13 / 24
13
しおりを挟む
「大切な者……そうだな、俺にも出来たのだ。それを守る為に今動いている…」
真摯なアクサードの瞳が、柔らかい光を湛えてスロウルを見つめてきた。
そうか、ここでの功績はきっと今後のアクサードの大切な人との関わりに関係して来るのだ。だから今アクサードも懸命に己の使命を果たそうとしているのか、とスロウルは受け取った。
ならば、意固地にならなくても良いか。問題が起きない様に部隊長が帰って来るまでしばらく隠れさせて貰えば良いのだから。
事の発端は、自分の容姿と力の無さ…いい加減、うんざり来る位に可愛いだの、綺麗だのと言われ続けてきたスロウルは唯一母に似ている自分の容姿が嫌いになりそうで仕方なかった。
「スレントル様、小刀を貸してはもらえませんか?」
「?」
突然のスロウルの申し出に、アクサードは直ぐ肯かず本心を探る様にスロウルを見つめて来る。
「あ、大丈夫です。貴方に歯向かうとか、傷をつけるためとかでは無いので。」
落ち着いた静かな表情には危うさは見て取れない。それでもスロウルから目を離さずに、アクサードはゆっくりと暗器用の短剣を差し出す。
「お借りします。」
綺麗な所作で短剣を受け取ると、スロウルは反対の手で結えていた髪の束をしっかりと掴み、結えてある髪束の根本から一気に切り落とした。
「お前……」
何をするかと見ていたアクサードの瞳が少しだけ驚き開く。シルバーブロンドの毛束はスロウルの手に握られており、少しだけ周囲に細かい毛が散っていた。
「お部屋を、汚してしまって申し訳ありませんでした。」
「フゥ…構わんさ…綺麗だったのにな…」
勿体ない、とでも言いたげにアクサードは無造作に切り落とされて短くなった髪の毛先を指で弾く。
「私にはいらない物です。大切な者を守れる力が有ればそれでいい…」
髪は母が撫でてくれた思い出あるものだが、今はその思い出よりも思い煩いを呼び込む事の方が大きい。
「衣類と、食事を持ってこさせよう。部隊長の部屋の鍵は訓練兵士長に渡しておく。とにかく今は安め。」
安めと言われても…
「このまま、ソファーをお借りしても?」
「ん?いや、寝台で休めよ?ソファーは狭い。お前が小さくても体が固まるぞ?」
「スレントル様、では貴方は何処で?」
「まだ仕事が残っている。片付けることが終わったらお前を起こすから、寝台か、ソファーで寝るかを決めればいいだろう?今はリラックスできるところで寝ろよ?」
では、自室へ、と言いたい所を、グッと我慢しなくては話は終わりそうにも無い。奴らに押さえつけられた力に思い切り抵抗したものだから、確かに身体の疲労感は感じている。
「お言葉に甘えまして、お借りします。戻られましたら声をかけてください。」
スロウルの素直な受け取りにアクサードは満面の笑みで答えた。
初めて、笑顔を見たと思う。少し、幼さが残った眩しい位の笑顔だった。
怒りでどうにかなりそうなのは初めてだ。アクサードは足早に歩きつつ、内から湧き上がる怒りをどの様に沈めようかと考えを巡らす。
スロウルを宿舎に運ぶ際、スロウルの細い体を抱き上げてそのシルバーブラウンの瞳を間近で見つめた時に、はっきりと自覚してしまった。
これが、これの全てが欲しい、と…
スロウルは物ではない、人間でありそれも公爵家の嫡男で身分で言えば自分よりも上に当たる。簡単に欲しいと言っても手に入る者ではない。それでも初めて感じる湧き上がる様な、心の底から乾くような、熱いような何とも言えない感覚にアクサードは困惑を覚えた。
幼い頃から公爵家の次男として、爵位は無い物と育てられたので敢えて求めることもせず、必要な物は全て揃っていた環境は決して待遇悪くもなく、心から何か欲しいという渇望を持たずに今まで生きてきた。
だから、アクサード自身の中にこんなにも激しい欲求がある事に戸惑ってもいたのだ。
と、同時にスロウルに触れようとしていた、触れていた全ての者に対して、許しがたい激しい怒りを感じ、何かで発散させようと発散対象を現在物色中である。
あのままスロウルの元にいては、何やらとてつもない事をつい口走ってしまいそうで、自分自身を落ち着かせる必要もあったのだが。
「やつら…許さん………」
どこ行くとも決めてもいないが、鬼気迫る形相は何処ぞに攻め入る直前のような気迫さえあり、道行く者は自然とアクサードに道を開き譲っていった…
部隊長の帰還の知らせに兵士達にもやや緊張が走る。何しろ今回は大きな捕物。もしかしたら、褒美が出たかも知れない、また兵の編成や動線について何やら一言あるかも知れない、また訓練兵の昇級試験の詳細が知らされるかも知れないと兵舎内もざわつくのだ。
が、今回は何かと毛色が違うざわめきが入っている?
