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「大切な者……そうだな、俺にも出来たのだ。それを守る為に今動いている…」

 真摯なアクサードの瞳が、柔らかい光を湛えてスロウルを見つめてきた。

 そうか、ここでの功績はきっと今後のアクサードの大切な人との関わりに関係して来るのだ。だから今アクサードも懸命に己の使命を果たそうとしているのか、とスロウルは受け取った。
 ならば、意固地にならなくても良いか。問題が起きない様に部隊長が帰って来るまでしばらく隠れさせて貰えば良いのだから。

 事の発端は、自分の容姿と力の無さ…いい加減、うんざり来る位に可愛いだの、綺麗だのと言われ続けてきたスロウルは唯一母に似ている自分の容姿が嫌いになりそうで仕方なかった。


「スレントル様、小刀を貸してはもらえませんか?」

「?」

 突然のスロウルの申し出に、アクサードは直ぐ肯かず本心を探る様にスロウルを見つめて来る。

「あ、大丈夫です。貴方に歯向かうとか、傷をつけるためとかでは無いので。」

 落ち着いた静かな表情には危うさは見て取れない。それでもスロウルから目を離さずに、アクサードはゆっくりと暗器用の短剣を差し出す。


「お借りします。」

 綺麗な所作で短剣を受け取ると、スロウルは反対の手で結えていた髪の束をしっかりと掴み、結えてある髪束の根本から一気に切り落とした。


「お前……」

 何をするかと見ていたアクサードの瞳が少しだけ驚き開く。シルバーブロンドの毛束はスロウルの手に握られており、少しだけ周囲に細かい毛が散っていた。

「お部屋を、汚してしまって申し訳ありませんでした。」

「フゥ…構わんさ…綺麗だったのにな…」

 勿体ない、とでも言いたげにアクサードは無造作に切り落とされて短くなった髪の毛先を指で弾く。

「私にはいらない物です。大切な者を守れる力が有ればそれでいい…」

 髪は母が撫でてくれた思い出あるものだが、今はその思い出よりも思い煩いを呼び込む事の方が大きい。


「衣類と、食事を持ってこさせよう。部隊長の部屋の鍵は訓練兵士長に渡しておく。とにかく今は安め。」

 安めと言われても…

「このまま、ソファーをお借りしても?」

「ん?いや、寝台で休めよ?ソファーは狭い。お前が小さくても体が固まるぞ?」

「スレントル様、では貴方は何処で?」

「まだ仕事が残っている。片付けることが終わったらお前を起こすから、寝台か、ソファーで寝るかを決めればいいだろう?今はリラックスできるところで寝ろよ?」


 では、自室へ、と言いたい所を、グッと我慢しなくては話は終わりそうにも無い。奴らに押さえつけられた力に思い切り抵抗したものだから、確かに身体の疲労感は感じている。


「お言葉に甘えまして、お借りします。戻られましたら声をかけてください。」

 スロウルの素直な受け取りにアクサードは満面の笑みで答えた。

 初めて、笑顔を見たと思う。少し、幼さが残った眩しい位の笑顔だった。






 怒りでどうにかなりそうなのは初めてだ。アクサードは足早に歩きつつ、内から湧き上がる怒りをどの様に沈めようかと考えを巡らす。

 スロウルを宿舎に運ぶ際、スロウルの細い体を抱き上げてそのシルバーブラウンの瞳を間近で見つめた時に、はっきりと自覚してしまった。


 これが、これの全てが欲しい、と…


 スロウルは物ではない、人間でありそれも公爵家の嫡男で身分で言えば自分よりも上に当たる。簡単に欲しいと言っても手に入る者ではない。それでも初めて感じる湧き上がる様な、心の底から乾くような、熱いような何とも言えない感覚にアクサードは困惑を覚えた。
 幼い頃から公爵家の次男として、爵位は無い物と育てられたので敢えて求めることもせず、必要な物は全て揃っていた環境は決して待遇悪くもなく、心から何か欲しいという渇望を持たずに今まで生きてきた。

 だから、アクサード自身の中にこんなにも激しい欲求がある事に戸惑ってもいたのだ。

 と、同時にスロウルに触れようとしていた、触れていた全ての者に対して、許しがたい激しい怒りを感じ、何かで発散させようと発散対象を現在物色中である。

 あのままスロウルの元にいては、何やらとてつもない事をつい口走ってしまいそうで、自分自身を落ち着かせる必要もあったのだが。


「やつら…許さん………」

 どこ行くとも決めてもいないが、鬼気迫る形相は何処ぞに攻め入る直前のような気迫さえあり、道行く者は自然とアクサードに道を開き譲っていった…



 部隊長の帰還の知らせに兵士達にもやや緊張が走る。何しろ今回は大きな捕物。もしかしたら、褒美が出たかも知れない、また兵の編成や動線について何やら一言あるかも知れない、また訓練兵の昇級試験の詳細が知らされるかも知れないと兵舎内もざわつくのだ。

 が、今回は何かと毛色が違うざわめきが入っている?

 部隊長は帰還早々に何か問題事かと頭を抱えたくなるが、詳細はまだ聞いていない。出迎えた近くにいる兵士に声をかけようとしたら、違う声が上がった。


「お疲れ様です、部隊長。折り入って今直ぐ聞いていただきたい事があります。お時間を。」


 スレントル公爵家次男坊アクサードだ……どうやら厄介事が舞い込んだようだ………
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