか、すげぇ生き返る。
こんなにカラダが緩んだの、いつ以来だろう―――
もう、言葉にならない。
というか、
言葉で説明できるような感覚じゃ、ない。
言葉よりも、
思考よりも、
もっと前にある、なにか。
すげぇ、安心感。
懐かしさ。
「キョウ?どうした?」
カレーを食べ続けながらも、無言で、たまにスプーンを置く俺を、心配そうにスティーブが見つめる。
「スティーブ」
「ん?」
「これだよ―――俺が求めてたの」
「・・・そっか」
「すげぇ安心する・・・泣きそうなくらい」
「・・・そっか。よかったな」
「ん・・・すげぇ嬉しい・・・」
「・・・」
俺は時間をかけて、そのカレーをゆっくり、ゆっくり味わって食べた。
しばらくして。
カレーを食べてる途中で。
スティーブは俺に、日本で年末年始を過ごしたいかどうか、「一応」と断って聞いてきた。
たぶんスティーブもそう思ったんだろうけど、記憶が定かでない俺が明良さんや祥吾さんと会っても何を話せばいいのかわからないし、両親や叔父さん達の家に行くのも気が引けたからやめた。
圭さんも来てくれるって言ってたし。
そしたら年末年始。
スティーブがクリスマスプレゼントだといって、サンタクロースの故郷、フィンランドに連れて行ってくれた。
ここパルドゥルースからはそう遠くない。
スティーブは、スキーに行ったことのない俺に滑り方を教えてくれて、
サンタクロースだけじゃなくて、
オーロラも見せてくれた。
仕事って言ってるけど、
本当に、
スティーブはなんで俺に、ここまでしてくれるんだろう。
スティーブはすげぇ優しい。
たぶん、俺の両親よりも年上なのに、
本当に友達みたいに、俺と同じレベルで接してくれる。
―――もうなんだか、感謝しきれないくらい、感謝する。
俺がまだ息をしていて、
少しずつだけど、気力と体力がマシになってきてるのは、
ひとえにスティーブのお陰だ。
ぶくぶくで、動くのもやっとな防寒着を着てオーロラを待ってる間、
俺は「ずっと前から」聞きたかったことを、スティーブに聞いてみた。
「スティーブの好きな人の話、聞かせてよ」
「なんだ、いきなり」
「スティーブのこと、もっと知りたいから」
するとスティーブは、ちょっと困ったような顔をした。
「話づらい?」
「そういう訳じゃないんだけど・・・アイツ、嫌がりそうだと思ってさ。ま、でも、前にもオマエ、そう言ってたしな」
「え、言ったっけ?」
「あぁ・・・俺とアイツの話が聞きたいって―――くく。オマエ、よっぽどこの話に興味があるんだな」
「ん、すげぇ聞きたい」
「ま、本当にちょっとだけな。俺とキョウの秘密だぞ」
「うん、約束する・・・名前は?」
「それは・・・言えないな」
「いくつくらい?」
「俺より若い」
「・・・なんか俺がイメージできそうなこと、1つくらい教えてよ」
「生まれは日本だよ。血筋的には日本人だな」
「へぇ・・・どんな人?」
「明るくて強いオンナ。信じられない位に」
「そういうところを好きになったの?」
するとスティーブは・・・苦笑した。
きっと、いろいろと、彼女との思い出を回想しているのだろう。
いままで俺に見せたことのないその表情に、俺は嬉しくなった。
本当に彼女のことが、好きなんだと思う。
「―――アイツさ、俺なら耐えられないような経験をたくさんしてきたんだ。それまで生きていたのが不思議なくらいに」
「・・・うん」
「で、ボロボロで生き倒れになりかけてたところを、俺の仲間が見つけて、俺のところに連れてきた。だから言ったんだ「俺達と一緒に、新しい、幸せな未来を作ろうよ」ってね」
「新しい、幸せな未来?」
「あぁ。その俺の仲間は「人を見る目」に長けていて、才能を見抜いて仲間にするのが仕事なんだ。ボロボロの彼女が可哀そうだったから拾ったんじゃないんだよ。実際彼女はその後、それまで生かされてなかった能力を開花させた。まぁ、それまでまともに学校にも行ってなかったから、自分の能力を知る余地もなかったと思うけど・・・で、最終的には、俺達の「陰」になって働くことを選んだ」
「陰って?」
「そうだな、簡単に言うと彼女はもう、「この世界」には存在してない」
