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第35章:「入学式」
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4月10日 入学式。
俺はおよそ100人の新入生と、その2倍の数の在校生を前に、壇上に立っている。
その後ろの保護者席に見えるのは・・・はぁ。
両親と叔父さん夫婦を含め、今日はみんなに来ないように頼んだ。
挨拶してるところ、見られたくないし。
なのに。
そこには、美和、圭さん、コンちゃん、昌さん、そして何故か、哲ちゃんもいる。
そして彼らは・・・目立ち過ぎている。
俺、ここでは極力、存在感なく生活したいんだけどな。
たぶん勉強もそんなにしなくて済むから、出席日数ギリギリで卒業できればいいし。
そんな、全くやる気のない俺の新入生代表の挨拶。
―――5年前、美和が使ったモノを借りて、ただ読んだ。
式が終わって、俺はその目立つ集団に向かう。
みんな、怪しげな笑顔。
勘弁してくれ。
すると・・・
校長が俺を追って、同じ方向に歩きだした。
「栗山くん、とてもいい挨拶でした。ところで栗山くんと麻生さんはお知り合いだったんですね。麻生さん、お元気でしたか?お元気そうでなによりですよ。近藤さんもご無沙汰してます」
「こちらこそご無沙汰してます。その節はありがとうございました」
「本当にその節はお世話になりました。先生もお変わりなくて」
圭さんは校長に会釈した。
この2人も知り合いなのか。
ホントに、何処で誰がどう繋がってんのか、訳がわからない。
「私の方は何も変わりませんよ。でも麻生さんがここを去ったのは本当に残念でした。今でもあの時のことは鮮明に覚えています。でもこうしてまたお会いできて本当に嬉しいです。これも栗山くんのお陰ですね?」
「はい。本当に杏・・・栗山くんのお陰です」
「栗山くん」
「はい」
「麻生さんの分まで、ここでの高校生活を目一杯楽しんで行って下さい。期待してますよ?」
そう言って、校長は立ち去った。
そして、俺がみんなに文句を言おうとした瞬間。
「杏ちゃ~ん!!!!」
え?
誰だ?
後ろを振り向くとそこには・・・
「千晶、オマエなんでここに?」
「杏ちゃんがここ受けるって言ったから、ここに来たんだよー。でもやっぱ勝てなかったぁ。俺、次席だったよ~」
斎藤千晶。
喜多島さん情報によると千晶は、1年ほど前にアーサーにスカウトされた若き天才。
そのころから研究所でよくみかけるようになり、同い年ってこともあって、自然に話すようになった。
千晶は「なんとかロボット大会」を最年少で優勝したメカオタクらしく、既に「アーサー工学研究所」でロボット開発に従事してるらしい。
「ここ受けるならそう言ってくれればよかったのに。俺がここ受けるの知ってたよね?」
「驚かそうと思ったんだよ!それも俺が主席になってさ!」
よかった・・・真面目に試験受けといて。
少しでも手を抜いてたら、絶対に千晶に抜かれてた。
「美和ちゃん、相変わらず可愛いですね~」
「ふふっ。千晶くんも相変わらずだね?」
「千晶、いい加減にしろよ」
俺は千晶の頭をひっぱたいた。
「そのくらいいいじゃん。それより美和ちゃん、安心していいからね?杏ちゃんには俺がいつもついてるからさ!」
「何を安心するの?」
「杏ちゃんが浮気しないようにだよ~!」
「するわけねぇじゃん」
俺は千晶の頭をもう一度ひっぱたいた。
「ま、千晶くんが監視してくれると安心は安心だな」
圭さんがニヤリと微笑む。
「美和ちゃん、こんなバカの言うこと、聞かなくていいわよ?杏がそんなことするわけないし」
「したら当然勘当だろ?!」
コンちゃんと昌さんも千晶の頭をひっぱたいた。
美和は余裕で笑ってたけど。
その後、美和達と別れてクラス分けをみたら、千晶と一緒だった。
1学年3クラスしかないこの高校。
2年になったら文系理系に分かれるけど、千晶は明らかに理系。
俺も理系に行くし、理系クラスは一学年一クラスしかないから、ほぼ100%の確率で、千晶とは3年間同じクラスってことだ。
千晶も同じことを思ったみたいで
「杏ちゃんはもちろん医学部狙いだよね?3年間、よろしくね?」
って言ってきた。
ま、でも。
千晶がいてくれると正直助かる。
アーサーのことも、美和のことも話せるから。
そしてなにより、
千晶はいいヤツで気が合うし、面白い。
アーサーメンバーだから当然と言えば当然だけど。
美和にはまだ言ってないけど、俺は美和のいる大学の医学部に進学しようと思ってる。
進路が決まったとなれば、あとは学費を貯めるだけ・・・
あ、結婚資金も・・・子供たちの教育資金も・・・か?
