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第9章:「里香さんの件」
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早いもので、里香さんがここに来てからもう2カ月が経つ。
里香さんは美和の言いつけ通り、まだ一歩もここから出ていない。
だから里香さんが会うのは、ごく限られた人間だけ。
石黒竜二がここを突き止めた形跡はない。
でも圭さんによると、まだ諦めていないらしい。
実際何度も、明良さんと祥吾さんに接触を試みてるようだ。
10月半ばのとある日の夕食。
里香さんは徐に箸を置いて、そこにいる全員にこう言った。
「私はもう大丈夫です。目が醒めました」
カウンセリングを続けたことと、ここで暮らしたことで自然に、石黒竜二とはきっぱり別れる決心をすることができたと言う。
「あとはどう別れるか、だね」
美和が珍しく真剣な面持ちで、そう里香さんに言葉をかける。
「恋愛経験の浅い美和ちゃんが考えたってわかるわけないわ。後はアタシに任せなさいよ」
コンちゃんがイタズラっぽく美和に微笑む。
「コンちゃん、それひどくない?!私もう18歳なんですけどっ!」
「でも本当のことでしょう?なんてったって初恋の相手があのエロ親父よ?経験もないけど見る目もないわ!」
「圭ちゃんのこと悪く言わないでっ!!」
「ったく、あのエロ親父のどこがいいんだか・・・」
「まぁまぁ。こういう時、マンガだとですねぇ・・・」
2人の間にうまく切り込んだのは哲ちゃん。
哲ちゃんはなんでもマンガ的に物事を考える。
「大まかにいうと、別れ方としては2パターンあるんですよ」
「「「ほう~」」」
さすが哲ちゃん。
説明も、人のココロを掴むのもウマい。
「納得してもらう。もしくは、遠くに逃げる。です」
「「「ふむ~」」」
「そしてどちらのパターンでも、欠かせないアイテムがあるんです」
「「「なになに?」」」
美和とコンちゃんが身を乗り出してる。
「そ・れ・は」
「「「うん?」」」
「新しいオトコです!」
「「「「なるほど~!!」」」
明良さん、祥吾さん、そして里香さんは、呆然とこの様子を眺めている。
思うに。
里香さんがこのことを今夜持ち出したのは、明良さんと祥吾さんもここにいるからじゃないかな。
「でも遠くに逃げるってパターンはこの際ないわよね」
「そうですね。彼から逃げ切れるとも思えないですし、この際はっきりさせたいです」
里香さんはコンちゃんにはっきりそう言った。
「ってことは話し合いね」
美和の目がくるくる回ってる。
美和が真剣に考えてる時って、ああなるんだ。
おもしれぇ。
カラクリ人形みてぇ。
そして美和は里香さんに言った。
「井坂先生に相談してみる?きっと助けてくれると思うけど」
「井坂先生って?」
「私がお願いしてる弁護士さん」
「それはいいアイデアかもしれないけど・・・それだったら近藤組の顧問弁護士の方がいいんじゃないかしら?ヤクザなことには慣れてるから。親父に相談してもいいわよ?もう話は向こうに行ってるかもしれないけど」
コンちゃんが里香さんと明良さんを交互に見つめた。
「あの・・・哲ちゃん」
今まで寡黙だった祥吾さんが突然口を開いた。
「はい?」
「さっき言ってた「新しいオトコ」の役割は何ですか?」
「あぁ・・・それをまだ言ってませんでしたね。ま、遠くに逃げる場合はもちろん一緒に逃げるってことです」
「はい」
「で、話し合いの場合は「もうアイツは俺のオンナだ。テメェは引っ込んでろ!」ってな感じですかね」
「なるほど・・・」
祥吾さんは珍しく神妙な面持ち。
その時、里香さんが言った。
「あの―――、私、直接彼と会って話してきます。そして納得してもらいます・・・わかってもらえるまで、頑張ります」
その言葉に、その場にいた全員が驚いた。
「それはダメだよ!危険だよ!また殴られるよ!」
美和が心配そうな声を出す。
「私、あの人には誠実でいたいから。きちんとお別れしてきます・・・そうじゃないと後々狂嵐や近藤組にも迷惑かけてしまうだろうし、私も彼もちゃんと前に進めないと思うので・・・」
みんなが息を呑んだ。
里香さんはもう、目が醒めたと言った。
じゃあなんで、自分に暴力を振るった相手に誠実でいたいなんて言うんだろう?