「えっ?」
「本名も、戸籍も、血縁も、自分の出生を示すものは全て捨てて、俺達の仲間として働いてる。ま、2人で話すときは俺はわざとアイツを本名で呼ぶけどな。くくっ」
「それが、スティーブの想いが伝わらない原因じゃないの?なんかひどくない?実は嫌われてたりして?」
「あはは。そうかもなぁ」
「止めればいいのに―――俺だったら、絶対そんな意地悪なことしない」
「なんでだ?」
「逆に、なんでそんなこと、彼女にするの?」
「怒った顔でも見れたら嬉しいからさ。俺しか見ることができないんだぞ、その―――アイツの本音の表情。くく」
「そっか・・・それならスティーブの気持ちもわかる気もするかな。でもやっぱ、かわいそう」
「オマエはなんでそういうことしない、と思うんだ?」
「ん・・・だって、大事なコには、すごく優しくしたいし、いつも笑ってて欲しいから」
「ふーん・・・」
「それに―――」
「それに?」
「たぶん俺には、そんなからかう余裕ない」
あはは。
スティーブは何故か、何かを懐かしむような表情で、笑った。
「だって俺は・・・そのコにずっと俺の傍にいて欲しいよ。変なことしてそのコに勘違いされても困るし、俺、そういうのうまくないと思う」
するとスティーブは言った。
「それは、キョウがもうちょっと大人になったら、変わるんじゃないか?」
「そう、かなぁ?」
「オマエ自身にもっと自信がついて、多少のことでは動じなくなったらさ―――表面的に彼女との関係が揺らいだとしても、何が起こったとしても、オマエはそのコを手放さないと思うよ。仮にそのコがオマエから逃げようとしてもさ」
「それは・・・」
「なんだよ?」
「俺はきっと・・・そのコが俺から本気で逃げたいと思ったら、逃がしてあげると思うけど。それじゃそのコが可哀そうだよ」
ふぅ。
スティーブが意味不明な溜息を吐く。
だから言った。
「まぁ・・・俺、そういうコ、まだいたことないからわかんないけど」
しばらく沈黙があって。
「オマエは本当に優しいから―――優しすぎるんだよ」
「・・・俺、そんな優しくないと思うけど。誰かに特に優しくした覚えもないし」
「オマエは優しいよ・・・すごくな」
「どこらへんが?」
「全部が・・・存在が、さ」
「それじゃわかんないよ。くく」
「言葉ではうまく表現できないけど・・・でも、「そのコ」は本当に幸せ者だと思うよ―――オマエみたいなヤツに好かれて」
「くく。いつか俺の前にそういうコが現れて、「そのコ」もそういう風に思ってくれるといいけどね。すげぇつまんないヤツとか思われそう。あはは」
「絶対に思うよ―――思わなかったら、「そのコ」がおかしい」
「あはは。ありがとね、スティーブ―――いつか、そういう日が来るといいな。くく」
「ちなみにさ―――ちょっと話を戻すと・・・アイツが仲間に拾われた時、アイツは本当に誰も、何も信じてなくてな。ずっと偽名を使ってたんだよ。でもそんなの調べたらすぐわかるし」
「あぁ」
「だけど俺達の仲間は優しいから、みんな騙されたフリをし続けた。今もだよ?」
「・・・」
「だけど、仲間になってから5年くらい経ったある日、俺に呟いたんだ。「本名は●●●だから」って。だからアイツの本名を呼べるのは俺だけの特権みたいになってるんだけど・・・っつうか」
「ん?」
「アイツも「陰」の人間だから、仲間がアイツの本名知ってることくらい、わかってんだよ。知らないフリをしてんのもさ・・・面白いだろ?」
「その人・・・信頼できる仲間ができてよかったね。いいね、そういうの」
「あぁ。だけど俺は未だにアイツに相手にもされてねぇけどな。くくっ」
「その人は―――スティーブの気持ち、知ってるの?」
「どうだろうな?ま、わかってるようでわかってない、って感じじゃないか?あはは」
「そっか・・・でもその人は―――スティーブの手の内にいるんだね」
「・・・」
「そんで、スティーブは・・・「そういう過去を踏まえた」その人が好きなんだ。その過去がなかったら、スティーブはきっとその人の事、そんなに強く想わなかったかもしれないね」
「ん・・・そうだな、きっと」
「いいな、そういうの・・・すごく、羨ましいよ」
デイヴィッドに挨拶した日の直後から、
大学はクリスマス休暇に入った。
ここは北半球。
ヨーロッパの、それも北の方だから、もう少しするとかなり雪深くなるらしい。
だから、大学に行くのも面倒になるだろうと思って、
例の大量の専門書は結局全部この家に運んだ。
デイヴィッドはここの気候に慣れてるから、この家にちょくちょく寄って、俺の進行度を把握するつもりだと言う。
彼曰く、この期間をムダにしたくないらしい。
せっかくのクリスマス休暇―――彼も、休みたいだろうになぁ。
なんか、悪いよなぁ。
ところで。
俺たちのアパートメントがあるパルドゥルースのメインストリートはイルミネーションが物凄く綺麗だ。
けど、ここは多宗教というか無宗教というか、何事にも中立を保つってことで、
表立って派手なことは一切しないらしい。
それは正月も、ラマダーンも、ディーワーリーも、何もかも同じこと。
したい人は勝手にやってくれ、個人の自由だから、でも、他人の邪魔もするな、って感じだって、スティーブが言っていた。
そういう自由さが、スティーブの性にも、考え方にも合ってる、とも言っていた。
「もうウンザリなんだよな、そういうので人が争うのを見るのは・・・マニピュレート・ゲームはもう見飽きたよ。マジで、バカみたいで疲れるし、やる意味もないし、自滅行為だからな」
スティーブの意図する深い部分を、俺がまだ100%理解しているわけじゃないのはわかる。
でもその呟きは妙に腑に落ちる。
そして、マニピュレート・・・
この言葉にも・・・俺の心臓が強く反応する。
なぜだろう?
スティーブが前に言ってたのかな?
そういえば。
何日か前に圭さんから大量のカレールーが届いた。
でも、たった一種類だけ、大量に。
「ありがとう圭さん。でもなんでこのルーだけ?」
「キョウが求めてる味は絶対にそれだっていう確信があったから」
「へ、なんで?」
「そんなの、どうでもいいだろ。でも絶対にそれだから」
妙に確信を持ってるその発言はちょっと気になるけど・・・
早速俺は、箱の裏側に書いてあるレシピどおりに作ってみた。
記憶にあるイメージどおり、肉もジャガイモもニンジンも玉ねぎも、大きく切った。
包丁をなんなく使えるところを見ると、俺は前にも料理をしていたのかもしれない。
煮込みも終わって、一応完成されたはずのカレーを、一口味見する。
「どうだ?」
スティーブがカウンターの向こう側から、真剣な面持ちで聞いてきた。
「ん・・・たしかにこのルーだと思う。甘さもベースの味も、これだった」
「でもなんか不満そうだな?」
「なんかが足りない気がする・・・カレーって他に何か入れるんだっけ?」
「俺、日本人じゃないからわかんねぇなぁ・・・ケイに電話してみたら?」
「圭さん、たしかにこのルーだと思うんだけど・・・なんかが足りない気がする。普通はカレーに何入れるの?」
「人によって違うからなぁ・・・コーヒーの粉末入れたり、チョコレート入れたり」
「ホントに?!」
「あぁ、ちょっとだけどな。あとは醤油とかソースとか・・・リンゴをすったのとか」
結局、リンゴがあったからすって入れてみた。
おいしかったけど、やっぱり何かが違った。
でも、やっぱり。
このカレーを食べないよりは数倍ましだった。
カラダが・・・細胞が。
息を吹き返しているのがわかる。
なんでだろう・・・
俺に足りなかった栄養素が、カレーに含まれてたのかな・・・
「なんかすごく元気出てきた」
「ホントか?!しかしこれ、ウマいな。また作ってよ」
「うん。大量にル―あるし。こんなに元気になれるんだったら俺、毎日カレーでもいいや」
「あはは」
それから数日たって、今度は圭さんから電話がかかってきた。
「お前のカレーに何が足りないかわかったぞ」
「え?!なんですか?!」
「それ、正月に俺にに喰わせてくれるんだったら教えてやる」
「もちろんいいけど・・・もしかしてここに来るんですか?」
「あぁ、ちょっと遊びに行くわ。ヒマだし。あと友達も一人連れてくから」
圭さんがヒマなはずないと思うけど・・・
それに友達って、誰だ?
