2 / 62
Chapter 1:「コーヒーとプリン」
しおりを挟む
【4月2日(月)】
*******************************
TOKYO CHIC 1996号
「君に会えたら」 第1話 掲載
*******************************
今日発売の「TOKYO CHIC」から、「片桐純」の新連載小説が始まった。
小説のタイトルは「君に会えたら」。
銀座の洋菓子店「zucca」でバイトをする聡美に恋をする、耕介のストーリー。
完璧、純愛モノ。
耕介は甘いものが苦手なのにも関わらず、週に数回スーツ姿で「zucca」に通う。
それは「zucca」でバイトをしている聡美の笑顔を見るため。
聡美の笑顔は耕介を癒し、幸せな気分にしてくれるから。
「zucca」で働いていること以外、聡美のことを何もしらない耕介は次第に、もっと聡美のことを知りたいと思い始める。
でも、恋に不器用で、更に事情を抱えた彼は、なかなか聡美との距離を縮められない。
・・・というのが、今日の第一話のお話。
この連載を練り始めた去年11月から、私はネタ収集のために「アシュフィ」で週に1-2回手伝いをさせてもらっている。
知り合いの智志さんと陽子にこっちから頼んだんだから、もちろんバイト代はもらってない。
その代わり、桃野くんの大好物(もちろん私も好きだけど)、アシュフィ特製プリンを貰って帰る。
「手伝うと、毎回プリンが10個貰えるんだよ」と言ったら、桃野くんは子供のようにはしゃいでいた。
あの、桃野くんの喜びよう、アシュフィのプリンへの執着はものすごい。
とにかく、10個貰ってきても、あっという間に無くなってしまうほどの執着なのだ。
私の入れるコーヒーへの執着もすごいけど。
ちなみにこのプリン、そこらへんのプリンとは訳が違う。
シルクのような、なめらかな舌触り。
濃厚だけど後に残らない上品さ。
少しビターなカラメル。
そして、
多すぎず少なすぎず、計算されつくした絶妙な分量。
だからこのプリンは、アシュフィで1、2を争う人気商品。
運が悪いと売り切れていて、せっかく足を運んでも買えないくらい。
そんなプリンを、私のために確保しておいてくれるというのだから、桃野くんが喜ぶのもわからないことはない。
今日は手伝った後、陽子と2人、アシュフィの庭のベンチでおしゃべりをしていた。
智志さん曰く、私がアシュフィにいる時を狙って、陽子も来るのだと言う。
ちなみに陽子は私より5つ上。
私の最初で最後のカレ、祐(ゆう)の姉。
「ね、絢はいつまで手伝ってくれるの?」
「連載は来年の3月までだけどその前に仕上げてしまうから、今のペースだと秋か年末くらいかな」
「そっかぁ、絢がここにいてくれると、楽しいんだけどな」
「うん、私もすっごく楽しい。でも、私は物書きだから」
「わかってるって」
陽子はポットでむらしていたハーブティーを、
2つの真っ白なティーカップに注ぐ。
「ところで、桃野くんとはどうなってるの?」
「どうって?」
「仲いいじゃない?」
陽子がニヤニヤしてるところに、噂の人がやってきた。
「噂をすれば」
「陰口ですか?!」
桃野くんは陽子に微笑んだ。
「桃野くん、昨日原稿渡したのに何の用?」
「何の用って・・・ひどいなぁ。ま、安心して。今日は仕事じゃないよ。アシュフィにケーキ買いに来たんだ」
「ケーキ?桃野くん、甘いもの好きじゃないのに?」
「差し入れ。会社の女の子たちに」
「へぇ意外。桃野くんもそんな人気とりみたいなことするんだ」
陽子がものすごく驚いた顔をしてる。
「そんなんじゃないですよ。「TOKYO CHIC」編集部のコたちは「zucca」が「アシュフィ」だって知ってるから、ここのケーキが食べたいってすげぇうるさくて仕方なく・・・」
桃野くんは、ホントうんざり、っていう表情で軽くため息をついた。
