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第8章:「進路」
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2学期が始まってすぐ、模試というのを受けさせられた。
この結果を元に今週、保護者同伴で進路相談があるらしい。
夏の日差しがまだ残る9月の日曜日の昼下がり。
哲ちゃんは部屋に閉じこもって仕事中。
里香さんは明良さんと祥吾さんと、リビングでなにやら相談中。
コンちゃんは、俺たちの目の前で、汗をかきながら畑を耕している。
俺は美和とミワワと縁側にいた。
「杏は行きたい高校とか、やりたいこととかあるの?」
「俺、そんなの今まで考えたこともなかったから・・・絶対に面談で聞かれるよな?」
模試の合否判定用に、いくつか高校名を書かなきゃいけなかったんだけど、知ってる高校が美和が最初に行ってたところと、明良さんと祥吾さんが行ってるところしか知らなかったから、その2つを書いた。
本当は3つ書かないといけなかったんだけど・・・仕方ねぇよな、他の高校、知らないんだから。
俺の学力レベルじゃ、全然ムリなんだろうけど。
クラスの他の奴らは、自分が行きたい高校とかやりたいこととか、もう決まってんのかな。
俺にはまだ、想像もつかない。
―――いつでも美和の特別でいたい。美和の、一番でいたい。
ってこと、以外は。
「まだ時間もあるし、焦んなくていいんじゃない?それに決まらなかったら、とりあえず私が行ってた高校にいけばいいし」
「え?」
「あそこがこの辺じゃ一番偏差値高くてここから近いんだから。途中で違うところに行きたくなってもすぐに転校できるよ」
「いま、すごくさらっと簡単に言ったけど、あそこってそんな簡単に入れるようなところじゃないだろ」
「大丈夫だって。とにかく毎日、教科書ペラペラめくっておいて?」
そう言って美和は俺にウィンクをした。
そして。
美和が言ったことが本当だとわかったのは、模試判定が戻ってきたとき。
美和の高校の判定結果はA+。
つまり合格確実。
その結果を見て美和は自慢げに言った。
「ほら、言ったでしょ?」
進路相談には、美和と叔父さんが来てくれた。
担任の藤田は目の前に座ってる俺達にこう言った。
「付属校のA+判定を取った生徒は本校では10年ぶり。市内では5年ぶりですよ!校長も教頭も、栗山くんには是非付属校を受けてもらいたいと言ってます。栗山くんは我が中学の誉りなんですよ!」
「え?」
そして学校から家に戻り、玄関からリビングに向かう途中、俺は少し前を歩く美和の腕を掴んだ。
「どうしたの?」
「なんか、おかしくないか?」
「何が?」
「俺はバカなままなのに、なんでこんなことになってんのかわかんねぇよ」
「A+判定取っときながら、何言ってんだか」
美和は全く俺の話を取り合ってくれない。
そして週末。
またあのオトコが美和を迎えに来た。
やっぱり今回も美和は、ありえないくらい可愛い格好をしている。
―――ったく、なんでそんな恰好、しなくちゃいけねぇんだよ?
「なんでアタシたちに紹介してくれないのかしらねぇ?」
「俺が知るわけねぇし」
「ヤダもう!そんなに拗ねないでよぉ、くく」
「拗ねてねぇって!」
俺とコンちゃんは再び遠くから2人を眺めた。
たぶん哲ちゃんと里香さんは、あのオトコの存在にはまだ気が付いていない。
そして、美和とあのオトコが去ってから10分後。
TRRRRRRRRRRR
俺のスマホが鳴った。
「美和?」
可愛い恰好して、アイツと出かけたんじゃないのか?
「杏、いまからちょっと出て来れる?」
「それは大丈夫だけど―――どこに行けばいい?」
「門を出て、左手にずっと歩いてきて?そこで杏を拾うから」
「・・・わかった」
「あと、私と会うことはみんなには内緒だよ?」
「ん」
俺は急いで支度をして、門を出て、言われた通り左手に歩いていった。
そして、100mくらい歩いたところで、車がゆっくり並走してきた。
「杏、乗って?」
フルスモークの助手席の窓が開いて、そう俺に声を掛けたのは美和。
俺は急いで後部座席に乗った。
運転してるのは例のオトコ。
「どういうこと?」
「言ったでしょ?喜多嶋さんを紹介するって」
「杏くん、喜多嶋です。よろしく」
そう、このオトコ前のオトコが、何かあった時の連絡先の喜多嶋さんだった。
「これから杏の指紋とか声紋とかDNAとかの登録を済ませるから」
連れていかれたのは、これまた広大な土地にどかんと聳える窓のない建物。
研究施設だと美和は言ったけど、俺が見た限りでは病院って感じ。
だって、そこで会った人たちがみんな、医者か看護師だったから。
血も尿も髪の毛も唾液も採られ、俺自身も変な機械の中に入れられた。
挙句の果てには知能テストと運動テストもさせられた。
「何なんだよ、これ」
4時間後。
どっと疲れ果てた俺を見て、美和が笑った。
「これで隠し部屋のドアを自由に開けられるようになるよ」
美和とは別室に通されたところで、
「杏くん、お疲れさま。今日はこれで終了だよ」
喜多嶋さんが俺の前に100%果汁のオレンジジュースを置いた。
「杏くんは多めにビタミンCを採った方が良さそうだね。美和さんにも言っておくけど、体質的にビタミンCが吸収されにくいみたいだから」
「ビタミンCが足りないとどうなるんですか?」
「疲れやすくなったりとか、肌が荒れたりとか。ま、見たところは大丈夫そうだけどね」
「へぇ・・・でも「今日はこれで」ってことは、また違う日になんかあるんですか?」
「杏くんにはこれから定期的にここに来てもらうことになるね」
「どうしてですか?」
「例えば、いま杏くんがしている時計」
この間、美和にもらったヤツ。
「それがきちんと機能してるかどうか、定期的に検査をする必要があるんだ。いざという時に使えなかったら元も子もないからね」
「あぁ、なるほど」
「同様に、美和さんのカラダも、杏くんのカラダも定期的に検査する必要があるんだよ」
「え?」
「その情報は例えば、セキュリティパスワードをアップデートするために使われるんだ」
なんか難しくてよくわかんねぇ。
「いいんだよ、わからなくて。それはこちらの仕事だからね」
表情から俺の考えてることを読みとった喜多嶋さんは俺にウィンクする。
コンちゃんだったら、きっと失神してたな。
それから喜多嶋さんは俺にいろんな話をし始めた。
美和はここでいろいろやらなきゃいけないことがあるらしくて、あと2時間くらいは戻って来ないらしい。
だから「あの家」でなんかあったときに、どうやって喜多嶋さんと連絡を取ったらいいかとか、救助がやってくるまでに何をしたらいいかとか、そういう細かい説明を受けた。
「あの、質問なんですけど」
「ん?」
「「あの家」になんかあった時に、なんで喜多嶋さんに連絡を入れるんですか?喜多嶋さんのお仕事はなんですか?」
「あぁ、そうだよね。そこから話すべきだったね。僕の仕事は・・・、「あの家」の護衛だよ」
護衛?
つまり、守るってこと?
「だから詰まる所、「あの家」の構造や保管されている貴重な資料なんかの内容を把握している美和さんの護衛でもある、んだな」
「へぇ・・・じゃ、喜多嶋さんは美和から依頼されてるんですか?」
「違うよ。もっと大きな組織だよ。美和さんは守ってほしいなんて思ってないんじゃない?くくっ」
その時俺は、前に美和が「特殊部隊」という単語を使ったことを思いだした。
「それは・・・国とかそういうレベルの組織、なんですか?」
図星だったのか、喜多嶋さんの瞳が一瞬止まった。
でも。
次に聞いた言葉は俺の予想を超えていた。
「いや。。。もっと大きな組織、だね」
もっと大きな組織?
国より大きな組織?
そんなんあるのか?
