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Side Story1- part 1: 飯島太一
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約2年前、僕が桃野君を「片桐純」の担当に指名したのには、いくつか理由がある。
一つ目は、彼はまだまだ若かったけど、優秀な編集者になる素養が十分にあったこと。
二つ目は、その容姿ゆえに異常に目立つ彼を、チームで動く編集部に置くのは、どう考えても不適切だと思ったこと。
三つめは、常に女性スタッフの揉め事に巻き込まれていた彼を観察すれば観察するほど、実はかなり生真面目で、不器用な性格だということがわかったこと。
桃野君を育ててみたい―――彼の存在は、直感的に僕にそう思わせた。
「片桐純」
その世界観は唯一無二で、繊細で、恐ろしいほど深くて。
集公舎に突然送られてきた「パラレルワールド」を手にした時、長年編集者として生きてきた僕は、遂に自分が求めていた作家に巡り合えたのだと思った。
「片桐純」が送り先に集公舎を選んでくれたことを、神に感謝したくらいだ。
それくらい、「パラレルワールド」を書き下ろした17歳の彼女は、天才としか言いようがなかった。
でも。
第二作目になる「6月6日午後6時」で、彼女が執筆しているところを目の当たりにした時。
「片桐純」はヤバい―――僕はすぐにそう直感した。
「片桐純」が「執筆以外に生きる意義を見出していない」ということが、その姿から明らかだったからだ。
「執筆以外に生きる意義を見出していない」
それはつまり。
言葉は過激かもしれないが、端的に言うと、
「いつ死んでもいい」、執筆している時以外は「死にたい」と思ってる、ということ。
なぜだ?
「片桐純」はまだ、大学に入学したばかりの18歳だというのに。
そして、その理由がわかる事件が、程なくして起こる。
一週間全く連絡が取れない「片桐純」を不審に思った僕は、マンションの管理会社に連絡を取り、ご両親の許可を得て、管理会社の社員と共にマンションに踏み込んだ。
そして。
部屋で倒れている「片桐純」を発見する。
その時わかったことは。
その執筆中、「片桐純」は完全に意識が飛んでいて、食事も、睡眠も全く取っていなかった、ということ。
更に厄介なことには―――
それは彼女がコントロールできるものではないということ。
たとえ本人がそうならないように気を付けていたとしても、ひとたび執筆が始まってしまえば、そしてその深いゾーンに入ってしまえば、それは起こってしまう、ということだ。
そして「片桐純」が入院していた時。
僕はご両親から「祐くん」と「パラレルワールド」のことを聞いた。
―――「片桐純」の謎が一気に解けた瞬間だった。
だが、僕が「祐くん」のことを知ってることを、絢ちゃんは未だに知らない。
僕がご両親に、そのことを言わないようにお願いしたからだ。
なんとなくだが、僕が「祐くん」のことを知らないことにしてたほうが、「片桐純」も僕も、自然ないい関係でいられるような気がした。
でもご両親には、実家から離れ東京で一人で暮らす彼女を、そして執筆を続ける彼女を、僕が十分に配慮していくことを約束した。
それは編集者としての僕のエゴでもある。
僕は彼女が書き続ける限り、それを止めたくなかった。
彼女が生み出していく作品を、まだまだ見続けたかったのだ。
そして僕はこの時から、「片桐純」を「絢ちゃん」と呼び、合鍵を持ち、「作家」と「編集者」としての、ビジネスライクな関係を放棄する。
絢ちゃんは、自分の息子と娘より若い。
正直、「祐くん」のことを聞いた時には「ありえない」と思った。
なぜ、まだ高校生だった彼女に、そんなことが起きなければならなかったのか・・・
答えのないその問いを、僕は心の中でいつも繰り返しながら、絢ちゃんに接していた。
桃野君に担当を引き継いだ時、僕はそのことを彼に伝えなかった。
ただ、執筆中は時間が飛ぶから、まめにチェックに行ってくれと合鍵を渡した。
変な先入観を、彼に入れたくなかったのだ。
執筆していない時の絢ちゃんは本当にいい子で。
同じ年頃の子たちと、なんら変わらないように見える。
いや、むしろ、同年代の子たちより、魅力的と言っていい。
僕は絢ちゃんと桃野君にも、普通の、自然な関係でいて欲しいと思った。
たまには仕事のことでぶつかって、揉めることもあるだろう。
もしかしたら、筆が進まなくて苦しんでる絢ちゃんの涙を、桃野君は見るかもしれない。
でも、作品が完成したときには、きっと共に喜び合えるだろう。
そういう、生きていたら当たり前の、自然な流れの中に、二人をそっと置いておきたかったのだ。
意外だったのは―――。
桃野君が担当になってしばらく経ってからも、二人が揉めてるような話が一切聞こえてこなかったこと。
たしかにたまには
「絢ちゃんがまた締め切りに間に合わなくて・・・」みたいなことを桃野君が僕に言ってきたりもしたけど、それは上司である僕に、業務報告しなければいけなかったからで。
むしろ彼はいつまでたっても、絢ちゃんとの仕事は楽しくて、美味しいコーヒーは飲めるし、好物のアシュフィのプリンも食べられて、超ラッキーだと笑ってるくらいだった。
絢ちゃんに「桃野君とはうまくやってる?」とたまに確認をとってみても、
「いつも面倒みてもらって助かってます」くらいの反応で。
日常的に戦争状態にある他の作家の担当者たちが聞いたら激しく嫉妬するくらい、穏やかに仕事をしてるようだった。
まぁ僕が担当の時も桃野君たちのようにやっていたことは確かだけど、僕と桃野君では年齢も経験値も遥かに違う。
それでも、彼らがそういう良い関係で仕事が出来ているのは、やっぱり桃野君の真面目さと優しい性格が功を奏してるのかな、桃野君を選んで正しかったな、と感じていた。
でも。
それが明らかに変化し始めたのは、「君に会えたら」のドラマ化が決まったころから。
今から思えば、あれは川上君の出現によるものなんだろう。
明らかに―――オフィスにいる時の、桃野君の表情が変わり始めた。
