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プロローグ: 「誕生日プレゼント」
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私の夢は、この家を家族でいっぱいにすること。
18歳になったら家族を作り始めるって。
そう、ずっと前から決めていた。
そして。
今からちょうど10年前の、3月25日。
私が18歳になったその日。
私の家の門の前。
あんず色のふわふわした髪をした、傷だらけの少年を見つけた時は―――
偶然じゃないって。
神様からのプレゼントだって。
そう、思ったの。
―――10年前。
「あれ・・・ここは?」
「あ、気がついた?」
私は振り返り、その少年の顔を覗き込んだ。
長いまつげに、大きくてまんまるの茶色い瞳。
まるで、子猫のよう。
「あ、アンタはっ?!」
いきなり近くでマジマジと見つめられて、びっくりしちゃったみたい。
「ごめんね、いきなりで脅えちゃったかな?私は美和っていうの。あなたは?」
「杏(キョウ)・・・俺、なんでここに?」
「ウチの門の前で、血だらけで倒れてたの」
「え・・・・あ、そうだ、アイツらに襲われて―――― うっ!」
「怪我、かなりヒドイから、しばらく動かない方がいいよ」
私は杏くんの額にある、生ぬるくなった濡れタオルを取って、再び氷水に浸した。
「俺、どのくらい寝てた?」
「丸1日」
「やべぇ・・・俺のスマホは?」
「見てないよ。杏くん、お財布もスマホも持ってなかったから、どこにも連絡出来なくて・・・」
「ちょっと電話借りていい?」
「もちろん」
杏くんは私のスマホを使って、慌ててどこかに電話をしている。
「あ、杏です、すみません連絡が遅れて・・・実は今気がついたところで・・・・えっと、知らない人の家にいるんですよ。ちょっと待って下さい・・・あの―――」
「はい?」
「ここはどこ?」
「ここは――――」
ピンポ~ン♪
この家に戻ってから一週間。
チャイムを鳴らしたのは、宅配のお兄さんくらい。
「杏くんのご家族かな?」
「たぶん先輩。さっき電話したから」
「名前は?」
「たぶん、平井か松本」
「そう、ちょっと見てくるね」
私の家は広大な、ジャングルのような敷地の中にある。
ここを取り囲む塀は私の背丈より遥に高く、
その更に上には電熱線が張り巡っている。
モニターには、高校生くらいの少年。
「どちらさまでしょうか?」
「平井といいます。杏から連絡をもらったんですが」
「お車ですか?」
「はい」
「いま門を開けますから。そのまま真っ直ぐ入ってきてください」
大きな音を立てて、鉄板のような門が自動で横に開く。
玄関前に止まったのはフルスモークの高級車。
降りてきたのは男の子2人。
サングラスをかけた、イカツイ感じの運転手はそこに残ったまま。
中学生らしき杏くんよりは年上だと思うけど、たぶんまだ2人とも高校生。
髪の毛が金と銀。
あんず色の髪をした杏くんといい、みんなカラフル。
「いろいろ世話になって・・・俺は平井明良(アキラ)。こっちは松本祥吾(ショウゴ)です。で、杏は?」
「こちらへどうぞ」
私は板張りの長い廊下を抜けて、杏くんのいる奥の部屋へと2人を案内する。
「明良さん、心配掛けてすみません」
「そんなことより怪我は?」
杏くんはまっすぐに私を見た。
そうだった、まだ何も説明していなかった。
「肩の傷が深かったから叔母に縫ってもらって・・・あ、叔母は医者なの。あと打撲がかなりひどいけど、幸い内臓も骨も無事。だから熱は、その肩の傷と打撲のせい。全治3週間ってところかな」
「ありがとう。美和が見つけてくれて助かったよ」
杏くんは私に頭を下げた。
こんな可愛い子に「美和」って呼び捨てにされて、なんか嬉しいんだけど。
でもなんで二人には敬語なのに、私にはタメ口?