部隊長は帰還早々に何か問題事かと頭を抱えたくなるが、詳細はまだ聞いていない。出迎えた近くにいる兵士に声をかけようとしたら、違う声が上がった。
「お疲れ様です、部隊長。折り入って今直ぐ聞いていただきたい事があります。お時間を。」
スレントル公爵家次男坊アクサードだ……どうやら厄介事が舞い込んだようだ………
真摯なアクサードの瞳が、柔らかい光を湛えてスロウルを見つめてきた。
そうか、ここでの功績はきっと今後のアクサードの大切な人との関わりに関係して来るのだ。だから今アクサードも懸命に己の使命を果たそうとしているのか、とスロウルは受け取った。
ならば、意固地にならなくても良いか。問題が起きない様に部隊長が帰って来るまでしばらく隠れさせて貰えば良いのだから。
事の発端は、自分の容姿と力の無さ…いい加減、うんざり来る位に可愛いだの、綺麗だのと言われ続けてきたスロウルは唯一母に似ている自分の容姿が嫌いになりそうで仕方なかった。
「スレントル様、小刀を貸してはもらえませんか?」
「?」
突然のスロウルの申し出に、アクサードは直ぐ肯かず本心を探る様にスロウルを見つめて来る。
「あ、大丈夫です。貴方に歯向かうとか、傷をつけるためとかでは無いので。」
落ち着いた静かな表情には危うさは見て取れない。それでもスロウルから目を離さずに、アクサードはゆっくりと暗器用の短剣を差し出す。
「お借りします。」
綺麗な所作で短剣を受け取ると、スロウルは反対の手で結えていた髪の束をしっかりと掴み、結えてある髪束の根本から一気に切り落とした。
「お前……」
何をするかと見ていたアクサードの瞳が少しだけ驚き開く。シルバーブロンドの毛束はスロウルの手に握られており、少しだけ周囲に細かい毛が散っていた。
「お部屋を、汚してしまって申し訳ありませんでした。」
「フゥ…構わんさ…綺麗だったのにな…」
勿体ない、とでも言いたげにアクサードは無造作に切り落とされて短くなった髪の毛先を指で弾く。
「私にはいらない物です。大切な者を守れる力が有ればそれでいい…」
髪は母が撫でてくれた思い出あるものだが、今はその思い出よりも思い煩いを呼び込む事の方が大きい。
「衣類と、食事を持ってこさせよう。部隊長の部屋の鍵は訓練兵士長に渡しておく。とにかく今は安め。」
安めと言われても…
「このまま、ソファーをお借りしても?」
「ん?いや、寝台で休めよ?ソファーは狭い。お前が小さくても体が固まるぞ?」
「スレントル様、では貴方は何処で?」
「まだ仕事が残っている。片付けることが終わったらお前を起こすから、寝台か、ソファーで寝るかを決めればいいだろう?今はリラックスできるところで寝ろよ?」
では、自室へ、と言いたい所を、グッと我慢しなくては話は終わりそうにも無い。奴らに押さえつけられた力に思い切り抵抗したものだから、確かに身体の疲労感は感じている。
「お言葉に甘えまして、お借りします。戻られましたら声をかけてください。」
スロウルの素直な受け取りにアクサードは満面の笑みで答えた。
初めて、笑顔を見たと思う。少し、幼さが残った眩しい位の笑顔だった。
怒りでどうにかなりそうなのは初めてだ。アクサードは足早に歩きつつ、内から湧き上がる怒りをどの様に沈めようかと考えを巡らす。
スロウルを宿舎に運ぶ際、スロウルの細い体を抱き上げてそのシルバーブラウンの瞳を間近で見つめた時に、はっきりと自覚してしまった。
これが、これの全てが欲しい、と…
スロウルは物ではない、人間でありそれも公爵家の嫡男で身分で言えば自分よりも上に当たる。簡単に欲しいと言っても手に入る者ではない。それでも初めて感じる湧き上がる様な、心の底から乾くような、熱いような何とも言えない感覚にアクサードは困惑を覚えた。
幼い頃から公爵家の次男として、爵位は無い物と育てられたので敢えて求めることもせず、必要な物は全て揃っていた環境は決して待遇悪くもなく、心から何か欲しいという渇望を持たずに今まで生きてきた。
だから、アクサード自身の中にこんなにも激しい欲求がある事に戸惑ってもいたのだ。
と、同時にスロウルに触れようとしていた、触れていた全ての者に対して、許しがたい激しい怒りを感じ、何かで発散させようと発散対象を現在物色中である。
あのままスロウルの元にいては、何やらとてつもない事をつい口走ってしまいそうで、自分自身を落ち着かせる必要もあったのだが。
「やつら…許さん………」
どこ行くとも決めてもいないが、鬼気迫る形相は何処ぞに攻め入る直前のような気迫さえあり、道行く者は自然とアクサードに道を開き譲っていった…