「それだったらちょっと待ってて?ちょうど、集公舎に差し入れしたいって智志が言ってたから」
陽子は駆け足でお店の中に入って行った。
「ね、絢ちゃん。後でコーヒー飲みに行っていい?」
桃野くんは目の前で頬杖をついて、怪しげに微笑んでいる。
「ウチは喫茶店じゃないんですけど?」
「そんなこと言わないでよ。絢ちゃんのコーヒーがこの世で一番おいしいんだからさ。コーヒー代払うし」
「コーヒー代なんていらないけど」
「じゃ、プリン代払うよ」
「それこそ貰い物だから、プリン代なんていらないし」
「頼むよ。絢ちゃんのコーヒーとアシュフィのプリンは、俺を幸せにするんだ!」
桃野くんは両手を顔の前で合わせた。
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ。本当なんだって!」
桃野くんはまだ手を合わせたまま。
右瞼だけゆっくり開けて、私の様子を窺っている。
「・・・そんなんで桃野くんが幸せになるんだったら、いつでも来ればいいし」
そう言うと桃野くんは、まるで(狂ったように尻尾を振る)子犬のような目をしてこう言った。
「マジで?!いつでも?!俺いま、死ぬほど嬉しい!すっげぇ幸せなんだけど!」
「・・・桃野くんって単純だよね」
そんな笑顔を見せられたら、
誰も何にも言えなくなっちゃうこと、
この人は全然わかっていない。
天然と言うか、
自分のことをよくわかってないというか、
無邪気というか・・・
中から出てきた智志さんは、大量のケーキが入った箱を両手に抱えていた。
「ケーキを会社に置いたらすぐ戻ってくるから、ここで待ってて」
その後に待っているコーヒーとプリンに胸を躍らせて、桃野くんはニコニコしながら、智志さんと共に集公舎に向かっていった。
2人の姿が見えなくなり、プリンの箱を持った陽子が戻って来た。
「桃野くん、いいと思うんだけどなぁ」
私の気持ちを見透かしたようないい方だったけど、私は返事をしなかった。
*******************************
TOKYO CHIC 1996号
「君に会えたら」 第1話 掲載
*******************************
今日発売の「TOKYO CHIC」から、「片桐純」の新連載小説が始まった。
小説のタイトルは「君に会えたら」。
銀座の洋菓子店「zucca」でバイトをする聡美に恋をする、耕介のストーリー。
完璧、純愛モノ。
耕介は甘いものが苦手なのにも関わらず、週に数回スーツ姿で「zucca」に通う。
それは「zucca」でバイトをしている聡美の笑顔を見るため。
聡美の笑顔は耕介を癒し、幸せな気分にしてくれるから。
「zucca」で働いていること以外、聡美のことを何もしらない耕介は次第に、もっと聡美のことを知りたいと思い始める。
でも、恋に不器用で、更に事情を抱えた彼は、なかなか聡美との距離を縮められない。
・・・というのが、今日の第一話のお話。
この連載を練り始めた去年11月から、私はネタ収集のために「アシュフィ」で週に1-2回手伝いをさせてもらっている。
知り合いの智志さんと陽子にこっちから頼んだんだから、もちろんバイト代はもらってない。
その代わり、桃野くんの大好物(もちろん私も好きだけど)、アシュフィ特製プリンを貰って帰る。
「手伝うと、毎回プリンが10個貰えるんだよ」と言ったら、桃野くんは子供のようにはしゃいでいた。
あの、桃野くんの喜びよう、アシュフィのプリンへの執着はものすごい。
とにかく、10個貰ってきても、あっという間に無くなってしまうほどの執着なのだ。
私の入れるコーヒーへの執着もすごいけど。
ちなみにこのプリン、そこらへんのプリンとは訳が違う。
シルクのような、なめらかな舌触り。
濃厚だけど後に残らない上品さ。
少しビターなカラメル。
そして、
多すぎず少なすぎず、計算されつくした絶妙な分量。
だからこのプリンは、アシュフィで1、2を争う人気商品。