ま、そこもカワイイけど。ふふ。
「美和・・・もしかしてまだ、警察に知らせてない?」
「うん、治療に時間かかったのもあるし、もうちょっと早く目覚めるかとも思ってたし、それに、明らかになんか事情がありそうだったし・・・連絡しそびれてた。ふふ」
「俺からも・・・本当に助かりました。特に警察に届けずにいてもらって・・・警察入ってたら、もっと複雑になるとこでした」
平井くんが頭を下げると、隣にいた松本くんが言った。
「この礼はまた改めて」
「杏くんが元気になってくれたらお礼なんていいの。それよりお茶入れてくるから、運転手さんも呼んできて?」
この家の歴史はかなり古い。
少なくても明治時代には存在していた。
麻生家は代々医者の家系。
この家は一部診療所だったこともあるから、ものすごく広いし部屋数も多い。
戦時中は負傷した兵隊さんや一般の人たちを収容していたこともあるし、関東大震災の時に緊急避難所になったとも聞いている。
この家の面白いところは、そういう歴史的背景もあって、和室と洋室が複雑に混在してること。
私の先祖が自分たちの好きなように、増改築を繰り返してきた。
そして実は、隠し部屋がたくさんある。
杏くんがいま使っているのは洋間。
そしてその洋間には和風の縁側が付いていて、中庭に咲く桜の一望できる。
もうすぐ満開だから、ベッドで寝てる杏くんに見せてあげたくて。
平井くん、松本くん、運転手さんの3人は、その縁側に座って緑茶を飲んでいた。
みんなと話をしているうちに、いろんなことがわかってきた。
杏くんはこの春から中2.
平井くんと松本くんは高2.
運転手の中山くんは高3だけど、2回留年してるから19歳。
私より年上。
みんな「狂嵐(キョウラン)」という暴走族のメンバーで、平井くんが総長、松本くんが副総長だと言っていた。
杏くんが怪我をしたのは、敵対する暴走族に襲われたかららしい。
でも杏くんはメンバーというより、平井くんと松本くんといつも一緒にいる弟、って感じみたい。
そしてまだ、抗争が終わっていないとも言っていた。
「じゃあそろそろ行くか。杏、歩けるか?」
平井くんが立ちあがった。
「え?杏くんを連れていくの?熱もあるのに?!」
私は焦った。
せっかくの誕生日プレゼントが!
「このままここで世話になるわけにはいかないし。俺の家に連れて行きます」
「杏くんのご家族は?」
「コイツの家族は俺達だから・・・な?」
そう言って、平井くんは杏くんに微笑み、彼の頭を撫でた。
なんとなく言いたいことはわかった。
私みたいに複雑な事情があるんだろうな。
「杏くん、イヤじゃなかったら治るまでここにいたらいいよ。この家、部屋はたくさん余ってるんだし、私は1人暮らしだから気を使うこともないし」
「え?1人?こんな広い家で?」
「うん。それに、大学が始まるまでヒマだから杏くんの面倒みてあげられるし・・・あ、それと、叔母さんがまた傷の具合を見に来るって言ってたよ」
「どうする、杏?」
平井くんが聞いた。
「たしかに明良のところよりは安全だけどなぁ。美和さんと2人はまずいだろ」
何を勘違いしてるのか、松本くんが怪しげな笑みを見せる。
「命の恩人に変なことするわけないじゃないですか!」
杏くんは顔を真っ赤にして松本くんに突っかかった。
冗談に決まってるのに本気で怒ってる。
可愛いな、ふふっ。
「心配だったら、2人もしばらくここに住んだら?」
「「「「え?」」」」
「部屋、余ってるし、ここはセキュリティが万全だから他の人は入って来れないよ。抗争があるなら尚更」
