【完結】君に会えたら

たいけみお

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Chapter 3:「集公舎訪問」

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【4月16日(月)】


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TOKYO CHIC 1998号

「君に会えたら」 第3話 掲載

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今日は珍しく、私が集公舎に向かっている。

でも会いに行くのは桃野くんではなくて、副社長の飯島さん。


「僕がそっちに出向くよ。片桐大先生にここまで来て貰ったらバチが当たるからね。がっはっは」

飯島さんはいつもの調子でそう言ったけど、お天気もいいし、お散歩がてら伺うことにした。



集公舎は日本の3大出版社の1つ。

銀座にある20階建の自社ビルは1年前に建った。

結構儲けてるんだろうと思う。



私は正面玄関を入り、だたっぴろいロビーのど真ん中にある受付に向かう。

ファッション雑誌なども出版しているせいなのか、受付のお姉さんはどうみてもモデル上がりの超美人。

胸元が大きくV字に開いた、真っ赤なワンピースからちらりと見える豊満な胸と、

同じく真っ赤で艶やかな唇がなんとも悩めかしい。


「飯島さんと4時に約束してる片桐ですが」

「伺っております」

お姉さんは内線で「片桐さまがお見えになられました」と誰かと話している。



「このままお進み頂き、突き当りのエレベーターで18階までお上がり下さい。降りたところで秘書の佐久間がお待ちしております」

お姉さんが私に向けた営業スマイルは最強。

私は顔を真っ赤にして、頭をぺこりと下げた。


こんな女性フェロモンの塊のような人を受付に置いておいて仕事になるのだろうか。

ちょっと集公舎の将来が心配になる。



エレベーターが開くと、そこには笑顔の佐久間さん。

「片桐先生、ご無沙汰しております」

「こちらこそご無沙汰してます。佐久間さんお元気でしたか?」


佐久間さんは飯島さんと同世代のおじさんで、直接お会いしたのは半年前に一度きり。

でも、電話では何度か話したことがある。

話し方が穏やかで、「いいひと」っていうのがにじみ出てる人。


そんな佐久間さんがいきなりモジモジしはじめた。

なんだろう?


「あの、実は・・・、私の妻と娘が「君に会えたら」の大ファンでして・・・」

「わぁ、嬉しいです!」

「不躾だとは思うんですが・・・書籍化されたらサイン頂けないでしょうか?家での私の地位向上にご協力頂けると非常に助かるのですが・・・」


副社長室へ向かいながら、佐久間さんは恥かしそうにそう話した。

「あはは。そんなんでよければ、お安いご用ですよ」



そんな佐久間さんと私の会話を止めたのは飯島さんだった。

「あー、絢ちゃん、こっちこっち!」

長い廊下の奥の方から私に手招きをしている。

副社長になっても、その大らかさは依然と全く変わらない。


「うわっ、この部屋すごい!」

初めての副社長室。

いわゆるデザイナーブランドでお洒落に整えられているこの部屋。

本来無精なはずの飯島さんも、ここでは洗練されて見えるから不思議。


「止めてくれよぉ。これも絢ちゃんのお陰なんだからさぁ」

「飯島さんの実力でしょ?それより今日は?」

「実は「TOKYO CHIC」の編集長に頼まれちゃって。吉岡さん知ってるよね?」



吉岡瑞穂、たぶん40代半ば。

「TOKYO CHIC」の奇抜で敏腕な女編集長として、業界ではかなりの有名人。

たまに評論や対談で、テレビにも登場する。


「なにを頼まれたんですか?」

「「TOKYO CHIC」で「片桐純」の特集を組みたいんだって」

「・・・ムリです」


「そう言うだろうって思って、吉岡さんも俺に頼んできたんだよ。絢ちゃんがインタビューを受けないのは有名だからね」

「じゃあ断ってください」

「僕はね、やってみたら面白いと思うんだな」

「ムリです」


「顔写真を出さなきゃいいじゃない。顔出ししたら、もっと人気出ると思うけどねぇ・・・まぁそこまでは求めないよ。とにかく吉岡さん、絢ちゃんの大ファンなんだって。いっぱい聞きたいことがあるって言ってたよ」

「本当にムリですって!それに世間様だって「片桐純」個人には興味ないですよ」

「わかってないな、絢ちゃんは。世間がどれだけ「片桐純」に注目してるのか」

「注目されなくていいんです!作品だけ読んでもらえたらそれでいいんです!」



飯島さんはふぅ、っと軽くため息をつくと、突然どこかへ電話をかけ始めた。

「あ、吉岡さん?ちょっと来てもらえる?うん、絢ちゃんが来てる。桃野くんも一緒に連れてきて?」


するとすぐに2人はやってきた。

仕立てのいい漆黒のパンツスーツにピンヒール。

いかにも仕事命って感じのオーラが出ている吉岡さんと、

いつも通りの(ゆるめの)桃野くん。

桃野くんは私の顔を見るなり、笑って手を振った。


「直接お話させて頂くのは初めてですよね。ようやくお会いできて光栄です。吉岡と申します」

慣れた手つきで名刺を差し出す吉岡さん。

「TOKYO CHIC」の編集部は大勢のスタッフに支えられていて、おまけに私には桃野くんがいるから、今まで吉岡さんと直接話す機会はなかった。

・・・というより、基本的に私が、限られた人たちとしか接触したくないんだけなんだけど。


「来るなら先に連絡くれればよかったのに。ま、たまたまデスクにいたからよかったけどさ」

「結局こうやって会ってるんだからいいじゃない」

こんな私と桃野くんのやり取りに、飯島さんと吉岡さんは苦笑しているのが見える。



「吉岡さん、僕じゃインタビューの件は説得できそうにないですよ」

飯島さんが申し訳なさそうに吉岡さんを見つめる。


「どんなインタビューなんですか?」

ソファーに座りながら吉岡さんに尋ねる桃野くん。


「天才「片岡純」の人間像、作品の土壌になってる根本的な部分を掘り起こしたいと思ってるんだけど」

「それはみんな読みたいだろうな。「君に会えたら」も評判いいからタイミングもいいし」

「でしょう?私の周りも、そういう内容だったら是非読みたいって言ってるのよね」

3人は私のインタビューの話で盛り上がっていた。



―――もちろん、私抜きで。



・・・はぁ。



私は大きく、でも3人には聞こえないように溜息をついて、ソファーから静かに立ちあがった。

「あの、インタビューは本当にムリなので。「片桐純」個人に関するものは全てお断りしています。ご協力できなくてすみません」


飯島さんと吉岡さんにはできる限り丁寧にお辞儀をして、でも逃げるように、振り返ることなく部屋を去る。

背後で3人は、突然のことにあっけにとられた様子。


副社長室を出たところのオープンスペースで仕事をしていた佐久間さんは、私と入れ違いに慌てて部屋の中に入って行った。

きっと、無表情な私を見て、驚いたんだと思う。





「待って!絢ちゃん!!」

閉まりかけていたエレベーターのドアをこじ開け、乗りこんできたのは桃野くん。



「ごめん・・・」

「なんで桃野くんが謝るの?」

「なんていうか・・・きっと、嫌な気分になったよね」


なんだかんだ言って、桃野くんはとても優しい。

私だって出来ることならいくらでも協力したいと思う。


でも、こればっかりはムリ。

「片桐純」個人のことは絶対にムリ。




「ね、今からコーヒー飲みに行ってもいい?」


いつもと違って今日はなんとなく、

私のことを心配してそう言ってくれてる気がする。



「別にいいけど・・・、まだ仕事中じゃないの?」

「大丈夫。荷物取ってくるからロビーで待ってて」

桃野くんはデスクのある3階でエレベーターを降り、私はそのまま1階に向かう。


受付には相変わらず、あのフェロモン全開の受付嬢。

友達にはなれそうにないけど、本当に綺麗。

髪も肌も艶々。




「お待たせ、絢ちゃん」

その瞬間、受付嬢が声をかけてきた。

私にではなく、桃野くんに。



「陸、今日は何時に帰社?」

「そんなの言う必要ないし。さ、絢ちゃん行こう」

その瞬間、受付嬢は私をキッと睨んだ。


これはきっと、世間一般に言う「牽制」なんだと思う。

「陸」なんて、桃野くんの名前をわざわざ使ってるし。


その瞬間、それ見逃さなかった桃野くんは、受付嬢を睨み返した。

「てめぇ、ふざけんなよ」



それは、私が今まで見たことのない、

絶対零度の桃野くんだった。




集公舎からアシュフィを通り越して、マンションに向かう私たち。

桃野くんはかなり速足。

早くあの場所から離れたい。

そんな感じ。


チビの私は、ノッポの桃野くんの歩幅に到底追いつけなくて、桃野くんの革のメッセンジャーバックを慌てて掴んだ。

「と、桃野くん。もうちょっとゆっくり歩いて・・・」

「あ、絢ちゃんごめん!」


桃野くんは頭を掻いて、ゆっくり歩き出した。

どうやら私の知ってる桃野くんに戻ってくれたみたい。




「あの受付の人、桃野くんの彼女?」

「は?冗談はやめてくれよ・・・」


「じゃ、桃野くんのことよっぽど好きなんだね。私に睨むくらいだもんね・・・」

「ごめん、またイヤな思いをさせたよな・・・はぁ、今日はホント最悪・・・」

「気にしなくていいって。桃野くんのせいじゃないよ」


「・・・俺のせいだよ。俺がちゃんとしてたら、絢ちゃんにこんな思いさせなくて済んだのに。ごめん・・・俺、押しに弱くて。ホント情けねぇ」

押しに弱い?


「どういうこと?」

「俺さ、押されまくられるとそのうち面倒くさくなっちゃって付き合っちゃうんだよ。もう自分でも笑えるくらいそのパターンばっか。あのコもそんな感じで3か月くらい一緒にいたんだ・・・もう2年くらい前の話だけど」

「へぇ。綺麗な人だよねぇ」


「俺が入社した頃あのコは集公舎の雑誌のモデルをしてて・・・捕まっちゃったんだよね」

「っていうか桃野くん、付き合ってた人なのにヒドイ言い方じゃない?」

私はちょっと呆れた。


「仕方ないよ、それが事実なんだし。それにそれ以来、あのコには本当にひどい目に合ってるんだから。もう勘弁してほしいよ。なんで受付嬢やってるんだろ?早く辞めてくれないかな」

それはきっと、桃野くんの傍にいたいからだよ、と思ったけど言わなかった。

桃野くんはかなり、恋愛に冷めてる人なのかもしれない。



「とにかく…今日はいろいろごめん」

「大丈夫だよ。全然気にしてないから。桃野くんも気にしないで?」

「・・・あのさ、今度来る時は、絶対に先に俺に連絡して。そしたら、受付通さなくても中に入れるから」

「・・・わかったよ。そうするね」

私の返事に、桃野くんは満足そうに微笑みながら呟いた。


「こんなつまんないことで、絢ちゃんに嫌な思いをさせたくないからさ」




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