[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石

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 誰が、自分にあんなことが起こるなんて思うだろうか?ここへ来て剣を身につけ生き残ればいいと、それだけだと思っていた……

 一日の鍛錬を終え自室に帰って寝具に潜り込めば、降りかかってきた記憶がスロウルを苦しめた。あんな姿、誰が人になんて見せられよう。他人にも話す事ができない様な自分自身が最も汚い者になってしまった様な気さえする。


「ルウア……」

 大切な、大切な異母妹の名前を呼んだら、自分は少しは救われるだろうか?それとも、ルウアでさえも汚してしまうだろうか?恐ろしかったが、それでも救いを求めて震えながら名を呼んだ…

 ルウア、ルウア……少しでも強くありたい…
少しでも綺麗でありたい……君の元に帰った時に、君が誇ってくれる君の自慢の兄でありたい。

 ギュッと唇を噛み締めて、洩れ出ようとする嗚咽を我慢するが、目から溢れる涙は止まる事を知らない様に後から後から溢れ出ていた。


 ………こんな事、なんて事ない………

 
 噂というものはあっという間に巡り渡り、スロウルの周りには、ソレ目的で寄って来る者も目立つようになる。

 抵抗を試みるも数人でこられては大の男でも反撃は無理だろう。
 日々の鍛錬に討伐訓練に合わせて隙をついては物陰に引き摺り込まれる事が多くなって来たのだ。

 噂が事実と知れれば更に噂が大きく広がり、直属の上司の耳にも入る様になる。




「やはり、恐れてた事が起こりましたね。」

 男所帯の兵舎ではまあこの手の事は珍しくはない。遠征に行かなくてはならない時など、近隣の住民達に手を出されるよりは身内の中で済ませてしまった方が手っ取り早く後腐れも無いのが現実。だが、当人の同意があるかどうかで印象はグッと違って来るだろう。


「まぁ同意なしの事だろうな……」

 
 年端も行かぬ子供を捕まえて、同意も何も無いもんだが、これでは隊の風紀も乱れまくる。


「どうするかな………」


 全く頭を抱える問題が現実になった。だからと言ってスロウルを除隊にし、追い出せば済むという問題でも無い。何しろ公爵家からの強い推薦でスロウルはここにいる。風紀が乱れるからと言う理由でスロウルを家に返すなど、スロウルの生死を厭わない公爵家からしたら鼻先であしらわれるに違い無い。

 ここは、スロウルの墓場になるかもしれない所だが、スロウルが原因で隊員達が斬り合いの決闘を起こしでもしたら、それこそここの管理職は墓場行きだ……


 既にスロウルが入隊してから早一年は経つ。今更隊員達に事を治めろは無理な話だろう……


 切り離すも、放置もできないとしたら、腹を括るしか無いのである。



「ゲラン、スロウルを後で俺の部屋に呼べ。」

 ゲランは部隊長を驚きの目で見つめ返す。

「側に、置くつもりですか?」

「仕方ないだろう?事が大きくなってみろ。俺たちの首は確実に飛ぶぞ…それとも何か?お前が替わるか?」


「滅相もありません。上司の者を取るなど部下のすることではありませんね。」

「この件に関しては大いに歓迎するぞ。」

「……貴方も、損な役回りですよね……」

 部隊長を見つめる目に限りなく同情の色が込められている。

「そう思うなら代わってくれよ……」

「何を言っているんです?もし、私がそうしようとしても貴方、止めたと思いますよ?随分と気には掛けておられたでしょう?」

「おい、逆に気にかけるなって言う方が無理だろうが、今期うちの隊には公爵家の人間がなんと二人もお越しくださってだな。無視するなんて出来はしないだろ?」

「まあ、なんとでも言えますがね…分かりました。此方も腹を決めましょう。」


 ハァ、とため息をつくと、頬杖を突いて何やら難しそうに考え込んでいる部隊長を見つめる。本人は気付いていない様だが、スロウルの噂が回り出した頃から、その話が出ると途端に表情が険しくなっていた。
 だから明らかに不快を示す上司のもとで下にいる隊員達はそれ以上の事をスロウルにしなかったとも言えるのだが…


「ただの保護欲であって欲しいですけどね…」
 
 上司の命令を遂行するために独りごちながら隊員宿舎の中に入っていった。






 まいったな……本当に参った………


 兵士宿舎の隊長室は、広さはそんなに無いものの生活に必要なものは全て揃っている。
一隊員に割り当てられるものはせいぜい一部屋に寝台とクローゼットに小さな机のセットのみ。隊長クラスともなると、ベッドルームに応接室、シャワー室に簡単なキッチンまで付いている。

 目の前の椅子で、少し部屋の中を見渡して、それでもお行儀良く座っているのはゲランに呼ばれて夜の自由時間に隊長室にやって来たスロウルだ。

 一年前と比べて背も伸びたし、少女の様だった容姿も見ようによっては男の子に見える位には成長した。稀に見る根性と努力で技術を身に付け、他の隊員との体格差を埋める様な戦い方も少しは上手くなって来たと、この頃の鍛錬を見ていても実感が持てる。
 
 もう少ししたら、大きな捕物に同行させてやるのもいいかも知れん…

 ここに来た時のか弱さもまだ垣間見られるが、本来の持ち味である芯の強さがいつも光っている。

 そんなスロウルにさて、なんと切り出そうかと考えるとため息が出る。


「まあ、そんなに硬くなるな…」
 実を言うと緊張しているのは此方の方なのだが…

「はい。お話があるとお聞きしました。」

 どんな環境でもスロウルの品格はそのままに受け答えをする。ジッとシルバーブラウンの瞳で見つめられれば、腹を括った。
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