それからしばらく2人は、頻繁にここに出入りした。
私の作ったご飯をおいしいと言って食べてくれ、何か特別なことをする訳でもなく、お茶を飲みながらいろんな話をした。
平井くんも松本くんもとってもいいコ。
ちなみに、銀髪が平井くんで、金髪が松本くん。
松本くんはムードメーカーでよくしゃべり、平井くんは松本くんの話にいつも笑って突っ込みを入れる。
そして2人とも、人情にとても厚い。
「杏を助けてくれた礼」と言って、窓ふきをしてくれた。
私はそういう優しい人が大好き。
高い塀の外ではまだ暴走族同士の争いが続いていたようで、夕方になるとどこかへ出かけていく2人。
怪我をしないか、とても心配だったけど、
「狂嵐はここらで一番強ぇから、絶対に2人は大丈夫」と杏くんが笑ってたから、大丈夫なんだと思う。
ここで久しぶりに過ごす春休みは、なかなか楽しい。
杏くんの傷もだいぶ癒え始めたころ。
私は思いきってずっと気になっていたことを聞いてみた。
「杏くん、聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「言いたくなかったらいいんだけど」
「美和にはなんでも話すよ」
杏くんはとても人懐っこい。
生意気な口の利き方をしても、それがまたすごく可愛い。
きっと平井くんも松本くんも、杏くんのそう言うところが好きなんだと思う。
「ここに来る前はどこに住んでたの?」
「いろんなところ」
「いろんなって?」
「俺の両親、2人とも心の病気なんだ。だから俺を育てられなくて、叔父さん夫婦のところに預けられて」
「うん」
「叔父さん夫婦はいい人たちで、子供がいないから俺がいると嬉しいみたいなんだけど、なんか悪いなぁって・・・変に気ぃ使っちゃって、居づらくなってさ」
「うん」
「そんなとき、明良さんたちと知り合った」
「うん」
「それからは、明良さんところとか・・・他の狂嵐のメンバーの家に泊めてもらってるんだ」
「学校は?」
「たまに・・・かな」
「そっかぁ。だから平井くんは杏くんを自分のところに連れて帰るって言ったんだ」
「まぁ・・・そんなとこ、だね」
「じゃあ傷が治ったら、またそういう生活に戻るの?」
「ま、その方が気楽だし。みんな俺のことすごく可愛がってくれるから」
その言葉とは微妙に違う、ちょっと寂しそうな笑顔の杏くん。
その表情を見て、私は決めた。
「あのね、ここ部屋がいっぱいあるでしょう?」
「うん」
「だからね、ここで下宿屋を始めようかと思ってるの」
「えっ?」
「私、今月から医学生でね。バイトできる時間もあんまりないだろうし、家賃収入で生活しようかと思って」
本当はそんなことをしなくても生活していける。
両親が残してくれた財産も、他からの収入もある。
それに、そんなに勉強する必要もない。
でも、ここに人を入れ始めるのは本当のこと。
私は今から、ここで、家族を作る。
「だからね、よかったら一部屋使ってもいいよ?」
杏くんが本当に驚いた、っていう顔をしたから、私は爆笑してしまった。
「でも俺、部屋代払えないし」
「中学生から家賃取るわけないでしょ」
「でもそれじゃ」
「あのね、これは相談なんだけど」
「ん?」
「このウチ、ムダに広いじゃない。それに構造が複雑で」
「あぁ・・・そんな感じだね」
「私、掃除が苦手なの―――だから、週に一回くらい、共有エリアだけ掃除してくれない?玄関とか廊下とかリビングとか・・・」
「っていうか・・・」
杏くんはちょっと顔を歪めた。
もしかして、掃除が嫌だったのかな?
食事当番にすればよかったかな?
「食事当番でもいいよ?」
「・・・掃除がいい。俺、料理できないし・・・美和、ありがとう」
杏くんが必死に涙を堪えてるのがわかる。
今まできっと、安心して帰れる場所がなくて、とても辛かったんだ。
当たり前だよね。
まだ13歳だもん。
「そしたらさ、杏くんのご両親と叔父さん夫婦の許可を貰いに行かないといけないんだけど・・・杏くんまだ中学生だから、ね?」
「あぁ・・・そうだよね」
「近いうちに一緒に行こう?」
「・・・あのさ、俺の誕生日3日後なんだけど、その日会う約束してるから、その日でもいいかな?」
それから3日後。
杏くんの14歳の誕生日。
4月5日。
私は杏くんと、私の弁護士の井坂香湖先生と一緒に、杏くんのご両親と叔父さん夫婦に会いに言った。
井坂先生には、叔母の依子さんと同じくらいお世話になっている。
2人は私のお姉さん的存在。
杏くんのことを話すと、井坂先生も依子さんも杏くんのことを真底心配した。
私のところにいるのがベストかは別として、中学生がフラフラしてるのは絶対良くないし、彼が私のところにいたいというなら、尊重した方がいいって。
ウチはある意味、安全だから。
そして、井坂先生がご両親と叔父さん夫婦を説得してくれることになった。
でも、話し合いは気が抜けるほどあっさり終わった。
説得なんて必要なかった。
「自分たちのところにいてもすぐに逃げ出すだろうから―――居場所が分かってるだけで助かります。それに今日は杏の誕生日だからね?」
叔父さん夫婦は心よく了承してくれた。
杏くんの気持ちを一番に考えてくれたんだと思う。
叔母さんの寂しそうな顔を見て、本当は手放したくないのがよくわかったから。
でも条件を出された。
学校にちゃんと行くことと、
2週間に一度、一緒に食事をしながら毎日のことを報告をすること。
杏くんは素直に頷いた。
その後、井坂先生は叔父さん夫婦と生活費等などについて話し合っていた。
私は別にお金のことはいい、と言ったけど、食費も洋服代もいるから最初にちゃんとしておいた方がいいという井坂先生の意見に従った。
使わなかったら、杏くんが大きくなった時に返せばいいし。
ご両親の方は、ただただひたすら泣いて頭を下げていた。
入退院を繰り返してるらしい。
「杏のこと、よろしくお願いします」
「私はただ部屋を貸すだけなので・・・」
彼らが下げた頭を上げることはなかった。
杏くんはご両親のその姿を見て、また涙を堪えた。
膝に乗ってる両手に力が入っている。
「大丈夫だよ」
私は隣にいる杏くんの左手を強く握った。
杏くんは無言で頷いた。
私の父が生きている時、私は杏くんのご両親がかかっている病気の患者さんにたくさん会った。
他人にはなかなか理解してもらえない辛い病気。
本当なら杏くんを手放したくないはずだけど、頭も体もついていかない状態。
杏くんの辛そうな表情を見て、彼はそういうご両親の想いも、叔父さん夫婦の優しさも理解できる心の綺麗な子なんだと思った。
ちなみに、ご両親も叔父さん夫婦も、杏くんにちゃんと誕生日プレゼントを用意していた。
ご両親からは新品の自転車。
叔父さん夫婦からはスマホとノートパソコン。
杏くんは大切にされている。
「いい誕生日になってよかったわね」
「はい」
帰りの車の中。
井坂先生の言葉に素直に頷く杏くん。
そして井坂先生と私に何度も「ありがとうございました」と頭を下げた。
「これは美和ちゃんだからできたことなのよ?美和ちゃんと出会えて杏くんは本当にラッキーだわ」
杏くんは困ったような顔をした。
意味がわからなかったんだろう。
でもこう続けた。
「このことは一生、「何が起こっても」絶対に忘れない―――まぁ、今日は俺の誕生日だから、忘れるってことは「万が一にも」ないけどね」
杏くんは嬉しそうに笑った。
そして翌日の昼ごろ、松本くんが1人で家にやってきた。
「美和さん、頼まれたもの買ってきましたよ」
「頼まれたもの?なんか頼んだっけ?」
「え、杏のヤツに頼んだんでしょ、これ」
それはヘアカラー。
それも真っ黒のヤツ。
「頼んでないよ?」
「え?」