相変わらず穏やかな感じで仕事をしているかと思えば、突然険しい表情をしていたり、時には何かを思いつめたようにデスクに座っていて。
それまで、彼のそんな表情の変化を見たことがなかったから、正直驚いていた。
確かに、職場の女の子たちに付きまとわれてキレていたり、ウンザリしていたり、みたいな表情は見たことがあるけれど、この時のそれは、そういうわかりやすいものではなかった。
連載とドラマと書籍の編集で、明らかにオーバーワークの上、絢ちゃんの監視まで頼んでしまった僕は、その表情に責任を感じていろいろ環境改善提案もしてみた。
例えば、桃野くんの負担を減らすようにアシスタントを付けるとか、週に一日は完全オフにして実家に帰るとか。でも全て、速攻で、桃野君に却下された。
理由を聞くといつも桃野君はこう言った。
「これ以上関係者が増えると、更に面倒になるんで」と。
それに、「俺が全部やりたいんですよ」と。
だから、桃野君を信じて、全て任せることにした。
言い方は悪いけど、「片桐純」には、集公舎の社運が勝手に、大きくかかっている。
それはもちろん「片桐純」の知るところではないのだけれど、これまでの爆発的な売り上げで、自然に期待値が上がってしまったのだ
僕のような一編集者が集公舎の副社長になってしまったのもそれが理由。
だから当然のことながら、「片桐純」にいい作品を、この集公舎から出版し続けてもらうことは常に最優先事項なわけで、逆に言うと、桃野君にはいろいろと融通してあげられる環境があった。
幸い、集公舎内で「片桐純」に直接かかわれるのは実質僕と桃野君だけ。
何かあったら、副社長と桃野君の上司を兼任する僕が責任を取ればいい。
そう、思っていた。
桃野君は「片桐担当」として、「君に会えたら」の仕事に驚くほど集中していた。
前作の「メメント・モリ」の時は引き継ぎも兼ねて僕も一緒に編集をしていたから、桃野君にとっては今回が初めての、いわば独立後の作品。
当初は、だから仕事に対する気合いが違うのかな、と思っていた。
おまけに。
自分から提案したこととはいえ、絢ちゃんの隣に引っ越しまでさせてしまったのだから、明らかにプライベートな時間がない。
それでも彼は、それが当然なことのように、淡々と、むしろ楽しそうに仕事を進めていた。
そんな彼の働きぶりは、TOKYO CHICの売り上げにも諸に反映されていたから、社内での彼への評価が、いい意味で、劇的に変わっていったのは言うまでもない。
彼は以前のような、その容姿だけで目立つ存在ではなくなっていた。
ただ、後日。
その彼の目を張るような仕事ぶりが実は、スタッフの考えているような動機からくるものではなかったことを知った時には、思わず笑ってしまったのだけれど。
まぁ僕も、川上君がこの仕事に絡んで以降、なんとなくそうなんじゃないかとは感じていた。
けれど、そこを突っ込むほど僕も野暮じゃないし、大人な川上君とのことだし、むしろ、絢ちゃんがそういう、執筆以外の日常に巻き込まれるのは、彼女にとっていいことなんじゃないかくらい思っていた。
特に、「祐くん」のことを知ってる僕としては。
一方で。
桃野君が絢ちゃんに本気なんだとわかったのはやっぱり、彼女が軽井沢に戻った時だった。
「すみません、飯島さん・・・」
「絢ちゃんから連絡貰ったよ。彼女が実家に戻ったのは、桃野君のせいじゃない。彼女、最終話に集中したかったんだよ。実家なんだし心配いらないから」
「・・・」
「とりあえず今は彼女を信じて最終話を待とう?僕からも何かあったら連絡貰えるように、ご両親に連絡入れておくからさ」
「飯島さん、彼女の実家の電話番号知ってるんですか?」
「うん、以前にご両親に会ったことあるからね」
「俺に教えてもらえますか?できれば住所も・・・こんなことになるなんて思ってもみなかったから、実家の番号も住所も聞いてなくて・・・あれから彼女のスマホ、全然繋がらないし・・・」
「住所はわからないけど・・・ご両親には桃野君に番号渡すこと、伝えておくよ」
「・・・」
「とりあえずまだ時間もあるし様子みよう?ここで桃野君も一息入れたらいいよ。ずっと24時間体制だったから疲れただろう?」
「―――ムリですよ、休むなんて」
「どうして?」
「―――絢ちゃんが、ここにいないのに」
その言葉を裏付けるかのように、その直後、桃野君は入院する羽目になった。
眠ることも、食べることも、出来なくなっていたらしい。
「いやぁ、桃野のヤツ、ここまでとは」
薬で眠っている桃野君の様子を静かに見舞った後、帰りしなの病院の出入り口でタイミングよく川上君とすれ違う。
「迷惑かけたね。でも川上君がいてくれて助かったよ」
「まぁ、こうなるかもな、っていう予兆はあったんですけどね。でも、本当にぶっ倒れてる桃野見たときはびっくりでしたよ。あはは」
「突然絢ちゃんが実家に戻っちゃったの、よっぽど堪えたんだろうね。でも、ここなら強制的に休むしかないし、逆によかったかもしれないよ。彼、ずっと休んでなかったし、僕がいくら言っても全然聞いてくれなかったから・・・これでちょっと回復くれるといいけど」
「それは、どうかなぁ」
「どういうこと?」
「俺の予想ではアイツ、絢ちゃんが戻ってくるまでずっとこんなんだと思いますよ。それまで強制入院させておいた方がいいかも。あはは」
「それは仕事の話じゃないよね?」
「違いますね、確実に。くく」
「知ってたら教えて欲しいんだけど・・・絢ちゃんが実家に戻ったのは最終話に集中したいからじゃないの?もしかして桃野君と揉めて、あそこにいたくなかったとか?」
「揉めてはないと思いますよ。絢ちゃんが最終話に集中したいのは本当だと思うんで」
「ならよかったけど・・・」
「っていうか、アイツに揉めるような要素ないでしょ?あんだけ絢ちゃんのことしか見えてなくて、人生全て、絢ちゃん中心で回ってんのに。ま、それを絢ちゃんがウザいって思ってたら別ですけど。くく」
「がっはっは。まぁね」
「まぁ、自業自得ですよ。アイツ、本当にヘボいから」
「どういう意味?」
「アイツがさっさと腹くくってたら、ここまで自分を追い込むことなかったと思うんで」
「なるほどね・・・だから川上君は桃野君にいろいろ仕掛けてたんだ。川上君って愛情深いなぁ。そんなことしたら、君に不利に働くかもしれないのに」
