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Side Story 5: ロンドンにて(エピローグ後のお話)
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「もしもし、親父?」
「ハル、いつの間に荷物移動したんだ?連絡もなく失礼なヤツだなぁ。くく」
「知らせる間もなかったんだよ。外にタクシー待たせてたから」
「どうせ美也ちゃんを待たせてたとか、そんなんだろう?くく」
「ま、そうだけど・・・あのさ、親父がめちゃくちゃ忙しいのはわかってるんだけど、ちょっと時間作ってもらえないかな?」
「それはなんとでもするが・・・いつがいいんだ?美也ちゃんも一緒なら夜か?」
「いや、美也が仕事してる昼間がいい。1時間くらいでいいから」
ここロンドンで美也を捕まえてから3日。
あのホテルで美也と一泊した翌朝
(本当にゆっくり話がしたかっただけで、そういう意図はなかった・・・いや、本当に)、
俺はスーツケースを親父の家から、美也が滞在している家へと移動させた。
美也はいま、クライアントのところに出向いていて、家にはいない。
その間に俺は、
今のうちに出来ること全てをするつもりだ―――これからの、俺たちのために。
「今日のランチの時間はどうだ?その後13時半まで打ち合わせが入ってないから、少し余裕あるぞ」
「ん、じゃ、12時ごろ大使館のロビーで待ってる―――助かるよ」
大使館に隣接する、イタリアンレストラン。
親父と合流して、俺たちは店の角の席に腰を下ろした。
親父が予約していてくれたようだ。
「それで?美也ちゃんとはうまくいったのか?」
「おかげさまで。いま、美也の家にいる」
「それはよかった―――けどハル、お前仕事はいいのか?忙しいんだろう?」
普段滅多に顔を合わせることのない親父。
だけど、頻繁に電話もするし、何でも話す。
―――美也のこと、以外は。
別に、わざとその話題を避けていたわけじゃない。
ただ、この7年。
話せるようなことも、相談できるようなこともなかった。
俺にできることは―――
ただひたすら、再会を信じて、頑張ることだけだった。
ここに来る時だって、美也に会うためとは親父には言わなかった。
でも親父は俺の気持ちに気づいていたと思う。
だから、ここに到着した日、美也のことを俺に伝えたのだ。
ずっと、黙って、
俺のことを見守ってくれていたんだと、俺は思う。
「会社は大丈夫。坂上達に任せてきたし、必要なら俺もここで仕事するから―――アイツらもそれでいいって言ってくれてるし」
「そうか。それはよかったな。いい仲間を持ったもんだ。ま、でもとにかく、早く美也ちゃんに会わせてくれよ?くく」
「あぁ。美也も親父に挨拶したいって言ってたし・・・いつがいい?」
「土曜の夜なら空いてるぞ」
「じゃ、それで」
「で?俺が美也ちゃんに会う前に、なんか話しておきたいことがあるんだろう?」
さすが、親父。
なんでも見通してる。
自分の親父ながら・・・
この人が社会的にここまで成功し、ほとんど家にいないにも関わらず家庭が至極円満なのは、
ひとえにこの人の優れた人間性によるものだと、ただひたすら尊敬する。
―――俺は本当に、恵まれている。
「とりあえず美也は―――、ここでの仕事をクリスマス前・・・あと1か月で頑張って終わらせるって言ってる。本当はそんなに急ぐ必要はなかったのかもしれないけど、たぶん俺のスケジュールを心配してそう言ってるんだと思う」
「ん。じゃ、正月は日本か?」
「いや、その後、荷物纏めたりとか手続きとかいろいろあるから、美也は1月上旬までここにいるって言ってて、、、だから俺もそれまでここに残ることにした。親父の予定は?」
「俺は東京でいくつか仕事もあるし、こっちはクリスマス休暇に入るから、12月15日の便で東京に戻るよ。1月10日にはこっちに戻るけどな―――っていうことは、今度の正月はハル抜かぁ。久しぶりに家族みんな揃うかと思ってたんだけどな」
「ま、よろしく言っといてよ」
「あぁ、ハルと美也ちゃんの噂、ちゃんと流しておいてやるから。くく」