大人はよくわからない。
でも、あることを閃いたから言ってみることにした。
「あの・・・ガキの俺が口挟むのはどうかとも思ったんですけど・・・里香さん、こういうのはどうですか?」
「なんでしょう、杏くん!」
美和が人差し指で俺を指す。
「どっか公共の場所、公園とか河原とかに石黒さんに1人で来てもらうように伝えて、石黒さんと里香さんが話してる間、遠くから狂嵐と近藤組で二人を監視するんです。で、石黒さんが変なことにしそうになったら即突入」
「「「「・・・」」」」
「だめ・・・だったかな?」
「それ、いいわ!」
「杏、あったまいい~!」
「杏くん、やりますねぇ~!」
そしてその週末。
作戦は実行に移された。
多摩川の土手に石黒竜二を1人呼びだした里香さん。
もちろん、遠くから狂嵐と近藤組が張ってることは、石黒竜二には伝えてある。
美和、コンちゃん、哲ちゃん、明良さん、祥吾さん、そして俺は、
美和の真っ黒なバンに乗りこんで様子を伺うことにした。
そして何故か、圭さんと昌さんもここにいる。
「じゃ、行ってきます」
里香さんは指定の場所に座って待つ石黒竜二の元へ、ゆっくり歩いて行った。
「がんばれ~、里香ちゃん!」
コンちゃんがぎゅっとこぶしを握りしめている。
「大丈夫。うまくいくさ」
哲ちゃんはコンちゃんの肩を叩いた。
背後から歩いてきた里香さんに気がついた石黒竜二は、複雑な表情をして里香さんを見つめていた。
そして、里香さんが隣に腰を下ろす。
マイクを里香さんに着けることも提案されたけど、それは里香さんが拒否したので、2人が一体何を話してるのかは全くわからない。
でも、石黒竜二がどんどん俯いていく。
こうやって眺めていると、石黒竜二が石黒組の若頭だというのが信じがたい。
そこらへんにどこにでもいる、20代半ばの男だ。
「アイツも可愛そうなヤツだ」
ぽつりと圭さんが言った。
「アイツはそういう育てられ方をしてきたから、そういう愛し方しか知らなかったんだよ」
昌さんも哀しそうな目をした。
「そういう育てられ方をされたら、一生変われないのかな?」
コンちゃんは美和を見た。
「うーん、特攻薬はないけど、100%不可能ってわけでもない、よね・・・医学的に言うと」
「そうなの?」
「育てられた環境でそうなったんだったら後天的なものだから変わる可能性はあるよ、簡単じゃないけど。でもこれが本人の生まれ持った性質だったら変わるのは不可能。それは遺伝子に組み込まれてるの。本人がコントロールできるようなレベルの話じゃないの」
「なんかわかる気がするわ」
その時。
「「「「あぁ!!!」」」
突然石黒竜二が里香さんを抱き寄せた。
「この展開はまずいんじゃない?」
「もしかして、うまく言いくるめられてるのかしら?」
「そうかも、知れないな」
「指示を出すまでは動くな」
圭さんも明良さんも、近藤組と狂嵐メンバーにスマホで指示を出してる。
すると。
「俺、ちょっと行ってくるわ」
祥吾さんがバンのドアをスライドさせた。
「待てよ」
明良さんが祥吾さんの肩を掴む。
すると祥吾さんは言った。
「マンガ的に言うと、そろそろ俺の出番だろ?」
「「「え?!」」」
知らなかった。
いつの間にそんなことに。
「ま、殴り合いになったら死ぬ前に助けてやるから」
圭さんと昌さんは笑っていた。
「ありがとうございます」
そして祥吾さんは、まだ重なったままの2人の元へゆっくり歩いて行った。
「どうなっちゃうのかなぁ」
美和は圭さんの手をぎゅっと握っている。
「里香ちゃんは祥吾くんのキモチ、知ってるの?」
コンちゃんが明良さんを見た。
「まぁ、ガキの頃からのことなんで・・・祥吾はずっと里香のこと好きだったから」
「えぇー?」
「でも里香は祥吾のことをオトコして見たことは一度もなかったと思うんですよ・・・今回のことが起こるまで。今はそうでもないと思うんですけど、ガキの頃にに3歳年下ってやっぱ大きいじゃないですか。恋愛対象じゃないですよね、里香からすると」
「なるほどねぇ」
コンちゃんと哲ちゃんが何故か俺の方を見た。
「でも・・・ってことは里香ちゃんはある意味、祥吾くんのために竜二と別れるって決めたってことよね?」
「それはどうですかね。そこまでは俺にもわかんないですけど、でも・・・」
「でも?」
「祥吾、今回はマジで頑張ってましたよ。里香のこと、本気で支えてましたから」
