【完結】君に会えたら

たいけみお

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Chapter 41:「書き直そうか」

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【1月7日(月)の週】


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TOKYO CHIC 2033号

「君に会えたら」 第38話 掲載


ドラマ「君に会えたら」第1話 オンエア

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今日はドラマ「君に会えたら」初回の放送日。

早朝から、主役の高嶋くんと梨瑚ちゃんが番宣でテレビに出まくっている。

だから、普段あまりテレビを見ない私もずっと付けっぱなし。


「どんなドラマなんですか?」

「僕の演じている耕介は、宮崎さん演じる聡美に片想いをしていまして・・・・」

「耕介の純粋な愛に心が洗われると思います。ご家族皆さんで見て頂きたいです」


脇さんは、このドラマが高嶋くんとあやのちゃんの代表作の一つになるだろうと言っていた。

彼らはこのドラマを通じて、役者として大きく成長しているらしい。



「TOKYO CHIC」に連載中の「君に会えたら」の人気。

このドラマのためにジョシュアさんが書きおろした主題歌「恋」とサウンドトラック。

高嶋くんと梨瑚ちゃんの人気主演コンビ。

脇さんのプロデュース。

そして、

川上さんの脚本。

お膳立ては全て整っていた。


初回は通常より15分延長の特別版。

「いよいよだね」

「うん」

私は桃野くんと赤ソファーに座り、ドキドキしながら見守っている。

もちろん、コーヒーとプリンは手元にある。



そして、21時ちょうど。

川上さんが言ってた通り、耕介の親友トオル役、佐々木啓くんのナレーションでドラマは始まった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「zucca」は、銀座にある洋菓子店。