「はぁ、また姉貴に虐められるな・・・んで、さ。美也のことなんだけど」
「ん」
「アイツ今まで―――たぶん高校卒業してから一度も、正月を日本で過ごしたことがないんだ」
「どういうことだ?」
俺は親父のことも、家族のことも信頼してる―――全面的に。
だけど、
美也が俺の家族のことで傷つくようなことは絶対に避けたいから、
ここで親父に言っておかなければならない。
「俺もまだ全部を知ってるわけじゃないけど・・・家庭環境がすげぇ複雑で、たぶん、高校一年の秋くらいからアイツ、両親に会ってない」
「・・・ご兄弟は?」
「お兄さんがいたって聞いてるけど、亡くなってる―――同じ時期に」
「・・・辛いな」
親父はふぅ・・・とため息を吐いた。
それが、どういう意味なのか、
親父の表情からは見当もつかない。
美也とのことを―――反対されるのだろうか。
少し、不安が過る。
でも俺は、
ようやく捕まえた美也を、
そんなことで手放すつもりは毛頭ない。
ただ、できれば、
俺の選んだ人を、
俺の家族に、
温かく迎え入れてもらいたい。
それにもし、そうでなければ、
美也はずっと、俺に負い目を感じ続けるだろう―――
美也はきっと、なによりも恐れている。
―――自分が、俺の足を引っ張ることを。
7年前、美也が俺との別れを決めたときのように。
「だからさ・・・」
すると親父はしばらく無言になり・・・珍しく真面目な表情で、こう言った。
「美也ちゃんに家族のことは触れるな、ってことか?」
「そう・・・アイツが自分から話すまで」
そう俺が言うと、急に、親父の表情がガラリと変わり、ニヤっと俺に微笑んだ。
「ん、そうだな。それがいいな。美代ちゃんにも言っとくよ」
これは・・・どういう意味なんだろうか。
親父が無言になったのは・・・ただ単に、
美也のことを純粋に心配して、美也とどう向き合うのかがベストなのかを考えてただけ、ということだろうか。
その、俺の予想を裏付けるように、親父が言葉を続けた。
「美也ちゃんと美代ちゃん・・・あはは。名前似てるな。これもなんかの縁だな。間違えないようにしないと、美代ちゃんに嫌われるなぁ。くく」
それを聞いて・・・俺は、親父は大丈夫だと思った。
美也を傷つけるようなことを、この人は決してしないと。
「じゃ親父・・・くれぐれも頼むな」
「あぁ、心配するな」
でも―――
それだけじゃ足りない。
「お袋、美也の家庭環境とか気にするかな・・・兄貴と姉貴はそんなこと気にするようなタイプじゃないから大丈夫だと思うけど」
「まぁ、美也ちゃんのこと心配はするだろうけど―――オマエたちの関係をどうこう言ったりしないさ」
あぁ、この人は本当によくわかってる・・・俺の言いたいことを。
「親父がそう言うならそうかな・・・あの、天然で大雑把なお袋だしな。くく」
「ま、なんにしろ、美代ちゃんも本人に直接会えばすぐに納得するよ。とにかくいいコだし、人からも信頼されてるし、彼女がどれだけ一生懸命生きてきたのかはキャリアみたら一目瞭然だし・・・ハルにはもったいないよ。くく」
「俺は―――」
「ん」
「家族のことで美也が傷つくのは、もう見たくない」
「・・・」
「アイツはもう充分、傷ついたから」
「ハル」
「ん?」
「お前、これから先もずっと、美也ちゃんと一緒にいるんだろう?」
「―――いるよ、ずっと」
「じゃ、今までの分も、幸せにしないとな」
「―――わかってる」
「俺も美代ちゃんも完璧じゃない―――人間だからな。でも、人生を共にする上で、何を一番大切にしたいかは最初から一致してる。それは今までもこれからも変わらない」
「・・・」
「大切に思うものをそのまま丸ごと大切にしてゆく―――それだけだよ」
そして、その週末の土曜日。
俺は美也を連れて、親父の待つレストランに向かった。
美也は親父の顔を見るなり、深く頭を下げた。
「ご無沙汰してます・・・あれからもう、10年も経ってしまって。その節は本当にお世話になりました」
「美也、なに親父に頭下げてんだよ?そんなこといいから、早く座れよ?」
「あはは。本当に月日が経つのは早いねぇ。さ、とりあえず座って?・・・でもあの時は本当に楽しかったなぁ。3人でいろんなところに行って、いろんな話をして笑って―――美也ちゃん、元気そうでなによりだよ」