「それについてはかなり話が長くなるから追々するとして。いまのところは、そうだな・・・「地球連邦軍の地球財産保護部に所属する喜多嶋」っていうのはどうかな?」
「どうかな、って・・・言われても」
「我ながら、かなり的を得た表現だと思うよ」
喜多嶋さんはまた俺にウィンクをした。
ブルルルル・・・
「あ、杏くんの検査データが上がってきたみたいだね」
喜多嶋さんの手元にあるタブレットが小刻みに震えている。
喜多嶋さんが人差し指でスクリーンに触れるとそれは止まり、水色の明るい光を放った。
「なるほど・・・杏くんは運動神経がいいんだね」
「え?俺、走るのそんなに早くないですよ」
遅くはないけど、クラスで一番早いってわけじゃない。
まぁ、そんなに気合を入れて走ったこともないけど。
「瞬発力っていう意味ではずば抜けてないけど、バランス感覚が飛びぬけていい。つまり、100m走じゃなくて、道具を使うスポーツの方が向いてる。持久力があるから、走る距離が長ければ長いほど、杏くんの勝率は上がるよ」
「へぇ、知らなかったなぁ」
「え?」
それまで穏やかだった喜多嶋さんの表情が・・・一瞬で変わったのを俺は見逃さなかった。
「どうかしたんですか?」
「杏くん―――IQが・・・ものすごく高いんだね」
「え?それはないと思いますけど?」
そんな俺の言葉は無視され、喜多嶋さんはスマホの情報を食い入るように見ている。
なんか・・・怖い。
「元々素質があるとは思ってたけど―――ここまでとは・・・教科書をペラペラめくってるうちにここまで上がったのかな」
喜多島さんは俺の存在を無視して、ブツブツと独り言を言っている。
「あとは・・・へぇ・・・そっか」
俺のことなんだから、ちゃんと俺に説明してくれよ。
ふぅ。
俺の検査データを一通り見終えたのか、意味不明の溜息を吐いた後、俺の方に顔を上げた。
「後で美和さんにも話してみるけど―――杏くんは将来やりたいこととか夢ってあるのかな?」
「それが・・・いままで考えたことなかったから、よくわかんなくて。もうすぐ中3だし、進路を決めないといけないんですけど」
「そっか・・・付属校の模試判定、A+だったんだよね?」
「なんで知ってるんですか?・・・でも、それは、美和が教えてくれたからで」
「そんなことないよ。あの勉強法を完璧に使える人は、極わずかだから」
「そうなんですか?」
「うん。そのことも追々詳しく話すけど、例えばこの間、杏くんは高校生の先輩に勉強を教えたよね?」
「そこまで知ってるんですか?」
「まぁ。あそこに出入りする人は全てチェックさせてもらってるからね。そして杏くんは美和さんに教えてもらった通りに、彼らに勉強を教えたよね?」
「はい。でもあんまりうまくいかなくて・・・あれってやっぱり、俺の教え方が悪かったんですよね?」
「違うよ」
「え、違うんですか?」
「彼らはあの方法を使いこなせないってこと。でもそれが普通なんだよ」
「そうなんですか?」
「でも心配しなくていいよ。あれは、中途半端にやってもそこそこの成果は期待できるから。きっと彼らは、そこそこの大学に現役合格するよ」
「え?」
「それ以上を狙いたいんだったら、あとは彼らがどれだけ頑張れるかだね」
「へぇ・・・そうなんだ」
「話を元に戻すけど、結論からいうと、杏くんはどうやら少し特殊だね。実に興味深いデータだよ」
「特殊?!」
「そんなに驚かないで。悪い意味じゃないから―――もし、まだ将来のことが決まっていないんだったら、しばらくここでトレーニングを受けてみないか?トレーニングを開始するのは、若ければ若いほどいいんだよ」
「トレーニングって?」
