【完結】君に会えたら

たいけみお

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Chapter 43:「生きた証」

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【1月25日(金)】


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TOKYO CHIC 2035号

「君に会えたら」 第40話 掲載

ドラマ「君に会えたら」第3話 オンエア

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「ねぇ、祐」

「ん?」 


「最終話を書き直さなかったらどうなるの?」

「どうなると思う?」 


「・・・少なくとも耕介は、聡美の笑顔をずっと見続けられると思う」

「そうかな?」 

「だって、そのための最終話だもん。じゃなかったら、耕介の決意がムダになっちゃうじゃない」


「絢・・・先のことは誰にもわからないんだよ」 

「・・・」

「だから、耕介がそう望んで、そういう決断をしても、未来がそうなるとは限らない。俺だって、ここに絢を残していくなんて、考えもしなかったんだからさ・・・わかるだろ?」 

「・・・」

「だから、今この瞬間の自分の気持ちに正直に生きることしか、人間にはできないんだよ」




「俺は、その一瞬が、永遠より大事だって時があると思う」 

祐はちょっと寂しそうに微笑んで、そして言った。



「俺はバイクに乗ったこと、後悔してないよ。バイクに乗ってなかったら、もっと長く一緒に、絢と生きられたかもしれないけど・・・でも、絢にすこしでも早く会いたかった。そのキモチの方が大切だった」 

祐は泣いてる私の手に、カタチのない自分の手を重ねた。



「・・・絢さ、久しぶりに、お袋と会って話して来いよ」

「なにを、話すの?」

「俺のことだよ」 



私はその言葉に従って、祐の実家に向かった。

そこは、祐を失ってから一度も足を踏み入れたことのない場所。

どうしても、踏み入れられなかった場所。

私の実家で祐の両親に会うことはあるけれど。


「おばさん、お久しぶりです」

「絢ちゃん!まぁまぁ!ほら、そんなとこ突っ立ってちゃ寒いから、入って入って?」

祐のおばさんは陽子と瓜二つで相変わらず綺麗だったけど、でも、少し年を取っていた。



「祐にお線香上げてさせてもらっていいですか?」

「もちろんよ。お墓の方にいつも来てくれてありがとう」


仏壇の前に飾られている祐の2枚の写真。

1枚は高校の入学式の時の写真。

私と一緒に手を繋いで写っている。

もう1枚は、私が撮った、亡くなる直前の祐の写真。

カメラごと私を抱きしめようとした瞬間に撮った。


私は静かにお線香を立て、手を合わせた。




「智志くんと陽子、あと由幸くんからも、いつも絢ちゃんの話を聞いてるのよ」

おばさんはお茶と和菓子をテーブルに置いた。


「絢ちゃん・・痩せたみたいだけど大丈夫?」

「大丈夫です。ちょっと忙しくて疲れているだけなので。おばさんとおじさんはお元気ですか?」

「お陰さまで元気にやってるわ。お父さんは相変わらず仕事で忙しいし、私は趣味で忙しいし」

おじさんは地元の小学校の先生で、おばさんも祐が生まれるまでは先生だったと聞いた。


「絢ちゃんすごい活躍よね。嬉しいわぁ。お父さんと一緒に「君に会えたら」の連載もドラマも欠かさずチェックしてるのよ?」

ふふっ、とおばさんが笑った。



「ところで、陽子たちと由幸くんがいつも言うんだけど、絢ちゃんの担当の人、すごく格好いいんでしょ?」

「え?」

「圭子さんと是非会いたいわねぇっていつも話してるのよ。今度是非連れてきて?」

圭子さんというのは、私のお母さんのこと。


「そうですね・・・機会があれば」

連載とドラマが終わったら軽井沢に一緒に行くって桃野くんと約束したけど、今となってはそれが叶うのかどうかわからない。

最終話が終わったら迎えに来てくれるとも言ってくれたけど、その時に私が会えるような状態なのかもわからない。

だから曖昧に返事をして、話題を変えた。



「・・・あの、今日はおばさんと話したいことがあって」

「なにかしら?」

「祐のことです」

「ん」


「でも、なにを話したらいいか、わからないんです・・・」

おばさんは急に真面目な顔になって、仏壇に目を向けた。



「私ね・・・この世界はどこかおかしいって、思うのよ」

「え?」

「自分の命より大事だと思ってた祐を失ったのに、私はまだ生きてるの。おかしいって思わない?」



「いまだに、祐を想って寂しくて泣くわ。でもね、一番辛いのは、もし祐が生きてたら絢ちゃんとどういう未来を生きたのかなって思う時・・・未来を描けないのは本当に辛い・・・」

おばさんは私にティッシュの箱を渡してくれた。


「私でさえこんなに辛いのに・・・絢ちゃんの気持ちを思うと、いつも胸が張り裂けそうになる。出来ることならあの6月6日の午後6時前で、2人のために永遠に時間を止めたいわ・・・何を犠牲にしても」