「そうでもないですよ」
「どうして?」
「ま、桃野のため、っていうのがないって言ったらウソになりますけど・・・だって俺、アイツのことすげぇ好きだから」
「がっはっは。なんか気持ちわかるよ」
「でも、究極的なところを言うと―――」
「ん?」
「絢ちゃんには全てのカードが開いた上で、俺のカードを選んで欲しいんですよね。じゃないと意味ないでしょ?」
「あぁ」
「桃野は俺にとって―――絶対に開かなきゃいけないカードですよ。それも最後のカード」
「川上君って本当に―――凄いね。感服するよ」
「くく。これ、内緒ですからね?でも・・・」
「ん?」
「これからどれだけ激しい展開が待っていたとしても、俺は「片桐純」と離れる気はないんで―――「パラレルワールド」は絶対に俺が映像化しますよ。たとえ何年、何十年かかったとしても」
そして、その時の彼の言葉通り。
まるでこうなることを予想していたかのように。
その後、この3人には怒涛の展開が待っていた。
でも、オフィスKが開き、二人が入籍してから半年がたった今。
みんなとても忙しくはしてるものの、物事は不思議なくらい順調に、そしておそらく、恐ろしいほど川上君の計画通りに進んでいる。
―――桃野君のことを除いては。
今朝は川上君が、僕のオフィスにやってきた。
先日「メメント・モリ」が北村照葉文学賞で大賞を受賞して、その件で相談があるという。
「桃野君に相談すればいいのに、なんで僕なの?」
「もちろん桃野には相談しましたよ。速攻断られましたけど」
「え?何にも聞いてないよ?なんかマズい話?」
「マズいっていうか・・・半月後に授賞式あるじゃないですか。それに絢ちゃん、出たくないって言い張ってて」
「あぁ、確かに今まで一度も授賞式に出席ことないよね。「パラレルワールド」の時はウチの文学賞だったし、未成年ってことでなんとかスルーしたけど、絢ちゃん、絶対に顔出ししたくないんだよ」
「失踪の件があるから、俺はもう絢ちゃんにそういうことで無理強いしたくないんですけど、でも誰も出ないって訳にもいかないし・・・だからですね、桃野に代理で出席しろって言ったんですよ。アイツ、集公舎の片桐担当なんだし」
「あぁ、彼、嫌がるだろうな」
「ホント、アイツふざけてるから。で、ですね」
「うん」
「二人が言うには、「メメント・モリ」は飯島さんが編集したから、飯島さんが出席したらいいって言ってて」
「えー、川上君が行けばいいじゃないの。オフィスKの社長なんだし、ついでに「パラレルワールド」劇場版の宣伝もしてきてよ。川上君行ったら、それだけで話題になるよ」
「いやいや、ここはやっぱり出版元の集公舎から行ってもらった方が宣伝になるでしょう?飯島さん、副社長なんだし」
「んー、でも、うまくやれば桃野君説得できるんじゃない?彼、いま凄いから」
「あーそれ、飯島さんに聞こうと思ってたんですよ。アイツなんなんですか?ヤバくないですか?」
「それってどのこと?」
「あのオーラのことに決まってるじゃないですか。仕事できるヤツのオーラっていうか、大人の男のフェロモンオーラっていうか。それでなくともアイツ、あの顔で目立つっていうのに」
「でも川上君たちには変わらない桃野君のままでしょ?」
「だから余計にムカつくんですよ!アイツ、いつの間にあんなに器用になったんですか?!」
「そりゃまぁ、絢ちゃんのためだから、だろうね」
「ま、それはそうなんですけどね。しっかしアイツ、本当に俺の予想超えてきたな・・・」
二人が籍を入れてから。
もっと正確に言うと、あの絢ちゃんの失踪事件が起きて以降、
桃野君の仕事上での立ち回り方が明らかに変わった。
「一番ムカつくのはですね、アイツがあの容姿を武器にしてるところなんですよ!あれだけウザがってたのに、今じゃ、単なる人たらしじゃないですか!」
「ま、彼にとってあの容姿は本当にどうでもいいんだと思うよ。だから余計に、「こんなんで武器になるんだったら使ってやろう」的な?」
「そうなんですよ!おまけに同時に結界張ってるじゃないですか。「片桐純」に本気じゃないヤツは寄って来るな的な」
「あのさばき方は見事だよね。ホント、桃野君凄いと思うよ。社内でもね、もう前みたいに女の子たち図々しく寄ってって、桃野君を困らせたりしないんだよ。桃野君の邪魔にならないようにちょっと離れて、カッコよくて仕事できる彼をウットリ見てる・・・みたいな?」
「でもアイツ確実に、前以上にすげぇモテてますよね?」
「あのTOKYO CHICの「片桐純」特集で、実は桃野君が激甘溺愛タイプだってのがバレたからね。ま、そういう意味ではあの後すぐ入籍したのは正解だったよ。隙を見せないっていうか、牽制してるっていうか」
「女の子だけじゃないでしょ?男にもモテてるでしょ?」
「あぁ、たしかにいろんな人から桃野君のことよく聞かれるよね。「片桐担当」である限り他社に引き抜かれることはないとは思うけど、でも彼みたいに見た目もよくて仕事ができるタイプは、どこもやっぱり会社の顔として表舞台に置いておきたいじゃない?集公舎の内部からも同じような声聞くしね。ま、桃野君のことだから全部うまく断ってると思うけど、そういう話は裏でいろいろあるだろうな」
「桃野のくせに、マジでむかつくな・・・」
「がっはっは。でもだからこそ、その人たらし的なのと結界とを両方バランスよくとってるんじゃない?だってほら、未だに社内の飲み会には絶対に参加しないし・・・明らかに揉め事の種になるようなことは全部避けてるよ。ま、結局、絢ちゃんのために仕事してて、でも、絢ちゃんに誤解されないようにしてるんだ。わかりやすいよねぇ」
「それもそうだと思いますけど、結局それが、今のアイツが考え抜いた最善の方法なんですよ―――外堀を埋めるための」
「そうなんだろうね。ま、だから、授賞式のことは、絢ちゃんにこじつけて川上君がうまく持っていけば、桃野くんが出席するんじゃない?」
「うーん、でも、今の話を聞いたら余計に、飯島さんがいい気がしてきましたよ」
「なんで?」
「桃野を表に出すのは、止めといたほうがいいかも・・・その場ではアイツ、すげぇうまく立ち回りそうだから変に目立ちそうだし、「片桐担当」ってよりも、あの容姿と「片桐純」の夫の部分を突っ込まれてメディアに大きく取り上げられでもしたら絢ちゃんに影響が出て、アイツ、マジでブちぎれそうだし・・・」
「あー、それはそうかもしれないね。桃野君、もしかしたらその辺も汲んで、速攻断ったのかな?」
「そうかも・・・アイツ、「片桐純」に関してはすげぇ賢いからなぁ。くく。ってことで、飯島さん、よろしくお願いしますよ」
「うーん、ちょっと考えさせて。なんか名案、思い付くかもしれないし」
そしてその日の午後。
僕は吉岡さんとのミーティングも持っていた。
今彼女はTOKYO CHIC編集部を離れ、「パラレルワールド」劇場版のスペシャルプロジェクトチームのチーフをしている。
あの失踪事件の後、吉岡さんの償いのカタチのひとつがそれだった。
もちろん彼女自身がこのプロジェクトに関わりたかったというところも大きかったのだけど、実は。
この吉岡さんの移動は、僕を含め、吉岡さん本人、川上君、河野君、そして脇君によって仕組まれたものでもある。
これはいわば、長年TOKYO CHICの名物編集長として名を馳せていた彼女が「パラレルワールド」劇場版のスペシャルプロジェクトチームのチーフになることにより、話題をつくってプロモーションしていくための―――戦略的な仕掛けなのだ。
―――桃野君には、言っていないけれど。
ただ当然のことながら、桃野君もこのプロジェクトに大きく関わっている。
「片桐担当」として。
そして僕の直属で。
「吉岡さん、今日はどうしたの?」
「ちょっとご相談が・・・桃野君のこと、なんですが」
「彼がどうかした?」
「無理は重々承知で、なんですが・・・桃野君をウチのチームの専属にすることはできないでしょうか?」
「それは、「パラレルワールド」劇場版に専念させる、ってことだよね?」
「その通りです」
「吉岡さんのチームがすごく忙しいのはわかってるけど、それはムリだよ。桃野君、他の「片桐純」の仕事もたくさんしてるし。人手が足りないなら、他から引っ張ってきていいからさ。でも、どうして?」
「まぁ、正直言うとですね・・・ウチの方の仕事も、かなり桃野君に頼ってるんですよ。最終的にうまく事を収めるのは彼でして―――というか彼すでに、ほぼウチのチーム専属のような働き方してるんですよね・・・一体、どこにそんな時間と体力があるんだか」
「なるほどね。で、吉岡さんとしては桃野君の負担を軽くしてあげたいのかな?」
「このままだと彼、潰れちゃうんじゃないかって―――公開までまだまだこの先長いし。でもウチも、人数が増えれば誰でもいいっていうわけではないし」
「そうだよねぇ。今回の吉岡さんのチーム、少数精鋭だからね。ちょっと今は僕も他にいい人材思いつかないけど・・・誰かいたかなぁ?今まで僕と桃野君しか「片桐純」の担当やったことないし・・・」
「でも仮に誰か良いスタッフが見つかったとしても、桃野君に抜けられるのは非常に困るんです。どうにかならないでしょうか?」
「そうだねぇ・・・」
「ちなみに・・・オフィスKがどうやってスタッフを揃えてるか、飯島さんご存知ですか?」
「あぁ、川上君も吉岡さんと同じですごく人選んでるからねぇ。聞くところでは、全くスタッフ増やせてないみたいだよ。なかなか見つからないんだって」
「でも一人、アシスタントみたいな方いらっしゃいますよね?表には出てきてないですけど」
「あぁ、由幸くんでしょ。彼はまだ大学生でバイトなんだよ」
「それなら猶更、川上さんは彼にすごく信頼を置いてるってこと、ですよね?」
「それはそうだと思うよ。僕も彼以上の適任者はいないと思うし。さすがだよ、川上君。目の付け所もすごいし、やることが早い」
「ちなみに・・・どうしてその由幸くんはそんなに信頼が置けるんですか?」
「あ、彼はね、絢ちゃんの従弟。でも従弟っていうより、お姉ちゃん大好きな弟って感じだね。「お姉ちゃんに危害を加えそうな奴は俺が徹底的に排除する!」的な。がっはっは。でもね、それを見せないところが賢いんだよね、彼は。そのためにすごくネットワーク張ってるし」
「へぇ。それって逆に言うと、桃野君と川上さんは、由幸くんのお眼鏡に適ったんだ」
「うん。そこは確実にそうだろうだね」
「そういう人が他にもいればいいんだけどな・・・」
「そうだねぇ。ま、桃野君のことに関してはちょっと彼に話聞いてみるよ」
「お願いします」
さてはて。
桃野君は何というのだろうか。
「片桐担当」を離れる、という選択肢は、彼にはありえないと思うんだけど、
まぁさすがに体力の限界を感じていたら、彼も策を考えてるかもしれないし。
僕は早速、桃野君を呼び出した―――今日はたしか、オフィスにいるはず。
★★★次の章に続きます★★★
一つ目は、彼はまだまだ若かったけど、優秀な編集者になる素養が十分にあったこと。
二つ目は、その容姿ゆえに異常に目立つ彼を、チームで動く編集部に置くのは、どう考えても不適切だと思ったこと。
三つめは、常に女性スタッフの揉め事に巻き込まれていた彼を観察すれば観察するほど、実はかなり生真面目で、不器用な性格だということがわかったこと。
桃野君を育ててみたい―――彼の存在は、直感的に僕にそう思わせた。
「片桐純」
その世界観は唯一無二で、繊細で、恐ろしいほど深くて。
集公舎に突然送られてきた「パラレルワールド」を手にした時、長年編集者として生きてきた僕は、遂に自分が求めていた作家に巡り合えたのだと思った。
「片桐純」が送り先に集公舎を選んでくれたことを、神に感謝したくらいだ。
それくらい、「パラレルワールド」を書き下ろした17歳の彼女は、天才としか言いようがなかった。
でも。
第二作目になる「6月6日午後6時」で、彼女が執筆しているところを目の当たりにした時。
「片桐純」はヤバい―――僕はすぐにそう直感した。
「片桐純」が「執筆以外に生きる意義を見出していない」ということが、その姿から明らかだったからだ。
「執筆以外に生きる意義を見出していない」
それはつまり。
言葉は過激かもしれないが、端的に言うと、
「いつ死んでもいい」、執筆している時以外は「死にたい」と思ってる、ということ。
なぜだ?
「片桐純」はまだ、大学に入学したばかりの18歳だというのに。
そして、その理由がわかる事件が、程なくして起こる。
一週間全く連絡が取れない「片桐純」を不審に思った僕は、マンションの管理会社に連絡を取り、ご両親の許可を得て、管理会社の社員と共にマンションに踏み込んだ。
そして。
部屋で倒れている「片桐純」を発見する。
その時わかったことは。
その執筆中、「片桐純」は完全に意識が飛んでいて、食事も、睡眠も全く取っていなかった、ということ。
更に厄介なことには―――
それは彼女がコントロールできるものではないということ。
たとえ本人がそうならないように気を付けていたとしても、ひとたび執筆が始まってしまえば、そしてその深いゾーンに入ってしまえば、それは起こってしまう、ということだ。
そして「片桐純」が入院していた時。
僕はご両親から「祐くん」と「パラレルワールド」のことを聞いた。
―――「片桐純」の謎が一気に解けた瞬間だった。
だが、僕が「祐くん」のことを知ってることを、絢ちゃんは未だに知らない。
僕がご両親に、そのことを言わないようにお願いしたからだ。
なんとなくだが、僕が「祐くん」のことを知らないことにしてたほうが、「片桐純」も僕も、自然ないい関係でいられるような気がした。
でもご両親には、実家から離れ東京で一人で暮らす彼女を、そして執筆を続ける彼女を、僕が十分に配慮していくことを約束した。
それは編集者としての僕のエゴでもある。
僕は彼女が書き続ける限り、それを止めたくなかった。
彼女が生み出していく作品を、まだまだ見続けたかったのだ。
そして僕はこの時から、「片桐純」を「絢ちゃん」と呼び、合鍵を持ち、「作家」と「編集者」としての、ビジネスライクな関係を放棄する。
絢ちゃんは、自分の息子と娘より若い。
正直、「祐くん」のことを聞いた時には「ありえない」と思った。
なぜ、まだ高校生だった彼女に、そんなことが起きなければならなかったのか・・・
答えのないその問いを、僕は心の中でいつも繰り返しながら、絢ちゃんに接していた。
桃野君に担当を引き継いだ時、僕はそのことを彼に伝えなかった。
ただ、執筆中は時間が飛ぶから、まめにチェックに行ってくれと合鍵を渡した。
変な先入観を、彼に入れたくなかったのだ。
執筆していない時の絢ちゃんは本当にいい子で。
同じ年頃の子たちと、なんら変わらないように見える。
いや、むしろ、同年代の子たちより、魅力的と言っていい。
僕は絢ちゃんと桃野君にも、普通の、自然な関係でいて欲しいと思った。
たまには仕事のことでぶつかって、揉めることもあるだろう。
もしかしたら、筆が進まなくて苦しんでる絢ちゃんの涙を、桃野君は見るかもしれない。
でも、作品が完成したときには、きっと共に喜び合えるだろう。
そういう、生きていたら当たり前の、自然な流れの中に、二人をそっと置いておきたかったのだ。
意外だったのは―――。
桃野君が担当になってしばらく経ってからも、二人が揉めてるような話が一切聞こえてこなかったこと。
たしかにたまには
「絢ちゃんがまた締め切りに間に合わなくて・・・」みたいなことを桃野君が僕に言ってきたりもしたけど、それは上司である僕に、業務報告しなければいけなかったからで。
むしろ彼はいつまでたっても、絢ちゃんとの仕事は楽しくて、美味しいコーヒーは飲めるし、好物のアシュフィのプリンも食べられて、超ラッキーだと笑ってるくらいだった。
絢ちゃんに「桃野君とはうまくやってる?」とたまに確認をとってみても、
「いつも面倒みてもらって助かってます」くらいの反応で。
日常的に戦争状態にある他の作家の担当者たちが聞いたら激しく嫉妬するくらい、穏やかに仕事をしてるようだった。
まぁ僕が担当の時も桃野君たちのようにやっていたことは確かだけど、僕と桃野君では年齢も経験値も遥かに違う。
それでも、彼らがそういう良い関係で仕事が出来ているのは、やっぱり桃野君の真面目さと優しい性格が功を奏してるのかな、桃野君を選んで正しかったな、と感じていた。
でも。
それが明らかに変化し始めたのは、「君に会えたら」のドラマ化が決まったころから。
今から思えば、あれは川上君の出現によるものなんだろう。
明らかに―――オフィスにいる時の、桃野君の表情が変わり始めた。
相変わらず穏やかな感じで仕事をしているかと思えば、突然険しい表情をしていたり、時には何かを思いつめたようにデスクに座っていて。
それまで、彼のそんな表情の変化を見たことがなかったから、正直驚いていた。
確かに、職場の女の子たちに付きまとわれてキレていたり、ウンザリしていたり、みたいな表情は見たことがあるけれど、この時のそれは、そういうわかりやすいものではなかった。
連載とドラマと書籍の編集で、明らかにオーバーワークの上、絢ちゃんの監視まで頼んでしまった僕は、その表情に責任を感じていろいろ環境改善提案もしてみた。
例えば、桃野くんの負担を減らすようにアシスタントを付けるとか、週に一日は完全オフにして実家に帰るとか。でも全て、速攻で、桃野君に却下された。
理由を聞くといつも桃野君はこう言った。
「これ以上関係者が増えると、更に面倒になるんで」と。
それに、「俺が全部やりたいんですよ」と。
だから、桃野君を信じて、全て任せることにした。
言い方は悪いけど、「片桐純」には、集公舎の社運が勝手に、大きくかかっている。
それはもちろん「片桐純」の知るところではないのだけれど、これまでの爆発的な売り上げで、自然に期待値が上がってしまったのだ
僕のような一編集者が集公舎の副社長になってしまったのもそれが理由。
だから当然のことながら、「片桐純」にいい作品を、この集公舎から出版し続けてもらうことは常に最優先事項なわけで、逆に言うと、桃野君にはいろいろと融通してあげられる環境があった。
幸い、集公舎内で「片桐純」に直接かかわれるのは実質僕と桃野君だけ。
何かあったら、副社長と桃野君の上司を兼任する僕が責任を取ればいい。
そう、思っていた。
桃野君は「片桐担当」として、「君に会えたら」の仕事に驚くほど集中していた。
前作の「メメント・モリ」の時は引き継ぎも兼ねて僕も一緒に編集をしていたから、桃野君にとっては今回が初めての、いわば独立後の作品。
当初は、だから仕事に対する気合いが違うのかな、と思っていた。
おまけに。
自分から提案したこととはいえ、絢ちゃんの隣に引っ越しまでさせてしまったのだから、明らかにプライベートな時間がない。
それでも彼は、それが当然なことのように、淡々と、むしろ楽しそうに仕事を進めていた。
そんな彼の働きぶりは、TOKYO CHICの売り上げにも諸に反映されていたから、社内での彼への評価が、いい意味で、劇的に変わっていったのは言うまでもない。
彼は以前のような、その容姿だけで目立つ存在ではなくなっていた。
ただ、後日。
その彼の目を張るような仕事ぶりが実は、スタッフの考えているような動機からくるものではなかったことを知った時には、思わず笑ってしまったのだけれど。
まぁ僕も、川上君がこの仕事に絡んで以降、なんとなくそうなんじゃないかとは感じていた。
けれど、そこを突っ込むほど僕も野暮じゃないし、大人な川上君とのことだし、むしろ、絢ちゃんがそういう、執筆以外の日常に巻き込まれるのは、彼女にとっていいことなんじゃないかくらい思っていた。
特に、「祐くん」のことを知ってる僕としては。
一方で。
桃野君が絢ちゃんに本気なんだとわかったのはやっぱり、彼女が軽井沢に戻った時だった。
「すみません、飯島さん・・・」
「絢ちゃんから連絡貰ったよ。彼女が実家に戻ったのは、桃野君のせいじゃない。彼女、最終話に集中したかったんだよ。実家なんだし心配いらないから」
「・・・」
「とりあえず今は彼女を信じて最終話を待とう?僕からも何かあったら連絡貰えるように、ご両親に連絡入れておくからさ」
「飯島さん、彼女の実家の電話番号知ってるんですか?」
「うん、以前にご両親に会ったことあるからね」
「俺に教えてもらえますか?できれば住所も・・・こんなことになるなんて思ってもみなかったから、実家の番号も住所も聞いてなくて・・・あれから彼女のスマホ、全然繋がらないし・・・」
「住所はわからないけど・・・ご両親には桃野君に番号渡すこと、伝えておくよ」
「・・・」
「とりあえずまだ時間もあるし様子みよう?ここで桃野君も一息入れたらいいよ。ずっと24時間体制だったから疲れただろう?」
「―――ムリですよ、休むなんて」
「どうして?」
「―――絢ちゃんが、ここにいないのに」
その言葉を裏付けるかのように、その直後、桃野君は入院する羽目になった。
眠ることも、食べることも、出来なくなっていたらしい。
「いやぁ、桃野のヤツ、ここまでとは」
薬で眠っている桃野君の様子を静かに見舞った後、帰りしなの病院の出入り口でタイミングよく川上君とすれ違う。
「迷惑かけたね。でも川上君がいてくれて助かったよ」
「まぁ、こうなるかもな、っていう予兆はあったんですけどね。でも、本当にぶっ倒れてる桃野見たときはびっくりでしたよ。あはは」
「突然絢ちゃんが実家に戻っちゃったの、よっぽど堪えたんだろうね。でも、ここなら強制的に休むしかないし、逆によかったかもしれないよ。彼、ずっと休んでなかったし、僕がいくら言っても全然聞いてくれなかったから・・・これでちょっと回復くれるといいけど」
「それは、どうかなぁ」
「どういうこと?」
「俺の予想ではアイツ、絢ちゃんが戻ってくるまでずっとこんなんだと思いますよ。それまで強制入院させておいた方がいいかも。あはは」
「それは仕事の話じゃないよね?」
「違いますね、確実に。くく」
「知ってたら教えて欲しいんだけど・・・絢ちゃんが実家に戻ったのは最終話に集中したいからじゃないの?もしかして桃野君と揉めて、あそこにいたくなかったとか?」
「揉めてはないと思いますよ。絢ちゃんが最終話に集中したいのは本当だと思うんで」
「ならよかったけど・・・」
「っていうか、アイツに揉めるような要素ないでしょ?あんだけ絢ちゃんのことしか見えてなくて、人生全て、絢ちゃん中心で回ってんのに。ま、それを絢ちゃんがウザいって思ってたら別ですけど。くく」
「がっはっは。まぁね」
「まぁ、自業自得ですよ。アイツ、本当にヘボいから」
「どういう意味?」
「アイツがさっさと腹くくってたら、ここまで自分を追い込むことなかったと思うんで」
「なるほどね・・・だから川上君は桃野君にいろいろ仕掛けてたんだ。川上君って愛情深いなぁ。そんなことしたら、君に不利に働くかもしれないのに」
「そうでもないですよ」
「どうして?」
「ま、桃野のため、っていうのがないって言ったらウソになりますけど・・・だって俺、アイツのことすげぇ好きだから」
「がっはっは。なんか気持ちわかるよ」
「でも、究極的なところを言うと―――」
「ん?」
「絢ちゃんには全てのカードが開いた上で、俺のカードを選んで欲しいんですよね。じゃないと意味ないでしょ?」
「あぁ」
「桃野は俺にとって―――絶対に開かなきゃいけないカードですよ。それも最後のカード」
「川上君って本当に―――凄いね。感服するよ」
「くく。これ、内緒ですからね?でも・・・」
「ん?」
「これからどれだけ激しい展開が待っていたとしても、俺は「片桐純」と離れる気はないんで―――「パラレルワールド」は絶対に俺が映像化しますよ。たとえ何年、何十年かかったとしても」
そして、その時の彼の言葉通り。
まるでこうなることを予想していたかのように。
その後、この3人には怒涛の展開が待っていた。
でも、オフィスKが開き、二人が入籍してから半年がたった今。
みんなとても忙しくはしてるものの、物事は不思議なくらい順調に、そしておそらく、恐ろしいほど川上君の計画通りに進んでいる。
―――桃野君のことを除いては。
今朝は川上君が、僕のオフィスにやってきた。
先日「メメント・モリ」が北村照葉文学賞で大賞を受賞して、その件で相談があるという。
「桃野君に相談すればいいのに、なんで僕なの?」
「もちろん桃野には相談しましたよ。速攻断られましたけど」
「え?何にも聞いてないよ?なんかマズい話?」
「マズいっていうか・・・半月後に授賞式あるじゃないですか。それに絢ちゃん、出たくないって言い張ってて」
「あぁ、確かに今まで一度も授賞式に出席ことないよね。「パラレルワールド」の時はウチの文学賞だったし、未成年ってことでなんとかスルーしたけど、絢ちゃん、絶対に顔出ししたくないんだよ」
「失踪の件があるから、俺はもう絢ちゃんにそういうことで無理強いしたくないんですけど、でも誰も出ないって訳にもいかないし・・・だからですね、桃野に代理で出席しろって言ったんですよ。アイツ、集公舎の片桐担当なんだし」
「あぁ、彼、嫌がるだろうな」
「ホント、アイツふざけてるから。で、ですね」
「うん」
「二人が言うには、「メメント・モリ」は飯島さんが編集したから、飯島さんが出席したらいいって言ってて」
「えー、川上君が行けばいいじゃないの。オフィスKの社長なんだし、ついでに「パラレルワールド」劇場版の宣伝もしてきてよ。川上君行ったら、それだけで話題になるよ」
「いやいや、ここはやっぱり出版元の集公舎から行ってもらった方が宣伝になるでしょう?飯島さん、副社長なんだし」
「んー、でも、うまくやれば桃野君説得できるんじゃない?彼、いま凄いから」
「あーそれ、飯島さんに聞こうと思ってたんですよ。アイツなんなんですか?ヤバくないですか?」
「それってどのこと?」
「あのオーラのことに決まってるじゃないですか。仕事できるヤツのオーラっていうか、大人の男のフェロモンオーラっていうか。それでなくともアイツ、あの顔で目立つっていうのに」
「でも川上君たちには変わらない桃野君のままでしょ?」
「だから余計にムカつくんですよ!アイツ、いつの間にあんなに器用になったんですか?!」
「そりゃまぁ、絢ちゃんのためだから、だろうね」
「ま、それはそうなんですけどね。しっかしアイツ、本当に俺の予想超えてきたな・・・」
二人が籍を入れてから。
もっと正確に言うと、あの絢ちゃんの失踪事件が起きて以降、
桃野君の仕事上での立ち回り方が明らかに変わった。
「一番ムカつくのはですね、アイツがあの容姿を武器にしてるところなんですよ!あれだけウザがってたのに、今じゃ、単なる人たらしじゃないですか!」
「ま、彼にとってあの容姿は本当にどうでもいいんだと思うよ。だから余計に、「こんなんで武器になるんだったら使ってやろう」的な?」
「そうなんですよ!おまけに同時に結界張ってるじゃないですか。「片桐純」に本気じゃないヤツは寄って来るな的な」
「あのさばき方は見事だよね。ホント、桃野君凄いと思うよ。社内でもね、もう前みたいに女の子たち図々しく寄ってって、桃野君を困らせたりしないんだよ。桃野君の邪魔にならないようにちょっと離れて、カッコよくて仕事できる彼をウットリ見てる・・・みたいな?」
「でもアイツ確実に、前以上にすげぇモテてますよね?」
「あのTOKYO CHICの「片桐純」特集で、実は桃野君が激甘溺愛タイプだってのがバレたからね。ま、そういう意味ではあの後すぐ入籍したのは正解だったよ。隙を見せないっていうか、牽制してるっていうか」
「女の子だけじゃないでしょ?男にもモテてるでしょ?」
「あぁ、たしかにいろんな人から桃野君のことよく聞かれるよね。「片桐担当」である限り他社に引き抜かれることはないとは思うけど、でも彼みたいに見た目もよくて仕事ができるタイプは、どこもやっぱり会社の顔として表舞台に置いておきたいじゃない?集公舎の内部からも同じような声聞くしね。ま、桃野君のことだから全部うまく断ってると思うけど、そういう話は裏でいろいろあるだろうな」
「桃野のくせに、マジでむかつくな・・・」
「がっはっは。でもだからこそ、その人たらし的なのと結界とを両方バランスよくとってるんじゃない?だってほら、未だに社内の飲み会には絶対に参加しないし・・・明らかに揉め事の種になるようなことは全部避けてるよ。ま、結局、絢ちゃんのために仕事してて、でも、絢ちゃんに誤解されないようにしてるんだ。わかりやすいよねぇ」
「それもそうだと思いますけど、結局それが、今のアイツが考え抜いた最善の方法なんですよ―――外堀を埋めるための」
「そうなんだろうね。ま、だから、授賞式のことは、絢ちゃんにこじつけて川上君がうまく持っていけば、桃野くんが出席するんじゃない?」
「うーん、でも、今の話を聞いたら余計に、飯島さんがいい気がしてきましたよ」
「なんで?」
「桃野を表に出すのは、止めといたほうがいいかも・・・その場ではアイツ、すげぇうまく立ち回りそうだから変に目立ちそうだし、「片桐担当」ってよりも、あの容姿と「片桐純」の夫の部分を突っ込まれてメディアに大きく取り上げられでもしたら絢ちゃんに影響が出て、アイツ、マジでブちぎれそうだし・・・」
「あー、それはそうかもしれないね。桃野君、もしかしたらその辺も汲んで、速攻断ったのかな?」
「そうかも・・・アイツ、「片桐純」に関してはすげぇ賢いからなぁ。くく。ってことで、飯島さん、よろしくお願いしますよ」
「うーん、ちょっと考えさせて。なんか名案、思い付くかもしれないし」
そしてその日の午後。
僕は吉岡さんとのミーティングも持っていた。
今彼女はTOKYO CHIC編集部を離れ、「パラレルワールド」劇場版のスペシャルプロジェクトチームのチーフをしている。
あの失踪事件の後、吉岡さんの償いのカタチのひとつがそれだった。
もちろん彼女自身がこのプロジェクトに関わりたかったというところも大きかったのだけど、実は。
この吉岡さんの移動は、僕を含め、吉岡さん本人、川上君、河野君、そして脇君によって仕組まれたものでもある。
これはいわば、長年TOKYO CHICの名物編集長として名を馳せていた彼女が「パラレルワールド」劇場版のスペシャルプロジェクトチームのチーフになることにより、話題をつくってプロモーションしていくための―――戦略的な仕掛けなのだ。
―――桃野君には、言っていないけれど。
ただ当然のことながら、桃野君もこのプロジェクトに大きく関わっている。
「片桐担当」として。
そして僕の直属で。
「吉岡さん、今日はどうしたの?」
「ちょっとご相談が・・・桃野君のこと、なんですが」
「彼がどうかした?」
「無理は重々承知で、なんですが・・・桃野君をウチのチームの専属にすることはできないでしょうか?」
「それは、「パラレルワールド」劇場版に専念させる、ってことだよね?」
「その通りです」
「吉岡さんのチームがすごく忙しいのはわかってるけど、それはムリだよ。桃野君、他の「片桐純」の仕事もたくさんしてるし。人手が足りないなら、他から引っ張ってきていいからさ。でも、どうして?」
「まぁ、正直言うとですね・・・ウチの方の仕事も、かなり桃野君に頼ってるんですよ。最終的にうまく事を収めるのは彼でして―――というか彼すでに、ほぼウチのチーム専属のような働き方してるんですよね・・・一体、どこにそんな時間と体力があるんだか」
「なるほどね。で、吉岡さんとしては桃野君の負担を軽くしてあげたいのかな?」
「このままだと彼、潰れちゃうんじゃないかって―――公開までまだまだこの先長いし。でもウチも、人数が増えれば誰でもいいっていうわけではないし」
「そうだよねぇ。今回の吉岡さんのチーム、少数精鋭だからね。ちょっと今は僕も他にいい人材思いつかないけど・・・誰かいたかなぁ?今まで僕と桃野君しか「片桐純」の担当やったことないし・・・」
「でも仮に誰か良いスタッフが見つかったとしても、桃野君に抜けられるのは非常に困るんです。どうにかならないでしょうか?」
「そうだねぇ・・・」
「ちなみに・・・オフィスKがどうやってスタッフを揃えてるか、飯島さんご存知ですか?」
「あぁ、川上君も吉岡さんと同じですごく人選んでるからねぇ。聞くところでは、全くスタッフ増やせてないみたいだよ。なかなか見つからないんだって」
「でも一人、アシスタントみたいな方いらっしゃいますよね?表には出てきてないですけど」
「あぁ、由幸くんでしょ。彼はまだ大学生でバイトなんだよ」
「それなら猶更、川上さんは彼にすごく信頼を置いてるってこと、ですよね?」
「それはそうだと思うよ。僕も彼以上の適任者はいないと思うし。さすがだよ、川上君。目の付け所もすごいし、やることが早い」
「ちなみに・・・どうしてその由幸くんはそんなに信頼が置けるんですか?」
「あ、彼はね、絢ちゃんの従弟。でも従弟っていうより、お姉ちゃん大好きな弟って感じだね。「お姉ちゃんに危害を加えそうな奴は俺が徹底的に排除する!」的な。がっはっは。でもね、それを見せないところが賢いんだよね、彼は。そのためにすごくネットワーク張ってるし」
「へぇ。それって逆に言うと、桃野君と川上さんは、由幸くんのお眼鏡に適ったんだ」
「うん。そこは確実にそうだろうだね」
「そういう人が他にもいればいいんだけどな・・・」
「そうだねぇ。ま、桃野君のことに関してはちょっと彼に話聞いてみるよ」
「お願いします」
さてはて。
桃野君は何というのだろうか。
「片桐担当」を離れる、という選択肢は、彼にはありえないと思うんだけど、
まぁさすがに体力の限界を感じていたら、彼も策を考えてるかもしれないし。
僕は早速、桃野君を呼び出した―――今日はたしか、オフィスにいるはず。
★★★次の章に続きます★★★
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