すると私たちの声が聞こえたのか、杏くんが部屋から出てきた。
「あ、買ってきてくれたんですか!」
「杏、美和さん頼んでないって」
「え?俺が欲しかったんですよ」
杏くんは、新学期を前に髪を黒に戻すことにしたらしい。
「なんか残念。あんず色、すごく似合ってて大好きだったのに」
私は杏くんのふわふわの髪の毛を撫でた。
すごく気持ちいい。
「じゃあ、高校生になったら美和の為にあんず色に戻すよ」
私と松本くんは、右担当と左担当に分かれて、髪の毛を染め始めた。
18歳になったら家族を作り始めるって。
そう、ずっと前から決めていた。
そして。
今からちょうど10年前の、3月25日。
私が18歳になったその日。
私の家の門の前。
あんず色のふわふわした髪をした、傷だらけの少年を見つけた時は―――
偶然じゃないって。
神様からのプレゼントだって。
そう、思ったの。
―――10年前。
「あれ・・・ここは?」
「あ、気がついた?」
私は振り返り、その少年の顔を覗き込んだ。
長いまつげに、大きくてまんまるの茶色い瞳。
まるで、子猫のよう。
「あ、アンタはっ?!」
いきなり近くでマジマジと見つめられて、びっくりしちゃったみたい。
「ごめんね、いきなりで脅えちゃったかな?私は美和っていうの。あなたは?」
「杏(キョウ)・・・俺、なんでここに?」
「ウチの門の前で、血だらけで倒れてたの」
「え・・・・あ、そうだ、アイツらに襲われて―――― うっ!」
「怪我、かなりヒドイから、しばらく動かない方がいいよ」
私は杏くんの額にある、生ぬるくなった濡れタオルを取って、再び氷水に浸した。
「俺、どのくらい寝てた?」
「丸1日」
「やべぇ・・・俺のスマホは?」
「見てないよ。杏くん、お財布もスマホも持ってなかったから、どこにも連絡出来なくて・・・」
「ちょっと電話借りていい?」
「もちろん」
杏くんは私のスマホを使って、慌ててどこかに電話をしている。
「あ、杏です、すみません連絡が遅れて・・・実は今気がついたところで・・・・えっと、知らない人の家にいるんですよ。ちょっと待って下さい・・・あの―――」
「はい?」
「ここはどこ?」
「ここは――――」
ピンポ~ン♪
この家に戻ってから一週間。
チャイムを鳴らしたのは、宅配のお兄さんくらい。
「杏くんのご家族かな?」
「たぶん先輩。さっき電話したから」
「名前は?」
「たぶん、平井か松本」
「そう、ちょっと見てくるね」
私の家は広大な、ジャングルのような敷地の中にある。
ここを取り囲む塀は私の背丈より遥に高く、
その更に上には電熱線が張り巡っている。
モニターには、高校生くらいの少年。
「どちらさまでしょうか?」
「平井といいます。杏から連絡をもらったんですが」
「お車ですか?」
「はい」
「いま門を開けますから。そのまま真っ直ぐ入ってきてください」
大きな音を立てて、鉄板のような門が自動で横に開く。
玄関前に止まったのはフルスモークの高級車。
降りてきたのは男の子2人。
サングラスをかけた、イカツイ感じの運転手はそこに残ったまま。
中学生らしき杏くんよりは年上だと思うけど、たぶんまだ2人とも高校生。
髪の毛が金と銀。
あんず色の髪をした杏くんといい、みんなカラフル。
「いろいろ世話になって・・・俺は平井明良(アキラ)。こっちは松本祥吾(ショウゴ)です。で、杏は?」
「こちらへどうぞ」
私は板張りの長い廊下を抜けて、杏くんのいる奥の部屋へと2人を案内する。
「明良さん、心配掛けてすみません」
「そんなことより怪我は?」
杏くんはまっすぐに私を見た。
そうだった、まだ何も説明していなかった。
「肩の傷が深かったから叔母に縫ってもらって・・・あ、叔母は医者なの。あと打撲がかなりひどいけど、幸い内臓も骨も無事。だから熱は、その肩の傷と打撲のせい。全治3週間ってところかな」
「ありがとう。美和が見つけてくれて助かったよ」
杏くんは私に頭を下げた。
こんな可愛い子に「美和」って呼び捨てにされて、なんか嬉しいんだけど。
でもなんで二人には敬語なのに、私にはタメ口?
