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ーーお嫌いなの?ーー
と、母のソワイユ伯爵夫人に問われても嫌いで無いから困るわけなのだけれど……素直に嫌いでは無いです、と言えないメリカの立場は苦しいものだ。
「もし、嫌いでは無いです、と答えたなら…どうなるのかしら…?」
「ん?何か言ったかい?メリカ?」
晩餐の後のお茶を頂きなから、メリカはポツリと声を出していた様だ。穏やかな父であるソワイユ伯爵が不思議そうにメリカを見ている。ここ数日タントルからの連絡も贈り物もないので、ソワイユ伯爵も非常に穏やかに過ごせている様で、メリカも胸を撫で下ろしていた。
「いいえ…!このお茶の葉は嫌いでは無いと言ったのですわ…!」
「ふふ、そうだろう。これはね、今度国交を開始するかもしれない、フォトスレア皇国の茶葉だよ。なんでも葉の蒸し方に特徴があるとか、同じ茶葉でも味に変化が出るのが面白いね?」
「フォトスレア皇国?」
「……特使殿が、来ていただろう?その方のお国だ。試しにいくつかの商品の輸出入を開始していてね?メリカ、聞いた事はなかったのかい?」
先日、助けてもらったお礼に特使であるダンをソワイユ伯爵邸にお呼びしている。少なからず見知らぬ同士では無さそうで、両親の目から見ても親しげに会話を楽しんでいる様にも見えた。
「はい……」
そう言えば、メリカはダンの本名すら未だに聞いた事がないのだ。
「何度かお会いしているのでしょう?」
今日だとて、わざわざメリカに薔薇の花をダン自らが持って来たほどなのだから。
「それは、まぁ……」
「そうか……王城でもあの方の顔は充分に知られているから、改まって特使である事は隠し立てする必要もないのだが、あの方の意向だろうね……?」
「きっとそうだと思われますわ。偉ぶるところの無い、奥ゆかしささえ感じることのできるお方でしたもの…」
お客様が来ているにも拘らず眠ってしまって起きなかったメリカを、そっとしておく様にと気遣いをしてくれる程の方だ。思いやりのある、優しい方だとソワイユ伯爵夫人も感じている。
「きっとご自分の事を何も話されないのは、あの方にとっては意味ある事なんでしょうね。メリカ?」
「そうだと…思っております………」
メリカの頭の中がグルグルしている……
「フォトスレア皇国……深紅の薔薇……」
一本の薔薇の意味……赤い薔薇……深く考えてしまうと、顔が熱い……
「……一体、どんな顔をしてお逢いすればいいのか………」
その日、メリカは遅くまで寝付けなかった………
「ですからそんなに眠そうなお顔をしてますの?メリカ様?」
「え?顔に出てまして?」
「えぇ、もちろん。うっすらと隈まであるではありませんの。」
侯爵令嬢ラシーナの別邸に今日もメリカとイリヤーナは招待されお茶を楽しむ。ラシーナがメリカの寝不足の顔を早々に見抜き、どうしたのかと事情を聞いた。メリカは全てを言う事ができずに、次なる仮面舞踏会の事で考え事をしていて眠れなかった、と話しておいた。
「根を詰めすぎては駄目ですわよ?メリカ様の綺麗なお顔の隈を見て、お心を痛める方も居るでしょうから、ね?」
「そうですわね…流石にもうこれ以上両親を悲しませる事は出来ませんし、夜はちゃんと休む様にいたします。」
あらあら、ご両親の事ではなくってよ?と言いたそうなラシーナとイリヤーナは目が合った。ラシーナは扇を広げてそっとイリヤーナに話しかける。
「知らぬは本人ばかりなり、とはよく言ったものですわ………」
「まぁ、では、やはり?」
「ええ、きっとそうですわ…」
「私もそう思います。だって、仮面舞踏会についてなら、メリカ様はもっと生き生きとしておいでだと思いますもの。」
「……そうですわよね?…では、もっと御両人に自覚を持ってもらいましょうか?」
「と、言いますと?ラシーナ様にはお心当たりが?」
「ええ、ありましたわ。」
そう言えば、彼をこちらに引き込んだのはラシーナ自身だったし。つい最近まで、彼から打ち明けられなければ気づきもしなかったラシーナ自身の鈍感さが恨めしくも思えてくる。
ソアラの時にも思ったのだが、付き合いや御愛想で二人の門出を祝福をするのではなく、気心が知れた友人の幸を祈る事があんなにも自分の心まで温かくしてくれるものだとは知らなかった。だからラシーナは、メリカもイリヤーナも心通わせる相手と共になってもらいたいと切に願っている。自分は煮え切らない相手に狙いを定めるとして、一度不幸を味わってしまった友人に二度目も諦めてほしくはなかったのだ。
「ですから、不躾ですが私が、少しだけお二人の背中を押そうかと思っているのですわ。」
ニッコリとこの頃友人の間では出し惜しみしなくなったラシーナの笑顔が花開く。幼く可愛らしく見えるラシーナの笑顔の下では、一体何を考えているのだろうか?