「じゃ、あの2人はまだ付き合ってないの?」
「まだだと思いますよ。石黒竜二のことがカタつくまでは里香がOKしませんよ」
「じゃ、これから愛の告白?きゃあ~」
「うるせぇよ、孝」
「なによ、昌みたいなケンカバカにはわかんないわよ」
「俺はオンナは死ぬほど大切にする」
「オマエらいい加減にしろ。3人が動いたぞ」
「「「え?!」」」
見ると、祥吾さんが里香さんの腕を引っ張って、石黒竜二から自分の方に抱き寄せていた。
石黒竜二に何か言ってる。
意外なことに、石黒竜二は一歩も動かない。
じっと祥吾さんを見つめて、何か話している。
石黒竜二の目が、里香さんに移った。
そしてまた、一言二言、投げかけていた。
そして。
意外にも石黒竜二は―――
その場を静かに立ち去った。
「終わったな。よかった、大ごとにならなくて」
圭さんが明良さんの方を向いた。
「はい。ありがとうございました」
「じゃ、ここで解散だな」
「はい」
里香さんと祥吾さんはまだ車に戻って来ない。
同じ場所で、まだ話をしている。
「美和ちゃん、せっかくだからこれからおいしいものでも食べに行こうよ」
圭さんが美和の頭を撫でた。
「うん、行く~!」
2人は仲良く手を繋いで、フルスモークの圭さんの高級車へと移動した。
明良さんは祥吾さんと里香さんに声をかけ、狂嵐の中山さんが運転する車に乗り込んだ。
「昌、オマエは?」
「たまには考とお茶でもするか」
「杏くんと哲ちゃんも一緒に行きましょうよ?」
昌さんが連れて行ってくれたのは、高級そうな日本家屋の小料理屋。
「ここはエロ親父の店だから、好きなモノをいっぱい注文してね?」
「杏はまだ中学生だろ?遠慮せずに死ぬほど喰えよ?」
昌さんとコンちゃんは、調子に乗って本当に死ぬほど注文した。
「うまい!」
あの哲ちゃんがうまいと言うんだからうまいに違いない。
俺は唐揚げを頬張った。
「うまい!」
外はサクサクで、中がジューシー。
「そりゃよかったな」
昌さんはコンちゃんと同じような笑い方をする。
「哲ちゃんに褒められたって、おかみに言っとかないとな。くくっ」
「ところで昌さんとコンちゃんは二卵性双生児、ですよね?」
「そうだよ。似てるけど似てないだろ?」
「そうなんですよ、似てるんだけど、微妙に違うんですよ」
「性格も違うしねぇ?」
そんなほのぼのした会話に鋭く切り込んできたのは哲ちゃんだった。
「ところで、圭さんと美和ちゃんのことなんですけどね」
ホント哲ちゃんって、いつも絶妙なタイミングで核心を付く。
昌さんとコンちゃんが顔を見合わせてる。
聞いちゃいけないことだったんだろうか?
でも知ってか知らずか、そんなことは気にしないような素振りで、哲ちゃんが言葉を続けた。
「あれじゃ、さすがに奥さんに怒られるんじゃないですか?」
「奥さんって、俺らの母親のこと?」
昌さんがタバコをふかしながら言う。
「はい。大丈夫なんですか、家で」
「大丈夫よ。あのエロ親父、独身だから。ま、奥さんがいたって美和ちゃんへの態度は変わらないだろうけど・・・だけど気付かなかったわ。美和ちゃんがあの美和ちゃんだったなんて。依子に紹介された時に気がつかなかった私も私だけど、あんなに大きくなってると思ってなかったのよねぇ。それに数回、それもすれ違ったことしかなかったし」
「まぁな。それにあの家に表から入ったことなかったからな」
「そうなのよね。薬抜きの時はさすがに私たちは会わせてもらえなかったんだけど、エロ親父が撃たれた時は、あの家のどこかに監禁されてて、裏口かどこかから美和ちゃんが中に入れてくれたのよねぇ。あの部屋はどこだったのかしら。あの家、広すぎて何が何だかわからないから・・・」
明らかに隠し部屋の1つだ。
俺はまだそこに行ったことがないけど。
「もう8年も前の話だから・・・あの時、美和ちゃんは10歳よね?変わるはずだわ。あんなに綺麗になっちゃって」
「あぁ、本当にびっくりした。でも、親父は会ってたけどな。美和ちゃんがあそこに住んでなかった3年間も、どっかに会いに行ってた」
「そうなの?」
「あぁ。オマエが美和ちゃんのところにいるって分かった時の親父の顔、見せてやりたかったよ。親父、美和ちゃんのこと溺愛してるから、マジでお前のこと殺そうとしてた」
昌さんは大爆笑。
そして昌さんの話は、美和の話と一致する。
お父さんが亡くなってからの3年間、美和はどこにいたんだろう?
