【完結】君に会えたら

たいけみお

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Chapter 32:「愛情のレベル」

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【11月5日(月)の週】


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TOKYO CHIC 2026号

「君に会えたら」 第31話 掲載

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川上さんがここにやってきてから1日も経たないうちに、私と桃野くんは川上さんについて大事なことをすっかり忘れていたことに気がついた。

今、彼はとてつもないプレッシャーの中で「君に会えたら」の脚本に立ち向かっている。

スイッチが切り替われば、完全に仕事モード。

一度トリップが始まってしまうと、なかなか現実世界に戻って来ない。



その証拠に、ここに来てからの最初の3日間、ほぼ24時間、川上さんは1人でパソコンに向かっていた。

当然、私たちのことなどすっかり忘れて。

つまり、桃野くんの部屋のリビングで、お地蔵様のように無言でそこに座っていた。



「コーヒー、どうぞ?」

「・・・」


私の方を見向きもしない。

私を見る時は質問がある時だけ。



「絢ちゃん、ここに小道具としてつかうとしたらどのケーキが合う?」

「そこはケーキじゃなくてプリンです」

「ふ~ん、なるほど・・・絢ちゃん、隣にいてよ。寂しいから」

「寂しいって・・・執筆中は私の存在、完全に忘れてるじゃないですか。無視ですよ、無視!」

―――こんな感じ。




でもそんな生活も1週間もすると、意外な方向に変わってきた。

穏やかで楽しいものになってきたのだ。



それはたぶん、

桃野くんと私が川上さんとの生活に慣れてきた、と言うこと以外に、

仕事が順調に進んできて、川上さんが現実世界にいる時間が長くなってきたというのが理由だと思う。


「絢ちゃんの料理、マジで旨すぎる・・・早く俺の嫁さんになってくれよ」

「なるわけないじゃないですか」


「今夜、絢ちゃんチの玄関開けといて。桃野が寝てる間に忍び込むから」

「開けとくわけないでしょう?」


隙を見つけては後ろから抱きついてくる川上さんを、モグラたたきゲームのモグラのように自作の新聞紙バットで叩く桃野くんにはちょっとウケるけど、まぁ、怪我がない限りはそれも兄弟げんかを見てるみたいで面白い。



