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15、失踪 5
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「殿下……お怪我は?」
ピチョン…ピチョン…と何処から水の滴る音がする。ここは暗く、かび臭く、陰鬱な雰囲気が漂う地下牢である。
目覚めてみれば、両手足は既に拘束されており、得意の得物は取り上げられているという始末。共にいた側近達は同房に居らず、呻く声や物音で他に誰かがいるだろうと言う気配のみを伝えてくるのみだった。
その中で1人の従者の掠れた声がする。どうやら自分のすぐ側の房に入れられている様で、怪我をしているのだろうかその声に張りがない。
「タースクか…?動けぬが、大した怪我はない…」
「宜しゅうございました…」
「他の者はどうした…?」
宰相が所有の邸を見張る為に森での潜伏中、王太子一行は闇夜に紛れて不意打ちを食らったのである。元々少数精鋭での行動で多勢に無勢では王太子に勝ち目はなかった。
「わかりませぬ…離れて待機していたのが功を奏しましたのでしょう。数名は逃げ果せたかと…」
「そうか………」
少なくともここから離れた者がいるのならば援軍を呼べる可能性が出てきたわけだ。一国の王太子の拉致だ。そう簡単には人質は処刑などされないだろう。今後王太子の身柄は神殿をコントロールする為に必ず必要になるはずだからだ。
精霊を祀る神殿…このマランダ王国にも大小合わせて数多くの神殿があったとかつての文献には記録されている。しかしその殆どが見せしめの為に打ち壊され、現在残されているのは王都にある大神殿のみとなった。王家と深い関わりのある精霊を祀る神殿だ。王家主催の催事に国事に関して、形式的にではあるが王家の仮初の威信の為にも神殿の存在はいまだに不可欠なのだ。完全にマランダ王朝の血筋が絶えてしまわない限り、王家の力を削ぐ事は諸外国に対しても示しがつかなくなる。形式上の名ばかりの神殿と言う暗黙の了解の元、その神殿は存在を許されている様な状況であった。
国民からは反感を買う様な精霊信仰の根底にある神殿だが、大昔から代々伝わる文化はやはり根本に神殿の存在が不可欠で、いくら庶民に精霊信仰に反感を植え付けたとしても、切っても切れない存在なのである。そして王家の立太子、即位に関しても神殿は深く関与している。その神殿の発言、主張を完全に反精霊信仰者側の思惑通りにコントロールする為に王太子の存在を掌握するのは反精霊信仰側の悲願とも言えるだろう。
「なんとか…殿下だけでも……」
「バカを言うな…!私は殺されはしないが、お前は違うだろう…皆んな一緒にここから生きて出るぞ…!間違っても自分が犠牲になろうとするなよ!私はまだ諦めてはいないのだ!」
苦しい状況からでる力強い発言。これこそマランダ王国を率いて行く次期国王に相応しい…いくら犠牲が出ようとも、命懸けになろうとも必ずしも殿下だけはここから出す!!王太子の顔の見えぬところで良かった。勘の良い殿下の事だ。今の臣下の表情を見たら何かを悟ってしまうだろうから…
「それを聞いて安心いたしました。」
「こうなったのならば、できるだけ情報を集めるぞ…」
「了解いたしました。内部に入れたわけですしね。」
「そう言う事だな。」
どうやって中に潜入するかを考えあぐねた結果なのだから、情報を得る機会ととらえるべし…そして、1人も欠けることなくここから出るのだ。大神殿側からも国王の快癒の為に何度も神官達が王宮に訪れてくるだろう。そこに王太子がいない事に気がつくはずである。まだ神殿側は王族側についている。それならばいなくなった王太子を探す為に独自に動くとも考えられる。
まだだ…まだ…望みは尽きていない………
「目も当てられんなぁ~~これ………」
この森1番の大木の上、月明かりを背にしてリシュリーが見下ろすのは、枯れ果てて行こうとしている森の姿……まるで、死期を告げられた重病人の様にも見える。
「森が死ぬって、中々ない事なのに……」
失笑の奥にはグッと噛み締めて耐える悔しさがある。
「もっと早く来ていたらよかったのか…」
後悔しても、小さい精霊達がゆっくり首を振っている様に、それは無理な事だった…人間界がこんなで、リシュリーが人型を取れるまでに力を蓄えることさえ難しい事だったから…だから、時間が掛かってしまったのだ。
上から枯れかけた森を見渡しても妖精の力を持ったそれらしい人物は見当たらない。それよりも、チラホラと動き回る人らしい気配はある。
「あれの、どれかか?」
ん~~、と目を細めても所詮は細く薄い精霊の気配のみ。ここにいた形跡はあるのだからアレらのうちのどれかであってもおかしくは無いのだが、断定ができないでいる。
「ちっがうよな?」
人間、それも普通のだよね?
