【完結】君に会えたら

たいけみお

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Chapter 1:「コーヒーとプリン」

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【4月2日(月)】


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TOKYO CHIC 1996号

「君に会えたら」 第1話 掲載

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今日発売の「TOKYO CHIC」から、「片桐純」の新連載小説が始まった。

小説のタイトルは「君に会えたら」。


銀座の洋菓子店「zucca」でバイトをする聡美に恋をする、耕介のストーリー。

完璧、純愛モノ。



耕介は甘いものが苦手なのにも関わらず、週に数回スーツ姿で「zucca」に通う。

それは「zucca」でバイトをしている聡美の笑顔を見るため。

聡美の笑顔は耕介を癒し、幸せな気分にしてくれるから。


「zucca」で働いていること以外、聡美のことを何もしらない耕介は次第に、もっと聡美のことを知りたいと思い始める。

でも、恋に不器用で、更に事情を抱えた彼は、なかなか聡美との距離を縮められない。


・・・というのが、今日の第一話のお話。





この連載を練り始めた去年11月から、私はネタ収集のために「アシュフィ」で週に1-2回手伝いをさせてもらっている。

知り合いの智志さんと陽子にこっちから頼んだんだから、もちろんバイト代はもらってない。

その代わり、桃野くんの大好物(もちろん私も好きだけど)、アシュフィ特製プリンを貰って帰る。


「手伝うと、毎回プリンが10個貰えるんだよ」と言ったら、桃野くんは子供のようにはしゃいでいた。

あの、桃野くんの喜びよう、アシュフィのプリンへの執着はものすごい。

とにかく、10個貰ってきても、あっという間に無くなってしまうほどの執着なのだ。

私の入れるコーヒーへの執着もすごいけど。




ちなみにこのプリン、そこらへんのプリンとは訳が違う。

シルクのような、なめらかな舌触り。

濃厚だけど後に残らない上品さ。

少しビターなカラメル。

そして、

多すぎず少なすぎず、計算されつくした絶妙な分量。



だからこのプリンは、アシュフィで1、2を争う人気商品。

運が悪いと売り切れていて、せっかく足を運んでも買えないくらい。

そんなプリンを、私のために確保しておいてくれるというのだから、桃野くんが喜ぶのもわからないことはない。




今日は手伝った後、陽子と2人、アシュフィの庭のベンチでおしゃべりをしていた。

智志さん曰く、私がアシュフィにいる時を狙って、陽子も来るのだと言う。


ちなみに陽子は私より5つ上。

私の最初で最後のカレ、祐(ゆう)の姉。



「ね、絢はいつまで手伝ってくれるの?」

「連載は来年の3月までだけどその前に仕上げてしまうから、今のペースだと秋か年末くらいかな」


「そっかぁ、絢がここにいてくれると、楽しいんだけどな」

「うん、私もすっごく楽しい。でも、私は物書きだから」

「わかってるって」


陽子はポットでむらしていたハーブティーを、

2つの真っ白なティーカップに注ぐ。




「ところで、桃野くんとはどうなってるの?」

「どうって?」

「仲いいじゃない?」


陽子がニヤニヤしてるところに、噂の人がやってきた。


「噂をすれば」

「陰口ですか?!」

桃野くんは陽子に微笑んだ。



「桃野くん、昨日原稿渡したのに何の用?」

「何の用って・・・ひどいなぁ。ま、安心して。今日は仕事じゃないよ。アシュフィにケーキ買いに来たんだ」

「ケーキ?桃野くん、甘いもの好きじゃないのに?」

「差し入れ。会社の女の子たちに」




「へぇ意外。桃野くんもそんな人気とりみたいなことするんだ」

陽子がものすごく驚いた顔をしてる。


「そんなんじゃないですよ。「TOKYO CHIC」編集部のコたちは「zucca」が「アシュフィ」だって知ってるから、ここのケーキが食べたいってすげぇうるさくて仕方なく・・・」

桃野くんは、ホントうんざり、っていう表情で軽くため息をついた。


「それだったらちょっと待ってて?ちょうど、集公舎に差し入れしたいって智志が言ってたから」

陽子は駆け足でお店の中に入って行った。





「ね、絢ちゃん。後でコーヒー飲みに行っていい?」

桃野くんは目の前で頬杖をついて、怪しげに微笑んでいる。


「ウチは喫茶店じゃないんですけど?」

「そんなこと言わないでよ。絢ちゃんのコーヒーがこの世で一番おいしいんだからさ。コーヒー代払うし」


「コーヒー代なんていらないけど」

「じゃ、プリン代払うよ」


「それこそ貰い物だから、プリン代なんていらないし」

「頼むよ。絢ちゃんのコーヒーとアシュフィのプリンは、俺を幸せにするんだ!」

桃野くんは両手を顔の前で合わせた。



「そんな大袈裟な」

「大袈裟じゃないよ。本当なんだって!」


桃野くんはまだ手を合わせたまま。

右瞼だけゆっくり開けて、私の様子を窺っている。


「・・・そんなんで桃野くんが幸せになるんだったら、いつでも来ればいいし」



そう言うと桃野くんは、まるで(狂ったように尻尾を振る)子犬のような目をしてこう言った。

「マジで?!いつでも?!俺いま、死ぬほど嬉しい!すっげぇ幸せなんだけど!」

「・・・桃野くんって単純だよね」



そんな笑顔を見せられたら、

誰も何にも言えなくなっちゃうこと、

この人は全然わかっていない。


天然と言うか、

自分のことをよくわかってないというか、

無邪気というか・・・



中から出てきた智志さんは、大量のケーキが入った箱を両手に抱えていた。

「ケーキを会社に置いたらすぐ戻ってくるから、ここで待ってて」

その後に待っているコーヒーとプリンに胸を躍らせて、桃野くんはニコニコしながら、智志さんと共に集公舎に向かっていった。



2人の姿が見えなくなり、プリンの箱を持った陽子が戻って来た。

「桃野くん、いいと思うんだけどなぁ」

私の気持ちを見透かしたようないい方だったけど、私は返事をしなかった。




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