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43 猫の休日 ジョゼフとステイシーのある一日
しおりを挟む柔らかい上質の毛皮に触れるたびに、この男が何を考えているのかさっぱりと分からない……
ステイシーの婚約が決まってからジョゼフとは幾度となく会っていたけれども、ジョゼフはいつもおどおどしていて覇気がなく、女性をエスコートするよりも女性の後にくっついて歩くようなそんな情け無さしか目に入らない男だった。
決して顔は悪くはないのに、面白くもないし、非常に勿体ない……それがステイシーが感じたジョゼフに対する感想の全てだ。
だからだろうか、数回会ったらステイシーはもうジョゼフに飽きてしまったのだ。この婚約が家のためである事はわかる。貴族としての務めも分かる。でも、分かるだけで直ぐにでも自分がその義務に従う義理はないと思っていた。何と言っても貴族社会は貴族位がものを言う。せめてジョゼフに男としての女を惹きつける魅力か、貴族位がもっと高かったらこんなに不満にも思わなかったかもしれないのに。
ジョゼフは目にも入らない様な下にいる男で、ステイシーは相手にする必要もないと思っていたからこそ、高位の方の誘いに乗った。ストレー侯爵令息タントルは婚約者としてジョゼフしか側に居なかったステイシーにとって、雲の上にいるかの様な素晴らしい人間に見えた。タントルの姿も、資産も、地位も全てがジョゼフよりも上なのだからあたり前かも知れなかったが。
だからステイシーはタントルにのめり込んでいった。途中でタントルの婚約者伯爵家令嬢メリカにその関係がバレても、自分では手を出さないメリカを馬鹿にする形で下に見て、完全に侮っていた。
(この私が…?タントル様に、捨てられる?)
メリカに向かってタントルは衆人環視の中で婚約破棄まで言い渡したのに、最初からステイシーが負けていた事を知った時のあの衝撃は、人生で初めて感じたものだった。メリカが登城を王に止められた後、完全に勝利を勝ち取ったものと高を括っていたのに、徐々にタントルが離れて行った。
「私は君とどうこうなるつもりは無い。」
散々褥を共にしたのにも拘らず、タントルはあっさりとステイシーから離れていった。あれだけタントルの方から愛の言葉を他の貴族達の前でも囁いていたと言うのに……
そのタントルが今では毎日メリカに贈り物を送っていると言う。メリカが帰ってくると信じて彼は疑ってさえいないのだ。
ステイシーは捨てられてた…あっという間にその噂が広まった。華やかだが変わり映えのしない日常を過ごす貴族社会では、この手のゴシップが悪趣味にも非常に喜ばれる。ステイシーも十分に分かっていた事だ。
(だから、何なの?)
遠巻きに見てくる者達や、あからさまに陰口を叩く者達、昨日までは友人として付き合って来た者達も、今は他人よりも遠い存在になっている。タントルと共に大勢の取り巻きに囲まれていたステイシーはたった一晩で一人ぼっちになってしまった。
そして一人になって、分かった事がある。
(このままでは、済まさない!)
勝手に寄って来て勝手に去っていく…人をおもちゃみたいに弄ぶなんて……全ての者が捨てる側にも捨てられる側にもなり得るのに、捨てられた人物が出て来れば嘲りの対象にする……ステイシーも同じ様な事をして来たのに、完全に自分の事は棚に上げてしまった……
その頃のステイシーには自分の為に動いてくれそうな人物と言ったら、いつも自分のら後ろからついて来たジョゼフしか思い浮かばない。頭に血が昇っていたステイシーはジョゼフが自分の味方だと疑いもせずにアーダン伯爵家を訪れた。
訪れて、この小憎たらしい毛皮の手錠を付けられる事になった。
「さあ、ステイシー!こちらがダンス講師のブルックスさん。巷ではとても有名な先生だそうだよ?」
「今更、私にダンスの講師なんて、必要ありませんわ。」
「運動不足だって言ってたでしょう?ダンスは楽しいし、丁度良いと思うのだけど、どう?」
あれが欲しい、これが食べたい、と言えば直ぐに出てくるアーダン家で、もう何日目を過ごしていることやら。一向に手錠も外さず、実家にもステイシーを返す事なくジョゼフはステイシーのお世話を喜んで買って出ている。嫌味を言っても軽く流され、我儘を言えば外に出る以外の願いはほぼ叶える。鉱山を領地に持っているアーダン家の財力であるからステイシーの我儘の様な訴えも軽く叶えてしまうのだろうけど。
「ふ…ん、いいわ。ここにただいるだけでは太っちゃうもの!」
文句は言うが、ジョゼフの提案は大抵受け入れる様になったステイシー。最初の頃こそ、計り知れないジョゼフの考えに恐怖を覚えたものだが、慣れてくればかなり居心地が良いことに気がついたのだ。
そう、居心地がいいのだ……人の目の無い、煩わしい付き合いの無いここの空間が…陰口とは正反対で、使用人達は皆誠実に尽くしてくれているし…
相変わらず上質の毛皮の手錠が、ステイシーの両手を拘束しているけれども、信じられない事に、ステイシーはそんな自分自身に満足まで覚える様になってしまい、明日は念入りにマッサージを受けようと、拘束された両腕を目一杯伸ばすのだった……
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