[完]僕の前から、君が消えた

小葉石

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「まさりちゃん…ごめんね…驚かせたね?」

 まさりが来ると娘が増えた、と笑顔で喜んでいた父の眉間は寄りっぱなしだし、母は能面、訳のわからぬ怒りにフルフルしている僕に半ば放心状態のまさり…多分、先生の頭だけが正常に動いていたんではないかと思う。

「あぁ、彼女ちゃんか。ごめんね?驚いたよね?」

 ちゃんとまさりのフォローを入れようとしてくれる。

「…………」

 無言のまさり…多分僕の病気のことだって詳しくは知らないんだと思うし、僕も話した事はない…

「……………さい……」

 少し、俯き加減のまさりが何か言った様な気がして怒りの収まらぬ僕も眉を顰めたまままさりの方を向いたと思う。

「……くだ…さい………」

 何かをぶつぶつと呟いているのはわかるんだけど…?

「ん?何か、質問がある?」

 なかなか、要領を得ないまさりの態度にも先生は真摯な態度でジッと待っていてくれたんだと思う。

「私に…………くだ、さい……」

「……?」

 何?何を…?

「私に、善君の、残りの時間、全部下さい!!」

 きっと顔を上げたまさりは、僕と両親の方を向いて、キッパリ、はっきりとそう言い切った……大きな目一杯に涙を溜めて……

「お願いします!……私に善君の、残りの時間を下さい!お願いします!!」

 誰かがこの騒ぎを聞きつけて、病室に入って来てくれるまで、まさりは必死になって僕達に何度も何度も頭を下げていた…




 それはまさりの、まさりなりに必死に大切な物を手に入れようとする行動だったんだと今ならよく分かる………子供心に本当に欲しかったものが与えられなかった、手に入れる事もできなかったまさりが必死になって自分から手を伸ばした。その結果があれだったんだろう…

 あの日、やっと泣き止んで、落ち着いてきたまさりはこんな事を言っていた。

「すごく好きだった先生からね、施設に帰ってきちゃった日に話してもらったことがあるんだ。」
 
「小さい頃?」

「そう。もっとずっと小さい時…」

 まさりは今の家とは別に里子に出された事があって、その家の親代わりの人が病気になって里子の継続が出来なくなってしまった事があったそうだ。優しい里親たちで、すごく懐いていた反面もの凄く悲しくて、やりきれなくて一晩中泣いていたんだとか…

「その時にね、先生に言われたんだ。」

 いつ自分やその人がいなくなるか、人には分からない。たがら、この人だと思った人の手は離しちゃいけない、この時だと思った時は逃しちゃいけない、たった一回かもしれないチャンスを次に見送ったらいけない…

「だから、あの時、病院の屋上で見た善君に声をかけたんだよ?」

 あ、この人がいいって…顔を見て、一瞬でそう思った。それで、自分は面食いなんだと納得もした…!自信ありげにそんな事を言うもんだから、ついつい笑ってしまったじゃないか。

「初めて見た時から、善君のことが好きでした…」
      
 また、唐突に始まる、まさりの告白……

 気を遣って、しばらくまさりと二人きりにしてくれた両親と医療スタッフが今はいなくて、なんと答えたら良いのか分からない僕のフォローをしてくれる人は勿論いなかった…

「…………僕、は…」

「善君が…!私の事を嫌いじゃなかったら、お願いだから、側にいさせてください…」

 まさりの真摯な願い…もう一度深く頭を下げられれば、もう、なんて返したら良いのか………


 僕は、直ぐに居なくなるのに…………












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