「了解です。で、何が足りないんですか?」
「リンゴとはちみつとにんにく。でも全部ちょっとだけ。りんごとにんにくは磨るんだぞ」
「試してみますけど・・・でも、なんでそんなことわかるんですか?」
「それは俺だからだ」
「なんですか、それ。くくっ」
その直後、実際にそのレシピで作って見たら、
俺の知ってる味と、全く同じで―――。
俺は自分のエネルギーが、更に増していくのを感じた。
はぁ。
なんか、すげぇ生き返る。
こんなにカラダが緩んだの、いつ以来だろう―――
もう、言葉にならない。
というか、
言葉で説明できるような感覚じゃ、ない。
言葉よりも、
思考よりも、
もっと前にある、なにか。
すげぇ、安心感。
懐かしさ。
「キョウ?どうした?」
カレーを食べ続けながらも、無言で、たまにスプーンを置く俺を、心配そうにスティーブが見つめる。
「スティーブ」
「ん?」
「これだよ―――俺が求めてたの」
「・・・そっか」
「すげぇ安心する・・・泣きそうなくらい」
「・・・そっか。よかったな」
「ん・・・すげぇ嬉しい・・・」
「・・・」
俺は時間をかけて、そのカレーをゆっくり、ゆっくり味わって食べた。
しばらくして。
カレーを食べてる途中で。
スティーブは俺に、日本で年末年始を過ごしたいかどうか、「一応」と断って聞いてきた。
たぶんスティーブもそう思ったんだろうけど、記憶が定かでない俺が明良さんや祥吾さんと会っても何を話せばいいのかわからないし、両親や叔父さん達の家に行くのも気が引けたからやめた。
圭さんも来てくれるって言ってたし。
そしたら年末年始。
スティーブがクリスマスプレゼントだといって、サンタクロースの故郷、フィンランドに連れて行ってくれた。
ここパルドゥルースからはそう遠くない。
スティーブは、スキーに行ったことのない俺に滑り方を教えてくれて、
サンタクロースだけじゃなくて、
オーロラも見せてくれた。
仕事って言ってるけど、
本当に、
スティーブはなんで俺に、ここまでしてくれるんだろう。
スティーブはすげぇ優しい。
たぶん、俺の両親よりも年上なのに、
本当に友達みたいに、俺と同じレベルで接してくれる。
―――もうなんだか、感謝しきれないくらい、感謝する。
俺がまだ息をしていて、
少しずつだけど、気力と体力がマシになってきてるのは、
ひとえにスティーブのお陰だ。
ぶくぶくで、動くのもやっとな防寒着を着てオーロラを待ってる間、
俺は「ずっと前から」聞きたかったことを、スティーブに聞いてみた。
「スティーブの好きな人の話、聞かせてよ」
「なんだ、いきなり」
「スティーブのこと、もっと知りたいから」
するとスティーブは、ちょっと困ったような顔をした。
「話づらい?」
「そういう訳じゃないんだけど・・・アイツ、嫌がりそうだと思ってさ。ま、でも、前にもオマエ、そう言ってたしな」
「え、言ったっけ?」
「あぁ・・・俺とアイツの話が聞きたいって―――くく。オマエ、よっぽどこの話に興味があるんだな」
「ん、すげぇ聞きたい」
「ま、本当にちょっとだけな。俺とキョウの秘密だぞ」
「うん、約束する・・・名前は?」
「それは・・・言えないな」
「いくつくらい?」
「俺より若い」
「・・・なんか俺がイメージできそうなこと、1つくらい教えてよ」
「生まれは日本だよ。血筋的には日本人だな」
「へぇ・・・どんな人?」
「明るくて強いオンナ。信じられない位に」
「そういうところを好きになったの?」
するとスティーブは・・・苦笑した。
きっと、いろいろと、彼女との思い出を回想しているのだろう。
いままで俺に見せたことのないその表情に、俺は嬉しくなった。
本当に彼女のことが、好きなんだと思う。
「―――アイツさ、俺なら耐えられないような経験をたくさんしてきたんだ。それまで生きていたのが不思議なくらいに」
「・・・うん」
「で、ボロボロで生き倒れになりかけてたところを、俺の仲間が見つけて、俺のところに連れてきた。だから言ったんだ「俺達と一緒に、新しい、幸せな未来を作ろうよ」ってね」
「新しい、幸せな未来?」
「あぁ。その俺の仲間は「人を見る目」に長けていて、才能を見抜いて仲間にするのが仕事なんだ。ボロボロの彼女が可哀そうだったから拾ったんじゃないんだよ。実際彼女はその後、それまで生かされてなかった能力を開花させた。まぁ、それまでまともに学校にも行ってなかったから、自分の能力を知る余地もなかったと思うけど・・・で、最終的には、俺達の「陰」になって働くことを選んだ」
「陰って?」
「そうだな、簡単に言うと彼女はもう、「この世界」には存在してない」
「えっ?」
「本名も、戸籍も、血縁も、自分の出生を示すものは全て捨てて、俺達の仲間として働いてる。ま、2人で話すときは俺はわざとアイツを本名で呼ぶけどな。くくっ」
「それが、スティーブの想いが伝わらない原因じゃないの?なんかひどくない?実は嫌われてたりして?」
「あはは。そうかもなぁ」
「止めればいいのに―――俺だったら、絶対そんな意地悪なことしない」
「なんでだ?」
「逆に、なんでそんなこと、彼女にするの?」
「怒った顔でも見れたら嬉しいからさ。俺しか見ることができないんだぞ、その―――アイツの本音の表情。くく」
「そっか・・・それならスティーブの気持ちもわかる気もするかな。でもやっぱ、かわいそう」
「オマエはなんでそういうことしない、と思うんだ?」
「ん・・・だって、大事なコには、すごく優しくしたいし、いつも笑ってて欲しいから」
「ふーん・・・」
「それに―――」
「それに?」
「たぶん俺には、そんなからかう余裕ない」
あはは。
スティーブは何故か、何かを懐かしむような表情で、笑った。
「だって俺は・・・そのコにずっと俺の傍にいて欲しいよ。変なことしてそのコに勘違いされても困るし、俺、そういうのうまくないと思う」
するとスティーブは言った。
「それは、キョウがもうちょっと大人になったら、変わるんじゃないか?」
「そう、かなぁ?」
「オマエ自身にもっと自信がついて、多少のことでは動じなくなったらさ―――表面的に彼女との関係が揺らいだとしても、何が起こったとしても、オマエはそのコを手放さないと思うよ。仮にそのコがオマエから逃げようとしてもさ」
「それは・・・」
「なんだよ?」
「俺はきっと・・・そのコが俺から本気で逃げたいと思ったら、逃がしてあげると思うけど。それじゃそのコが可哀そうだよ」
ふぅ。
スティーブが意味不明な溜息を吐く。
だから言った。
「まぁ・・・俺、そういうコ、まだいたことないからわかんないけど」
しばらく沈黙があって。
「オマエは本当に優しいから―――優しすぎるんだよ」
「・・・俺、そんな優しくないと思うけど。誰かに特に優しくした覚えもないし」
「オマエは優しいよ・・・すごくな」
「どこらへんが?」
「全部が・・・存在が、さ」
「それじゃわかんないよ。くく」
「言葉ではうまく表現できないけど・・・でも、「そのコ」は本当に幸せ者だと思うよ―――オマエみたいなヤツに好かれて」
「くく。いつか俺の前にそういうコが現れて、「そのコ」もそういう風に思ってくれるといいけどね。すげぇつまんないヤツとか思われそう。あはは」
「絶対に思うよ―――思わなかったら、「そのコ」がおかしい」
「あはは。ありがとね、スティーブ―――いつか、そういう日が来るといいな。くく」
「ちなみにさ―――ちょっと話を戻すと・・・アイツが仲間に拾われた時、アイツは本当に誰も、何も信じてなくてな。ずっと偽名を使ってたんだよ。でもそんなの調べたらすぐわかるし」
「あぁ」
「だけど俺達の仲間は優しいから、みんな騙されたフリをし続けた。今もだよ?」
「・・・」
「だけど、仲間になってから5年くらい経ったある日、俺に呟いたんだ。「本名は●●●だから」って。だからアイツの本名を呼べるのは俺だけの特権みたいになってるんだけど・・・っつうか」
「ん?」
「アイツも「陰」の人間だから、仲間がアイツの本名知ってることくらい、わかってんだよ。知らないフリをしてんのもさ・・・面白いだろ?」
「その人・・・信頼できる仲間ができてよかったね。いいね、そういうの」
「あぁ。だけど俺は未だにアイツに相手にもされてねぇけどな。くくっ」
「その人は―――スティーブの気持ち、知ってるの?」
「どうだろうな?ま、わかってるようでわかってない、って感じじゃないか?あはは」
「そっか・・・でもその人は―――スティーブの手の内にいるんだね」
「・・・」
「そんで、スティーブは・・・「そういう過去を踏まえた」その人が好きなんだ。その過去がなかったら、スティーブはきっとその人の事、そんなに強く想わなかったかもしれないね」
「ん・・・そうだな、きっと」
「いいな、そういうの・・・すごく、羨ましいよ」
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