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たいけみお

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第1章:「ご褒美」

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新学期が始まってから一週間。

俺は中2になり、美和は大学に通い始めた。


医学部だってさ。

頭いいんだな、美和って。

一緒に暮らしてると、そうは全く見えないんだけど、ははっ。


俺も毎日学校に通ってる。

今まであんまり真面目に通ってなかったから、周囲は好奇の目で俺を見るけど、ま、そんなことはどうでもいい。

だって、学校に毎日通うことが、美和の家にいられる条件なんだから。


それにこの間、明良さんと祥吾さんから「どこでもいいから高校には行っとけ」って真面目な顔で言われた。

「まだ間に合うから」って。


よくわかんないけど、明良さん達がそう言うんだから、行っておいた方がいいんだろうなと思う。

そのためにも学校には毎日通っておかないとまずいらしい。


新学期が始まっても、明良さんも祥吾さんも相変わらず。

用がなくてもここに寄ってくれる。

正直、もう明良さんや狂嵐のメンバーの家に世話にならなくて済むから、ヘタすると2人に会えなくなっちゃうのかなって不安だったんだけど・・・とりあえずよかった。

実のところ、2人がお茶を飲みに来てるんだか、俺の様子を見に来てくれてるんだか、美和と会いたいんだかよくわかんないけど。

ま、どれでもいい。



ちなみに真っ黒になった俺の髪の毛を見て、祥吾さんは最初大爆笑してたけど、「高校に行くまでは仕方ねぇよな」って、俺の髪をくしゃくしゃにして遊んでた。

後から来た明良さんも爆笑して同じことをした。

そんな俺達を見て、美和も笑ってた。



美和の家は、なんだかすげぇホッとする。

自分はここに帰ってもいいんだなって、毎日早く家に帰りたいなって思えるんだ。


産まれてこのかた、そんなことを思ったことは一度もない。

まだ出会ったばかりで美和のことを良く知らないのに、すげぇ不思議だけど。


両親は病気だから仕方がない。

叔父さん夫婦だっていい人たちだ。

だけどどうしてもあそこで暮らそうとは思えない。



なんとなくだけど・・・叔父さん夫婦はできれば俺を本当の子供に、つまり養子にしたいんじゃないかって、そんな気がするんだ。

そして、俺の両親もそれに反対しないだろうなって。

俺的にはそういう状況は避けたい・・・なんか、もっと、俺の人生が複雑になりそうだから。



明良さんや狂嵐のメンバーの家だって、決して居心地が悪かったわけじゃない。

みんな俺には「好きなだけここにいろ」って言ってくれてたし、ワイワイと楽しかったのも事実。

でもどこも、先輩たちがナンパしてきた女の子も含めて人の出入りが激しかったし、

暴走族同士の抗争もあるし、

いつ何が起こるかわからないから、公園で寝る覚悟は毎日してた。


だから寒い日と雨の日は憂鬱で。

とりあえず、雨が凌げて補導されにくい場所だけは何か所か押さえてあったけど・・・それも先客がいたらアウト。

まぁ、そんな感じで暮らしてたから、なんとなく毎日が不安定で。


そういうのってさ。ふとした瞬間に、

「俺ってこれからどうなっちゃうのかな」とかガラでもないこと、俺に考えさせたりするんだよ。

それって地味にダメージがでかかったりする。



とにかく。




俺は美和の家ではとても穏やかな暮らしをしてて、なんか楽しい。

だから。

出来るだけ長くここにいたい。

俺がそう言ったら美和は・・・

ずっとここにいていいって、言ってくれるのかな。



それはそうと。



今の俺は1つ、大きな問題を抱えている。

学校に行き始めてからわかったことだけど・・・


実は、勉強が全然わからない。

去年、ほとんど学校に行かなかったし、行っても授業中寝てたから、当然と言えば当然なんだけど。


授業を聞いてもわかんないから、眠くなる。

聞かないとますますわかんなくなるって思っても、また眠くなる。


なんとなく・・・でもすごく、ヤバい気がする。

こんなんじゃまた学校に行きたくなくなって、高校にも行けなくなるんじゃないかって。

だから俺は―――

美和に相談することにした。



「今夜はカレーだよっ!」

俺は美和の料理が大好きだ。

なぜかって。

俺の好きな、全国の子供が絶対好きなものばっかり作ってくれるから。

つまり、カレーとかハンバーグとかオムライスとかナポリタンとか。

だから、自分でもびっくりするくらい、いっぱい食べる。


今日はちょっと甘めで大きい具がゴロゴロ入ってるカレー。

俺の好みにドンピシャ。

超うまいんだな、これが。


俺はそのカレーを口いっぱいに頬張りながら、美和を見た。

「どうしたの?」

「あのさ・・・美和に相談したいことがあるんだけど」

「なになに?」

美和は俺に相談を持ちかけられてすごく嬉しそう。

ありえないくらいの、満面の笑みだ。



美和は俺が甘えたり、イタズラしてかまったりすると、信じられないくらい喜ぶ。

だからすごく甘えやすいし、なんでも話せる。

・・・それがいいことなんか悪いことなんかはわからないけど、

とりあえず美和の迷惑にはなってなさそうだ。



「あのさぁ、久しぶりに学校に行ってみてわかったんだけど・・・」

「うん」

「俺、1年の時に全然勉強しなかったから、授業に全然ついていけてないんだよね。数学とか英語なんて、宇宙語くらいわかんねぇんだよ」

「なるほどねぇ」

「このままだとすげぇヤバイ気がするんだけど・・・どうしたらいいと思う?」



そして。



そんな相談をされた美和は、

予想に反してものすごく得意げな顔をした。


「そんなの超カンタン!!悩みのウチに入んないし」

「なんでだよ?」

「ここに私がいるじゃない」

「え?」

「心配しなくても、私についてきたら、中間試験は一番だよ!」

「は?」


そんなに簡単なものなのか?

まぁとにかく、最低でも授業についていけるようにはしたい。


「どうしたらいいの?」

「とりあえずお風呂に入って、寝る準備を全部済ませてから話そっか?」




午後9時。



寝る準備は全て整った。

Tシャツにスエットのパンツ。

髪はちょっとまだ濡れてるけど、ま、いいや。



コンコン。



俺の部屋のドアが鳴った。



「いいよ、入って」

「美和、入りま~す!」


なんか本当に嬉しそう。

俺まで楽しくなる。



なんかホントに、美和ってすごいよな。

いつも、俺のこと大好きオーラ全開だから。

まぁこれは俺だけにじゃなくて、明良さんにも祥吾さんにもなんだけど。

変な意味じゃなくて、なんていうか・・・

駆け引きとか、警戒心とか、そういうものが全くないんだ。

こういう人、俺は今まで会ったことがない。



「で、俺はどうしたらいいの?」

「1年の時の教科書はどこ?」

「このこと?」


1学期が始まる前に、叔父さんのところに置いてあった学校用具は全てこっちに送ってくれた。

もちろん、ほとんど使ってなかった教科書も。


ちなみに、叔父さんの家はここからそんなに遠くない。

でも学区が違う。

本当は学区内の中学に転校しないといけなかったみたいだけど、急で時間もなかったし制服とか面倒だから、そのまま通えるように特別許可をもらった。

だから毎日、親父たちが買ってくれた自転車で通学してる。



そして。



美和はやけに冷静にこう言った。

「じゃあね、今日から一週間は1年の教科書を全部暗記してね?」

「はぁ?んなの、ムリだろ」

「簡単だって。コツはね、100回ずつ読めばいいの」

「100回?!1年の教科書って10冊あるんだよ?ムリムリ、絶対にムリ!」

「大したことないよ。慣れたらすぐ読めるから。一週間後、いろいろ質問するからね。ちゃんと読むんだよ?」



ふふ。


美和は余裕で笑ってる。

案外、やってみたら簡単なのか?