俺の親友、耕介は、ここであのコを見つけ、静かに恋に落ちた。


アイツの不器用さを「弱さ」だという人もいるだろう。

アイツの選択を「卑怯」だという人もいるだろう。


でも俺は、


アイツがその恋を宝物のように大事にしていることを知っている。

この瞬間が少しでも長く続いてくれるよう、いつも祈っているのを知っている。


それはきっとアイツが、「無条件の愛」と「生の儚さ」を知っているから。


「彼女の笑顔に出会えたのは「この世」の奇跡だ」 

アイツはそう言って俺に笑った。


ここには、人には理解されにくい形の恋が存在する。

そして俺はこれを―――「愛」と呼ぶ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



・・・切なさを携えて、ドラマは進んで行った。


高嶋くんは耕介の葛藤を、梨瑚ちゃんは聡美の優しさと笑顔を、美しく、丁寧に演じてくれていた。

切ないと感じたのは単に、私がこのドラマを、自分のこれまでの人生と、これからの恋の行方と重ねたからだと思う。


隣にいる桃野くんは、食い入るように画面を見つめていた。

コマーシャルの間でさえ、口数が少なかった。

自分が携わった作品だから、感慨も深いんだろう。


桃野くんはいつか、気付くだろうか。

私の、桃野くんへの想いが、ここにあることを。


耕介が私で、聡美が桃野くんであることを。

桃野くんの笑顔が、私を癒してくれたことを。


「あの頃絢ちゃん、俺のこと好きだったんだ!全然気がつかなかったよ!ウケる!!」

そんな感じで笑って流してくれるくらい、何十年も先に気がついてくれたら嬉しい。


・・・そんなことをぼんやり考えていた。



そして。


ドラマが進み、半分を過ぎたあたりからだろうか。

私は、表現できない不安感に襲われ始めた。

自分でも顔が青ざめてきて、息苦しくなってくるのがわかる。


そして、私は次の瞬間、目の前に―――

















ここにいるはずのない祐の姿をはっきり見た。


















22時09分。

音楽と共にクレジットが流れている。


あぁ・・・

きっとこれがジョシュアさんの作った主題歌「恋」。

でも、全然耳に入って来ない。


いつのまにか、第一話、終わっちゃったんだな。




「絢ちゃん?なんか顔色悪いけど・・・」

桃野くんが心配そうに私の顔を覗き込む。

「ごめん、気分が悪いからちょっと横になるね・・・」

私は桃野くんに謝って、寝室に向かった。



「熱はないみたいだけど・・・」

おでこをくっ付けて熱を測る桃野くん。

「大丈夫。ちょっと眠るから・・・一人にしてもらえる?」

私はブランケットを頭からかぶる。

桃野くんはその上から、私の頭をしばらく撫でてくれいたけれど、

私が動かなくなったら、静かにベッドから立ち上がった。




ガラガラガラ・・・

桃野くんの部屋のベランダの窓が閉まる音。


桃野くんが部屋に入ったのを耳で確認してから、私は静かに寝室を出た。

そして、

真っ暗なリビングにゆっくり向かう。





―――祐。






思った通り、まだそこにいた。

赤ソファーに座って、何も映っていないテレビをじっと見つめている。

でもすぐに気配で私に気付いて、ちょっと振り返り・・・



笑った。







私の知ってる、そのままの祐。

ひとすじの涙が、私の頬を伝う。


「こんなところで・・・何してるの?」


私がそういうと、祐は人差し指を自分の唇に当てた。

でも私は構わず、泣きながら言った。


「なんで、祐が見えてるの?!」


祐は指を下ろし、少し困ったように微笑んで、こう言った。




「絢・・・最終話、一緒に書き直そうか」







翌朝。

私のベッドに腰掛けて、桃野くんは興奮とお祝いの電話の対応に追われていた。

私のスマホも震え続けていたけれど、私はそれを無視してブランケットの中。


「調子が悪くて電話に出られないんですよ」


私に電話が繋がらないことを心配した人たちに、桃野くんが説明してるのが聞こえる。

左手で、私の背中をブランケット越しにずっとさすってくれている。


川上さんも何回も電話をしてくれていたみたい。

結局電話を諦め、桃野くん経由の川上さんからのメッセージには

「こんな時に何やってんだよ?オマエ、桃野並みにヘボいぞ。悔しかったら早く良くなれ」

と書かれていた。



ブランケット越しの桃野くんの説明によると、昨日の初回の視聴率は35.2%。

あまりテレビを見ない私でも、その視聴率がすごいことはわかる。


ドラマの主題歌、francの新曲「恋」も、昨夜から凄い勢いでダウンロードされ、

去年の11月に発売された「君に会えたらvol.1」も増版決定と言っていた。


実は主題歌「恋」はfranc一年ぶりのファン待望のシングル。

昨夜の放送まで、その全容はトップシークレット。

ごく一部の関係者にしか明かされていなかった。


私も昨日のエンディングで初めて聞く予定だった。

でも、祐のことで頭がいっぱいで全く覚えていない。



それから2時間くらいして、桃野くんのスマホがようやく鳴らなくなった。

「絢ちゃん、ものすごく顔色が悪いよ。病院に行こう」

桃野くんが、おでこを触った。

「熱はないみたいだけど・・・」


そのまま私を抱きかかえて病院へ連れて行こうとする桃野くんの右手で掴んで、自分の胃のあたりに乗せる。

「桃野くん・・・」

「胃が痛いの?なんか飲む?それともお腹すいた?」


「連載の方の最終話、ギリギリのラインの締め切りっていつ?」

「なんで?もう書き終えたって・・・見直しだけだって言ってたよね?」


「昨日の「TOKYO CHIC」、第38話だったよね?」

「そうだけど・・・」


「・・・第42話くらいから最終話まで書き直すから」

「なんで・・・?」

「・・・」



「・・・昨日・・・あれからなんかあったのか?」

そこには、体調が悪いのではなく、何か別の事が私に起こっていることを一瞬で察した彼がいた。

だから、

「・・・うん」

それに私は頷いた。



そのとたん、

内側に押さえていた全ての感情が、大量の涙と共に一気に溢れて出て来て。

私はそれを桃野くんに見られたくなくて、

頭からブランケットをかぶった。





「最終話、一緒に書き直そうか」





祐は、はっきり私にそう言った。

あれはたしかに、祐の声だった。


それがどういう意味であれ―――今の私は危険。

はっきりと、幻覚を見ている。


もう―――

桃野くんとはお別れなのかもしれない。


川上さんが言ってたタイムリミットって、このこと?

そんなはず、ない、か・・・



でも、

もう、いずれにしても、

桃野くんとの全てが

終わってしまうのかもしれない。


一番避けたかった、別れの瞬間が、

来てしまったのかもしれない。

こんなにも、突然に―――。




「絢ちゃん、ちゃんと顔見せて。なんでそんなに泣いてるんだよ?何があった?」

ブランケットを桃野くんに剥ぎとられまいと、私はブランケットごと小さく丸まった。

そうすれば、泣き声もそんなに聞こえないはず。


涙が溢れて、溢れて、

体の水分が全て流れてしまうんじゃないかと思うくらい、泣いた。


祐がはっきり見えてしまった自分への不安や恐怖もあったけど、それよりも。

このまま頭がおかしくなって、桃野くんに会えなくなる方が辛かった。



桃野くんは私をブランケットごと、まるで赤ちゃんを抱くみたいに抱きしめ、

そしてブランケットの中から私を探し当てた。

私は激しく泣きすぎて、痙攣し始めていた。


「アヤ!アヤ!!」


桃野くんは何度も私を覗き込んでは抱きしめる、その行為を繰り返す。


「どうしたんだよ・・・何があったんだよ・・・言ってくれよ・・・」



痙攣している自分が怖かった。

でも、桃野くんのぬくもりが、私を落ち着かせてくれたんだと思う。

30分くらいして、私はようやく話せる状態になった。



「・・・ごめん、桃野くん」



桃野くんは何も言わず、ただただ、抱きしめながら私の頭と背中を撫でてくれる。



「ホントに・・・ごめんなさい・・・」


もう一度謝った時、桃野くんの手が止まった。






「・・・昨日、あれから何があった?」

「・・・」


「ドラマ、一緒に見始めたときはいつもと変わりなかったよな?」

「・・・」


「・・・俺じゃ頼りないから、言えないのか?」

「違うよ、そんなんじゃ・・・「じゃあ、教えてくれ」」


聞いたことがないくらい、低くて鋭い声。

いつものゆるさなんか、カケラもない。


桃野くんは右手を私の頬に当てた。

涙で水浸しの私の頬に。


「俺に言ってくれ」



桃野くんは私の瞳をまっすぐ見つめた。

それはいつもの桃野くんからは想像できないくらい・・・隙のない男の人。



「言ってくれよ」

「・・・」



「言えよ!」

桃野くんは私のカラダを強く揺すった。




桃野くんは俯いて、私の肩に頭を乗せた。

「何があっても俺が守るから・・・大丈夫だから・・・教えてくれないか?」

「・・・」

「前に頼んだよな。何かあった時は、まず俺を頼ってくれって」

「・・・」

「今がその時だろ」

「・・・」

「仕事の事でも、そうじゃない事でも、俺がなんとかする。約束する。絢ちゃんは何も心配しなくて大丈夫だから・・・だから教えてくれ。頼むから」

「・・・」

「・・・昨日ずっと絢ちゃんの傍にいればよかった・・・なんで俺、あの時部屋に戻ったんだよ・・・何があったんだよ・・・」

「・・・」



「・・・言ってくれ、じゃないと俺、どうしたらいいかわかんないから・・・」

桃野くんは左手でぐっと私の腰を引き寄せた。

「お願いだから・・・」




「桃野くん・・・最終話いつまで待てる?」

「なんでそんなこといま聞くんだよ!俺が聞いてんのはそんなことじゃねぇよ!絢ちゃんのことを聞いてんだよ!」


桃野くんは再び顔を上げて、私を見据えた。

完全に怒ってる。

今まで見たことがないくらいに怒ってる。




ごめんなさい。

困らせて、本当にごめんなさい。




私は桃野くんの頭をぎゅっーと抱きしめて、困惑に満ちた彼の瞳を自分の腕の中に隠した。

そして、

彼の髪の毛に、彼にわからないようにそっとキスをした。


「桃野くん、お願い、教えて?いつまで原稿待てる?」

「―――」

「いつ?」

「―――2月、末」




「・・・私、最終話を書きあげるまで実家に帰るね。ごめんね」





そう言った途端、桃野くんが勢いよく顔を上げた。


「なに言ってんだよ・・・」

「ごめんなさい」


「ウソ、だろ?冗談、だろ?」

「ごめんなさい」


「軽井沢に行ったって、俺の監視の目から離れられるわけじゃないんだよ!」

「・・・」


「ドラマも連載もあるから、電話もメールもするんだよ!」

「・・・」


「なんでここじゃだめなんだよ!」

「・・・ごめん」


「・・・」

「―――ごめんなさい」


「―――じゃ、俺も軽井沢に行く。絢ちゃんの傍にいるから・・・ずっといるから」

「それはダメ!」

「なんでだよ!!」










「ここからは―――桃野くんが立ち入っちゃいけない領域なの」











桃野くんは、私の言葉にショックを受けたのだろう。

無言で、微動たりともしない。


ごめんね、桃野くん。

傷つけて、ごめんね。



でも。



桃野くんを巻き込みたくないの。

私と・・・・祐の事に。




桃野くんが好き。

だから、桃野くんに見せたくないの。


私が、祐と話してる姿を。

私が、狂ってる姿を。


―――桃野くんを、完全に失いたくないの。





私は・・・


たまに桃野くんの声を聞けて、

たまに桃野くんの笑顔を見られたら、それで充分なの。


だから、


だから、お願い。

このまま私を行かせて。


そしたら、もしかしたら、

いつかまた、

桃野くんに会うことが、出来るかもしれないから。


だから、お願い。


それまで、

そのままの、優しい、笑顔の桃野くんでいて。







「最終話を書きあげるまでそっちにいさせて欲しいの。今から新幹線に乗るから」

急なことでお母さんはすごく驚いていた。


だけどこう言ってくれた。

「ここは絢の家なんだから、遠慮することないのよ?好きなだけいたらいいわ」


「ありがとう。あのね、お母さん・・・」

「ん?」


「・・・私また、「あの時」に戻っちゃったみたい・・・」








「―――どうしても行くっていうんだったら軽井沢まで送る」

桃野くんの右手には、E●Sのキーとお財布。

それが桃野くんの、かろうじての妥協案のようだった。

でも。


「大丈夫。子供じゃないんだから」

事と次第によってはもう二度と会えないかもしれない桃野くんに、私は笑顔で言った。

「路面凍ってるし、新幹線の方が安全だから・・・でも、ありがとう」



いつもは開かずの扉になっている私の部屋の玄関。

右手にはお気に入りの小さな革製のスーツケース。

その中に入ってるのは、ノートパソコンと執筆用のメモ書きだけ。

あとは、桃野くんから沖縄で貰ったシルバーのペンダントがあればいい。

私は首元に左手をあてて、その丸みを確かめた。


あの時は暗くてわからなかったけど、

先端に付いている石は、沖縄で見た美しい海と同じ色をしている。



目の前には、困惑と怒りと悲しみが混じった表情の桃野くん。

玄関の壁に寄りかかったまま、頭を抱えながら、何度も何度も溜息を吐く。


ごめん。

全部、私のせい。

そんな表情にさせて、ごめんね。


やっぱり私には・・・

桃野くんの傍にいるなんて、ムリだったね。

こんな表情の桃野くんを、残していっちゃうんだもんね。




これが祐だったら、

もし私が、目の前でこんな表情をしていたら、

絶対に、私をここに残したままにしない―――。





かみさま。

キリストさま。

ほとけさま。


桃野くんが早く、本気の恋に出会えますように。

桃野くんが好きになった人が、桃野くんのことを何よりも大切に考えてくれますように。

桃野くんが、その人と幸せになりますように・・・


私の願いが、叶いますように。





「―――軽井沢がだめなら、東京駅まで送る」

「もうタクシー呼んだから一人で大丈夫」

「・・・」


「・・・もっと厚手のコート着てけよ。それじゃ風邪ひく」

「大丈夫だから・・・」

「それじゃ寒いって言ってんだよ!」

桃野くんは、いまにも泣きそうな表情で、玄関にたまたま置きっぱなしになっていた自分の白いマフラーを私の首に巻き付けた。



「それじゃ、桃野くんのマフラーがなくなっちゃうよ」

「そんな心配するんだったらここにいろ!軽井沢になんか行くな!」


桃野くんは私の肩を強く揺らす。

話し方がもう、いつものゆるい桃野くんに戻らない。

たぶん、私にキレすぎてるんだと思う。

ごめん、桃野くん・・・




はぁ。

俯いた私を見て、桃野くんが何百目かの深いため息を吐いた。


「怒鳴ってごめん・・・絢ちゃん、俺さ―――」

「ここに女の子連れ込んじゃだめだからね?こっちは私の部屋なんだからね?」


私は最後の力を振り絞って、笑った。

最後に、桃野くんの笑顔が見たかったから。


「するわけねえだろ!」


でも、もっと怒らせちゃったみたい。

だめだな、私って。



「―――やっぱ、俺も一緒に行く。軽井沢に行く」

「だからダメだってば!」


「―――ムリだ」

「え?」



「俺が、俺の方がムリなんだよ・・・絢ちゃんと離れるとか。だから、なんで俺が傍にいたらダメなのか教えてくれ」

「・・・」


「今の俺には、それがどんな理由か想像もつかないけど―――俺は何を聞かされても大丈夫だから。だから正直に言ってくれ。俺を納得させてくれ」

「・・・」


「このままじゃ俺――― 頭おかしくなりそうだ」

「・・・」

「頼むから・・・ここにいてくれないか?」




「―――実家に行くのは私のわがまま。桃野くんは気にしちゃダメ・・・全部、私のせいだから」

「・・・」

「コーヒーは入れてあげられないけど、プリンはちゃんと食べるんだよ?陽子に言っておくからね。あと、実家に帰ることは私から飯島さんに伝えとくから・・・心配しないで?」



「―――全部絢ちゃんのせいなら・・・俺と関係ないことが原因なら・・・俺には理由言えるだろ?なんで言えないんだよ」

「・・・」


「おかしいだろ、こんな急に」

「・・・」


「なんで俺がいちゃダメなんだよ・・・俺から離れたいとしか思えねぇだろ――― 俺、絢ちゃんになんか嫌な思いさせた?それだったらはっきり言ってくれ。謝るから・・・」


そうじゃない、桃野くんのせいじゃない。

そう叫びたかったけど、

理由を話せない私は、何も答えることができなかった。



「ごめん、俺・・・絢ちゃんのこと追いつめてる?」

「・・・」


「ごめん、でも俺――― 本当にムリだ。絢ちゃんと離れるのは無理なんだよ」

「・・・」


「だから理由を教えてくれ、頼むから―――」

「・・・」





「絢ちゃん・・・俺さ―――」

「本当にいろいろありがとう・・・桃野くんにはすごく感謝してる―――お願い、信じて。このことは桃野くんのせいとかじゃないから。全然ちがうから」


「俺―――」

「・・・修正が終わったらメールするね」



「あのさ―――」

「じゃ、行くね。タクシーがもう下に来てるはず・・・」


私は玄関のドアを開けた。

「絢ちゃん、待って!」



私はその声を無視した。

ここで振り返ったら離れられなくなりそうで。


「アヤ!!」











無理やり腕を引っ張られて、桃野くんの方を向かされた瞬間。









桃野くんの唇が私の唇に触れた。








それが、どのくらいの長さだったのか、今となっては思い出せない。

一瞬だったような気もするし、とても長い時間だったような気もする。


その間、私の両頬を支えていた桃野くんの両手が、

重なった唇と同じくらい、熱かったことだけ、覚えている。






ゆっくり、ゆっくり、桃野くんの顔が、離れていき、

そして、

私の瞳をまっすぐに見つめて、桃野くんは言った。




「―――最終話が終わったら、すぐに迎えに行くから。それまで・・・俺が迎えに行くまで、絶対にそこから動かないでくれ。頼むから」





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