「能力開発のトレーニング。トレーニングを修了した人の多くは、「地球連邦軍」とかその他の主要機関で、それぞれの特性にあった特別な任務に付いてることが多いんだ。まぁ、トレーニングを受けられる段階で既に能力を認められたようなものだし、いろんなところに引く手あまただよ」
「それって、仕事をもらえるってことですか?」
「あはは、そうだよ。杏くんは高校生になったらバイトがしたいって美和さんに言ったみたいだけど、トレーニングを受けたら「一生」普通の人が就けないような「面白い」仕事が杏くんの元へ舞い込むことになるね」
それは・・・いいかも、な。
「じゃあ、ここで働いてる喜多嶋さんも特殊な人ってことなんですか?」
「まぁ、そういうことになるかな。でも僕は高校に入ってからスカウトされてここに来るようになったし、その時既にやりたいことも決まってたから全てのトレーニングを受けたわけじゃないけどね」
「地球財産保護部に所属することが喜多嶋さんのやりたかったことなんですか?」
「あはは、違うよ。その時にそんな組織があるなんて知らなかったしね」
それはそうだろうな。
「まぁ、杏くんとはこれから長い付き合いになるだろうから、僕の話はまたゆっくりするよ。それで、トレーニングは受けてみる?」
「美和にもあとで聞いてみますけど多分・・・面白そうだし」
「杏くんがトレーニングを受けるって言ったら、美和さんは大喜びすると思うけどな。それに。。。」
「それに?」
「このデータを見たら、杏くんの意志にかわからず「地球連邦軍」がほっとかないよ―――ある意味、申し訳ないけど」
喜多嶋さんは苦笑していた。
「こういうのを―――宿命って言うんだろうね」
そして。
「やったぁ!これからいつも杏と一緒にここに来れる!」
トレーニングを受けてみるという喜多嶋さんの提案は、彼の予想通り、美和を真底喜ばせた。
トレーニングは、血液検査などと一緒に、通常は1カ月に一度。
不定期にトレーニングだけ受けに来ることもあるらしいけど。
内容にもよるけど、ほとんどの場合、頻繁に受けても効果はないらしくて、むしろ、トレーニングを受けた後、しばらく休んでる間に、脳が勝手にそれを吸収するから、間を置いた方が効果があると喜多嶋さんが言っていた。
「あ!」
研究所を出て喜多嶋さんに車で家まで送ってもらう途中、俺は肝心なことに気がついた。
「どうした?」「忘れ物?」
「・・・実は、コンちゃんと俺、どうして美和は喜多嶋さんのことを俺たちに紹介してくれないんだろうってずっと話してて・・・今度から俺も喜多嶋さんの車に乗るんだったら、コンちゃんに説明しないと・・・」
「じゃ、ちゃんと挨拶をしておくか」
喜多嶋さんはそう独り言のように言うと、前髪を掻きあげた。
「でもなんて説明するの?」
「実験に協力してもらってる、っていうのが、ウソもなくていいんじゃないかな?美和さんだけだったら、彼氏とか婚約者とか言えばいいけど、杏くんがいるし。くくっ」
喜多嶋さんって、こんな風に笑う人なんだな。
家に戻り、玄関で喜多嶋さんを目の前にしたコンちゃんは本気で失神しそうになった。
「ステキすぎる・・・」
そして、コンちゃんが喜多嶋さんにひっついて離れないもんだから結局、哲ちゃんが作った夕食を、喜多嶋さんも含めてみんなで食べた。
「喜多嶋さんもここに住めばいいのにぃ~。独身なんでしょう?」
「僕は研究施設内に住んでるんですよ。ほぼ24時間体制で勤務が不規則なので共同生活はムリですね。みなさんにご迷惑がかかります」
「喜多嶋さんになら、迷惑を掛けられたいわぁ~」
「「「「コンちゃん!!!」」」」
でも。
なんだかんだ言って喜多嶋さんは、楽しそうにコンちゃんと話していた。
案外、気が合うのかもしれない。
「今夜は御馳走さまでした。じゃ美和さん、杏くん、また連絡しますね・・・それと―――美和さん」
「はい?」
「杏くんのデータを美和さんにお渡ししていいか、念のため本部に確認取ってからまたご連絡しますね・・・僕には判断尽きかねるので」
「―――そんなに、特殊なんだ」
美和は軽く目を閉じた。
「え、俺には?俺のデータなんだから俺は見ても問題ないですよね?」
「問題はないと思いますけど・・・きっと今の段階で見ても全くわからないじゃないかな、と。いずれにしてもそう遠くない将来、説明があると思います。それまでちょっと待っててください」
そう言い残して、喜多嶋さんは高級車で暗闇に消えていった。
この結果を元に今週、保護者同伴で進路相談があるらしい。
夏の日差しがまだ残る9月の日曜日の昼下がり。
哲ちゃんは部屋に閉じこもって仕事中。
里香さんは明良さんと祥吾さんと、リビングでなにやら相談中。
コンちゃんは、俺たちの目の前で、汗をかきながら畑を耕している。
俺は美和とミワワと縁側にいた。
「杏は行きたい高校とか、やりたいこととかあるの?」
「俺、そんなの今まで考えたこともなかったから・・・絶対に面談で聞かれるよな?」
模試の合否判定用に、いくつか高校名を書かなきゃいけなかったんだけど、知ってる高校が美和が最初に行ってたところと、明良さんと祥吾さんが行ってるところしか知らなかったから、その2つを書いた。
本当は3つ書かないといけなかったんだけど・・・仕方ねぇよな、他の高校、知らないんだから。
俺の学力レベルじゃ、全然ムリなんだろうけど。
クラスの他の奴らは、自分が行きたい高校とかやりたいこととか、もう決まってんのかな。
俺にはまだ、想像もつかない。
―――いつでも美和の特別でいたい。美和の、一番でいたい。
ってこと、以外は。
「まだ時間もあるし、焦んなくていいんじゃない?それに決まらなかったら、とりあえず私が行ってた高校にいけばいいし」
「え?」
「あそこがこの辺じゃ一番偏差値高くてここから近いんだから。途中で違うところに行きたくなってもすぐに転校できるよ」
「いま、すごくさらっと簡単に言ったけど、あそこってそんな簡単に入れるようなところじゃないだろ」
「大丈夫だって。とにかく毎日、教科書ペラペラめくっておいて?」
そう言って美和は俺にウィンクをした。
そして。
美和が言ったことが本当だとわかったのは、模試判定が戻ってきたとき。
美和の高校の判定結果はA+。
つまり合格確実。
その結果を見て美和は自慢げに言った。
「ほら、言ったでしょ?」
進路相談には、美和と叔父さんが来てくれた。
担任の藤田は目の前に座ってる俺達にこう言った。
「付属校のA+判定を取った生徒は本校では10年ぶり。市内では5年ぶりですよ!校長も教頭も、栗山くんには是非付属校を受けてもらいたいと言ってます。栗山くんは我が中学の誉りなんですよ!」
「え?」
そして学校から家に戻り、玄関からリビングに向かう途中、俺は少し前を歩く美和の腕を掴んだ。
「どうしたの?」
「なんか、おかしくないか?」
「何が?」
「俺はバカなままなのに、なんでこんなことになってんのかわかんねぇよ」
「A+判定取っときながら、何言ってんだか」
美和は全く俺の話を取り合ってくれない。
そして週末。
またあのオトコが美和を迎えに来た。
やっぱり今回も美和は、ありえないくらい可愛い格好をしている。
―――ったく、なんでそんな恰好、しなくちゃいけねぇんだよ?
「なんでアタシたちに紹介してくれないのかしらねぇ?」
「俺が知るわけねぇし」
「ヤダもう!そんなに拗ねないでよぉ、くく」
「拗ねてねぇって!」
俺とコンちゃんは再び遠くから2人を眺めた。
たぶん哲ちゃんと里香さんは、あのオトコの存在にはまだ気が付いていない。
そして、美和とあのオトコが去ってから10分後。
TRRRRRRRRRRR
俺のスマホが鳴った。
「美和?」
可愛い恰好して、アイツと出かけたんじゃないのか?
「杏、いまからちょっと出て来れる?」
「それは大丈夫だけど―――どこに行けばいい?」
「門を出て、左手にずっと歩いてきて?そこで杏を拾うから」
「・・・わかった」
「あと、私と会うことはみんなには内緒だよ?」
「ん」
俺は急いで支度をして、門を出て、言われた通り左手に歩いていった。
そして、100mくらい歩いたところで、車がゆっくり並走してきた。
「杏、乗って?」
フルスモークの助手席の窓が開いて、そう俺に声を掛けたのは美和。
俺は急いで後部座席に乗った。
運転してるのは例のオトコ。
「どういうこと?」
「言ったでしょ?喜多嶋さんを紹介するって」
「杏くん、喜多嶋です。よろしく」
そう、このオトコ前のオトコが、何かあった時の連絡先の喜多嶋さんだった。
「これから杏の指紋とか声紋とかDNAとかの登録を済ませるから」
連れていかれたのは、これまた広大な土地にどかんと聳える窓のない建物。
研究施設だと美和は言ったけど、俺が見た限りでは病院って感じ。
だって、そこで会った人たちがみんな、医者か看護師だったから。
血も尿も髪の毛も唾液も採られ、俺自身も変な機械の中に入れられた。
挙句の果てには知能テストと運動テストもさせられた。
「何なんだよ、これ」
4時間後。
どっと疲れ果てた俺を見て、美和が笑った。
「これで隠し部屋のドアを自由に開けられるようになるよ」
美和とは別室に通されたところで、
「杏くん、お疲れさま。今日はこれで終了だよ」
喜多嶋さんが俺の前に100%果汁のオレンジジュースを置いた。
「杏くんは多めにビタミンCを採った方が良さそうだね。美和さんにも言っておくけど、体質的にビタミンCが吸収されにくいみたいだから」
「ビタミンCが足りないとどうなるんですか?」
「疲れやすくなったりとか、肌が荒れたりとか。ま、見たところは大丈夫そうだけどね」
「へぇ・・・でも「今日はこれで」ってことは、また違う日になんかあるんですか?」
「杏くんにはこれから定期的にここに来てもらうことになるね」
「どうしてですか?」
「例えば、いま杏くんがしている時計」
この間、美和にもらったヤツ。
「それがきちんと機能してるかどうか、定期的に検査をする必要があるんだ。いざという時に使えなかったら元も子もないからね」
「あぁ、なるほど」
「同様に、美和さんのカラダも、杏くんのカラダも定期的に検査する必要があるんだよ」
「え?」
「その情報は例えば、セキュリティパスワードをアップデートするために使われるんだ」
なんか難しくてよくわかんねぇ。
「いいんだよ、わからなくて。それはこちらの仕事だからね」
表情から俺の考えてることを読みとった喜多嶋さんは俺にウィンクする。
コンちゃんだったら、きっと失神してたな。
それから喜多嶋さんは俺にいろんな話をし始めた。
美和はここでいろいろやらなきゃいけないことがあるらしくて、あと2時間くらいは戻って来ないらしい。
だから「あの家」でなんかあったときに、どうやって喜多嶋さんと連絡を取ったらいいかとか、救助がやってくるまでに何をしたらいいかとか、そういう細かい説明を受けた。
「あの、質問なんですけど」
「ん?」
「「あの家」になんかあった時に、なんで喜多嶋さんに連絡を入れるんですか?喜多嶋さんのお仕事はなんですか?」
「あぁ、そうだよね。そこから話すべきだったね。僕の仕事は・・・、「あの家」の護衛だよ」
護衛?
つまり、守るってこと?
「だから詰まる所、「あの家」の構造や保管されている貴重な資料なんかの内容を把握している美和さんの護衛でもある、んだな」
「へぇ・・・じゃ、喜多嶋さんは美和から依頼されてるんですか?」
「違うよ。もっと大きな組織だよ。美和さんは守ってほしいなんて思ってないんじゃない?くくっ」
その時俺は、前に美和が「特殊部隊」という単語を使ったことを思いだした。
「それは・・・国とかそういうレベルの組織、なんですか?」
図星だったのか、喜多嶋さんの瞳が一瞬止まった。
でも。
次に聞いた言葉は俺の予想を超えていた。
「いや。。。もっと大きな組織、だね」
もっと大きな組織?
国より大きな組織?
そんなんあるのか?
