【完結】君に会えたら

たいけみお

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Chapter 30:「書き直させてくれ」

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【10月22日(月)の週】


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TOKYO CHIC 2024号

「君に会えたら」 第29話 掲載

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「脇、頼む・・・「君に会えたら」の脚本、もう一度、最初から書き直させてくれ」

川上さんが脇さんに頭を下げている。

あの、川上さんが。



「なにバカなことを言ってんだよ!もう1話分は撮り終わってるんだ。お前だって、それがムリなことくらいわかるだろ。何年この仕事してんだ!」

「悪い。でも、「君に会えたら」の俺の解釈が間違ってたことに気づいたんだ」

「でも、片桐さんからOK出てるだろ!」

「でも違ったんだ」

「だめだ、第一話の撮り直しは絶対にムリだ!」



私と桃野くんが会議室に入ろうとしていた時、そんな2人の会話が聞こえてきた。

「川上さん、心配しなくても大丈夫ですよ。私が読んでOK出してるんですから」

「いや違う! 俺は「君に会えたら」を・・・絢ちゃんの気持ちを、ちゃんとわかってなかった!」


真剣な瞳で訴え続ける川上さん。

そこまで考えてくれていることが、正直嬉しかった。

でも。

「本当に大丈夫です。書いた時は気が付いてなかったかもしれないけど、川上さんはちゃんと直感でわかっていて、私の意図が見事に正しく脚本に反映されていましたから」



それは本当のこと。

だからこそ、私は川上さんのことを凄い脚本家だと思ったんだから。

「それは違う!少なくともそれは俺のやり方じゃない!実際あれから・・・俺の中で「君に会えたら」の見え方が確実に違う。今の俺が書いたら、耕介の台詞も表情も前とは違ってくる」



「じゃあ第2話から書き直しましょう?私も協力しますから。脇さん、それでいいですか?」

「でも第2話の収録は3日後だから・・・」

「川上さん、今日と明日は徹夜ですね?ふふっ」

「絢ちゃん頼むよ。あと・・・最終回は俺の書きたいように書かせてくれないか?」

「いいですよ」


私がそう即答したから、脇さんも桃野くんも驚いていた。

私は・・・「君に会えたら」の意図を理解した川上さんなら、彼が描く最終回がどんなものであれ、大丈夫だろうと思ってOKした。


私は川上さんを信頼しているんだと思う。

特に、今の彼なら、片桐純の描く世界をちゃんと表現してくれるだろうって。



私の気持ちが伝わったのか、川上さんはとても嬉しそうに笑った。

そして、

左手を私の頬にのせ、何度も何度も右の指で私の前髪を梳いた。


その時、私は気づかなかった。

いつもだったら「仕事中ですよ!離れてください!」って、川上さんと私の間に入ってくれる桃野くんが、ただそこに立ちつくしていたことを。




その後すぐ、川上さん、桃野くん、そして私は、脇さんが用意してくれたホテルに向かう。

メゾネットタイプの広い一室。

到着するとすぐに川上さんはノートパソコンを引っ張りだし、作業を始めた。



「まだ間に合うから・・・ちゃんと俺に耕介の気持ちを語って」


予想通りではあったのだけれど、川上さんは私と全く同じで・・・

仕事に集中している間は、寝食を忘れてしまう人だった。


そして今回は、その川上さんに私もとことん付き合った。

それは川上さんが私と一緒に第2話を完成させることを望んだから。


「第3話以降のためにも、俺はここでちゃんと理解しておきたい・・・絢ちゃんの恋心を直接聞かされるのはキツイけど。ま、完全に仕事モードに入ったら、そういう個人的なことは忘れるから・・・」




川上さんと2人で入る、1つの妄想の世界。

それはものすごく不思議な体験。

桃野くんが出入りしてるにも関わらず、私も川上さんもまるで、自室で仕事をしてるかのように完全にトリップしていた。

だから、2人がどうやって会話をして、どう仕事を進めていたのか、桃野くんが運んでくれていた食事や飲み物を取っていたのかさえ、よく覚えていない。

でも、撮影の前日の昼前、第2話の脚本はちゃんと完成した。



「絢ちゃんが俺と同類って本当だったんだな。今回は助かったけど」

いつものように、川上さんが私の前髪を梳く。

「言ったでしょう?2人でいたら破滅するって」

「まぁな。でも尚更、絢ちゃんと一緒にいたいと思った。いいじゃん2人で一緒だったら、破滅したってさ。あ~、絢ちゃんと一緒にトリップするの、すげぇ気持ちいい。あの中で絢ちゃんと死ねるならオレ本望★」