「お陰様で・・・なんとかやってます」
何度も促されてようやく席についた美也は、静かにそう答えた。
「なんとかって・・・美也ちゃんの噂はいろいろ聞いてるよ?」
「噂?」
「先日、僕の知り合いが美也ちゃんに仕事を頼みたいって言ってきてね」
「親父、いきなりその話かよ?」
「仕事、って?」
「USの〇〇社」
「あぁ・・・」
「美也、知ってるのか?」
「何度か連絡頂いてるけど・・・今、その仕事を受けられる予定がつかなくて・・・」
「ん、だから僕になんとか説得してくれないか、って言ってきたんだよ。美也ちゃんからなかなかいい返事貰えなくて、あちらも相当焦ってるらしい。あはは」
「なんで親父のところに?」
「大規模な、日本政府も絡む国際関係の重要案件だから、ね?」
「まぁ・・・そうですね」
「そういうのが扱える日本人アナリスト、ほぼ皆無に等しいからなぁ。美也ちゃん、すごいよね」
「美也、その仕事受けたらこれからどうなるんだ?」
「まぁ・・・普通に考えたら、しばらくDCに滞在、かな」
「しばらく、って?」
「2-3年のプロジェクトじゃないかな?」
答えたのは親父だった。
「2-3年?!」
「・・・うん。でも、それを受けちゃったら、来年以降入ってる仕事全部断らないといけなくなるし・・・ある意味、その期間は拘束されちゃうから―――ちょっと規模が大きすぎて」
「そうだろうなぁ。機密事項だからねぇ。外部に情報が洩れるようなことは悉く避けるだろうなぁ。ま、その分、報酬は凄いだろうけど」
「・・・マジかよ」
明らかに焦っている俺を見て、親父は笑いながらこう言った。
「とりあえず先方には、美和ちゃんに伝えたって言っとくよ」
「親父、ふざけんなよ」
「ふざけてないさ。ここからはハル、お前次第だな。あはは」
「―――美也」
俺はテーブルの下で、美和の右手をぎゅって握りしめながら言った。
「後で、ちゃんと話そうな」
「ん」
それからは、3人でたわいもない話をした。
本当にどうでもいいような―――親父の老眼の度数が進んでるとか、運動音痴のお袋が突然ジムに通い出したとか。
ポッキーが寿命を全うした後、しばらくしてようやくまたペットを飼う気になって、
プリッツという柴犬を飼い始めたこととか。
ま、とにかく。
親父は美也にまた会えて、とても嬉しそうで、
美也も同じ感じで、
俺は、そのUSの何とか社の話に憂鬱になりつつも、
この幸せな空気感に安堵していた。
そして、かなり夜も更け、もうそろそろお開きになりそうな頃、
親父が言った。
「ハルが言ってたんだけど、お正月もここにいるんだって?」
「はい。ここでの仕事を終えた後、いろいろ残務処理があって・・・クリスマス・ニューイヤー休暇に入るので、事務的なこともなかなか進まないと思いますし」
「そうだよね。ここ、その時期、物事がかなりスローペースになっちゃうからねぇ」
「・・・すみません」
「なんで美也ちゃんが謝るの?」
「お正月・・・ご家族で過ごされたいですよね」
「美也・・・」
「美也ちゃん・・・」
「ハルを引き留めてしまって、本当に申し訳ないです・・・普段お忙しくされてるから、家族水入らずで過ごせるこんな機会、滅多にないはずなのに」
「俺が勝手にここにいる、って言ったんだろ?美也と一緒に日本に戻るって決めたのは俺だ」
すると、親父が美也の瞳をしっかり見つめながら言った。
「美也ちゃん」
「はい」
「美代ちゃんの作るおせち料理、すごく美味しいんだよ。ま、美代ちゃんの作ってくれる料理はなんでも美味しいけどね」
「親父、なに言ってんだよ?」
「今度のお正月はムリだけど、その次からは一緒に食べようよ、ね?」
その言葉に・・・美也は俯きながらも、
静かに首を縦に振った。
美也の滞在してる家へ二人でゆっくり歩く、帰りしな。
美也の左手をぎゅっと握りしめながら、
俺は親父の懐の深さに、深く深く、感謝していた。
***************************
美也の家に到着し、俺は、コートをハンガーに掛けている美也に背後から声を掛けた。
「美也・・・さっきの、DCの話だけど」
「ん」
「日本を拠点にたまに出張する程度だったら、俺は日本で仕事しながら美也を待つよ。俺も出張あるしさ」
「・・・」
「だけど、2年も3年も向こうに行くようだったら―――俺も行く」
「・・・どうやって?」
「これだけテクノロジーが進んできてるんだからどうにでもなるだろ。ウチ、ITコンサルなんだし。それに、USで事業拡大、って名目で向こう行っても構わない」
「・・・」
「これ以上離れて暮らすのは―――俺はムリだ」
すると―――
美也はくるりと振り返り、俺に抱きついた。
だから、俺も、
ぎゅって、美也を抱きしめ返した。
「―――私も、ムリ」
「え?」
「この仕事は・・・公平先生に相談してみる。他に適任者を紹介してくれるかもしれないし、いずれにしても、いいアイデアくれると思うから」
その、美也の言葉が嬉しくて―――
俺は更にきつく、美也を抱きしめた。
そして、言った。
「美也、俺―――」
「ん」
「この7年、すげぇ頑張った―――俺なりに」
「ん」
「それは―――頑張ったら、俺に準備が出来たら、坂上達が、絶対に美也に会わせてくれるって約束してくれたから」
「どうやって私と会わせるつもりだったの?」
「それは未だによくわからないけど・・・おまけに結局、アイツらが言う前に俺が自分でここに来るって決めたから、アイツらの計画は無駄足に終わったって言ってたし。くく。ま、とにかく、」
「ん」
「もう、俺が頑張んなくても、会社は回るようになってる。肝心な時に俺が出て行けば、それで会社の方はいいんだろうし、仮に俺が居なくても、俺の仲間がちゃんと会社を回してくれる。だから・・・」
「?」
「これからは俺、美也の旅に勝手についてくから」
「・・・」
「10年前、俺が美也の後をただ、追いてったみたいに、さ」
「ハル、いつの間に荷物移動したんだ?連絡もなく失礼なヤツだなぁ。くく」
「知らせる間もなかったんだよ。外にタクシー待たせてたから」
「どうせ美也ちゃんを待たせてたとか、そんなんだろう?くく」
「ま、そうだけど・・・あのさ、親父がめちゃくちゃ忙しいのはわかってるんだけど、ちょっと時間作ってもらえないかな?」
「それはなんとでもするが・・・いつがいいんだ?美也ちゃんも一緒なら夜か?」
「いや、美也が仕事してる昼間がいい。1時間くらいでいいから」
ここロンドンで美也を捕まえてから3日。
あのホテルで美也と一泊した翌朝
(本当にゆっくり話がしたかっただけで、そういう意図はなかった・・・いや、本当に)、
俺はスーツケースを親父の家から、美也が滞在している家へと移動させた。
美也はいま、クライアントのところに出向いていて、家にはいない。
その間に俺は、
今のうちに出来ること全てをするつもりだ―――これからの、俺たちのために。
「今日のランチの時間はどうだ?その後13時半まで打ち合わせが入ってないから、少し余裕あるぞ」
「ん、じゃ、12時ごろ大使館のロビーで待ってる―――助かるよ」
大使館に隣接する、イタリアンレストラン。
親父と合流して、俺たちは店の角の席に腰を下ろした。
親父が予約していてくれたようだ。
「それで?美也ちゃんとはうまくいったのか?」
「おかげさまで。いま、美也の家にいる」
「それはよかった―――けどハル、お前仕事はいいのか?忙しいんだろう?」
普段滅多に顔を合わせることのない親父。
だけど、頻繁に電話もするし、何でも話す。
―――美也のこと、以外は。
別に、わざとその話題を避けていたわけじゃない。
ただ、この7年。
話せるようなことも、相談できるようなこともなかった。
俺にできることは―――
ただひたすら、再会を信じて、頑張ることだけだった。
ここに来る時だって、美也に会うためとは親父には言わなかった。
でも親父は俺の気持ちに気づいていたと思う。
だから、ここに到着した日、美也のことを俺に伝えたのだ。
ずっと、黙って、
俺のことを見守ってくれていたんだと、俺は思う。
「会社は大丈夫。坂上達に任せてきたし、必要なら俺もここで仕事するから―――アイツらもそれでいいって言ってくれてるし」
「そうか。それはよかったな。いい仲間を持ったもんだ。ま、でもとにかく、早く美也ちゃんに会わせてくれよ?くく」
「あぁ。美也も親父に挨拶したいって言ってたし・・・いつがいい?」
「土曜の夜なら空いてるぞ」
「じゃ、それで」
「で?俺が美也ちゃんに会う前に、なんか話しておきたいことがあるんだろう?」
さすが、親父。
なんでも見通してる。
自分の親父ながら・・・
この人が社会的にここまで成功し、ほとんど家にいないにも関わらず家庭が至極円満なのは、
ひとえにこの人の優れた人間性によるものだと、ただひたすら尊敬する。
―――俺は本当に、恵まれている。
「とりあえず美也は―――、ここでの仕事をクリスマス前・・・あと1か月で頑張って終わらせるって言ってる。本当はそんなに急ぐ必要はなかったのかもしれないけど、たぶん俺のスケジュールを心配してそう言ってるんだと思う」
「ん。じゃ、正月は日本か?」
「いや、その後、荷物纏めたりとか手続きとかいろいろあるから、美也は1月上旬までここにいるって言ってて、、、だから俺もそれまでここに残ることにした。親父の予定は?」
「俺は東京でいくつか仕事もあるし、こっちはクリスマス休暇に入るから、12月15日の便で東京に戻るよ。1月10日にはこっちに戻るけどな―――っていうことは、今度の正月はハル抜かぁ。久しぶりに家族みんな揃うかと思ってたんだけどな」
「ま、よろしく言っといてよ」
「あぁ、ハルと美也ちゃんの噂、ちゃんと流しておいてやるから。くく」
「はぁ、また姉貴に虐められるな・・・んで、さ。美也のことなんだけど」
「ん」
「アイツ今まで―――たぶん高校卒業してから一度も、正月を日本で過ごしたことがないんだ」
「どういうことだ?」
俺は親父のことも、家族のことも信頼してる―――全面的に。
だけど、
美也が俺の家族のことで傷つくようなことは絶対に避けたいから、
ここで親父に言っておかなければならない。
「俺もまだ全部を知ってるわけじゃないけど・・・家庭環境がすげぇ複雑で、たぶん、高校一年の秋くらいからアイツ、両親に会ってない」
「・・・ご兄弟は?」
「お兄さんがいたって聞いてるけど、亡くなってる―――同じ時期に」
「・・・辛いな」
親父はふぅ・・・とため息を吐いた。
それが、どういう意味なのか、
親父の表情からは見当もつかない。
美也とのことを―――反対されるのだろうか。
少し、不安が過る。
でも俺は、
ようやく捕まえた美也を、
そんなことで手放すつもりは毛頭ない。
ただ、できれば、
俺の選んだ人を、
俺の家族に、
温かく迎え入れてもらいたい。
それにもし、そうでなければ、
美也はずっと、俺に負い目を感じ続けるだろう―――
美也はきっと、なによりも恐れている。
―――自分が、俺の足を引っ張ることを。
7年前、美也が俺との別れを決めたときのように。
「だからさ・・・」
すると親父はしばらく無言になり・・・珍しく真面目な表情で、こう言った。
「美也ちゃんに家族のことは触れるな、ってことか?」
「そう・・・アイツが自分から話すまで」
そう俺が言うと、急に、親父の表情がガラリと変わり、ニヤっと俺に微笑んだ。
「ん、そうだな。それがいいな。美代ちゃんにも言っとくよ」
これは・・・どういう意味なんだろうか。
親父が無言になったのは・・・ただ単に、
美也のことを純粋に心配して、美也とどう向き合うのかがベストなのかを考えてただけ、ということだろうか。
その、俺の予想を裏付けるように、親父が言葉を続けた。
「美也ちゃんと美代ちゃん・・・あはは。名前似てるな。これもなんかの縁だな。間違えないようにしないと、美代ちゃんに嫌われるなぁ。くく」
それを聞いて・・・俺は、親父は大丈夫だと思った。
美也を傷つけるようなことを、この人は決してしないと。
「じゃ親父・・・くれぐれも頼むな」
「あぁ、心配するな」
でも―――
それだけじゃ足りない。
「お袋、美也の家庭環境とか気にするかな・・・兄貴と姉貴はそんなこと気にするようなタイプじゃないから大丈夫だと思うけど」
「まぁ、美也ちゃんのこと心配はするだろうけど―――オマエたちの関係をどうこう言ったりしないさ」
あぁ、この人は本当によくわかってる・・・俺の言いたいことを。
「親父がそう言うならそうかな・・・あの、天然で大雑把なお袋だしな。くく」