「不躾なことを聞くようですが、圭さんが独身というのはどういう・・・」
「別に不躾でもなんでもないわよ。みんな知ってることだし、ね、昌?」
「あぁ、あの人は一度も結婚したことがないんだよ。ま、理由は本人に聞いてくれ」
「えぇ?!それはムリですよ!―――でもコンちゃんと昌太郎さんは圭さんのコドモなんでしょ?」
なんか、俺には難しい話なんだけど。
「あぁ、正真正銘、あの人のコドモ」
「じゃ、お母さんが誰かは知ってるの?」
「それは内緒よ、ね、昌?」
「ま、な。くくっ」
「そういえば哲ちゃん、マンガの方はどお?」
話を逸らすようにコンちゃんが聞いた。
「実は今、いい感じで描いてるのがあるんですよ」
照れたようにそう答える哲ちゃん。
そっか、描けてるんだ・・・よかった。
「哲ちゃん、それ読ませてよ」
「俺も読みたい!」
「俺も結構マンガ読むよ」
「ただですねぇ・・・」
「どうしたの?」
「僕、スポ根が大好きで、今まではスポ根マンガばっかり描いてきたんです」
「それって、ボクシングとかサッカーとか、野球とか?」
「そうです、そうです。だけど、今回は全く違っていて・・・」
「うん?」
「4コマ漫画なんです」
「「「え?」」」
「それも、ミワワの話なんです」
里香さんは美和の言いつけ通り、まだ一歩もここから出ていない。
だから里香さんが会うのは、ごく限られた人間だけ。
石黒竜二がここを突き止めた形跡はない。
でも圭さんによると、まだ諦めていないらしい。
実際何度も、明良さんと祥吾さんに接触を試みてるようだ。
10月半ばのとある日の夕食。
里香さんは徐に箸を置いて、そこにいる全員にこう言った。
「私はもう大丈夫です。目が醒めました」
カウンセリングを続けたことと、ここで暮らしたことで自然に、石黒竜二とはきっぱり別れる決心をすることができたと言う。
「あとはどう別れるか、だね」
美和が珍しく真剣な面持ちで、そう里香さんに言葉をかける。
「恋愛経験の浅い美和ちゃんが考えたってわかるわけないわ。後はアタシに任せなさいよ」
コンちゃんがイタズラっぽく美和に微笑む。
「コンちゃん、それひどくない?!私もう18歳なんですけどっ!」
「でも本当のことでしょう?なんてったって初恋の相手があのエロ親父よ?経験もないけど見る目もないわ!」
「圭ちゃんのこと悪く言わないでっ!!」
「ったく、あのエロ親父のどこがいいんだか・・・」
「まぁまぁ。こういう時、マンガだとですねぇ・・・」
2人の間にうまく切り込んだのは哲ちゃん。
哲ちゃんはなんでもマンガ的に物事を考える。
「大まかにいうと、別れ方としては2パターンあるんですよ」
「「「ほう~」」」
さすが哲ちゃん。
説明も、人のココロを掴むのもウマい。
「納得してもらう。もしくは、遠くに逃げる。です」
「「「ふむ~」」」
「そしてどちらのパターンでも、欠かせないアイテムがあるんです」
「「「なになに?」」」
美和とコンちゃんが身を乗り出してる。
「そ・れ・は」
「「「うん?」」」
「新しいオトコです!」
「「「「なるほど~!!」」」
明良さん、祥吾さん、そして里香さんは、呆然とこの様子を眺めている。
思うに。
里香さんがこのことを今夜持ち出したのは、明良さんと祥吾さんもここにいるからじゃないかな。
「でも遠くに逃げるってパターンはこの際ないわよね」
「そうですね。彼から逃げ切れるとも思えないですし、この際はっきりさせたいです」
里香さんはコンちゃんにはっきりそう言った。
「ってことは話し合いね」
美和の目がくるくる回ってる。
美和が真剣に考えてる時って、ああなるんだ。
おもしれぇ。
カラクリ人形みてぇ。
そして美和は里香さんに言った。
「井坂先生に相談してみる?きっと助けてくれると思うけど」
「井坂先生って?」
「私がお願いしてる弁護士さん」
「それはいいアイデアかもしれないけど・・・それだったら近藤組の顧問弁護士の方がいいんじゃないかしら?ヤクザなことには慣れてるから。親父に相談してもいいわよ?もう話は向こうに行ってるかもしれないけど」