よく見ると、見れば見るほど凡人にしか見えない。けれどもここに残った形跡を辿っている様に動いている様にも見えて、全くの無関係とも言い難い。
「何あいつら?」
分からん!これがリシュリーの答えだった。分からんものは仕方がない。意を決して木から降りる………
ピチョン…ピチョン…と何処から水の滴る音がする。ここは暗く、かび臭く、陰鬱な雰囲気が漂う地下牢である。
目覚めてみれば、両手足は既に拘束されており、得意の得物は取り上げられているという始末。共にいた側近達は同房に居らず、呻く声や物音で他に誰かがいるだろうと言う気配のみを伝えてくるのみだった。
その中で1人の従者の掠れた声がする。どうやら自分のすぐ側の房に入れられている様で、怪我をしているのだろうかその声に張りがない。
「タースクか…?動けぬが、大した怪我はない…」
「宜しゅうございました…」
「他の者はどうした…?」
宰相が所有の邸を見張る為に森での潜伏中、王太子一行は闇夜に紛れて不意打ちを食らったのである。元々少数精鋭での行動で多勢に無勢では王太子に勝ち目はなかった。
「わかりませぬ…離れて待機していたのが功を奏しましたのでしょう。数名は逃げ果せたかと…」
「そうか………」
少なくともここから離れた者がいるのならば援軍を呼べる可能性が出てきたわけだ。一国の王太子の拉致だ。そう簡単には人質は処刑などされないだろう。今後王太子の身柄は神殿をコントロールする為に必ず必要になるはずだからだ。
精霊を祀る神殿…このマランダ王国にも大小合わせて数多くの神殿があったとかつての文献には記録されている。しかしその殆どが見せしめの為に打ち壊され、現在残されているのは王都にある大神殿のみとなった。王家と深い関わりのある精霊を祀る神殿だ。王家主催の催事に国事に関して、形式的にではあるが王家の仮初の威信の為にも神殿の存在はいまだに不可欠なのだ。完全にマランダ王朝の血筋が絶えてしまわない限り、王家の力を削ぐ事は諸外国に対しても示しがつかなくなる。形式上の名ばかりの神殿と言う暗黙の了解の元、その神殿は存在を許されている様な状況であった。
国民からは反感を買う様な精霊信仰の根底にある神殿だが、大昔から代々伝わる文化はやはり根本に神殿の存在が不可欠で、いくら庶民に精霊信仰に反感を植え付けたとしても、切っても切れない存在なのである。そして王家の立太子、即位に関しても神殿は深く関与している。その神殿の発言、主張を完全に反精霊信仰者側の思惑通りにコントロールする為に王太子の存在を掌握するのは反精霊信仰側の悲願とも言えるだろう。
「なんとか…殿下だけでも……」
「バカを言うな…!私は殺されはしないが、お前は違うだろう…皆んな一緒にここから生きて出るぞ…!間違っても自分が犠牲になろうとするなよ!私はまだ諦めてはいないのだ!」
苦しい状況からでる力強い発言。これこそマランダ王国を率いて行く次期国王に相応しい…いくら犠牲が出ようとも、命懸けになろうとも必ずしも殿下だけはここから出す!!王太子の顔の見えぬところで良かった。勘の良い殿下の事だ。今の臣下の表情を見たら何かを悟ってしまうだろうから…
「それを聞いて安心いたしました。」
「こうなったのならば、できるだけ情報を集めるぞ…」
「了解いたしました。内部に入れたわけですしね。」
「そう言う事だな。」
どうやって中に潜入するかを考えあぐねた結果なのだから、情報を得る機会ととらえるべし…そして、1人も欠けることなくここから出るのだ。大神殿側からも国王の快癒の為に何度も神官達が王宮に訪れてくるだろう。そこに王太子がいない事に気がつくはずである。まだ神殿側は王族側についている。それならばいなくなった王太子を探す為に独自に動くとも考えられる。
まだだ…まだ…望みは尽きていない………
「目も当てられんなぁ~~これ………」
この森1番の大木の上、月明かりを背にしてリシュリーが見下ろすのは、枯れ果てて行こうとしている森の姿……まるで、死期を告げられた重病人の様にも見える。
「森が死ぬって、中々ない事なのに……」
失笑の奥にはグッと噛み締めて耐える悔しさがある。
「もっと早く来ていたらよかったのか…」
後悔しても、小さい精霊達がゆっくり首を振っている様に、それは無理な事だった…人間界がこんなで、リシュリーが人型を取れるまでに力を蓄えることさえ難しい事だったから…だから、時間が掛かってしまったのだ。
上から枯れかけた森を見渡しても妖精の力を持ったそれらしい人物は見当たらない。それよりも、チラホラと動き回る人らしい気配はある。
「あれの、どれかか?」
ん~~、と目を細めても所詮は細く薄い精霊の気配のみ。ここにいた形跡はあるのだからアレらのうちのどれかであってもおかしくは無いのだが、断定ができないでいる。
「ちっがうよな?」
人間、それも普通のだよね?
よく見ると、見れば見るほど凡人にしか見えない。けれどもここに残った形跡を辿っている様に動いている様にも見えて、全くの無関係とも言い難い。
「何あいつら?」
分からん!これがリシュリーの答えだった。分からんものは仕方がない。意を決して木から降りる………
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