私とおばさんはしばらく、言葉もなく泣き続けた。



そして、しばらくして、おばさんが言った。

「もしこの世に残されたのが、絢ちゃんじゃなくて祐だったら・・・・って考えたことある?」

「え?」


「きっと泣き続けて、ボロボロになって、生きる希望を失って、自分を失って、自暴自棄になって、死ぬギリギリのところまで行くと思うわ。ううん、本当に死んじゃうかも。あの子は、絢ちゃんがいないと生きていけなかったから」

「・・・」


「でも、仮に生き残って、聡美に出会ったとしたら・・・祐はどうすると思う?」

そんなこと、想像したこともなかった。

でも・・・



「・・・たぶん、聡美にスキって言うでしょうね」

私は笑った。


「私もそう思うわ」

おばさんも笑った。

「でも、何も考えないで言うと思うの。付き合いたいとか、スキになって欲しいとか、そんなことは全く考えずに・・・ただ「スキ」っていう気持ちを伝えたいだけだと思うのよ」


私もそう思う。

祐はそういう人。



「私は耕介を「弱い」とも「卑怯」だとも思わないわ。彼が過去にかけがえのない人を失って、もう二度とそんな思いをしたくないと思うのは当然のこと。過去の人のことも聡美のことも、大切に想えば想う程、臆病になるはず」

「・・・」

「でも個人的な希望を言うと、耕介には聡美に気持ちを伝えてもらいたい。だって、その「スキ」っていう気持ちは真実なんだもの」



「真実以上に尊いものがこの世にあるのかしら?年を重ねていくとね、余計にわかるの。この世のものは全て移り変わってゆく・・・何一つ、永遠のものはないわ。そう思うとね、全てが幻想で、真実なんかこの世に一つもないように思えてくるのよ」

「・・・」


「でもね、その「スキ」って気持ちは、真実よね?」

「・・・」


「一瞬かもしれないけど、永遠じゃないかもしれないけど、真実でしょう?」

「・・・」


「私ね、祐はそのことを私に教えてくれたんだと思うのよ・・・祐は「絢ちゃんがスキ」ってことだけしか取柄のない子だったけど、祐はその気持ちに正直に生きて・・・それがあの子の短い人生を素晴らしいものしてくれたわ。祐は真実を生きたの」

―――そのおばさんの言葉は、確実に何か違う変化を私に与えた。




「今も祐の死を乗り越えられない私だけど・・・救いはね、絢ちゃんの小説」

おばさんは、そこにあったTOKYO CHICを手に取った。


「絢ちゃんの作品を読むと、祐がどれだけ絢ちゃんに愛されていたか、祐の短い人生がいかに素晴らしいものだったかがわかるの。本当にありがとう」

「でも「君に会えたら」は・・・」

私はティッシュで鼻を咬みながら言った。


「「君に会えたら」も同じよ。だって、耕介の過去が祐なんでしょう?」

私はその言葉に驚いて、顔を上げた。


「たしかにあれは表向き、耕介と聡美のラブストーリー。でも、耕介にとってどれだけ「過去」が大切だったのか、そこを理解しなかったら、本当の意味で「君に会えたら」という作品を理解するのはムリでしょう?」

「どうして・・・?」


「つい最近まで気がつかなかったのよ。今までとちょっと違うな、とは思ってたけど・・・でも「無条件の愛」と「生の儚さ」っていう言葉がずっと気になっててね――― それって「アンコンディショナル・ラブ」と「メメント・モリ」と繋がってるってことよね?」


参ったな。

全部お見通しなんだ。


「でも「アンコンディショナル・ラブ」と「メメント・モリ」は他の作品と繋がってるから、結局、全部の作品が繋がってるってことなんでしょう?」


ふふっ。

私は無言で微笑んだ。



「それに・・・あのドラマの主題歌。あれで確信を持ったの。耕介は絢ちゃんで、耕介の過去が祐なんだって」

「え?」


私は、銀座のマンションで第一話を見た後、その後の回を見ていない。

部屋に籠ったままで、主題歌の「恋」もまだちゃんと聞いていない。


「全部、祐を想って書いてくれたのよね。あの子は幸せ者よ・・・絢ちゃんに「生きた証」を残してもらえて。それに、2人の子供の名前まで守ってもらって」

「なんでそれを・・・?」


「あのコ、バカ正直だったから。「子供の名前決めた!」って大声で言ってたの」

おばさんはティッシュで目頭を押さえながら笑った。





その夜、私は第47話を一気に書き上げた。

第47話は、最後に耕介がこう言って終わる。

今日祐と、そしておばさんと話していて改めて感じた「祐」の生き方を、耕介風にアレンジした。


「この世で、俺にとって大切なものは数えるほどしかない」

「この世で、俺が真実だと確信できるものも数えるほどしかない」

「それらにさえ、向き合えない人生に、生きる意味はあるのだろうか?」



ちなみに、祐が言うとこうなる。


_____________________________


「俺には絢が好きってことしかわからない」

「俺は、自分の気持ちに正直に生きるだけ」

「それだけが今の俺にわかる絶対的な真実だから」

_____________________________


書き終わった時、私のベッドに横たわっていた祐がイタズラっぽく微笑んだ。



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