コンちゃんが里香さんと明良さんを交互に見つめた。
「あの・・・哲ちゃん」
今まで寡黙だった祥吾さんが突然口を開いた。
「はい?」
「さっき言ってた「新しいオトコ」の役割は何ですか?」
「あぁ・・・それをまだ言ってませんでしたね。ま、遠くに逃げる場合はもちろん一緒に逃げるってことです」
「はい」
「で、話し合いの場合は「もうアイツは俺のオンナだ。テメェは引っ込んでろ!」ってな感じですかね」
「なるほど・・・」
祥吾さんは珍しく神妙な面持ち。
その時、里香さんが言った。
「あの―――、私、直接彼と会って話してきます。そして納得してもらいます・・・わかってもらえるまで、頑張ります」
その言葉に、その場にいた全員が驚いた。
「それはダメだよ!危険だよ!また殴られるよ!」
美和が心配そうな声を出す。
「私、あの人には誠実でいたいから。きちんとお別れしてきます・・・そうじゃないと後々狂嵐や近藤組にも迷惑かけてしまうだろうし、私も彼もちゃんと前に進めないと思うので・・・」
みんなが息を呑んだ。
里香さんはもう、目が醒めたと言った。
じゃあなんで、自分に暴力を振るった相手に誠実でいたいなんて言うんだろう?
大人はよくわからない。
でも、あることを閃いたから言ってみることにした。
「あの・・・ガキの俺が口挟むのはどうかとも思ったんですけど・・・里香さん、こういうのはどうですか?」
「なんでしょう、杏くん!」
美和が人差し指で俺を指す。
「どっか公共の場所、公園とか河原とかに石黒さんに1人で来てもらうように伝えて、石黒さんと里香さんが話してる間、遠くから狂嵐と近藤組で二人を監視するんです。で、石黒さんが変なことにしそうになったら即突入」
「「「「・・・」」」」
「だめ・・・だったかな?」
「それ、いいわ!」
「杏、あったまいい~!」
「杏くん、やりますねぇ~!」
そしてその週末。
作戦は実行に移された。
多摩川の土手に石黒竜二を1人呼びだした里香さん。
もちろん、遠くから狂嵐と近藤組が張ってることは、石黒竜二には伝えてある。
美和、コンちゃん、哲ちゃん、明良さん、祥吾さん、そして俺は、
美和の真っ黒なバンに乗りこんで様子を伺うことにした。
そして何故か、圭さんと昌さんもここにいる。
「じゃ、行ってきます」
里香さんは指定の場所に座って待つ石黒竜二の元へ、ゆっくり歩いて行った。
「がんばれ~、里香ちゃん!」
コンちゃんがぎゅっとこぶしを握りしめている。
「大丈夫。うまくいくさ」
哲ちゃんはコンちゃんの肩を叩いた。
背後から歩いてきた里香さんに気がついた石黒竜二は、複雑な表情をして里香さんを見つめていた。
そして、里香さんが隣に腰を下ろす。
マイクを里香さんに着けることも提案されたけど、それは里香さんが拒否したので、2人が一体何を話してるのかは全くわからない。
でも、石黒竜二がどんどん俯いていく。
こうやって眺めていると、石黒竜二が石黒組の若頭だというのが信じがたい。
そこらへんにどこにでもいる、20代半ばの男だ。
「アイツも可愛そうなヤツだ」
ぽつりと圭さんが言った。
「アイツはそういう育てられ方をしてきたから、そういう愛し方しか知らなかったんだよ」
昌さんも哀しそうな目をした。
「そういう育てられ方をされたら、一生変われないのかな?」
コンちゃんは美和を見た。
「うーん、特攻薬はないけど、100%不可能ってわけでもない、よね・・・医学的に言うと」
「そうなの?」
「育てられた環境でそうなったんだったら後天的なものだから変わる可能性はあるよ、簡単じゃないけど。でもこれが本人の生まれ持った性質だったら変わるのは不可能。それは遺伝子に組み込まれてるの。本人がコントロールできるようなレベルの話じゃないの」
「なんかわかる気がするわ」
その時。
「「「「あぁ!!!」」」
突然石黒竜二が里香さんを抱き寄せた。
「この展開はまずいんじゃない?」
「もしかして、うまく言いくるめられてるのかしら?」
「そうかも、知れないな」
「指示を出すまでは動くな」
圭さんも明良さんも、近藤組と狂嵐メンバーにスマホで指示を出してる。