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「どうかな、って・・・言われても」
「我ながら、かなり的を得た表現だと思うよ」
喜多嶋さんはまた俺にウィンクをした。
ブルルルル・・・
「あ、杏くんの検査データが上がってきたみたいだね」
喜多嶋さんの手元にあるタブレットが小刻みに震えている。
喜多嶋さんが人差し指でスクリーンに触れるとそれは止まり、水色の明るい光を放った。
「なるほど・・・杏くんは運動神経がいいんだね」
「え?俺、走るのそんなに早くないですよ」
遅くはないけど、クラスで一番早いってわけじゃない。
まぁ、そんなに気合を入れて走ったこともないけど。
「瞬発力っていう意味ではずば抜けてないけど、バランス感覚が飛びぬけていい。つまり、100m走じゃなくて、道具を使うスポーツの方が向いてる。持久力があるから、走る距離が長ければ長いほど、杏くんの勝率は上がるよ」
「へぇ、知らなかったなぁ」
「え?」
それまで穏やかだった喜多嶋さんの表情が・・・一瞬で変わったのを俺は見逃さなかった。
「どうかしたんですか?」
「杏くん―――IQが・・・ものすごく高いんだね」
「え?それはないと思いますけど?」
そんな俺の言葉は無視され、喜多嶋さんはスマホの情報を食い入るように見ている。
なんか・・・怖い。
「元々素質があるとは思ってたけど―――ここまでとは・・・教科書をペラペラめくってるうちにここまで上がったのかな」
喜多島さんは俺の存在を無視して、ブツブツと独り言を言っている。
「あとは・・・へぇ・・・そっか」
俺のことなんだから、ちゃんと俺に説明してくれよ。
ふぅ。
俺の検査データを一通り見終えたのか、意味不明の溜息を吐いた後、俺の方に顔を上げた。
「後で美和さんにも話してみるけど―――杏くんは将来やりたいこととか夢ってあるのかな?」
「それが・・・いままで考えたことなかったから、よくわかんなくて。もうすぐ中3だし、進路を決めないといけないんですけど」
「そっか・・・付属校の模試判定、A+だったんだよね?」
「なんで知ってるんですか?・・・でも、それは、美和が教えてくれたからで」
「そんなことないよ。あの勉強法を完璧に使える人は、極わずかだから」
「そうなんですか?」
「うん。そのことも追々詳しく話すけど、例えばこの間、杏くんは高校生の先輩に勉強を教えたよね?」
「そこまで知ってるんですか?」
「まぁ。あそこに出入りする人は全てチェックさせてもらってるからね。そして杏くんは美和さんに教えてもらった通りに、彼らに勉強を教えたよね?」
「はい。でもあんまりうまくいかなくて・・・あれってやっぱり、俺の教え方が悪かったんですよね?」
「違うよ」
「え、違うんですか?」
「彼らはあの方法を使いこなせないってこと。でもそれが普通なんだよ」
「そうなんですか?」
「でも心配しなくていいよ。あれは、中途半端にやってもそこそこの成果は期待できるから。きっと彼らは、そこそこの大学に現役合格するよ」
「え?」
「それ以上を狙いたいんだったら、あとは彼らがどれだけ頑張れるかだね」
「へぇ・・・そうなんだ」
「話を元に戻すけど、結論からいうと、杏くんはどうやら少し特殊だね。実に興味深いデータだよ」
「特殊?!」
「そんなに驚かないで。悪い意味じゃないから―――もし、まだ将来のことが決まっていないんだったら、しばらくここでトレーニングを受けてみないか?トレーニングを開始するのは、若ければ若いほどいいんだよ」
「トレーニングって?」
「能力開発のトレーニング。トレーニングを修了した人の多くは、「地球連邦軍」とかその他の主要機関で、それぞれの特性にあった特別な任務に付いてることが多いんだ。まぁ、トレーニングを受けられる段階で既に能力を認められたようなものだし、いろんなところに引く手あまただよ」
「それって、仕事をもらえるってことですか?」
「あはは、そうだよ。杏くんは高校生になったらバイトがしたいって美和さんに言ったみたいだけど、トレーニングを受けたら「一生」普通の人が就けないような「面白い」仕事が杏くんの元へ舞い込むことになるね」