ま、そこもカワイイけど。ふふ。
「美和・・・もしかしてまだ、警察に知らせてない?」
「うん、治療に時間かかったのもあるし、もうちょっと早く目覚めるかとも思ってたし、それに、明らかになんか事情がありそうだったし・・・連絡しそびれてた。ふふ」
「俺からも・・・本当に助かりました。特に警察に届けずにいてもらって・・・警察入ってたら、もっと複雑になるとこでした」
平井くんが頭を下げると、隣にいた松本くんが言った。
「この礼はまた改めて」
「杏くんが元気になってくれたらお礼なんていいの。それよりお茶入れてくるから、運転手さんも呼んできて?」
この家の歴史はかなり古い。
少なくても明治時代には存在していた。
麻生家は代々医者の家系。
この家は一部診療所だったこともあるから、ものすごく広いし部屋数も多い。
戦時中は負傷した兵隊さんや一般の人たちを収容していたこともあるし、関東大震災の時に緊急避難所になったとも聞いている。
この家の面白いところは、そういう歴史的背景もあって、和室と洋室が複雑に混在してること。
私の先祖が自分たちの好きなように、増改築を繰り返してきた。
そして実は、隠し部屋がたくさんある。
杏くんがいま使っているのは洋間。
そしてその洋間には和風の縁側が付いていて、中庭に咲く桜の一望できる。
もうすぐ満開だから、ベッドで寝てる杏くんに見せてあげたくて。
平井くん、松本くん、運転手さんの3人は、その縁側に座って緑茶を飲んでいた。
みんなと話をしているうちに、いろんなことがわかってきた。
杏くんはこの春から中2.
平井くんと松本くんは高2.
運転手の中山くんは高3だけど、2回留年してるから19歳。
私より年上。
みんな「狂嵐(キョウラン)」という暴走族のメンバーで、平井くんが総長、松本くんが副総長だと言っていた。
杏くんが怪我をしたのは、敵対する暴走族に襲われたかららしい。
でも杏くんはメンバーというより、平井くんと松本くんといつも一緒にいる弟、って感じみたい。
そしてまだ、抗争が終わっていないとも言っていた。
「じゃあそろそろ行くか。杏、歩けるか?」
平井くんが立ちあがった。
「え?杏くんを連れていくの?熱もあるのに?!」
私は焦った。
せっかくの誕生日プレゼントが!
「このままここで世話になるわけにはいかないし。俺の家に連れて行きます」
「杏くんのご家族は?」
「コイツの家族は俺達だから・・・な?」
そう言って、平井くんは杏くんに微笑み、彼の頭を撫でた。
なんとなく言いたいことはわかった。
私みたいに複雑な事情があるんだろうな。
「杏くん、イヤじゃなかったら治るまでここにいたらいいよ。この家、部屋はたくさん余ってるんだし、私は1人暮らしだから気を使うこともないし」
「え?1人?こんな広い家で?」
「うん。それに、大学が始まるまでヒマだから杏くんの面倒みてあげられるし・・・あ、それと、叔母さんがまた傷の具合を見に来るって言ってたよ」
「どうする、杏?」
平井くんが聞いた。
「たしかに明良のところよりは安全だけどなぁ。美和さんと2人はまずいだろ」
何を勘違いしてるのか、松本くんが怪しげな笑みを見せる。
「命の恩人に変なことするわけないじゃないですか!」
杏くんは顔を真っ赤にして松本くんに突っかかった。
冗談に決まってるのに本気で怒ってる。
可愛いな、ふふっ。
「心配だったら、2人もしばらくここに住んだら?」
「「「「え?」」」」
「部屋、余ってるし、ここはセキュリティが万全だから他の人は入って来れないよ。抗争があるなら尚更」
それからしばらく2人は、頻繁にここに出入りした。
私の作ったご飯をおいしいと言って食べてくれ、何か特別なことをする訳でもなく、お茶を飲みながらいろんな話をした。
平井くんも松本くんもとってもいいコ。
ちなみに、銀髪が平井くんで、金髪が松本くん。
松本くんはムードメーカーでよくしゃべり、平井くんは松本くんの話にいつも笑って突っ込みを入れる。
そして2人とも、人情にとても厚い。
「杏を助けてくれた礼」と言って、窓ふきをしてくれた。
私はそういう優しい人が大好き。
高い塀の外ではまだ暴走族同士の争いが続いていたようで、夕方になるとどこかへ出かけていく2人。
怪我をしないか、とても心配だったけど、
「狂嵐はここらで一番強ぇから、絶対に2人は大丈夫」と杏くんが笑ってたから、大丈夫なんだと思う。
ここで久しぶりに過ごす春休みは、なかなか楽しい。
杏くんの傷もだいぶ癒え始めたころ。
私は思いきってずっと気になっていたことを聞いてみた。
「杏くん、聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「言いたくなかったらいいんだけど」
「美和にはなんでも話すよ」
杏くんはとても人懐っこい。
生意気な口の利き方をしても、それがまたすごく可愛い。
きっと平井くんも松本くんも、杏くんのそう言うところが好きなんだと思う。
「ここに来る前はどこに住んでたの?」
「いろんなところ」
「いろんなって?」
「俺の両親、2人とも心の病気なんだ。だから俺を育てられなくて、叔父さん夫婦のところに預けられて」
「うん」
「叔父さん夫婦はいい人たちで、子供がいないから俺がいると嬉しいみたいなんだけど、なんか悪いなぁって・・・変に気ぃ使っちゃって、居づらくなってさ」
「うん」
「そんなとき、明良さんたちと知り合った」
「うん」
「それからは、明良さんところとか・・・他の狂嵐のメンバーの家に泊めてもらってるんだ」
「学校は?」
「たまに・・・かな」
「そっかぁ。だから平井くんは杏くんを自分のところに連れて帰るって言ったんだ」
「まぁ・・・そんなとこ、だね」
「じゃあ傷が治ったら、またそういう生活に戻るの?」
「ま、その方が気楽だし。みんな俺のことすごく可愛がってくれるから」
その言葉とは微妙に違う、ちょっと寂しそうな笑顔の杏くん。
その表情を見て、私は決めた。
「あのね、ここ部屋がいっぱいあるでしょう?」
「うん」
「だからね、ここで下宿屋を始めようかと思ってるの」
「えっ?」
「私、今月から医学生でね。バイトできる時間もあんまりないだろうし、家賃収入で生活しようかと思って」
本当はそんなことをしなくても生活していける。
両親が残してくれた財産も、他からの収入もある。
それに、そんなに勉強する必要もない。
でも、ここに人を入れ始めるのは本当のこと。
私は今から、ここで、家族を作る。
「だからね、よかったら一部屋使ってもいいよ?」
杏くんが本当に驚いた、っていう顔をしたから、私は爆笑してしまった。
「でも俺、部屋代払えないし」
「中学生から家賃取るわけないでしょ」
「でもそれじゃ」
「あのね、これは相談なんだけど」
「ん?」
「このウチ、ムダに広いじゃない。それに構造が複雑で」
「あぁ・・・そんな感じだね」
「私、掃除が苦手なの―――だから、週に一回くらい、共有エリアだけ掃除してくれない?玄関とか廊下とかリビングとか・・・」
「っていうか・・・」
杏くんはちょっと顔を歪めた。
もしかして、掃除が嫌だったのかな?
食事当番にすればよかったかな?
「食事当番でもいいよ?」
「・・・掃除がいい。俺、料理できないし・・・美和、ありがとう」
杏くんが必死に涙を堪えてるのがわかる。
今まできっと、安心して帰れる場所がなくて、とても辛かったんだ。
当たり前だよね。
まだ13歳だもん。
「そしたらさ、杏くんのご両親と叔父さん夫婦の許可を貰いに行かないといけないんだけど・・・杏くんまだ中学生だから、ね?」
「あぁ・・・そうだよね」
「近いうちに一緒に行こう?」
「・・・あのさ、俺の誕生日3日後なんだけど、その日会う約束してるから、その日でもいいかな?」
それから3日後。
杏くんの14歳の誕生日。
4月5日。
私は杏くんと、私の弁護士の井坂香湖先生と一緒に、杏くんのご両親と叔父さん夫婦に会いに言った。
井坂先生には、叔母の依子さんと同じくらいお世話になっている。
2人は私のお姉さん的存在。
杏くんのことを話すと、井坂先生も依子さんも杏くんのことを真底心配した。
私のところにいるのがベストかは別として、中学生がフラフラしてるのは絶対良くないし、彼が私のところにいたいというなら、尊重した方がいいって。
ウチはある意味、安全だから。
そして、井坂先生がご両親と叔父さん夫婦を説得してくれることになった。
でも、話し合いは気が抜けるほどあっさり終わった。
説得なんて必要なかった。
「自分たちのところにいてもすぐに逃げ出すだろうから―――居場所が分かってるだけで助かります。それに今日は杏の誕生日だからね?」
叔父さん夫婦は心よく了承してくれた。
杏くんの気持ちを一番に考えてくれたんだと思う。
叔母さんの寂しそうな顔を見て、本当は手放したくないのがよくわかったから。
でも条件を出された。
学校にちゃんと行くことと、
2週間に一度、一緒に食事をしながら毎日のことを報告をすること。
杏くんは素直に頷いた。
その後、井坂先生は叔父さん夫婦と生活費等などについて話し合っていた。
私は別にお金のことはいい、と言ったけど、食費も洋服代もいるから最初にちゃんとしておいた方がいいという井坂先生の意見に従った。
使わなかったら、杏くんが大きくなった時に返せばいいし。
ご両親の方は、ただただひたすら泣いて頭を下げていた。
入退院を繰り返してるらしい。
「杏のこと、よろしくお願いします」
「私はただ部屋を貸すだけなので・・・」
彼らが下げた頭を上げることはなかった。
杏くんはご両親のその姿を見て、また涙を堪えた。
膝に乗ってる両手に力が入っている。
「大丈夫だよ」
私は隣にいる杏くんの左手を強く握った。
杏くんは無言で頷いた。
私の父が生きている時、私は杏くんのご両親がかかっている病気の患者さんにたくさん会った。
他人にはなかなか理解してもらえない辛い病気。
本当なら杏くんを手放したくないはずだけど、頭も体もついていかない状態。
杏くんの辛そうな表情を見て、彼はそういうご両親の想いも、叔父さん夫婦の優しさも理解できる心の綺麗な子なんだと思った。
ちなみに、ご両親も叔父さん夫婦も、杏くんにちゃんと誕生日プレゼントを用意していた。
ご両親からは新品の自転車。
叔父さん夫婦からはスマホとノートパソコン。
杏くんは大切にされている。
「いい誕生日になってよかったわね」
「はい」
帰りの車の中。
井坂先生の言葉に素直に頷く杏くん。
そして井坂先生と私に何度も「ありがとうございました」と頭を下げた。
「これは美和ちゃんだからできたことなのよ?美和ちゃんと出会えて杏くんは本当にラッキーだわ」
杏くんは困ったような顔をした。
意味がわからなかったんだろう。
でもこう続けた。
「このことは一生、「何が起こっても」絶対に忘れない―――まぁ、今日は俺の誕生日だから、忘れるってことは「万が一にも」ないけどね」
杏くんは嬉しそうに笑った。
そして翌日の昼ごろ、松本くんが1人で家にやってきた。
「美和さん、頼まれたもの買ってきましたよ」
「頼まれたもの?なんか頼んだっけ?」
「え、杏のヤツに頼んだんでしょ、これ」
それはヘアカラー。
それも真っ黒のヤツ。
「頼んでないよ?」
「え?」
すると私たちの声が聞こえたのか、杏くんが部屋から出てきた。
「あ、買ってきてくれたんですか!」
「杏、美和さん頼んでないって」
「え?俺が欲しかったんですよ」
杏くんは、新学期を前に髪を黒に戻すことにしたらしい。
「なんか残念。あんず色、すごく似合ってて大好きだったのに」
私は杏くんのふわふわの髪の毛を撫でた。
すごく気持ちいい。
「じゃあ、高校生になったら美和の為にあんず色に戻すよ」
私と松本くんは、右担当と左担当に分かれて、髪の毛を染め始めた。
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過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
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結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
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