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 諦める事には慣れている。
 
 遠目に見た父とも真面に話した事もなく、その人が自分の父という事を知ったのも、周りの人間の少し自分を敬い媚びるその態度と、本当の母の元に返された時に母がその人の側室という事を知ってからだった。

 母はいつも悲しそうな顔をして、ひっそりと笑ってくれていた。静かな笑顔を綺麗だとも思うが、思い切り花の様に幸せそうに笑う笑顔も見たかった。それは如何やら難しそうだと諦めてはいるのだが。
 
 そんな事も含めて、自分の境遇全てを受け入れて、皆の側に居られるだけでいい。そう思える様になったのも、そうあの子に出会ってから………



 
 スロウル・ガザインバークは今は無き隣国ガザインバークの名を受け継ぐ最後の王族の一人。
 父ロンド・シール・テドルフ公爵と、亡国ガザインバークの第二王女であった母ナリラ・シール・テドルフの間に公爵家の嫡男の立場として産まれてきた。

 が、父には冷遇されて嫡男としては程遠い待遇の上、公爵家としての名前も与えて貰えなかった自分が公爵家の産まれと知ったのも物心ついてつい最近の事。

 産まれてからのほとんどが、乳母兼教育係の侍女の元で、母の元に帰されてもどうにも居心地が悪く、甘えたくてもどう甘えて良いのか、使用人の様に一歩引くべきなのか、何処か素直になれず、そうっと母に抱きしめられては、そうっと抱きしめ返すを繰り返していた。

 母から公爵、父の事を聞き、正妻のアリーヤ・シール・テドルフ様の事、時折お屋敷で楽しげな声と共に見かける事があった異母妹のルウア・シール・テドルフ様の事も聞いた。

 けれども、決して自分から声をかける事なく、貴方は使用人に徹しなさい、と悲しげな笑顔と共に何度も何度も言い聞かせられれば、自分はこの家にとって必要ない者なんだと幼くとも悟ることができた。

 
 
 自分に与えられた物は、公爵家本館一階にある使用人室の一室のみ。使用人を従える事は禁止され、自分自身の事はほぼ全て自分で行わなければならなかった。幼いスロウルには一人の夜はそれは心細く、気にかけてくれている使用人の元に忍び込ませてもらっていた事も何度もあった。


「秘密ですよ?」
 

 誰にも聞かれない所で、更に声を潜めては、台所で余ったお菓子をそっと渡してくれる者もいた。こんな事であっても公爵の耳に入れば罰を受ける。使用人以上の待遇を一切禁止されているからだ。

 
 心無い言葉や態度、不埒な行為をしようとする者まで出るような始末でも、公爵は見て見ぬ振り。決してスロウルを守る事はなかった。


 本妻のアリーヤや異母妹のルウアは、そんなスロウルを見兼ねては幾度となく声をかけ、使用人の立場から引き上げようと心を配ったのだ。

 けれどもその度に父であり、仕える主人でもある公爵に何度となく叩き落とされ踏みつけられては幼いスロウルが何かを望む事さえ諦めるのも当然だろう。


 綺麗と言われ、周囲に褒められる顔には笑顔がなくなり、母に似た寂しそうな光を瞳に宿すようになった。



 そんな姿に同情してくれたのか、ちょくちょく声を掛けてくれていたルウアが、スロウルの手を引いた。

 直接手を繋いで、スロウルをお茶の席へ招待したいと、花の様な満面の笑顔で幸せそうに、楽しそうにスロウルの手を引いていく。


「お兄様!お兄様の為にお茶を入れたのです。さ、こちらにおいでください。お兄様と是非ともお茶を飲みたかったのです。ルウアはとても上手にお茶を入れられますのよ?」

 嬉しそうに語るルウアに自分は何も語る事が出来ずなすがままだ。

 こんなに近くで、義母妹の顔を見た事があっただろうか?ルウアが近づいてきたら直ぐに頭を下げて礼を取るし、その場を離れる様にして来たから、まじまじと見た事が無かった。 

 アリーヤ様によく似てはっきりとした眼元と灰青の瞳、濃茶の髪はフワリと豊かで艶がある。その笑顔は、花の様にも、太陽の様にも見えて心が暖かくなる。スロウルを本当の兄として心から慕い、仲良く過ごしたいと人目も憚らず真っ直ぐに伝えてくれた。

 正直嬉しかった。自分はどんな態度でどこで過ごせばいいのか、何をして何をしてはいけないのか、人と場所が変わるたびにコロコロと立ち位置が変わる日常で、自分を認めてここにいて欲しいと、ルウアはなんの損得も考えず純粋に自分を求めてくれている。
 

 ここに、ずっと居たい……そう初めて自分で求めたものかもしれない。


 お茶の作法など何ら分からないため、おどおどと座っていることしかできなかった。


 ルウアは淑女らしくと言うより、自信満々と言うような手つきでテキパキとお茶を入れ始める。自分の為に美味しいお茶を入れる為に練習したであろう異母妹の姿がとてつもなく嬉しい。作法を知らぬ自分が恥ずかしくなって来るほどだ。
 

 所在投げに座っては、このままの時間が続けば良いのにと、公爵の怒りを買う迄は心から思っていたことはルウアには内緒だ。







 
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