「ま、なんにしろ、美代ちゃんも本人に直接会えばすぐに納得するよ。とにかくいいコだし、人からも信頼されてるし、彼女がどれだけ一生懸命生きてきたのかはキャリアみたら一目瞭然だし・・・ハルにはもったいないよ。くく」
「俺は―――」
「ん」
「家族のことで美也が傷つくのは、もう見たくない」
「・・・」
「アイツはもう充分、傷ついたから」
「ハル」
「ん?」
「お前、これから先もずっと、美也ちゃんと一緒にいるんだろう?」
「―――いるよ、ずっと」
「じゃ、今までの分も、幸せにしないとな」
「―――わかってる」
「俺も美代ちゃんも完璧じゃない―――人間だからな。でも、人生を共にする上で、何を一番大切にしたいかは最初から一致してる。それは今までもこれからも変わらない」
「・・・」
「大切に思うものをそのまま丸ごと大切にしてゆく―――それだけだよ」
そして、その週末の土曜日。
俺は美也を連れて、親父の待つレストランに向かった。
美也は親父の顔を見るなり、深く頭を下げた。
「ご無沙汰してます・・・あれからもう、10年も経ってしまって。その節は本当にお世話になりました」
「美也、なに親父に頭下げてんだよ?そんなこといいから、早く座れよ?」
「あはは。本当に月日が経つのは早いねぇ。さ、とりあえず座って?・・・でもあの時は本当に楽しかったなぁ。3人でいろんなところに行って、いろんな話をして笑って―――美也ちゃん、元気そうでなによりだよ」
「お陰様で・・・なんとかやってます」
何度も促されてようやく席についた美也は、静かにそう答えた。
「なんとかって・・・美也ちゃんの噂はいろいろ聞いてるよ?」
「噂?」
「先日、僕の知り合いが美也ちゃんに仕事を頼みたいって言ってきてね」
「親父、いきなりその話かよ?」
「仕事、って?」
「USの〇〇社」
「あぁ・・・」
「美也、知ってるのか?」
「何度か連絡頂いてるけど・・・今、その仕事を受けられる予定がつかなくて・・・」
「ん、だから僕になんとか説得してくれないか、って言ってきたんだよ。美也ちゃんからなかなかいい返事貰えなくて、あちらも相当焦ってるらしい。あはは」
「なんで親父のところに?」
「大規模な、日本政府も絡む国際関係の重要案件だから、ね?」
「まぁ・・・そうですね」
「そういうのが扱える日本人アナリスト、ほぼ皆無に等しいからなぁ。美也ちゃん、すごいよね」
「美也、その仕事受けたらこれからどうなるんだ?」
「まぁ・・・普通に考えたら、しばらくDCに滞在、かな」
「しばらく、って?」
「2-3年のプロジェクトじゃないかな?」
答えたのは親父だった。
「2-3年?!」
「・・・うん。でも、それを受けちゃったら、来年以降入ってる仕事全部断らないといけなくなるし・・・ある意味、その期間は拘束されちゃうから―――ちょっと規模が大きすぎて」
「そうだろうなぁ。機密事項だからねぇ。外部に情報が洩れるようなことは悉く避けるだろうなぁ。ま、その分、報酬は凄いだろうけど」
「・・・マジかよ」
明らかに焦っている俺を見て、親父は笑いながらこう言った。
「とりあえず先方には、美和ちゃんに伝えたって言っとくよ」
「親父、ふざけんなよ」
「ふざけてないさ。ここからはハル、お前次第だな。あはは」
「―――美也」
俺はテーブルの下で、美和の右手をぎゅって握りしめながら言った。
「後で、ちゃんと話そうな」
「ん」
それからは、3人でたわいもない話をした。
本当にどうでもいいような―――親父の老眼の度数が進んでるとか、運動音痴のお袋が突然ジムに通い出したとか。
ポッキーが寿命を全うした後、しばらくしてようやくまたペットを飼う気になって、
プリッツという柴犬を飼い始めたこととか。
ま、とにかく。
親父は美也にまた会えて、とても嬉しそうで、
美也も同じ感じで、
俺は、そのUSの何とか社の話に憂鬱になりつつも、
この幸せな空気感に安堵していた。
そして、かなり夜も更け、もうそろそろお開きになりそうな頃、
親父が言った。
「ハルが言ってたんだけど、お正月もここにいるんだって?」
「はい。ここでの仕事を終えた後、いろいろ残務処理があって・・・クリスマス・ニューイヤー休暇に入るので、事務的なこともなかなか進まないと思いますし」
「そうだよね。ここ、その時期、物事がかなりスローペースになっちゃうからねぇ」
「・・・すみません」
「なんで美也ちゃんが謝るの?」
「お正月・・・ご家族で過ごされたいですよね」
「美也・・・」
「美也ちゃん・・・」
「ハルを引き留めてしまって、本当に申し訳ないです・・・普段お忙しくされてるから、家族水入らずで過ごせるこんな機会、滅多にないはずなのに」
「俺が勝手にここにいる、って言ったんだろ?美也と一緒に日本に戻るって決めたのは俺だ」
すると、親父が美也の瞳をしっかり見つめながら言った。
「美也ちゃん」
「はい」
「美代ちゃんの作るおせち料理、すごく美味しいんだよ。ま、美代ちゃんの作ってくれる料理はなんでも美味しいけどね」
「親父、なに言ってんだよ?」
「今度のお正月はムリだけど、その次からは一緒に食べようよ、ね?」
その言葉に・・・美也は俯きながらも、
静かに首を縦に振った。
美也の滞在してる家へ二人でゆっくり歩く、帰りしな。
美也の左手をぎゅっと握りしめながら、
俺は親父の懐の深さに、深く深く、感謝していた。
***************************
美也の家に到着し、俺は、コートをハンガーに掛けている美也に背後から声を掛けた。
「美也・・・さっきの、DCの話だけど」
「ん」
「日本を拠点にたまに出張する程度だったら、俺は日本で仕事しながら美也を待つよ。俺も出張あるしさ」
「・・・」
「だけど、2年も3年も向こうに行くようだったら―――俺も行く」
「・・・どうやって?」
「これだけテクノロジーが進んできてるんだからどうにでもなるだろ。ウチ、ITコンサルなんだし。それに、USで事業拡大、って名目で向こう行っても構わない」
「・・・」
「これ以上離れて暮らすのは―――俺はムリだ」
すると―――
美也はくるりと振り返り、俺に抱きついた。
だから、俺も、
ぎゅって、美也を抱きしめ返した。
「―――私も、ムリ」
「え?」
「この仕事は・・・公平先生に相談してみる。他に適任者を紹介してくれるかもしれないし、いずれにしても、いいアイデアくれると思うから」
その、美也の言葉が嬉しくて―――
俺は更にきつく、美也を抱きしめた。
そして、言った。
「美也、俺―――」
「ん」
「この7年、すげぇ頑張った―――俺なりに」
「ん」
「それは―――頑張ったら、俺に準備が出来たら、坂上達が、絶対に美也に会わせてくれるって約束してくれたから」
「どうやって私と会わせるつもりだったの?」
「それは未だによくわからないけど・・・おまけに結局、アイツらが言う前に俺が自分でここに来るって決めたから、アイツらの計画は無駄足に終わったって言ってたし。くく。ま、とにかく、」
「ん」
「もう、俺が頑張んなくても、会社は回るようになってる。肝心な時に俺が出て行けば、それで会社の方はいいんだろうし、仮に俺が居なくても、俺の仲間がちゃんと会社を回してくれる。だから・・・」
「?」
「これからは俺、美也の旅に勝手についてくから」
「・・・」
「10年前、俺が美也の後をただ、追いてったみたいに、さ」
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しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。
ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。
ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。
ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。
果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか……
他サイトでも公開しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACより転載しています。
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