「わかったよ、やってみる。でも、ただ100回読めって言われたって・・・俺、途中で寝る自信あるよ」

「そっか、じゃあ、ちゃんと100回ずつ読んで、一週間後の私の質問にちゃんと答えられたらご褒美をあげる。そういうのがあったら頑張れるよね?」

「ご褒美って?」

「何がいい?杏の好きなのでいいよ」


そうそう、中2になった始業式の日、これから俺のことは「杏」と呼び捨てにしてくれと美和に頼んだ。

俺が「美和」って呼び捨てにしてんのに、なんか変だと思ったから。


「なんだろ、俺のやる気がでるご褒美って・・・」

「今どきの中学生は何が欲しいのかなぁ・・・彼女とか?」

「いらねぇよ、そんなもん」

「杏ったら、照れちゃって!」

「照れてねぇよ」

「まぁまぁ・・・あ、こういうのはどう?」

「なに?」


「この家の秘密を1つ教えてあげる」

「秘密、って?」

「ここ、探検したコトある?」

「掃除の時に少し、ね」

「この家にはね、実は、すごくたくさんの秘密が隠されてるの」

「マジで?どんな?」


それって・・・知りてぇに決まってんじゃん。

むしろ、そこまで言われて、それがわからないままここに住み続けるとか、ありえねぇだろ。


「そしたら、今回ちゃんと教科書を暗記したら、この家の秘密を1つ教えてあげるね」

「絶対だよ?」

「うん、約束するよ!」



それから一週間、俺は家でも学校でも1年の時の教科書を読みまくった。

何回読んだかは数えてないけど。


そして次第に。

最初は意味不明だった内容が、読んでるうちにわかるようになってきていた。

暗記とまではいかなくても、1週間後には、一冊読むのに15分くらいしかかからなくなっていた。


そして一週間後。

「さてと、一週間経った感想は?」

「実はさ、先生の言ってることが分かるようになってきたんだよ」

「そう、よかったね!」

「ただ教科書読んだだけなのにな」

「ふふっ。じゃあ、質問に移ろうね」

「ん」


「一問目。形容詞ってなに?」

「言いきった時に最後が「い」になる」


「じゃ、言いきった時に「う段」になるのは?」

「動詞」


「すごいじゃない!」


美和はどんどん質問をしていった。


「a×b×(-1)をxなしで表すと?」

「地中海性気候って?」

「酸性のときはリトマス紙は何色になる?」

たぶん美和は30問くらい質問をした。

全部正解だった。



「杏、すごいじゃない!」

「俺ってすげぇ」


「じゃ、この家の秘密を1つ教えてあげる。でもその前に」

「なに?」

「来週また同じように質問するから」

「うん」


「だけど今回は100回じゃないよ」

「え、もっと?」

「ううん。一日10回ずつ7日間」

「わかった」


「来週も今日みたいに良く出来たら、またご褒美あげるから」

「今度はなに?」

「それは今日のご褒美をあげてから」


美和は俺の左手首を掴んで、どんどん家の奥へと進んでいった。

この家、どれだけ広いんだろう。

おまけに複雑すぎて、簡単に迷う。

それが気軽にこの家を探検出来ない理由。

元に戻って来れなくなりそうだから。


「杏、ここまではどうやってくるか、わかるよね?」

「うん。俺の部屋から真っ直ぐ来て、突きあたりで左」

「そう。もし変な人がこの家に押し掛けてきてどこかに隠れなきゃいけなくなったら、この隠し部屋を使うんだよ?」

「隠し部屋?!」


「そう。いい?よく見ておいて?」

美和はイタズラっぽく俺にウィンクをして、壁と床板の繋ぎ目にある細木を踏んだ。

「え?」

いきなり壁が少しずれた。

美和はそれを軽く両手で押して中に入った。



「こっちだよ?」

俺が中に入ったのを見届けて、美和は壁を戻した。


「また外に出たい時は、この木を踏めばいいからね」

美和が壁の内側にある突起を踏むと、壁はまた横にずれた。


「なんでここ、暗くないの?」

「よく気がついたね。ここは中庭と繋がってるの。光が入ってくるんだよ」

美和にそのまま付いて行くと、あの桜の木の近くに出た。


「なんでこんなもの作ったの?」

「昔はね、濡れ衣を着せられて追われた人たちがたくさんいたんだって」

「ん」

「これは、その人達を逃がすためのもの」

「・・・」


美和も不思議な人だけど、美和の先祖も不思議な人たちだったんだなぁ。

「杏はここから逃げちゃだめだからね?」

美和が俺にウィンクした。

「逃げねぇし」

「そうだよね?ふふっ。じゃ、ここで次のご褒美の発表!」

「何?」


「私がいつも使ってる隠し部屋のありかと、子猫だったらどっちがいい?」

「は?」


それ、選ぶのムリだろ。


「まぁこれからもたくさんご褒美を得る機会はあると思うけど、同じご褒美を再度提案するかどうかはわからないもんね。ふふっ」

美和は本当に楽しそう。


「それ、両方貰うにはどうしたらいい?」

「え、それは欲張りじゃないの?」

「でもどうしても両方欲しい。どうすればいい?」


「う~ん、じゃ、今回は子猫で、来週のご褒美を私の隠し部屋にしてあげる。今日にでも子猫が生まれそうなんだって。特別だよ?ふふ」

「やったね。くく」



次の週。

俺は、小さい頃からずっと飼いたいと思ってた子猫を手に入れた。

美和には言ってなかったはずのに、知ってたのはなんでなんだろう。

叔父さんが言ったのかな。


もしかしたら、美和はエスパーなのかもしれない。

俺がスキなものとか欲しいものがすぐわかるから。


ちなみに子猫はご近所さんから貰ってきたらしい。

生まれたてで、ものすごくちっちゃい。

白地にグレーのぶちのあるブリティシュショートヘア。

泣きたいほど可愛いんだ。


縁側で美和と2人、飽きることなく子猫を見つめる。

それがここ数日の、放課後の俺達の生活。


「杏、子猫の名前は決めた?」

「うん、決めたよ」

「なに?」

「ミワワ・・・可愛いだろ?」




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