部隊長の帰還の知らせに兵士達にもやや緊張が走る。何しろ今回は大きな捕物。もしかしたら、褒美が出たかも知れない、また兵の編成や動線について何やら一言あるかも知れない、また訓練兵の昇級試験の詳細が知らされるかも知れないと兵舎内もざわつくのだ。
が、今回は何かと毛色が違うざわめきが入っている?
部隊長は帰還早々に何か問題事かと頭を抱えたくなるが、詳細はまだ聞いていない。出迎えた近くにいる兵士に声をかけようとしたら、違う声が上がった。
「お疲れ様です、部隊長。折り入って今直ぐ聞いていただきたい事があります。お時間を。」
スレントル公爵家次男坊アクサードだ……どうやら厄介事が舞い込んだようだ………
11
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
【2話目完結】僕の婚約者は僕を好きすぎる!
ゆずは
BL
僕の婚約者はニールシス。
僕のことが大好きで大好きで仕方ないニール。
僕もニールのことが大好き大好きで大好きで、なんでもいうこと聞いちゃうの。
えへへ。
はやくニールと結婚したいなぁ。
17歳同士のお互いに好きすぎるお話。
事件なんて起きようもない、ただただいちゃらぶするだけのお話。
ちょっと幼い雰囲気のなんでも受け入れちゃうジュリアンと、執着愛が重いニールシスのお話。
_______________
*ひたすらあちこちR18表現入りますので、苦手な方はごめんなさい。
*短めのお話を数話読み切りな感じで掲載します。
*不定期連載で、一つ区切るごとに完結設定します。
*甘えろ重視……なつもりですが、私のえろなので軽いです(笑)
異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!
鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。
この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。
界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。
そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
オメガ転生。
桜
BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。
そして…………
気がつけば、男児の姿に…
双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね!
破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!
落ちこぼれ元錬金術師の禁忌
かかし
BL
小さな町の町役場のしがない役人をしているシングルファザーのミリには、幾つかの秘密があった。
それはかつて錬金術師と呼ばれる存在だったこと、しかし手先が不器用で落ちこぼれ以下の存在だったこと。
たった一つの錬金術だけを成功させていたが、その成功させた錬金術のこと。
そして、連れている息子の正体。
これらはミリにとって重罪そのものであり、それでいて、ミリの人生の総てであった。
腹黒いエリート美形ゴリマッチョ騎士×不器用不憫そばかすガリ平凡
ほんのり脇CP(付き合ってない)の要素ありますので苦手な方はご注意を。
Xで呟いたものが元ネタなのですが、書けば書く程コレジャナイ感。
男性妊娠は無いです。
2024/9/15 完結しました!♡やエール、ブクマにコメント本当にありがとうございました!
元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。
くまだった
BL
新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。
金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。
貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け
ムーンさんで先行投稿してます。
感想頂けたら嬉しいです!
王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる