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「伯父様!いえ、ストレー侯爵様!どういう事ですの?」

 居ても立ってもいられずに、トライト侯爵令嬢シャーナはとうとう父であるトラウト侯爵と共にストレー侯爵邸へと出向いて来た。

「おや、シャーナ嬢?お久しぶりですな。」
 
 凛としているストレー侯爵に比べ、シャーナの父トライト侯爵は少しおっとりとして見える紳士だ。今日も申し訳なさそうに、それでも愛娘の我儘には逆らえず、という体で先触れもなくストレー侯爵邸へと訪問して来ている。

「失礼かとは思いましたが、ストレー侯爵。娘がどうしてもと言うもので…」

「………」

 確か、タントルの婚約者が決まるまでは客人の許可もしないとブリードに申し付けていたはずなのだが?チロリ、と視線を送ればブリードは申し訳なさそうに主人に頭を下げるばかりだった。シャーナだけの訪問であるならば、主人である侯爵の命を出せば対応は可能なはずだ。が、今回はトライト侯爵同伴である。高位貴族でもあるトライト侯爵を無碍にできる使用人はこの館にはいないのだ。

「領地から帰って来てから顔を合わせてはいませんでしたな。トライト侯爵……積もる話はあるのですがね?まずは妹は元気ですかな?」

 トライト侯爵はストレー侯爵の妹を伴侶として迎えている。

「ええ、いつもお心遣い有難うございます。妻は趣味の刺繍に凝っている様でして、今はベッドカバーにまで刺繍を施していますよ。」

「ほう、それは見ものですな。」

 平素であったら何気ない優雅な貴族の会話だが、今日という日はそんなに悠長にしていられない理由がシャーナにはあった。

「もぅ!お父様も伯父様も!今日はお母様の話をしに来たのではありませんわ!」

「まぁ…そうなんだがな。」

「して?なんの話でしょうかな?シャーナ嬢?」

「はい、頂きましたこちらの件ですわ。」

 シャーナはそっとストレー侯爵家からトライト侯爵宛に出された書簡を差し出した。

「これが?」

 怪訝そうに書簡を見つめるストレー侯爵。

「伯父様はタントルお兄様の婚約者に三名もの令嬢を選ばれたとか…?」

「ふむ。いかにも……」

「中には身分の低い者までいるそうではないですか?」

「……そうなりますな…」

「なぜですの?タントルお兄様には釣り合いませんでしょう?それならば!私の方「シャーナ嬢…」」

 シャーナが言い終わらないうちにストレー侯爵はシャーナの話を遮り、シャーナをヒタ、と見据えた。

もタントルの婚約者候補として名乗りをあげるおつもりですかな?」

「だって…!私も、お兄様のことを…!」

「この婚姻は!非常に不名誉なものとなるだろう…!既に我がストレー家の家名は地に落ちたも同然で、王からも直々にお言葉があったくらいだ。シャーナ嬢はその家の、花嫁候補となるおつもりか!」

「そんな…伯父様……お父様……」

 シャーナはストレー侯爵が深く深く憤っている事に恐れをなして、涙目になってしまう。

「……ストレー侯爵。娘が大変失礼を致しました。お苦しい状況ではありましょうが、皆様お変わりなさそうで安心致しました。妻もこちらストレー侯爵家の事を気にしておりましたから。」

「この状況を回避できるのもタントル次第ではありますがね……シャーナ嬢、もうここへは来てはいけない。お前の母にもそう伝えなさい。」

「そんな…!嫌ですわ!今までだって自由に来れたではありませんの?お兄様にお会いできないなんて!」

「……自由に、ここに来れた結果がこれでは無いのかね?シャーナ……」

「!?」

 ビクッとシャーナの肩が揺れる。今回のことは、シャーナがメリカへの嫉妬に駆られタントルに酒を飲ませて事を起こした事が発端になっている。その後はメリカを手に入れる事ができないタントルの自暴自棄とも言える乱れぶりが原因なのだが…今や自分自身がストレー侯爵家の浮沈に関わる事態を引き起こしてしまったと、今更ながらだがシャーナは事態の大きさに身震いして来たのだ。

「トライト侯爵、今日はもうお帰り下さい。我が家はこれから忙しくなります。何しろ、一度に三人も娶らなければならないのですから…盛大に婚約式を持たねばなりませんな………あぁ、トライト侯爵。そちらの家にも王からの通達があるはずです。心してお受けなさいませ。」

 そう、三名の花嫁をタントルの為に、いや、ストレー侯爵家の為に迎え入れなければならない。既に周知されているものから強引に目を瞑れば、貴族間の対立を激化する事になる。この際だ。花嫁は何名いたとしてもいいだろう。新婚夫婦の仲が悪かろうと良いだろう。既に懐妊している娘達がここに来るのだからその子供達が立派に育ってくれるならば、息子夫婦が生涯仮面夫婦だったとしても貴族である以上それもまた運命だ。

 幸せな夫婦生活という事だけに目を瞑れば、意外にも今の状況は悪くないのかもしれない………

 ストレー侯爵は心の中をそう納得させ、国王に提出する書簡にペンを走らせた。




















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