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Chapter 33:「あと、どのくらい」
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【11月12日(月)の週】
*******************************
TOKYO CHIC 2027号
「君に会えたら」 第32話 掲載
*******************************
先週の金曜日、今までの連載を書籍化した「君に会えたら vol.1」が発売された。
飛ぶように売れてるらしい。
「いやぁ、絢ちゃんのお陰でまた自社ビルが建っちゃうかもしれないよ」
飯島さんはそんな冗談を言うために、今朝、電話をかけてきた。
「相変わらず面白いな、飯島さんは」
「冗談じゃないんだけど・・・それより、桃野くんとはうまくやってる?」
「はい、本当にいろいろ助けてもらってます。今は川上さんもいるので、桃野くん、ものすごく大変だと思いますけど」
「そうだろうね、がっはっは」
「笑い事じゃないと思うんですけど」
「桃野くんは大丈夫だよ。絢ちゃんは何にも心配しなくていい」
「でも・・・」
「本当に大丈夫だよ。川上くんも大人だしね。がっはっは。とにかく、絢ちゃんが一人で執筆してないから、僕はすごく安心だよ。がっはっは」
飯島さんの笑い声が耳に残ったまま、電話を切った。
ちなみに。
以前約束した通り、私はサイン入り「君に会えたら vol.1」2冊を、桃野くんから佐久間さんに渡してもらった。
佐久間さんは奥さんと娘さんからとても感謝されて、それ以降、飯島さんの飲みに付き合わされて午前様になっても、冷たくあしらわれなくなったと喜んでいた。
めでたし、めでたし。
さて。
いつものように、煎れたてのコーヒーを持って、桃野くんの部屋に向かう。
やっぱりベランダを伝って隣に行けないのはちょっと不便。
昨日桃野くんに「もうベランダの仕切りを外しても大丈夫なんじゃない?」と提案してみたけど、思いっきり却下された。
だから私は、コーヒーカップが3つのったお盆を片手に2度、重いドアを開けなければならない。
「コーヒー持ってきたよ」
川上さんはリビングで、桃野くんはダイニングで仕事をしていた。
「ありがとう、絢ちゃん」
桃野くんはニッコリ笑ってくれたけど、川上さんは私の存在にさえ気が付かない。
「ねぇ、執筆してる時って、私もあんな感じなの?」
「まぁ、そうだね」
「うわ最悪。今までごめんね」
「別にいいよ、気にしてないし。それに今さら、変えられないと思うし」
「・・・すみません」
そんなことを普通の声で話していても、まだ川上さんは私たちの存在に気がつかないまま。
頭の中は、「君に会えたら」の妄想で埋め尽くされているに違いない。
まぁ、彼の状況はよくわかる。
「あ、絢ちゃん!」
突然川上さんがこっちを向いた。
「ちょうどよかった。ここなんだけどさ・・・」
やっぱり妄想でいっぱいなのだ。
昼過ぎ、一旦妄想から抜け出した川上さんが言った。
「なんか急に腹すいてきた。なんかうまいもん喰いに行こう?」
「何でもいいんだったら作りますよ?」
「すげぇゴテゴテしたものが喰いたい。鰻重とかかつ丼とか・・・やっぱ外行こうぜ」
川上さんの意見を尊重し、私たち3人は近くのうなぎ屋さんに行った。
ここの鰻重は最高においしい。
でも、すごくこってりしていて量が多いので、半年に一度くらいで十分。
「みんな特上でいいだろ?どうせ俺の奢りだ」
「いつも奢られてばかりで申し訳ないんですけど」
「家賃の代わりだから」
「でも俺の部屋は、集公舎が払ってるんですけど」
「いいんだよ、そういう細かいことは。絢ちゃんは自分で払ってるんだし」
川上さんが笑った。
「俺、実はずっと2人に聞きたいこと思ってたことがあるんですけど・・・」
鰻を抓む桃野くんが、珍しく遠慮がちに、改まって聞く。
「「なに?」」
「執筆してる時、2人とも妄想の世界にどっぷりハマっちゃうじゃないですか」
「うん」
「それってどういう感覚なのかなって」
「うーん、表現しがたいけど・・・意識が朦朧としてて、アドレナリンがいっぱい放出されてる感じかな?川上さんは?」
「そうだね、恍惚感?イクときみたいな感じだけど、実際はそれより気持ちいい。それにイってる時間があれより全然長い。ほら、男って一瞬で終わっちゃうから」
川上さんが私を見てニヤリと微笑んだ。
「セクハラすぎるし。桃野くん、真っ赤になっちゃったし!」
「でもそうでしょ?」
「違いますよ!」
「絶対そうだって。いつもとは違う気持ちのいい液体が体内に大量に流れる感じでしょ?俺がそうだからわかるって」
「・・・」
「ほらみろ。桃野、俺らにとって執筆は、麻薬と一緒なんだよ」
「はぁ」
「この感覚を一度知ってしまったらこの狂気からは抜け出せない。それはもう俺たちのコントロールできる範囲を超えてるから。その麻薬が体内に放出され始めたら、恍惚感で満たされて、食事も睡眠も時間も、他のモノも、なにもいらなくなる」
「・・・執筆を止めたら、どうなっちゃうんですか?」
「止められないだろ。な、絢ちゃん?」
「ま、たぶん。死ぬ時だけですね、きっと」
川上さんは笑ってる私を真顔で見つめた。
「絢ちゃんはこうやって軽く笑って言ってるけど・・・桃野」
「はい?」
「片桐純は怖ぇよ、マジ。同じ麻薬でも、きっと俺と同じレベルじゃないから」
「それはどういう・・・」
「こいつが本当に深くトリップしてる時・・・それはきっと限りなく死に近い」
はぁ。
川上さん、なんでそういうことを桃野くんに言うかな。
「片桐純」の本当の意味を知る川上さんが、「幻覚レベル」でトリップする私を容易に想像できるのは理解できる。
―――私が生に執着していないことも、わかってるのだろう。
だけど、それは、
監視のためにわざわざここに住んでいる桃野くんには言わなくてもいい言葉。
それでなくても、由幸と飯島さんに脅されて、とても心配性になっているのに。
「ちょっと川上さん、桃野くんを脅さないでくださいよ。冗談きついから。桃野くんが余計心配性になるでしょ?」
私はとぼけたふりをして、明るく言った。
「あ、わりぃ、脅しすぎた?」
川上さんもすぐにおどけて、言いすぎたと訂正したけど、彼がそれを本気で言ったことは桃野くんにも明らかだった。
そして、特上鰻重を食べ終わって。
「あぁ、なんかすごくいいものが生まれそうな感じがしてきた!」
川上さんは私たちをその場に残し、大急ぎでマンションに戻っていった。
そんな川上さんの背中を見送った後。
「ちょっと日比谷公園を散歩して帰ろう?腹いっぱいすぎて、このまま帰ったら寝ちゃいそうだから」
桃野くんが言った。
「うん」
11月中旬の日比谷公園。
ケヤキとイチョウがちょうどゴールドに色づき始めていた。
空の碧さとのコントラストで、目を奪われるほど。
「キレイだね」
「あぁ・・・来てよかったな」
その広い公園内を、私はゆっくり、ゆっくり歩いた。
桃野くんと一緒に歩く、その一歩一歩が、すごく大切に思えたから。
桃野くんも、私のペースに合わせてくれてるみたい。
横に並ぶ私たちの微妙な距離感が、私のココロを締め付けたから、
少し後ろに下がって、桃野くんの歩く背中を眺めることにした。
この瞬間が、ずっと続けばいいのにな。
このまま時が、止まればいいのにな。
あとどのくらい、桃野くんと一緒にいられるんだろう?
――ちゃんと、桃野くんの背中を、目に焼き付けておこう。
と、その時。
「絢ちゃん?」
桃野くんが突如振りかえった。
「なに?」
「なんで後ろにいくの?」
「えっと・・・なんとなく?」
「いつも俺の見えるところにいてって言ったの忘れたの?それでなくても絢ちゃんチビなんだからさ」
「チビって言うなっ!」
「仕方ないよ、事実なんだし。絢ちゃんっていつから成長してないの?」
突然年下限定Sモードに入って、桃野くんは楽しそうだった。
私は仕方なく、再び桃野くんの横に並んだ。
ちゃんと桃野くんの姿を捉えられなくて、がっかりする。
「・・・いつから伸びてないのか覚えてないなぁ。6年生くらいからかな?桃野くんは?」
「高2くらいかな。小学校の時はすごくチビで、中学に入って急に伸び始めたんだけどね」
「へぇ、いいなぁ。私には急に伸びた記憶なんてないよ。いつも前から2番目だったし」
「絢ちゃんはチビでいいんだよ」
桃野くんがポンポンって私の頭を叩く。
「もっと小さくして、胸ポケットに入れたいくらいなんだから」
桃野くんが優しく笑った。
「それ、いいね。そしたらいつも、桃野くんと一緒にいられるもんね」
「え?」
「でも、桃野くんが寝てる間にペチャンコにされちゃいそう。へへ」
「ははっ。やっぱ今のサイズがちょうどいい。潰れないし、抱き心地いいし」
そういうと、桃野くんは両腕を私の首に回した。
「桃野くん、あの・・・ここ、公道のど真ん中なんだけど?」
「知ってるよ。ちょっとだけ充電。川上さんのせいで、前みたいに家でハグできないから」
「ん~、でもちょっと目立ちすぎ。それでなくても桃野くんは目立つんだし・・・またあとでね。ふふっ」
するりと桃野くんの腕を潜り抜けて、桃野くんの前、10m先くらいまで走る。
でもすぐに捕まって・・・桃野くんはSモードで微笑んだ。
「あとでって、いつ?決めてくれないと、いままた、ここでするよ?」
「え?」
「それでなくても川上さんが絢ちゃんのことベタベタ俺の前で触るから、すごいストレス溜まってるし」
「え?」
「こっちきて」
桃野くんは私の腕を引っ張って、舗道からちょっと離れた大きな樹に寄り添った。
「ここならいいいよね」
桃野くんは私を胸に埋めて、ぎゅーっと力を込めた。
「桃野くん・・・」
「充電、充電。川上対策の一環」
「ちょっと、苦しいよ」
「あ~、すげぇ落ち着く・・・ちょっとだけ、我慢して」
「・・・」
「あのさ・・・」
「ん?」
「執筆中、妄想にどっぷり浸かって時間飛んだり、俺のこと忘れちゃってても全然いいけど・・・だって、絢ちゃんは「片桐純」なんだし、コントロールできるもんでもないんだし」
「・・・」
「でも」
「ん?」
「ちゃんと戻ってきて」
「・・・」
「ちゃんと・・・俺の所に戻ってきて」
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TOKYO CHIC 2027号
「君に会えたら」 第32話 掲載
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先週の金曜日、今までの連載を書籍化した「君に会えたら vol.1」が発売された。
飛ぶように売れてるらしい。
「いやぁ、絢ちゃんのお陰でまた自社ビルが建っちゃうかもしれないよ」
飯島さんはそんな冗談を言うために、今朝、電話をかけてきた。
「相変わらず面白いな、飯島さんは」
「冗談じゃないんだけど・・・それより、桃野くんとはうまくやってる?」
「はい、本当にいろいろ助けてもらってます。今は川上さんもいるので、桃野くん、ものすごく大変だと思いますけど」
「そうだろうね、がっはっは」
「笑い事じゃないと思うんですけど」
「桃野くんは大丈夫だよ。絢ちゃんは何にも心配しなくていい」
「でも・・・」
「本当に大丈夫だよ。川上くんも大人だしね。がっはっは。とにかく、絢ちゃんが一人で執筆してないから、僕はすごく安心だよ。がっはっは」
飯島さんの笑い声が耳に残ったまま、電話を切った。
ちなみに。
以前約束した通り、私はサイン入り「君に会えたら vol.1」2冊を、桃野くんから佐久間さんに渡してもらった。
佐久間さんは奥さんと娘さんからとても感謝されて、それ以降、飯島さんの飲みに付き合わされて午前様になっても、冷たくあしらわれなくなったと喜んでいた。
めでたし、めでたし。
さて。
いつものように、煎れたてのコーヒーを持って、桃野くんの部屋に向かう。
やっぱりベランダを伝って隣に行けないのはちょっと不便。
昨日桃野くんに「もうベランダの仕切りを外しても大丈夫なんじゃない?」と提案してみたけど、思いっきり却下された。
だから私は、コーヒーカップが3つのったお盆を片手に2度、重いドアを開けなければならない。
「コーヒー持ってきたよ」
川上さんはリビングで、桃野くんはダイニングで仕事をしていた。
「ありがとう、絢ちゃん」
桃野くんはニッコリ笑ってくれたけど、川上さんは私の存在にさえ気が付かない。
「ねぇ、執筆してる時って、私もあんな感じなの?」
「まぁ、そうだね」
「うわ最悪。今までごめんね」
「別にいいよ、気にしてないし。それに今さら、変えられないと思うし」
「・・・すみません」
そんなことを普通の声で話していても、まだ川上さんは私たちの存在に気がつかないまま。
頭の中は、「君に会えたら」の妄想で埋め尽くされているに違いない。
まぁ、彼の状況はよくわかる。
「あ、絢ちゃん!」
突然川上さんがこっちを向いた。
「ちょうどよかった。ここなんだけどさ・・・」
やっぱり妄想でいっぱいなのだ。
昼過ぎ、一旦妄想から抜け出した川上さんが言った。
「なんか急に腹すいてきた。なんかうまいもん喰いに行こう?」
「何でもいいんだったら作りますよ?」
「すげぇゴテゴテしたものが喰いたい。鰻重とかかつ丼とか・・・やっぱ外行こうぜ」
川上さんの意見を尊重し、私たち3人は近くのうなぎ屋さんに行った。
ここの鰻重は最高においしい。
でも、すごくこってりしていて量が多いので、半年に一度くらいで十分。
「みんな特上でいいだろ?どうせ俺の奢りだ」
「いつも奢られてばかりで申し訳ないんですけど」
「家賃の代わりだから」
「でも俺の部屋は、集公舎が払ってるんですけど」
「いいんだよ、そういう細かいことは。絢ちゃんは自分で払ってるんだし」
川上さんが笑った。
「俺、実はずっと2人に聞きたいこと思ってたことがあるんですけど・・・」
鰻を抓む桃野くんが、珍しく遠慮がちに、改まって聞く。
「「なに?」」
「執筆してる時、2人とも妄想の世界にどっぷりハマっちゃうじゃないですか」
「うん」
「それってどういう感覚なのかなって」
「うーん、表現しがたいけど・・・意識が朦朧としてて、アドレナリンがいっぱい放出されてる感じかな?川上さんは?」
「そうだね、恍惚感?イクときみたいな感じだけど、実際はそれより気持ちいい。それにイってる時間があれより全然長い。ほら、男って一瞬で終わっちゃうから」
川上さんが私を見てニヤリと微笑んだ。
「セクハラすぎるし。桃野くん、真っ赤になっちゃったし!」
「でもそうでしょ?」
「違いますよ!」
「絶対そうだって。いつもとは違う気持ちのいい液体が体内に大量に流れる感じでしょ?俺がそうだからわかるって」
「・・・」
「ほらみろ。桃野、俺らにとって執筆は、麻薬と一緒なんだよ」
「はぁ」
「この感覚を一度知ってしまったらこの狂気からは抜け出せない。それはもう俺たちのコントロールできる範囲を超えてるから。その麻薬が体内に放出され始めたら、恍惚感で満たされて、食事も睡眠も時間も、他のモノも、なにもいらなくなる」
「・・・執筆を止めたら、どうなっちゃうんですか?」
「止められないだろ。な、絢ちゃん?」
「ま、たぶん。死ぬ時だけですね、きっと」
川上さんは笑ってる私を真顔で見つめた。
「絢ちゃんはこうやって軽く笑って言ってるけど・・・桃野」
「はい?」
「片桐純は怖ぇよ、マジ。同じ麻薬でも、きっと俺と同じレベルじゃないから」
「それはどういう・・・」
「こいつが本当に深くトリップしてる時・・・それはきっと限りなく死に近い」
はぁ。
川上さん、なんでそういうことを桃野くんに言うかな。
「片桐純」の本当の意味を知る川上さんが、「幻覚レベル」でトリップする私を容易に想像できるのは理解できる。
―――私が生に執着していないことも、わかってるのだろう。
だけど、それは、
監視のためにわざわざここに住んでいる桃野くんには言わなくてもいい言葉。
それでなくても、由幸と飯島さんに脅されて、とても心配性になっているのに。
「ちょっと川上さん、桃野くんを脅さないでくださいよ。冗談きついから。桃野くんが余計心配性になるでしょ?」
私はとぼけたふりをして、明るく言った。
「あ、わりぃ、脅しすぎた?」
川上さんもすぐにおどけて、言いすぎたと訂正したけど、彼がそれを本気で言ったことは桃野くんにも明らかだった。
そして、特上鰻重を食べ終わって。
「あぁ、なんかすごくいいものが生まれそうな感じがしてきた!」
川上さんは私たちをその場に残し、大急ぎでマンションに戻っていった。
そんな川上さんの背中を見送った後。
「ちょっと日比谷公園を散歩して帰ろう?腹いっぱいすぎて、このまま帰ったら寝ちゃいそうだから」
桃野くんが言った。
「うん」
11月中旬の日比谷公園。
ケヤキとイチョウがちょうどゴールドに色づき始めていた。
空の碧さとのコントラストで、目を奪われるほど。
「キレイだね」
「あぁ・・・来てよかったな」
その広い公園内を、私はゆっくり、ゆっくり歩いた。
桃野くんと一緒に歩く、その一歩一歩が、すごく大切に思えたから。
桃野くんも、私のペースに合わせてくれてるみたい。
横に並ぶ私たちの微妙な距離感が、私のココロを締め付けたから、
少し後ろに下がって、桃野くんの歩く背中を眺めることにした。
この瞬間が、ずっと続けばいいのにな。
このまま時が、止まればいいのにな。
あとどのくらい、桃野くんと一緒にいられるんだろう?
――ちゃんと、桃野くんの背中を、目に焼き付けておこう。
と、その時。
「絢ちゃん?」
桃野くんが突如振りかえった。
「なに?」
「なんで後ろにいくの?」
「えっと・・・なんとなく?」
「いつも俺の見えるところにいてって言ったの忘れたの?それでなくても絢ちゃんチビなんだからさ」
「チビって言うなっ!」
「仕方ないよ、事実なんだし。絢ちゃんっていつから成長してないの?」
突然年下限定Sモードに入って、桃野くんは楽しそうだった。
私は仕方なく、再び桃野くんの横に並んだ。
ちゃんと桃野くんの姿を捉えられなくて、がっかりする。
「・・・いつから伸びてないのか覚えてないなぁ。6年生くらいからかな?桃野くんは?」
「高2くらいかな。小学校の時はすごくチビで、中学に入って急に伸び始めたんだけどね」
「へぇ、いいなぁ。私には急に伸びた記憶なんてないよ。いつも前から2番目だったし」
「絢ちゃんはチビでいいんだよ」
桃野くんがポンポンって私の頭を叩く。
「もっと小さくして、胸ポケットに入れたいくらいなんだから」
桃野くんが優しく笑った。
「それ、いいね。そしたらいつも、桃野くんと一緒にいられるもんね」
「え?」
「でも、桃野くんが寝てる間にペチャンコにされちゃいそう。へへ」
「ははっ。やっぱ今のサイズがちょうどいい。潰れないし、抱き心地いいし」
そういうと、桃野くんは両腕を私の首に回した。
「桃野くん、あの・・・ここ、公道のど真ん中なんだけど?」
「知ってるよ。ちょっとだけ充電。川上さんのせいで、前みたいに家でハグできないから」
「ん~、でもちょっと目立ちすぎ。それでなくても桃野くんは目立つんだし・・・またあとでね。ふふっ」
するりと桃野くんの腕を潜り抜けて、桃野くんの前、10m先くらいまで走る。
でもすぐに捕まって・・・桃野くんはSモードで微笑んだ。
「あとでって、いつ?決めてくれないと、いままた、ここでするよ?」
「え?」
「それでなくても川上さんが絢ちゃんのことベタベタ俺の前で触るから、すごいストレス溜まってるし」
「え?」
「こっちきて」
桃野くんは私の腕を引っ張って、舗道からちょっと離れた大きな樹に寄り添った。
「ここならいいいよね」
桃野くんは私を胸に埋めて、ぎゅーっと力を込めた。
「桃野くん・・・」
「充電、充電。川上対策の一環」
「ちょっと、苦しいよ」
「あ~、すげぇ落ち着く・・・ちょっとだけ、我慢して」
「・・・」
「あのさ・・・」
「ん?」
「執筆中、妄想にどっぷり浸かって時間飛んだり、俺のこと忘れちゃってても全然いいけど・・・だって、絢ちゃんは「片桐純」なんだし、コントロールできるもんでもないんだし」
「・・・」
「でも」
「ん?」
「ちゃんと戻ってきて」
「・・・」
「ちゃんと・・・俺の所に戻ってきて」
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