それは・・・いいかも、な。
「じゃあ、ここで働いてる喜多嶋さんも特殊な人ってことなんですか?」
「まぁ、そういうことになるかな。でも僕は高校に入ってからスカウトされてここに来るようになったし、その時既にやりたいことも決まってたから全てのトレーニングを受けたわけじゃないけどね」
「地球財産保護部に所属することが喜多嶋さんのやりたかったことなんですか?」
「あはは、違うよ。その時にそんな組織があるなんて知らなかったしね」
それはそうだろうな。
「まぁ、杏くんとはこれから長い付き合いになるだろうから、僕の話はまたゆっくりするよ。それで、トレーニングは受けてみる?」
「美和にもあとで聞いてみますけど多分・・・面白そうだし」
「杏くんがトレーニングを受けるって言ったら、美和さんは大喜びすると思うけどな。それに。。。」
「それに?」
「このデータを見たら、杏くんの意志にかわからず「地球連邦軍」がほっとかないよ―――ある意味、申し訳ないけど」
喜多嶋さんは苦笑していた。
「こういうのを―――宿命って言うんだろうね」
そして。
「やったぁ!これからいつも杏と一緒にここに来れる!」
トレーニングを受けてみるという喜多嶋さんの提案は、彼の予想通り、美和を真底喜ばせた。
トレーニングは、血液検査などと一緒に、通常は1カ月に一度。
不定期にトレーニングだけ受けに来ることもあるらしいけど。
内容にもよるけど、ほとんどの場合、頻繁に受けても効果はないらしくて、むしろ、トレーニングを受けた後、しばらく休んでる間に、脳が勝手にそれを吸収するから、間を置いた方が効果があると喜多嶋さんが言っていた。
「あ!」
研究所を出て喜多嶋さんに車で家まで送ってもらう途中、俺は肝心なことに気がついた。
「どうした?」「忘れ物?」
「・・・実は、コンちゃんと俺、どうして美和は喜多嶋さんのことを俺たちに紹介してくれないんだろうってずっと話してて・・・今度から俺も喜多嶋さんの車に乗るんだったら、コンちゃんに説明しないと・・・」
「じゃ、ちゃんと挨拶をしておくか」
喜多嶋さんはそう独り言のように言うと、前髪を掻きあげた。
「でもなんて説明するの?」
「実験に協力してもらってる、っていうのが、ウソもなくていいんじゃないかな?美和さんだけだったら、彼氏とか婚約者とか言えばいいけど、杏くんがいるし。くくっ」
喜多嶋さんって、こんな風に笑う人なんだな。
家に戻り、玄関で喜多嶋さんを目の前にしたコンちゃんは本気で失神しそうになった。
「ステキすぎる・・・」
そして、コンちゃんが喜多嶋さんにひっついて離れないもんだから結局、哲ちゃんが作った夕食を、喜多嶋さんも含めてみんなで食べた。
「喜多嶋さんもここに住めばいいのにぃ~。独身なんでしょう?」
「僕は研究施設内に住んでるんですよ。ほぼ24時間体制で勤務が不規則なので共同生活はムリですね。みなさんにご迷惑がかかります」
「喜多嶋さんになら、迷惑を掛けられたいわぁ~」
「「「「コンちゃん!!!」」」」
でも。
なんだかんだ言って喜多嶋さんは、楽しそうにコンちゃんと話していた。
案外、気が合うのかもしれない。
「今夜は御馳走さまでした。じゃ美和さん、杏くん、また連絡しますね・・・それと―――美和さん」
「はい?」
「杏くんのデータを美和さんにお渡ししていいか、念のため本部に確認取ってからまたご連絡しますね・・・僕には判断尽きかねるので」
「―――そんなに、特殊なんだ」
美和は軽く目を閉じた。
「え、俺には?俺のデータなんだから俺は見ても問題ないですよね?」
「問題はないと思いますけど・・・きっと今の段階で見ても全くわからないじゃないかな、と。いずれにしてもそう遠くない将来、説明があると思います。それまでちょっと待っててください」
そう言い残して、喜多嶋さんは高級車で暗闇に消えていった。
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