運が悪いと売り切れていて、せっかく足を運んでも買えないくらい。
そんなプリンを、私のために確保しておいてくれるというのだから、桃野くんが喜ぶのもわからないことはない。
今日は手伝った後、陽子と2人、アシュフィの庭のベンチでおしゃべりをしていた。
智志さん曰く、私がアシュフィにいる時を狙って、陽子も来るのだと言う。
ちなみに陽子は私より5つ上。
私の最初で最後のカレ、祐(ゆう)の姉。
「ね、絢はいつまで手伝ってくれるの?」
「連載は来年の3月までだけどその前に仕上げてしまうから、今のペースだと秋か年末くらいかな」
「そっかぁ、絢がここにいてくれると、楽しいんだけどな」
「うん、私もすっごく楽しい。でも、私は物書きだから」
「わかってるって」
陽子はポットでむらしていたハーブティーを、
2つの真っ白なティーカップに注ぐ。
「ところで、桃野くんとはどうなってるの?」
「どうって?」
「仲いいじゃない?」
陽子がニヤニヤしてるところに、噂の人がやってきた。
「噂をすれば」
「陰口ですか?!」
桃野くんは陽子に微笑んだ。
「桃野くん、昨日原稿渡したのに何の用?」
「何の用って・・・ひどいなぁ。ま、安心して。今日は仕事じゃないよ。アシュフィにケーキ買いに来たんだ」
「ケーキ?桃野くん、甘いもの好きじゃないのに?」
「差し入れ。会社の女の子たちに」
「へぇ意外。桃野くんもそんな人気とりみたいなことするんだ」
陽子がものすごく驚いた顔をしてる。
「そんなんじゃないですよ。「TOKYO CHIC」編集部のコたちは「zucca」が「アシュフィ」だって知ってるから、ここのケーキが食べたいってすげぇうるさくて仕方なく・・・」
桃野くんは、ホントうんざり、っていう表情で軽くため息をついた。
「それだったらちょっと待ってて?ちょうど、集公舎に差し入れしたいって智志が言ってたから」
陽子は駆け足でお店の中に入って行った。
「ね、絢ちゃん。後でコーヒー飲みに行っていい?」
桃野くんは目の前で頬杖をついて、怪しげに微笑んでいる。
「ウチは喫茶店じゃないんですけど?」
「そんなこと言わないでよ。絢ちゃんのコーヒーがこの世で一番おいしいんだからさ。コーヒー代払うし」
「コーヒー代なんていらないけど」
「じゃ、プリン代払うよ」
「それこそ貰い物だから、プリン代なんていらないし」
「頼むよ。絢ちゃんのコーヒーとアシュフィのプリンは、俺を幸せにするんだ!」
桃野くんは両手を顔の前で合わせた。
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないよ。本当なんだって!」
桃野くんはまだ手を合わせたまま。
右瞼だけゆっくり開けて、私の様子を窺っている。
「・・・そんなんで桃野くんが幸せになるんだったら、いつでも来ればいいし」
そう言うと桃野くんは、まるで(狂ったように尻尾を振る)子犬のような目をしてこう言った。
「マジで?!いつでも?!俺いま、死ぬほど嬉しい!すっげぇ幸せなんだけど!」
「・・・桃野くんって単純だよね」
そんな笑顔を見せられたら、
誰も何にも言えなくなっちゃうこと、
この人は全然わかっていない。
天然と言うか、
自分のことをよくわかってないというか、
無邪気というか・・・
中から出てきた智志さんは、大量のケーキが入った箱を両手に抱えていた。
「ケーキを会社に置いたらすぐ戻ってくるから、ここで待ってて」
その後に待っているコーヒーとプリンに胸を躍らせて、桃野くんはニコニコしながら、智志さんと共に集公舎に向かっていった。
2人の姿が見えなくなり、プリンの箱を持った陽子が戻って来た。
「桃野くん、いいと思うんだけどなぁ」
私の気持ちを見透かしたようないい方だったけど、私は返事をしなかった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる