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たいけみお

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第51章:「愛のカタチ」

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あれから―――1カ月ちょっと。

私はアーサーのとある拠点の、1つの小さな部屋に籠っている。


カレンさんが心配して、そしてたぶんスティーブが配慮してくれたから、

カレンさんはあの後すぐ、私を追うようにこの拠点に来てくれたけど。

私が必要以上にこの部屋を出ることはない。


――――ひとりで、考えたいことがたくさんあるから。そして、

涙が、止まらないから。



罪悪感。

虚無感。

そして、寂しさが、ただひたすら、私を覆いつくし――――


時間だけが、光のようにあっというまに過ぎてゆく。

ただただ過ぎてゆく。


なにも、できないままに――――。




きっと私は、このままいけば、

自然に、簡単に死ねるのだろうと思う。




でも。

それは。

絶対にしてはいけないことだとわかっている。




そんな身勝手なことをしていい立場じゃない・・・

杏にあんなことをしておいて。



私は、どんなことがあっても生き続ける。

杏が「この世界」にいる限り。




でも。

これから。

何をどうしたらいいのか、わからない。



杏に・・・

杏のために・・・

自分がどうしたらいいのか、わからない。



そんな大事なことも事前に考えず、

杏の記憶を消してしまった―――。



あまりに未熟で、

あまりに身勝手で、

あまりに無力な自分に、

吐き気がする。




杏は・・・今、どこにいるのだろう。

ちゃんと「普通の生活」に戻れてるのだろうか。




杏があのジェットから、吹き飛ばされてしまった瞬間を最後に、

私は杏を見ていない。


でもレオンが、私が意識を取り戻すとすぐに、

杏が無事であることを伝えてくれた。



私には、この世に神がいるのかどうかわからない。

だけど、

その時は本当に、泣いて、泣きまくって、神に感謝した。



それだけでもう、

一緒に生きられなくても、なんでも、

杏がどこかで、幸せに生きてくれてるだけでいいって―――

それだけでいいって、心から思った。


だからもう、杏をこれ以上巻き込みたくなくて―――

私はレオンに必死に頼んだ。



レオンには本当に酷なことをしてしまった。

だって、彼は全く、それに納得してなかったのだから。



何時間も説得された。

「そんなことキョウは絶対に望んでない!ミワだって望んでない!」

そう、何度も言われて。



アーサー所長である彼は、実のところ、私の希望なんか無視することだってできた。

「そんな「個人的な理由」で、本人の許可もなく勝手に記憶を抜くなんて、アーサー的にも倫理的にも間違っている」

そう、一笑することもできた。



実際のところ。

アーサーメンバーがアーサーの記憶を抜かれる可能性があることは、事前に説明を受けているし契約書も交わしている。

つまり、同意の上、ということ。



別の言い方をすれば。

それがどんな理由であれ、私が杏にしたことは―――犯罪だ。



でも。


結果無意味に終わったレオンの説得が何時間か続いた後・・・

彼は突然無言になり―――そして、言った。


「わかった。でも「記憶を抜いた」後は全てボクに任せて―――絶対キョウに悪いようにはしないから」



それ以降。

私はレオンと、杏の話をしていない。

レオンも、杏の話は私にしない。


私は全てを―――レオンに委ねたのだから。



ただ、もう少し時間が経って、

杏の新しい「普通の人生」が落ち着き、

私も今後の方向性が見えてきたら―――



レオンに聞いてみようと思う。

何か、私に出来ることはないか、と。



そして、もう一つだけ。

最後にもう一つだけ。

レオンにお願いしたいことがある。



本当に自分勝手で、どうしようもない願いだと、自分でもわかっている。

でも、どうしても、これだけは―――







コンコン。



「はい・・・」



「美和ちゃん、スティーブがKopi Luwakっていう世界一高級なコーヒー豆送ってくれたの。飲んでみましょうよ?私はあんまり期待してないんだけどネ。ふふ」

カレンさんはいつも、私が気を使わないように言葉を選んで話しかけてくれる。

でも態度は以前と全く変わらない。

ここに頻繁に顔を出してくれる圭ちゃんも同じ。



私の周囲の人達は皆、本当に、いい人達ばかり。

なのに、私は・・・



「ん~、たしかに美味しいかも。なんていうかこう、いつも飲んでるイタリアンコーヒーより滑らかでクセがないわよね?」

「そうですね・・・お水みたいに喉を通ります」

「そう!それよ!それが言いたかったの!さすが美和ちゃんだわ!」


カレンさんはそう言うと、真っ白なビスケットが乗ったお皿を私の前にずらした。

「これもスティーブが送ってくれたの。ココナツのビスケットらしいんだけど、砂糖の甘さは全くなくて、ココナツ独特の風味だけなの。このコーヒーと合うと思うから食べてみて?」

私はそれを口に含んだ。

確かに、ココナツの味・・・優しい甘さ。



「ん、好きです、この味」

「そう、よかったわ!スティーブにお礼言っとかないとネ!」

「ん、伝えておいてもらえますか?コーヒーもビスケットもとても美味しかったって」


「美和ちゃんが直接言ったら?その方がスティーブも喜ぶんじゃない?彼、美和ちゃんに送ってきたんだし」

「たしかに、私のことも気にかけてくれてるとは思いますけど・・・スティーブはカレンさんと話したいんだと思います」

「私は彼といつも話してるからいいのよ。ほら、私ってスティーブの下僕みたいなものでしょ?ふふ」

「下僕って・・・スティーブはそんな風に思ってないです」

「美和ちゃん、妙にはっきり言うわね」


スティーブがカレンさんのことスキだって、私が言う訳にいかないし。

でも。



ずっと、想い続けているカレンさんに

ほとんど会うこともできないスティーブのことを想うと胸が痛い。




それは。

もしかしたら。

杏への私の気持ちと重ねてしまってるのかもしれないけれど。




いつか、また、

スティーブと向き合って、

ちゃんと話すことができる日が来るとしたら。





ぜひ、彼に聞いてみたい。

彼の、愛のカタチを。

彼の、愛し方を。

そして、教えてもらいたい。



どうしたら、

彼のように強くなれるのかを。




「カレンさん、あの・・・」

「ん?」

「カレンさん、ここに移る前から・・・「あの家」にいる時からずっと私の傍にいてくれてますけど」

「うん」


「もしご家族とか、「会いたいヒト」とかがいたら、遠慮なく出かけてくださいね・・・カレンさんがいない間に私、雲隠れしたりしませんから。カレンさんに迷惑が掛るような事、しませんから」


私がそう言うと、カレンさんは少し寂しそうに微笑んで・・・こう言った。

「私はいいのよ」

「・・・いいって・・・?」


「美和ちゃんと一緒に暮らせて、嬉しいし、楽しいし。それに私は「私の役割」を全うしたいの。人生って、案外短いものよ?」

「どういう、ことですか?」


「私は「アーサー諜報部」の人間だから、個人的なことは話さない方がいいんだけど」

「私、誰にも話しません。私だって、アーサーの人間だし」



ふふっ。

カレンさんは微笑んでコーヒーを口に含んだ。




「まー、長~い話を短く要約すると」

「はい」

「私にとっての家族や友人は「アーサー」で、「アーサー」に所属する以前の過去は全て消したの」

「えっ・・・それって、杏みたいに・・・アーサー医師団に削除してもらったってこと、ですか?」


「ううん。そうじゃなくて。自分で過去を消したの。前に進むために」

「それって・・・それ以前の出来事が辛くて、ですか?」


「そうね、そういうこと」

「・・・」


「まぁ、今でもまだそのトラウマが残ってるっていえば残ってるけど・・・たまに悪夢に襲われて自分の泣き声で目が醒めることもあるし・・・」

「カレンさん・・・」


「あとは・・・そうねぇ、男ギライなところは完全にトラウマね」

「え?」


「でも・・・今は私、とても幸せよ?私に「存在意義」・・・つまり「生きる意味」をくれたアーサーには本当に感謝してるの。過去を捨てる・・・ううん、過去を赦せたのはアーサーのお陰」

「カレンさん・・・」



「美和ちゃん、あのね・・・」

カレンさんはそれまで逸らしていた瞳を、再び私に戻した。


「余計なことだって、わかってるんだけど、でも、嫌がらずに聞いてくれる?」

「・・・なんですか?」


「誰かをね・・・特定の誰かを、友達以上にスキになるのって、凄いことだと私は思うの。私にはね、そのボーダーラインがわからないのよ?誰かを、美和ちゃんや杏くんみたいにスキになりたいって思うけど、私にはできないの。本当に、わからないの」

「カレンさん・・・」


「それにね、仮に誰かを、他の人以上にスキになったとしても、その相手が自分をそういう風にスキになってくれるとは限らないでしょう?そういう意味で美和ちゃんと杏くんは・・・本当にすごいと思うし、羨ましいの」

「でも、私は・・・」


「美和ちゃん、自分を責めないで?愛情のカタチはひとそれぞれ違うもの。他人が何と言おうと・・・美和ちゃんは美和ちゃんのやり方で、杏くんを守ろうとしたって、私にはわかってるから。ね、お願いだから、自分をもう責めないで?」


そうカレンさんに言われて。

私は溢れる涙を止めることが出来なかった。




********************


アーサー本部の一室。

モニターにはケイとジェイクが映し出されている。



「俺をわざわざモニターに呼び出してなんなんだよ?」

「ジェイクがこんな形で俺たちを呼び出すなんてたしかに珍しいよな。どうした?」


「この3人が揃ってるところで、スティーブ、オマエに確認したかったんだよ」

「・・・なにをだ?」



「キョウのことに決まってんだろ―――本当のところはどうなんだよ?」

「どう、って?」

「本当にもう、キョウとミワを元に戻す方法はないのか?」

「・・・」



「オマエがキョウをパルドゥルースに連れてくつもりなのは聞いてる。別にそれに異存があるわけじゃない。ただもし、もう全く二人を元に戻す方法がないんだったらパルドゥルースに行く必然性もないだろ。医者になる必要も、アーサーと関わる必要もないんだから。それだったらオプションはいくらでもある」

「例えば?」


「俺がキョウを預かってもいい―――っていうか、俺のところに来てくれるんだったら最高だな」

「オマエ、キョウをマフィアにするつもりか?!」

「そうは言ってない。だけど俺のところでキョウが新しい人生を始めるのもアリってことだ。ミワや日本とも関係ない場所で、一からやり直すこともできる。実際問題、ケイのところに戻すのもムリだろ。・・・俺はキョウに与えてやれる選択肢を模索したいだけだ」


「選択肢って・・・他には?」

「キョウの能力を考えたら、他にいくらでも選択肢はあるだろ?ありすぎるくらいだ。どこに住もうが何をしてようが、アイツは絶対に普通じゃ終われない。だから俺たちが傍にいてやれさえすれば、なんでもいいじゃないか。アイツはまだ16なんだぞ?」


「―――ならパルドゥルースでいいだろ。あそこは他に比べれば安全だし、キョウの可能性を最大限に引き出してやれる。それだけの人材が揃ってるからな」

「オマエ―――、どうしてもキョウをパルドゥルースの医学部に行かせたいのか?」


「別にそういう訳じゃない。キョウが何をしようが、アイツが幸せならそれでいいさ」

「でも明らかにパルドゥルースに拘ってんだろ。俺たちには本当のこと言えよ」


「正直に言ってるさ。ただオマエたち、忘れてないか?」

「何をだよ?」「なにをだ?」


「「事故」に会う前の、キョウをだよ」

「・・・?」


「「事故」に会う前のキョウが本物なんだよ」

「「・・・」」



「だから、もし仮にまたキョウがミワと元に戻れることがあるとしたら、アイツはまた絶対に医学部に行こうとすると俺は思う」

「それは―――そうだろうな」

「それだったら、今、そうしておけばいいじゃないか。時間を無駄にしなくて済むからな」


「スティーブ、オマエ・・・」

「ん?」

「信じてるんだな・・・杏が美和ちゃんの所に戻るって」



「キョウは記憶を失くす前、はっきり俺に言ったんだよ―――ミワと一緒に生きていけないんだったら死んだ方がマシだって。初対面の俺にさ。あはは」

「あぁ・・・アイツ、言いそうだな。照れもせずに。くく」

「実際、事故後のキョウ見てたら、それが本当だってわかるだろ」

「まぁな・・・」



「このままだったら、どこで何をしてようが、理由もよくわからないまま、アイツは喪失感に苛まれ、苦しみ続ける・・・死ぬまでな。そして実際、死のうとしてる」

「「・・・」」

「キョウがその状態から逃れられるもっといい選択肢が他にあるんだったら、俺はパルドゥルースに拘らない。当たり前だろ?そんな場所があるなら、俺はどこにでもキョウを連れて行くさ」



「キョウが元に戻れる場所なんて・・・明らかにひとつしかないだろ」

「それ以外で考えろ」


「ミワを俺達で説得できれば可能なんじゃないか?」

「あのなぁジェイク。もしそうなら、こんなことは最初から起こってねぇんだよ。それに、記憶のないキョウにそんな話したって納得できねぇだろ」

「まぁな・・・」


「レオンとサラもそうだけど・・・オマエらもさ、アーサーならもうちょっとちゃんと考えてから俺んとこに話持って来いよ?少し考えたらわかるだろ?」

「だからオマエより賢いヤツはいねぇんだって・・・たぶんキョウ以外は」

「んなわけ、ねぇだろ!」

「スティーブ、俺も前に言ったろ?オマエのIQはレオンよりも高いって」

「そうだぞ?俺だってちゃんと考えて、こうやってオマエと話してるつもりなんだからな?」



「あのな・・・俺からしたら、ミワを説得できるのは―――キョウ本人だけだ」

「・・・それはそうかもしれないが・・・この状況じゃそれはムリだろ」


「今はな。言ってるだろ、俺はキョウを信じてるって。何回も言わせんな」

「「・・・」」


「だからとりあえず今は―――パルドゥルースにキョウを連れてゆく・・・あそこでアイツは、またミワと会うための準備をすればいい」

「「・・・」」


「俺が今、アイツにしてやれることは、たぶんそれだけだからな」








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