ちなみに、立ち入り禁止だった私の部屋は、食事の時間限定で川上さんにも開放されることになった。

桃野くんの部屋のダイニングとリビングを仕事場にしているから、その近くにあるキッチンで料理しにくいからなんだけど。




「桃野、お前はすごいわ。ある意味尊敬に値する」




牡蠣鍋をつつきながら、私の部屋でまったりゆっくり夕食をしている私たち3人+由幸。

牡蠣が食べたいと言ったら、川上さんが北海道産をインターネットで注文してくれた。


川上さんは家賃の代わりと言って、食べ物や飲み物をインターネットで注文してここに送ってくれる。

どうやら彼は普段から、オンラインショッピングで買い物を済ませてるらしい。


「この北海道産牡蠣、クリーミーでおいしいね」

「うん、川上さん、これめっちゃくちゃ旨いです。あ、巨大牡蠣発見。これ食べなよ。牡蠣食べると元気になるらしいから」

そういって桃野くんは、その巨大な牡蠣を私のお椀に入れた。



「おい桃野、俺のこと無視すんなよ!」

「だって、川上さんの言ってること意味不明だから。なんですか、尊敬って。いつもあれだけコバカにされてんのに、ありえないでしょう、その単語」

「桃野くんの何がすごいの?」

由幸も「こいつのどこが?」って感じで桃野くんを見ている。





「俺が2人きりだったら絶対に我慢できないね。半日でも無理だわ」



「げほっ、げほっ」

桃野くんが喉に牡蠣を詰まらせた。

「っうかさ、オマエ、どっかおかしいんじゃねぇの?ありえねぇよ、マジで・・・」



「げほっ、げほっ」

桃野くんはまだ苦しそう。

「桃野くん、大丈夫?お水いる?」

そんな桃野くんを見て、大笑いしてる川上さん。



「で、なにが我慢できないの?」

桃野くんがちょっと落ち着いてきたのを見計らって発した私の言葉は、完全に桃野くんにスルーされ、その代わり、桃野くんは川上さんをおもいっきり睨んだ。


「絢ちゃんみたいな女の子と暮らすのはね、いろいろ大変なんだよ」

川上さんは私にウィンク。


「そうだよねぇ、こんなオンオフのない不規則な生活に付き合わせてるんだし・・・」

「そうそう」

「ごめんねぇ桃野くん。もう少しの辛抱だからね?」

「・・・そういうんじゃ」


あはははっ。

川上さんはお腹を抱えて笑ってる。




「川上さんも桃野も、絢が天然でよかったですね」

由幸は呆れたように2人を見た。


「本当だよな。絢ちゃんって昔からこうなの?」

川上さんが笑って答える。


「どういう意味ですか?!」

「そんな怒らないでよ。褒めてるんだからさ」

「褒めてないでしょ!そのくらいわかりますっ!!」

「絢は昔からこうですよ。自分のことに恐ろしいほど鈍いです」

「由幸くんって、本当に良く絢ちゃんのことわかってるよなぁ」

「そんなに鈍くないもん!」

「祐も言ってた。バカすぎて絢は可愛いって」

「うっ・・・」

身に覚えがありすぎて、私はがっくり肩を落とした。



「祐くんの溺愛ぶりが目に浮かぶよ」

川上さんが私を見つめた。

「俺は一生、祐くんには勝てそうにないな。まぁ頑張るけどね」


「なに張り合おうとしてるんですか。レベルが違いますよ、レベルが」

由幸は一回りも違う川上さんをコバカにして笑った。


「じゃあさ、どういうヤツだったら祐くんの上を行くと思う?」

「・・・想像できないですよ、そんなヤツ」

由幸は唇を噛んで、そして続けた。


「でもどういうヤツが同じレベルかはわかりますよ」

「どういうヤツ?」






「絢がいないと生きていけないヤツです」







きっと川上さんは、由幸の何気ないその言葉に、ひどく傷ついたと思う。

それは別に「絢」じゃなくても、誰の名前でも一緒。



それはつまり。



「誰かがいないと生きていけない」状況にない私や川上さんが、もし、祐と同じ人を好きになったら・・・私たちは絶対に祐には勝てないということ。


―――桃野くんのことを何よりも誰よりも大切に出来る人がいたら、私は絶対に、その人にかなうわけないってこと。




「ね、プリン食べるでしょ?」

私はおどけて川上さんと桃野くんに言った。

なんか2人ともしんみりしちゃったから。


「ん。食べて元気にならないとね。川上さんとの生活はいつも以上に疲れるんだよ。くくっ」

「なんでプリンを食べると元気になるんだ?たしかにこれすげぇ旨いけどさ、そこまでの威力があるとは到底思えないんだけど」

「俺にもわかんないんですけど・・・一口食べるだけで、すげぇ幸せな気分になって、チカラが沸いてくるんですよ。それもアシュフィのプリン限定なんですけどね」

桃野くんが照れたように笑う。


「あと、絢のコーヒーもだろ?」

由幸がくくっと小さく笑った。



「そうなんだよね。それも、絢ちゃんの煎れてくれたコーヒーじゃないとダメなんだよ。何度練習しても、あの味が出ないんだよ」

「でもこの間桃野が煎れてくれたコーヒー、絢並みに旨かったよ」

「由幸くんはわかってないなぁ。全然違うって。なんか物足りないっていうかさぁ・・・よくあるじゃん、旨いんだけどカラダが満足しないみたいな料理。俺のコーヒーってそんな感じ」

「桃野、なんかコーヒー評論家みたいだぞ」

由幸が爆笑してる。


「いつの間にか、その2つがないと生きていけなくなっちゃったんだよ。困ったよなぁ。プリンはアシュフィに買いに行けばいいけど、絢ちゃんが長期旅行とか行っちゃったら、コーヒーはどうしたらいいんだろ」

その桃野くんの言葉に、川上さんは目を見開いて、そして静かに微笑んだ。

「俺は―――お前にも勝てないのかもな」



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