HOME(ホーム)

たいけみお

文字の大きさ
上 下
23 / 98

第22章:「杏だから、やる」

しおりを挟む
圭さんからクレジットカードを受け取った後。

俺は鮫島さんが運転する昌さんの車で家まで送ってもらうことになった。

丁度2人は近藤組に戻るところらしい。

右隣に座る昌さんはコンちゃんと同じように、楽しそうに俺の髪の毛で遊んでいる。


昌さんとコンちゃんとは10歳以上年が離れてるから、

2人にとって俺は、弟でもあるけどオモチャでもあるんじゃないか、と最近思う。

まぁいずれにしても、めちゃくちゃ可愛がってもらってることに間違いはない。



ちょっと意外だったのは。

コンちゃんよりも、圭さんよりも、昌さんの方がマメに電話やメールをくれること。


たしかにコンちゃんはまだあの家の一室を借りているけれど、仕事を始めてからは帰って来ない日も顔を合わせないことも多い。

だからコンちゃんとも、そしてもちろん圭さんとも、電話やメールで基本やり取りをしてるんだけど、昌さんからは2人の倍くらい、連絡がくる・・・ほとんどがすごく短いメールだけど。

「今、どこにいるんだ?」とか

「今、何してる?」とか

「ちょっと部屋まで顔見せに来い」とか。

最近じゃ俺のスマホが震える度に圭さんが「また昌か?」と聞くほどになった。



「ところで杏、オマエ、誕生日に何欲しい?もうすぐだろ?」

そう、俺の誕生日は4月5日。

もうすぐ16歳になる。


一瞬だけ美和と5歳違いになるけど、

またすぐに4歳に縮まる。


「美和ちゃんが欲しいとか言うなよ?くくっ」

「昌さんにそう言ったってムダだし」

「テメェ、マジでムカつく」


昌さんは俺を思いっきり羽交い絞めにした。

「いくら仲良くても車中で暴れるのは止めてください!危ないですよ!」

「殺されたって美和は譲りませんよ」

「鮫島うるせぇ!杏も黙れ!親父といい杏といい、美和ちゃんのことに関してはホントムカつくんだよ!」


まぁ、昌さんの羽交い絞めなんて、本気になったらすぐにでも解けるんだけど。

楽しいからこのままでいい。




約1年前。

明らかに昌さんは美和に恋心を抱いていた。

恐らくそれは、幼い美和を見かけて以来、ずっと昌さんの心のどこかにあって、

「里香さんの件」で直で再会した時に、まるで蕾が花開くように、確信に変わったんだと思う。


でも。


その恋は圭さんと俺に阻まれた。

正確に言うと、自ら身を引いた、というか、

美和とどうこうなろうとか最初から頭になかった、と言う方がいいかもしれない。


初めて俺が「アーサー」に行った後。

たぶんそれから半月くらい経ってからだろうか、

昌さんが唐突に俺にこんなことを言ってきた。


「親父にも杏にも勝てるとは最初から思ってねぇよ。美和ちゃんが俺の器に収まるような女じゃないってわかるし。傍から見たら情けねぇ男に見えるかもしれないけど、自分の器量くらい自分でわかってる。だてにヤクザな世界に生きてるわけじゃねぇから」

「じゃあ気持ちも伝えないんですか?」

「伝えねぇよ。傍から見守ってるだけでいい」

「それってなんか・・・」

「なんだよ」

「美和は昌さんにとってTVの中のアイドル、みたいな?」

「ははっ。そうかもな」



それ以降、美和のことは、昌さんをからかうためのネタと化している。

たぶん、それでいいんだと思う。

昌さん、なんだかんだいって楽しそうだから。


それにコンちゃん曰く、昌さんはものすごくモテるらしい。

だから美和のことは全く気にしなくていいとコンちゃんも圭さんも言っていたし、

もしかしたら俺が知らないだけで、実は彼女もいるのかもしれないけれど、



ただ、



「昌は自分から好きになったコとは昔からうまくいかないのよねぇ。ホント苦労症。親父とおんなじ。だからこれは昌の宿命、ってところもあると思うわ」

そう付け加えられて、ちょっと胸が痛んだ。

だからって言って、どうにかできるもんでもないけれど。


きっと。


圭さんがずっと独身を通しているのも、そこらへんに理由があるんじゃないか、と俺は踏んでいる。

俺からそれについて圭さんに聞くつもりはないけれど、

でもいつか、圭さんが自分から話してくれる時が来ると思いたい。

2人でお酒でも飲みながら、そんな話が聞ける日が来ればいいなと思う。

あぁ、早く大人になりたい。



「で、誕生日は何が欲しい?なんでもいいぞ」

「ホントになんでもいいんですか?」

「いいよ。遠慮すんな」

「俺・・・」

「なんだよ?」

「昌さんのバイクが欲しいんですけど・・・」



付属校は家から近いから歩きか自転車で通うつもり。

でも実は、この一年でバイクの乗り方も車の運転も覚えた。

トレーニングの一環でZ部隊に教えてもらって、「特殊国際免許」というものも取得した。


Zによると、その免許は俺の年齢でも世界中のどこででも使えるらしい―――

一般には知られていないけれど。

だからたまに、後ろに美和を乗せて走れたらいいな、

キモチいいだろうな、って思って。


「免許は?取るの?」

「もう持ってます」

「いつの間に・・・くくっ。じゃ、新しいの買ってやるよ」

「いや、昌さんのバイクがいいです。一台もらえませんか?」


昌さんの自宅倉庫には5台のバイクが置いてある。

バイク好きの昌さんが集めた、宝物のように大切にしているバイクたち。


時間を見つけては、昌さんは倉庫に籠ってバイクのメンテをしていて、

そこで一夜を明かしているのも度々見た。


そのバイクたちに囲まれてる昌さんの寝顔はめちゃくちゃ可愛い。

どんな、幸せな夢を見てるんだろうっていつも思いながら、起こさないようにそっとそこを立ち去る。


「なんで俺のがいいの?」

「昌さんが真底大切にしてるバイクだから俺も大切にするだろうなって―――なんか、すごく特別じゃないですか」


「・・・ふーん」

そういうと、何故か昌さんは俺から顔をそむけ、走る景色を見始めた。



やっぱり、すごく大事にしてるモノだから嫌だったのかな。

この角度じゃ表情がよく見えないけれど。



「やっぱりムリですよね。あんなに大事にしてるんだし。気にしないでください、言ってみただけなんで」

「そうじゃなくてさ」


昌さんはゆっくりと、再び俺の方に顔を向けた。

心なしか・・・顔が赤い気が。



「どうしたんですか?」

「鮫島、何にもわかってないコイツになんか言ってやって?」

バックミラーに映る鮫島さんが愛おしそうな目で昌さんと俺を交互に見た。



「杏さん、昌さんにとってあのバイクたちは・・・手塩にかけて育ててきた娘たち、なんですよ」

「娘?彼女とか仲間とかじゃなくて、ですか?」


「実はあの5台の前にもう一台、昌さんにとって初めてのバイクというのがありまして。それは昌さんにとっては彼女的存在で、狂嵐時代の最初の2年間を共に生きました」

「・・・はい」


「しかしその彼女は天国に召され・・・」

「へ?事故ったんですか?!」


「あぁ。思いっきりな。俺は大丈夫だったけど彼女はダメだった」

「・・・」


「ですので、それ以降のバイクはコドモ的な存在なんです」

「・・・なるほど」

「アイツの代わりになるヤツはいねぇから」


「5台にもなってしまったのは、あまりの愛着で手放せなくなったからです」

「はぁ・・・ってことは、譲ってもらうのはムリですね。わかりました。昌さんすいません、ムリ言って」


「いや、そうじゃないんですよ」

「え?」


「さっきの杏さんの言葉・・・「昌さんが真底大切にしてるバイクだから、俺も大切にするだろうなって」ヤツですが」

「はい?」

「自分にはまるで「娘さんをください。大切にします」って、義父に言ってるみたいに聞こえまして・・・ね、昌さん、そう言うことですよね?」

「ま、な。だからやるよ、オマエに1台。2台でも3台でもいいけど・・・杏だから、やる」



しおりを挟む

処理中です...