すると。
「俺、ちょっと行ってくるわ」
祥吾さんがバンのドアをスライドさせた。
「待てよ」
明良さんが祥吾さんの肩を掴む。
すると祥吾さんは言った。
「マンガ的に言うと、そろそろ俺の出番だろ?」
「「「え?!」」」
知らなかった。
いつの間にそんなことに。
「ま、殴り合いになったら死ぬ前に助けてやるから」
圭さんと昌さんは笑っていた。
「ありがとうございます」
そして祥吾さんは、まだ重なったままの2人の元へゆっくり歩いて行った。
「どうなっちゃうのかなぁ」
美和は圭さんの手をぎゅっと握っている。
「里香ちゃんは祥吾くんのキモチ、知ってるの?」
コンちゃんが明良さんを見た。
「まぁ、ガキの頃からのことなんで・・・祥吾はずっと里香のこと好きだったから」
「えぇー?」
「でも里香は祥吾のことをオトコして見たことは一度もなかったと思うんですよ・・・今回のことが起こるまで。今はそうでもないと思うんですけど、ガキの頃にに3歳年下ってやっぱ大きいじゃないですか。恋愛対象じゃないですよね、里香からすると」
「なるほどねぇ」
コンちゃんと哲ちゃんが何故か俺の方を見た。
「でも・・・ってことは里香ちゃんはある意味、祥吾くんのために竜二と別れるって決めたってことよね?」
「それはどうですかね。そこまでは俺にもわかんないですけど、でも・・・」
「でも?」
「祥吾、今回はマジで頑張ってましたよ。里香のこと、本気で支えてましたから」
「じゃ、あの2人はまだ付き合ってないの?」
「まだだと思いますよ。石黒竜二のことがカタつくまでは里香がOKしませんよ」
「じゃ、これから愛の告白?きゃあ~」
「うるせぇよ、孝」
「なによ、昌みたいなケンカバカにはわかんないわよ」
「俺はオンナは死ぬほど大切にする」
「オマエらいい加減にしろ。3人が動いたぞ」
「「「え?!」」」
見ると、祥吾さんが里香さんの腕を引っ張って、石黒竜二から自分の方に抱き寄せていた。
石黒竜二に何か言ってる。
意外なことに、石黒竜二は一歩も動かない。
じっと祥吾さんを見つめて、何か話している。
石黒竜二の目が、里香さんに移った。
そしてまた、一言二言、投げかけていた。
そして。
意外にも石黒竜二は―――
その場を静かに立ち去った。
「終わったな。よかった、大ごとにならなくて」
圭さんが明良さんの方を向いた。
「はい。ありがとうございました」
「じゃ、ここで解散だな」
「はい」
里香さんと祥吾さんはまだ車に戻って来ない。
同じ場所で、まだ話をしている。
「美和ちゃん、せっかくだからこれからおいしいものでも食べに行こうよ」
圭さんが美和の頭を撫でた。
「うん、行く~!」
2人は仲良く手を繋いで、フルスモークの圭さんの高級車へと移動した。
明良さんは祥吾さんと里香さんに声をかけ、狂嵐の中山さんが運転する車に乗り込んだ。
「昌、オマエは?」
「たまには考とお茶でもするか」
「杏くんと哲ちゃんも一緒に行きましょうよ?」
昌さんが連れて行ってくれたのは、高級そうな日本家屋の小料理屋。
「ここはエロ親父の店だから、好きなモノをいっぱい注文してね?」
「杏はまだ中学生だろ?遠慮せずに死ぬほど喰えよ?」
昌さんとコンちゃんは、調子に乗って本当に死ぬほど注文した。
「うまい!」
あの哲ちゃんがうまいと言うんだからうまいに違いない。
俺は唐揚げを頬張った。
「うまい!」
外はサクサクで、中がジューシー。
「そりゃよかったな」
昌さんはコンちゃんと同じような笑い方をする。
「哲ちゃんに褒められたって、おかみに言っとかないとな。くくっ」
「ところで昌さんとコンちゃんは二卵性双生児、ですよね?」
「そうだよ。似てるけど似てないだろ?」
「そうなんですよ、似てるんだけど、微妙に違うんですよ」
「性格も違うしねぇ?」
そんなほのぼのした会話に鋭く切り込んできたのは哲ちゃんだった。
「ところで、圭さんと美和ちゃんのことなんですけどね」
ホント哲ちゃんって、いつも絶妙なタイミングで核心を付く。
昌さんとコンちゃんが顔を見合わせてる。
聞いちゃいけないことだったんだろうか?
でも知ってか知らずか、そんなことは気にしないような素振りで、哲ちゃんが言葉を続けた。
「あれじゃ、さすがに奥さんに怒られるんじゃないですか?」
「奥さんって、俺らの母親のこと?」
昌さんがタバコをふかしながら言う。
「はい。大丈夫なんですか、家で」
「大丈夫よ。あのエロ親父、独身だから。ま、奥さんがいたって美和ちゃんへの態度は変わらないだろうけど・・・だけど気付かなかったわ。美和ちゃんがあの美和ちゃんだったなんて。依子に紹介された時に気がつかなかった私も私だけど、あんなに大きくなってると思ってなかったのよねぇ。それに数回、それもすれ違ったことしかなかったし」
「まぁな。それにあの家に表から入ったことなかったからな」
「そうなのよね。薬抜きの時はさすがに私たちは会わせてもらえなかったんだけど、エロ親父が撃たれた時は、あの家のどこかに監禁されてて、裏口かどこかから美和ちゃんが中に入れてくれたのよねぇ。あの部屋はどこだったのかしら。あの家、広すぎて何が何だかわからないから・・・」
明らかに隠し部屋の1つだ。
俺はまだそこに行ったことがないけど。
「もう8年も前の話だから・・・あの時、美和ちゃんは10歳よね?変わるはずだわ。あんなに綺麗になっちゃって」
「あぁ、本当にびっくりした。でも、親父は会ってたけどな。美和ちゃんがあそこに住んでなかった3年間も、どっかに会いに行ってた」
「そうなの?」
「あぁ。オマエが美和ちゃんのところにいるって分かった時の親父の顔、見せてやりたかったよ。親父、美和ちゃんのこと溺愛してるから、マジでお前のこと殺そうとしてた」
昌さんは大爆笑。
そして昌さんの話は、美和の話と一致する。
お父さんが亡くなってからの3年間、美和はどこにいたんだろう?
「不躾なことを聞くようですが、圭さんが独身というのはどういう・・・」
「別に不躾でもなんでもないわよ。みんな知ってることだし、ね、昌?」
「あぁ、あの人は一度も結婚したことがないんだよ。ま、理由は本人に聞いてくれ」
「えぇ?!それはムリですよ!―――でもコンちゃんと昌太郎さんは圭さんのコドモなんでしょ?」
なんか、俺には難しい話なんだけど。
「あぁ、正真正銘、あの人のコドモ」
「じゃ、お母さんが誰かは知ってるの?」
「それは内緒よ、ね、昌?」
「ま、な。くくっ」
「そういえば哲ちゃん、マンガの方はどお?」
話を逸らすようにコンちゃんが聞いた。
「実は今、いい感じで描いてるのがあるんですよ」
照れたようにそう答える哲ちゃん。
そっか、描けてるんだ・・・よかった。
「哲ちゃん、それ読ませてよ」
「俺も読みたい!」
「俺も結構マンガ読むよ」
「ただですねぇ・・・」
「どうしたの?」
「僕、スポ根が大好きで、今まではスポ根マンガばっかり描いてきたんです」
「それって、ボクシングとかサッカーとか、野球とか?」
「そうです、そうです。だけど、今回は全く違っていて・・・」
「うん?」
「4コマ漫画なんです」
「「「え?」」」
「それも、ミワワの話なんです」
応援ありがとうございます!
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