少し茶化した感じでそう言ったのは、川上さんの優しさだと思う。

桃野くんも傍にいたし。



一方桃野くんは、脱力して動けない私と川上さんの為に、帰る準備をしてくれていた。

私と川上さんはこの2日全く寝ていないけど、桃野くんには寝てもらっていた。

実際にちゃんと眠れたのかどうかはわからないけど。



「ね、今すぐぎゅっ、てしたい」

川上さんは私を引き寄せて、ソファーに倒れこみ、耳元で囁いた。

「このまま持ち帰ってもいい?一緒に寝ようよ。俺、マジで惚れなおしたから・・・今度はホントに、カラダごと一緒にトリップしよう?」

耳元にあった川上さんの息が首に落ちる。


「ち、ちょっと!川上さんっ!」


私の叫びを聞きつけた桃野くんが走ってきて、川上さんの頭をぽーんっとはたいた。

「何やってるんですか。帰りますよ?」


この時は、桃野くんはいつものように助けに来てくれた。





ホテルからはタクシーで帰ることにした。

歩いてもたいして時間はかからないけど、さすがに今日は気力も体力もなくてムリだったから。

川上さんもフラフラしながら、タクシーを待つ。


「川上さん、じゃ、また」

先にタクシーに乗り込もうとした時、川上さんが腕を掴んだ。


「どうしたんですか?」

「なんで聡美なの?」

「え?」


「ま、いいや今日は・・・今度、ちゃんと頭が動いてる時に改めて聞くよ。もう一回ちゃんと、頭の中整理したいしな」

桃野くんも私も、そう言い残して後ろに止まってるタクシーに向かった川上さんをしばらく見つめていた。




「とりあえず寝た方がいい」

マンションに着くなり、桃野くんは私を寝室に強制的に押し込む。


「桃野くんは?」

「俺も少し寝る」

「じゃ、ここで一緒に寝よ?」

「え?」

「いいでしょ?桃野くんにも前にしてあげたし」

「・・・」

「ダメなの?」

「・・・枕、持ってくる」


なんとなく、今は桃野くんに一緒にいてもらいたかった。

この2日間、ずっと3人だったから、2人きりになりたかったのかもしれない。



桃野くんが枕と一緒に戻ってきて、ゴロンと横に転がる。

「桃野くんがいてくれて助かったよ。川上さんと2人きりだったら、絶対にあそこで2人で死んでた。ふふっ。」

「そんなんで週刊誌に載りたくないよなぁ・・・絢ちゃん、本当にもう寝た方がいいよ」

桃野くんは後ろから私の腰に腕を回した。


「うん、お休み」

「お休み、絢ちゃん。お疲れさま」

「桃野くん・・・いろいろありがと」

私は目を閉じた。




次に目が醒めた時・・・あれ?

背中越しの桃野くんから寝息が聞こえてこない。

私は顔を少し上に向けて、桃野くんの様子を伺おうとした。


「絢ちゃん、よく眠れた?」


私の耳元のすぐ傍。

桃野くんの温かい息がかかって、ちょっとくすぐったい。

私は恥かしくなって、顔を元の位置に戻した。



「うん。よく眠れた。起きてたの?」

「ん」


腰に回っていた腕が、私の手首を掴む。

心なしか、さっきより距離が近い。




「コーヒー煎れるね」

桃野くんとの距離の近さに耐えられなくなって立ち上がろうとした時、桃野くんが手首を更に強く掴んだ。


「ねぇ、絢ちゃん・・・川上さんとなんかあった?」

え?

「何にもないよ?なんで?」


「・・・2人でいる時の雰囲気が前と違う・・・特に川上さん」

桃野くんは手首を握っていた手の力を緩め、私の五本の指の隙間に、自分の指を差し入れた。


「それはたぶん・・・川上さんが祐のことを知ったからじゃないかな」

「話したの?」

「ううん。河野さんの奥さんから聞いたって。同情されてるのかな?」

「そういうんじゃないと思う・・・もっとこう、腹を括った感じ。もう他のものは、見えてないっていうか・・・」



はぁっ、って軽くため息をつく桃野くん。

私には、桃野くんが言った言葉の意味も、ため息の意味もわかっていなかった。



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