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29、王太子の番

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「王太子殿下…やりすぎですよ……」

 執務室のソファーにはグッタリと寝入っているリシュリーがいる。側には神官マートが控えていて心配そうに様子を伺っているようだ。神官マートは王太子の執務室前に溜まっていた貴族達を散らす事に尽力していてくれた。何があったのか察しのいい側付き達は何も言わずとも対処は完璧で、全てが終わった後に神官マートを伴い入室してきたのだ。
 しかし王太子のお世話という対応は完璧でも小言は別だろう。一国の王太子が真昼間の執務室で一体何をやっているのか、と責められても致し方がない。ただでさえ、反王政の者達の目が厳しい王城内での出来事なのだ。揚げ足を取られる様な行動は慎んでこそだと声を大にして言いたいだろう。

「…………」

 すやすや眠るリシュリーはいつもと変わらない様に見え、先程も元気そうだった。しかし王城内に溢れる様な悪意は感じていると言う。いなくなってしまった精霊達、それを考えたらサージェスは一瞬恐怖を覚えたのだ。

 このまま悪意に飲まれて、先の精霊達の様にリシュリーが居なくなったら?このまま力を使い果たした精霊達の様に跡形もなく消えてしまったら?

 王太子としての立場も矜持も十分すぎるほど理解していて、この腐り行く国を何とかしようと行動を起こし、先日は軟禁騒ぎまでに至った。王城で反王政派に力を握られることは国の未来が無くなることと理解もしている。

 けれども、それでも駄目だった。
 消えて欲しくはないと、悪意に飲まれて消されてしまいたくはないと、心から願ってしまった。自分の思いがリシュリーを留める事になるのならば心の底からそう願う…


 輝く銀の髪に深い紫の瞳を持つ者、リシュリーの存在は瞬く間に城内に広まっていく。それは邪教の証、災を国へと運び入れる邪教徒の姿。長年そう教えて来られた者達の頭の中では、邪教徒に取り憑かれてしまった王太子の不甲斐なさが浮上してくる。病床の王に代わって国を精力的に収めて来たと言っても現実はその結果芳しくは無く、王家に対する求心力は地に落ちようとしている所であるのに、邪教徒を庇おうとする最悪の事態が起こったからだ。

「王家の威信など、私が生まれた時にはもう無かっただろう?」

 サージェスが幼い時から王家は貴族達から冷たい目で見られていた。それは王家の王達が持つ精霊の血の影響から出るその姿が問題であった。リシュリーに言わせれば薄くはなったと言っても精霊王の血が入った王家の王達は、精霊王の姿を継いでいる。それは髪の色や瞳の色に顕著に表れて来たもので、それを逆手に取られ裏では王家こそ国を滅ぼす凶兆などと囁かれてきたのだ。王家を解体し、新しい国を作ろうと宰相側は提案する。そんな事をすれば、貴族達が我先にと実権を握ろうと争いが起こるのは目に見えている。まだ王に忠誠を尽くすべき王政である国だから、諸外国に付け入られない様に体裁を保っているに過ぎないのだと、サージェスはよく知っていた。

「それでも、明日からはうるさくなるでしょうね…」

 リシュリーを引き出し処分せよと、きっとどの様な身分なのか詮索も無く詰め寄ってくるに違いないのだから。

「今までも変わらんさ…しかし、こちらは流れを変えたいものだ。」

「なんと言っても、この方は王家の方々よりも濃い精霊王のお血筋ですゆえ…!」

 リシュリーの側に控えている神官マートが、祈りを中断して顔を上げそう宣言する。

 王太子サージェスも何度か精霊のその幻のような力を見ている。地下牢に閉じ込められていた騎士の渇きを癒してくれたのは紛れもないリシュリーだからだ。あの場にいた騎士達はきっと心からの忠誠をリシュリーに捧げてくれるだろう。

 問題は力があっても頭が硬い者達貴族達だった。

「いくら王家でも、貴族家全ての意向を無視する事は難しい事です。」

 その通り、全てもしくは過半数の貴族達がリシュリーの引き渡しを望むのならば、王家の滅亡とリシュリーの命を天秤にかける事を避けられなくなる。

「逃げてしまうか……」

 そんな事になったら、一人の男として…

 全く現実的ではない意見が頭を掠めるが、それはただ掠めただけだ。サージェスは王太子だ。何が自分の仕事、使命か魂に刻まれている様に明確に把握しているのだから。
 
「貴方様が?あり得ない事ですけど、男としては見てみたいものですね。」

 ここでニヤリと笑ってサージェスの話に乗ってこようとする側近は腹が座っているだろう。絶対にそんな事は起こらないと、確信を持って夢物語を話すのだから…









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