いくら必要なのかな。
ま、相当ってことは確実だな・・・
圭さんの仕事、増やしてもらおうかな。
千晶と2人教室に入ると、中にいた生徒達が一斉に俺達を見た。
「杏ちゃんは既に有名人だね。おまけにそのあんず色の髪、一度見たら忘れられないもんね。ははっ」
「千晶、俺は出来るだけ静かな高校生活が送りたい。わかってるとは思うけど俺は、高校よりアーサー優先だし」
「美和ちゃん優先でしょ?」
「ま、そうとも言う」
「くくっ。大丈夫。俺もアーサー優先だから。あっちで研究者たちと研究開発してた方が楽しいもんね」
「ま、助け合っていこうよ」
「当然だよ!俺、杏ちゃんと高校生活送れるなんて、ホント嬉しいよ!」
その日は担任、和久井からの簡単な説明でお開きになった。
その後、他の生徒達は部活訪問なんかに行くらしかったけど、部活に入らない俺と千晶には関係ないから、そのまま荷物を持って教室を出た。
「千晶は電車通学?」
「そうだよ。杏ちゃんは?」
「俺はチャリ」
「マジで?!いいなぁ。俺なんか片道一時間かかるんだよ!だから1人暮らししたいって親に言ったんだけど、許してもらえなくてさぁ。俺、アーサーから給料もらってるから余裕なのに、ホント子供扱いで困るよ!」
それなら美和に聞いてみる?って喉まで出かかった・・・部屋はいっぱいあるんだし。
だけど同時に。
これから美和に「麻生家」のことを具体的に教えてもらうことになる状況で、千晶が傍にいるのはまずいんじゃないかって感じて。
千晶、なんてったって賢いし。
でも。
「面倒くさい時は泊りにくればいいよ。美和も喜ぶだろうし」
「それは助かるよ!でも、ホントにたまに、どうしようもない時だけ頼むよ」
「なんで?」
「だって、杏ちゃんと美和ちゃんがイチャついてるところ、俺には刺激強すぎると思うから。あははっ」
「そうかな?」
「そうだよ!」
「ま、とりあえず今日は寄ってく?」
「まだ時間早いし・・・そうだね。今日はお邪魔してこうかな」
俺と千晶はチャリ2人乗りで家に向かう。
「あはは~!高校生活初日に杏ちゃんと2人乗りなんて楽しすぎ~!」
「下り坂だからちゃんとつかまってろってば!」
「やっほ~い!」
くくっ。
千晶のお陰で、高校3年間、楽しくなりそうだ。
そして。
「ただいま」
「おじゃましま~す!」
ぱたぱたぱた。
美和の足音。
「お帰り~!」
いつものように美和が飛びついてきた。
だから俺もいつものように美和を抱きかかえたままリビングに向かう。
「千晶くんも一緒だったんだね!入って、入って?」
俺の肩に頭を乗せたまま、俺の後を歩いてくる千晶に美和が話しかける。
「ある程度予想はしてましたけど、美和ちゃん、杏ちゃんの前ではホントにコドモみたいですねぇ。杏ちゃんが大人でよかったですねぇ」
「千晶くん!私は大人だよ!」
「それのどこがですか?」
「全部!」
「くくっ。そうですよねぇ?」
リビングのソファーに美和を下ろすと、コンちゃんと哲ちゃんもそこにいた。
「哲ちゃん、今日はお休みだったの?」
「そうなんですよ。だから入学式に連れてってもらったんです。杏くん、カッコよかったですよ!」
「ホント、さすがアタシの弟だわ」
「はは。ただ美和の原稿読んだだけなんだけどね」
「え、そうなんですか?」「そうなの?」
「ところで・・・杏くんと千晶くんはどういう知り合いなんですか?同じ中学、じゃないですよね?」
さすが哲ちゃん、スルドイ。
そのこと、打ち合わせしてなかった。
けど。
「千晶くんも喜多嶋さんの研究所の実験に協力してるのよ、ね?」
美和が千晶にウィンクする。
「そうなんですよ。研究所で美和ちゃんと杏ちゃんと知り合って!」
千晶が俺を見て笑った。
「そうなのねぇ。だから千晶くんもあの高校に入れるくらい賢いのねぇ」
「杏ちゃんほどじゃないですけどね!」
「で、そんなに賢い千晶くんは、将来何になりたいんですか?」
「俺はロボットエンジニアです!」
「ロボットエンジニア?」
「俺の作るロボットは、災害などの危険地域で人命救助をしたり、人間に代わって爆弾などの危険物処理をしたりします!」
「なんかもう既にそういうロボットを作ってるように聞こえますね」
「作ってますよ!実験段階ですけど!」
「「え?!」」
「千晶、「なんとかロボット大会」の最年少チャンピオンなんだって」
「とりあえず3年連覇してます!」
「へ?そうなの?知らなかった。凄いんだね、千晶って」
「杏ちゃんにそう言われると照れちゃうなぁ。へへ」
「杏くんは?将来、何になるんですか?」
「杏は美和ちゃんのダンナよ!」
「まぁね」
「え?そんなにあっさり?」
「それは確定です。な、美和?」
「うん」
「なんか杏くんって、カッコいいですよねぇ。とても高校生とは思えないなぁ」
「哲ちゃん、杏とアタシたちと一緒にしちゃダメよ!」
「それはそうなんですけど。でも仕事的には?」
「杏ちゃんは医者になるんですよ」
「え?」
美和がちょっと驚いた顔をした。
「本当に?」
「それが自然な成り行きかなと。ま、だからこれから学費貯めます」
「近藤関係の仕事を手伝い続けたら、エロ親父が学費くらい出すわよ。ぽーんってね」
「そういう訳にはいかないよ」
「きっと自分が出せなかったらエロ親父、逆に怒るわよ?仮に出さなくても、アタシと昌が出すわよ」
「なんで?」
「だってアタシたち家族なんだし、当然でしょ?とりあえず親父に電話してみるわ」
「いいよ、そんなことしなくて。まだ3年も先のことだし、俺、自分で出すし」
「いいから!・・・あ、親父?あのね、杏がね?」
なんでこういうことになるんだ?
「電話代われって、親父が」
俺はコンちゃんのスマホを受け取った。
「もしもし。あの、今の話は聞かなかったことにしてください。俺、自分で貯めるんで」
「貯めなくても余裕で行けるって。アーサーからも俺からも給料もらってんだし」
「そんなわけないでしょう」
「そんなことあるよ。だけど別に医学部じゃなくても大学に進学するんだったら全部「アーサー」から出るからお金のことは心配するな」
「どういうことですか」
「杏は「アーサー」の財産だ。「アーサー」からしたら投資だよ。未来へ投資。さっき一緒にいた千晶くんだっけ?彼も同様だよ。美和ちゃんの学費だって「アーサー」から出てるし」
「そうなんですか?」
「あぁ。美和ちゃんに聞いてみな?くくっ。じゃあな」
「エロ親父、なんだって?」
「えっと・・・お金のことは心配するなって」
「ほら!言った通りでしょ?」
「まぁ・・・」
そして千晶も含めて哲ちゃんの夕食を食べ、美和の運転で千晶を駅まで送った帰り。
国道をまっすぐ見つめながら、美和が言った。
「杏、医学部に行くって、本気?」
「あぁ、たぶん」
「「麻生家」のことを考えてそう言ってるんだったら、気にすることないよ?杏には好きなことして欲しいし、「麻生家」のことは別個に考えていいんだから」
「そうかもしれないけど・・・でも、逆に考えるとムリがあると思わない?」
「どういうこと?」
「俺、あの図書館の本、全部読んでるだろ?美和が言った通り、やっぱあの世界は神秘に満ちてると思うんだ。人知を超えてる。それにあそこに保管されてるのは、医学部じゃ教えないことなんだろ?」
「うん」
「で、美和以外、あれを全て読んだのはいまんとこ俺だけで」
「そう、だね」
「その知識を生かさないのは、俺、罪だなって。だって医者になって、あの知識を生かしたら、たくさんの人が救えるんだから。あの知識を使わなかったら、本当は救えた人たちが死んでいくわけなんだから・・・それってある意味、殺人だよね?」
「・・・」
「俺にはできないよ、そんなこと。幸い、美和と「アーサー」のお陰で医学部に行くだけのIQはあるみたいだし、「麻生家」の先祖の想いも引き継げるし、美和も助けられるし・・・ま、自然の成り行き。他にあの知識を生かせる方法があるなら別だけど」
「杏・・・」
美和はそう俺の名を呟くと、路肩に車を停めた。
「どうした?」
「杏は・・・すごいね」
「なんで?」
「なんか、すごい」
そう言うと、美和はハンドルにうつ伏せになって肩を震わせた。
「なんで泣いてんだよ?泣くなよ」
俺は美和を自分に引き寄せ、頭を撫でる。
でも美和は更に激しく泣き始めた。
「どうしたんだよ?俺、なんかマズイこと言った?謝るから言ってよ」
「なんにも・・・マズイことなんて言ってない。ただ・・・」
「ん?」
「それが・・・今、杏が言ったそのものが、「麻生家」が代々医者を引き継いできた根本的な理由なの。救える命を救わないのは罪だって。私達にはそれが出来るのに、それをしないのは最も怠慢な殺人だって・・・」
俺はおよそ100人の新入生と、その2倍の数の在校生を前に、壇上に立っている。
その後ろの保護者席に見えるのは・・・はぁ。
両親と叔父さん夫婦を含め、今日はみんなに来ないように頼んだ。
挨拶してるところ、見られたくないし。
なのに。
そこには、美和、圭さん、コンちゃん、昌さん、そして何故か、哲ちゃんもいる。
そして彼らは・・・目立ち過ぎている。
俺、ここでは極力、存在感なく生活したいんだけどな。
たぶん勉強もそんなにしなくて済むから、出席日数ギリギリで卒業できればいいし。
そんな、全くやる気のない俺の新入生代表の挨拶。
―――5年前、美和が使ったモノを借りて、ただ読んだ。
式が終わって、俺はその目立つ集団に向かう。
みんな、怪しげな笑顔。
勘弁してくれ。
すると・・・
校長が俺を追って、同じ方向に歩きだした。
「栗山くん、とてもいい挨拶でした。ところで栗山くんと麻生さんはお知り合いだったんですね。麻生さん、お元気でしたか?お元気そうでなによりですよ。近藤さんもご無沙汰してます」
「こちらこそご無沙汰してます。その節はありがとうございました」
「本当にその節はお世話になりました。先生もお変わりなくて」
圭さんは校長に会釈した。
この2人も知り合いなのか。
ホントに、何処で誰がどう繋がってんのか、訳がわからない。
「私の方は何も変わりませんよ。でも麻生さんがここを去ったのは本当に残念でした。今でもあの時のことは鮮明に覚えています。でもこうしてまたお会いできて本当に嬉しいです。これも栗山くんのお陰ですね?」
「はい。本当に杏・・・栗山くんのお陰です」
「栗山くん」
「はい」
「麻生さんの分まで、ここでの高校生活を目一杯楽しんで行って下さい。期待してますよ?」
そう言って、校長は立ち去った。
そして、俺がみんなに文句を言おうとした瞬間。
「杏ちゃ~ん!!!!」
え?
誰だ?
後ろを振り向くとそこには・・・
「千晶、オマエなんでここに?」
「杏ちゃんがここ受けるって言ったから、ここに来たんだよー。でもやっぱ勝てなかったぁ。俺、次席だったよ~」
斎藤千晶。
喜多島さん情報によると千晶は、1年ほど前にアーサーにスカウトされた若き天才。
そのころから研究所でよくみかけるようになり、同い年ってこともあって、自然に話すようになった。
千晶は「なんとかロボット大会」を最年少で優勝したメカオタクらしく、既に「アーサー工学研究所」でロボット開発に従事してるらしい。
「ここ受けるならそう言ってくれればよかったのに。俺がここ受けるの知ってたよね?」
「驚かそうと思ったんだよ!それも俺が主席になってさ!」
よかった・・・真面目に試験受けといて。
少しでも手を抜いてたら、絶対に千晶に抜かれてた。
「美和ちゃん、相変わらず可愛いですね~」
「ふふっ。千晶くんも相変わらずだね?」
「千晶、いい加減にしろよ」
俺は千晶の頭をひっぱたいた。
「そのくらいいいじゃん。それより美和ちゃん、安心していいからね?杏ちゃんには俺がいつもついてるからさ!」
「何を安心するの?」
「杏ちゃんが浮気しないようにだよ~!」
「するわけねぇじゃん」
俺は千晶の頭をもう一度ひっぱたいた。
「ま、千晶くんが監視してくれると安心は安心だな」
圭さんがニヤリと微笑む。
「美和ちゃん、こんなバカの言うこと、聞かなくていいわよ?杏がそんなことするわけないし」
「したら当然勘当だろ?!」
コンちゃんと昌さんも千晶の頭をひっぱたいた。
美和は余裕で笑ってたけど。
その後、美和達と別れてクラス分けをみたら、千晶と一緒だった。
1学年3クラスしかないこの高校。
2年になったら文系理系に分かれるけど、千晶は明らかに理系。
俺も理系に行くし、理系クラスは一学年一クラスしかないから、ほぼ100%の確率で、千晶とは3年間同じクラスってことだ。
千晶も同じことを思ったみたいで
「杏ちゃんはもちろん医学部狙いだよね?3年間、よろしくね?」
って言ってきた。
ま、でも。
千晶がいてくれると正直助かる。
アーサーのことも、美和のことも話せるから。
そしてなにより、
千晶はいいヤツで気が合うし、面白い。
アーサーメンバーだから当然と言えば当然だけど。
美和にはまだ言ってないけど、俺は美和のいる大学の医学部に進学しようと思ってる。
進路が決まったとなれば、あとは学費を貯めるだけ・・・
あ、結婚資金も・・・子供たちの教育資金も・・・か?
いくら必要なのかな。
ま、相当ってことは確実だな・・・
圭さんの仕事、増やしてもらおうかな。
千晶と2人教室に入ると、中にいた生徒達が一斉に俺達を見た。
「杏ちゃんは既に有名人だね。おまけにそのあんず色の髪、一度見たら忘れられないもんね。ははっ」
「千晶、俺は出来るだけ静かな高校生活が送りたい。わかってるとは思うけど俺は、高校よりアーサー優先だし」
「美和ちゃん優先でしょ?」
「ま、そうとも言う」
「くくっ。大丈夫。俺もアーサー優先だから。あっちで研究者たちと研究開発してた方が楽しいもんね」
「ま、助け合っていこうよ」
「当然だよ!俺、杏ちゃんと高校生活送れるなんて、ホント嬉しいよ!」
その日は担任、和久井からの簡単な説明でお開きになった。
その後、他の生徒達は部活訪問なんかに行くらしかったけど、部活に入らない俺と千晶には関係ないから、そのまま荷物を持って教室を出た。
「千晶は電車通学?」
「そうだよ。杏ちゃんは?」
「俺はチャリ」
「マジで?!いいなぁ。俺なんか片道一時間かかるんだよ!だから1人暮らししたいって親に言ったんだけど、許してもらえなくてさぁ。俺、アーサーから給料もらってるから余裕なのに、ホント子供扱いで困るよ!」
それなら美和に聞いてみる?って喉まで出かかった・・・部屋はいっぱいあるんだし。
だけど同時に。
これから美和に「麻生家」のことを具体的に教えてもらうことになる状況で、千晶が傍にいるのはまずいんじゃないかって感じて。
千晶、なんてったって賢いし。
でも。
「面倒くさい時は泊りにくればいいよ。美和も喜ぶだろうし」
「それは助かるよ!でも、ホントにたまに、どうしようもない時だけ頼むよ」
「なんで?」
「だって、杏ちゃんと美和ちゃんがイチャついてるところ、俺には刺激強すぎると思うから。あははっ」
「そうかな?」
「そうだよ!」
「ま、とりあえず今日は寄ってく?」
「まだ時間早いし・・・そうだね。今日はお邪魔してこうかな」
俺と千晶はチャリ2人乗りで家に向かう。
「あはは~!高校生活初日に杏ちゃんと2人乗りなんて楽しすぎ~!」
「下り坂だからちゃんとつかまってろってば!」
「やっほ~い!」
くくっ。
千晶のお陰で、高校3年間、楽しくなりそうだ。
そして。
「ただいま」
「おじゃましま~す!」
ぱたぱたぱた。
美和の足音。
「お帰り~!」
いつものように美和が飛びついてきた。
だから俺もいつものように美和を抱きかかえたままリビングに向かう。
「千晶くんも一緒だったんだね!入って、入って?」
俺の肩に頭を乗せたまま、俺の後を歩いてくる千晶に美和が話しかける。
「ある程度予想はしてましたけど、美和ちゃん、杏ちゃんの前ではホントにコドモみたいですねぇ。杏ちゃんが大人でよかったですねぇ」
「千晶くん!私は大人だよ!」
「それのどこがですか?」
「全部!」
「くくっ。そうですよねぇ?」
リビングのソファーに美和を下ろすと、コンちゃんと哲ちゃんもそこにいた。
「哲ちゃん、今日はお休みだったの?」
「そうなんですよ。だから入学式に連れてってもらったんです。杏くん、カッコよかったですよ!」
「ホント、さすがアタシの弟だわ」
「はは。ただ美和の原稿読んだだけなんだけどね」
「え、そうなんですか?」「そうなの?」
「ところで・・・杏くんと千晶くんはどういう知り合いなんですか?同じ中学、じゃないですよね?」
さすが哲ちゃん、スルドイ。
そのこと、打ち合わせしてなかった。
けど。
「千晶くんも喜多嶋さんの研究所の実験に協力してるのよ、ね?」
美和が千晶にウィンクする。
「そうなんですよ。研究所で美和ちゃんと杏ちゃんと知り合って!」
千晶が俺を見て笑った。
「そうなのねぇ。だから千晶くんもあの高校に入れるくらい賢いのねぇ」
「杏ちゃんほどじゃないですけどね!」
「で、そんなに賢い千晶くんは、将来何になりたいんですか?」
「俺はロボットエンジニアです!」
「ロボットエンジニア?」
「俺の作るロボットは、災害などの危険地域で人命救助をしたり、人間に代わって爆弾などの危険物処理をしたりします!」
「なんかもう既にそういうロボットを作ってるように聞こえますね」
「作ってますよ!実験段階ですけど!」
「「え?!」」
「千晶、「なんとかロボット大会」の最年少チャンピオンなんだって」
「とりあえず3年連覇してます!」
「へ?そうなの?知らなかった。凄いんだね、千晶って」
「杏ちゃんにそう言われると照れちゃうなぁ。へへ」
「杏くんは?将来、何になるんですか?」
「杏は美和ちゃんのダンナよ!」
「まぁね」
「え?そんなにあっさり?」
「それは確定です。な、美和?」
「うん」
「なんか杏くんって、カッコいいですよねぇ。とても高校生とは思えないなぁ」
「哲ちゃん、杏とアタシたちと一緒にしちゃダメよ!」
「それはそうなんですけど。でも仕事的には?」
「杏ちゃんは医者になるんですよ」
「え?」
美和がちょっと驚いた顔をした。
「本当に?」
「それが自然な成り行きかなと。ま、だからこれから学費貯めます」
「近藤関係の仕事を手伝い続けたら、エロ親父が学費くらい出すわよ。ぽーんってね」
「そういう訳にはいかないよ」
「きっと自分が出せなかったらエロ親父、逆に怒るわよ?仮に出さなくても、アタシと昌が出すわよ」
「なんで?」
「だってアタシたち家族なんだし、当然でしょ?とりあえず親父に電話してみるわ」
「いいよ、そんなことしなくて。まだ3年も先のことだし、俺、自分で出すし」
「いいから!・・・あ、親父?あのね、杏がね?」
なんでこういうことになるんだ?
「電話代われって、親父が」
俺はコンちゃんのスマホを受け取った。
「もしもし。あの、今の話は聞かなかったことにしてください。俺、自分で貯めるんで」
「貯めなくても余裕で行けるって。アーサーからも俺からも給料もらってんだし」
「そんなわけないでしょう」
「そんなことあるよ。だけど別に医学部じゃなくても大学に進学するんだったら全部「アーサー」から出るからお金のことは心配するな」
「どういうことですか」
「杏は「アーサー」の財産だ。「アーサー」からしたら投資だよ。未来へ投資。さっき一緒にいた千晶くんだっけ?彼も同様だよ。美和ちゃんの学費だって「アーサー」から出てるし」
「そうなんですか?」
「あぁ。美和ちゃんに聞いてみな?くくっ。じゃあな」
「エロ親父、なんだって?」
「えっと・・・お金のことは心配するなって」
「ほら!言った通りでしょ?」
「まぁ・・・」
そして千晶も含めて哲ちゃんの夕食を食べ、美和の運転で千晶を駅まで送った帰り。
国道をまっすぐ見つめながら、美和が言った。
「杏、医学部に行くって、本気?」
「あぁ、たぶん」
「「麻生家」のことを考えてそう言ってるんだったら、気にすることないよ?杏には好きなことして欲しいし、「麻生家」のことは別個に考えていいんだから」
「そうかもしれないけど・・・でも、逆に考えるとムリがあると思わない?」
「どういうこと?」
「俺、あの図書館の本、全部読んでるだろ?美和が言った通り、やっぱあの世界は神秘に満ちてると思うんだ。人知を超えてる。それにあそこに保管されてるのは、医学部じゃ教えないことなんだろ?」
「うん」
「で、美和以外、あれを全て読んだのはいまんとこ俺だけで」
「そう、だね」
「その知識を生かさないのは、俺、罪だなって。だって医者になって、あの知識を生かしたら、たくさんの人が救えるんだから。あの知識を使わなかったら、本当は救えた人たちが死んでいくわけなんだから・・・それってある意味、殺人だよね?」
「・・・」
「俺にはできないよ、そんなこと。幸い、美和と「アーサー」のお陰で医学部に行くだけのIQはあるみたいだし、「麻生家」の先祖の想いも引き継げるし、美和も助けられるし・・・ま、自然の成り行き。他にあの知識を生かせる方法があるなら別だけど」
「杏・・・」
美和はそう俺の名を呟くと、路肩に車を停めた。
「どうした?」
「杏は・・・すごいね」
「なんで?」
「なんか、すごい」
そう言うと、美和はハンドルにうつ伏せになって肩を震わせた。
「なんで泣いてんだよ?泣くなよ」
俺は美和を自分に引き寄せ、頭を撫でる。
でも美和は更に激しく泣き始めた。
「どうしたんだよ?俺、なんかマズイこと言った?謝るから言ってよ」
「なんにも・・・マズイことなんて言ってない。ただ・・・」
「ん?」
「それが・・・今、杏が言ったそのものが、「麻生家」が代々医者を引き継いできた根本的な理由なの。救える命を救わないのは罪だって。私達にはそれが出来るのに、それをしないのは最も怠慢な殺人だって・・・」
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