「ま、ぁ!素敵!ラシーナ様!私にも是非!協力させて下さいませ!」
眠そうに目を瞬いてお茶を頂いていたメリカが不思議そうに二人を見つめる。
「ふふふ。待っていてくださいませね?メリカ様…!」
イリヤーナには一瞬、ラシーナの可愛らしい笑顔の中に黒いものが見えた様な気がしたと言う………
と、母のソワイユ伯爵夫人に問われても嫌いで無いから困るわけなのだけれど……素直に嫌いでは無いです、と言えないメリカの立場は苦しいものだ。
「もし、嫌いでは無いです、と答えたなら…どうなるのかしら…?」
「ん?何か言ったかい?メリカ?」
晩餐の後のお茶を頂きなから、メリカはポツリと声を出していた様だ。穏やかな父であるソワイユ伯爵が不思議そうにメリカを見ている。ここ数日タントルからの連絡も贈り物もないので、ソワイユ伯爵も非常に穏やかに過ごせている様で、メリカも胸を撫で下ろしていた。
「いいえ…!このお茶の葉は嫌いでは無いと言ったのですわ…!」
「ふふ、そうだろう。これはね、今度国交を開始するかもしれない、フォトスレア皇国の茶葉だよ。なんでも葉の蒸し方に特徴があるとか、同じ茶葉でも味に変化が出るのが面白いね?」
「フォトスレア皇国?」
「……特使殿が、来ていただろう?その方のお国だ。試しにいくつかの商品の輸出入を開始していてね?メリカ、聞いた事はなかったのかい?」
先日、助けてもらったお礼に特使であるダンをソワイユ伯爵邸にお呼びしている。少なからず見知らぬ同士では無さそうで、両親の目から見ても親しげに会話を楽しんでいる様にも見えた。
「はい……」
そう言えば、メリカはダンの本名すら未だに聞いた事がないのだ。
「何度かお会いしているのでしょう?」
今日だとて、わざわざメリカに薔薇の花をダン自らが持って来たほどなのだから。
「それは、まぁ……」
「そうか……王城でもあの方の顔は充分に知られているから、改まって特使である事は隠し立てする必要もないのだが、あの方の意向だろうね……?」
「きっとそうだと思われますわ。偉ぶるところの無い、奥ゆかしささえ感じることのできるお方でしたもの…」
お客様が来ているにも拘らず眠ってしまって起きなかったメリカを、そっとしておく様にと気遣いをしてくれる程の方だ。思いやりのある、優しい方だとソワイユ伯爵夫人も感じている。
「きっとご自分の事を何も話されないのは、あの方にとっては意味ある事なんでしょうね。メリカ?」
「そうだと…思っております………」
メリカの頭の中がグルグルしている……
「フォトスレア皇国……深紅の薔薇……」
一本の薔薇の意味……赤い薔薇……深く考えてしまうと、顔が熱い……
「……一体、どんな顔をしてお逢いすればいいのか………」
その日、メリカは遅くまで寝付けなかった………
「ですからそんなに眠そうなお顔をしてますの?メリカ様?」
「え?顔に出てまして?」
「えぇ、もちろん。うっすらと隈まであるではありませんの。」
侯爵令嬢ラシーナの別邸に今日もメリカとイリヤーナは招待されお茶を楽しむ。ラシーナがメリカの寝不足の顔を早々に見抜き、どうしたのかと事情を聞いた。メリカは全てを言う事ができずに、次なる仮面舞踏会の事で考え事をしていて眠れなかった、と話しておいた。
「根を詰めすぎては駄目ですわよ?メリカ様の綺麗なお顔の隈を見て、お心を痛める方も居るでしょうから、ね?」
「そうですわね…流石にもうこれ以上両親を悲しませる事は出来ませんし、夜はちゃんと休む様にいたします。」
あらあら、ご両親の事ではなくってよ?と言いたそうなラシーナとイリヤーナは目が合った。ラシーナは扇を広げてそっとイリヤーナに話しかける。
「知らぬは本人ばかりなり、とはよく言ったものですわ………」
「まぁ、では、やはり?」
「ええ、きっとそうですわ…」
「私もそう思います。だって、仮面舞踏会についてなら、メリカ様はもっと生き生きとしておいでだと思いますもの。」
「……そうですわよね?…では、もっと御両人に自覚を持ってもらいましょうか?」
「と、言いますと?ラシーナ様にはお心当たりが?」
「ええ、ありましたわ。」
そう言えば、彼をこちらに引き込んだのはラシーナ自身だったし。つい最近まで、彼から打ち明けられなければ気づきもしなかったラシーナ自身の鈍感さが恨めしくも思えてくる。
ソアラの時にも思ったのだが、付き合いや御愛想で二人の門出を祝福をするのではなく、気心が知れた友人の幸を祈る事があんなにも自分の心まで温かくしてくれるものだとは知らなかった。だからラシーナは、メリカもイリヤーナも心通わせる相手と共になってもらいたいと切に願っている。自分は煮え切らない相手に狙いを定めるとして、一度不幸を味わってしまった友人に二度目も諦めてほしくはなかったのだ。
「ですから、不躾ですが私が、少しだけお二人の背中を押そうかと思っているのですわ。」
ニッコリとこの頃友人の間では出し惜しみしなくなったラシーナの笑顔が花開く。幼く可愛らしく見えるラシーナの笑顔の下では、一体何を考えているのだろうか?
「ま、ぁ!素敵!ラシーナ様!私にも是非!協力させて下さいませ!」
眠そうに目を瞬いてお茶を頂いていたメリカが不思議そうに二人を見つめる。
「ふふふ。待っていてくださいませね?メリカ様…!」
イリヤーナには一瞬、ラシーナの可愛らしい笑顔の中に黒いものが見えた様な気がしたと言う………
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