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「ご自宅の猫さんは今夜は放って置いても大丈夫なんですか?」

 会話の内容の深さに耐えられそうもなくなったイリヤーナがついジョゼフにまた猫の話題を振ってしまった。

「えぇ、もちろんです。夜は一人でも眠れるいい子ですし、一日中人を付けていますから何かあれば対処できますでしょうし、何より、ここに参加する事も私の仕事につながるという事をよく分かっていますから。」

「物分かりの良い……良い猫ちゃんですのね……?」

 ニッコリと嬉しそうに笑うジョゼフを見て、もうこれ以上は聞くまいとイリヤーナはひそかに誓った………

「皆様、お飲み物は足りていまして?」

「シルキー様!」

 天の助け!とばかりにイリヤーナはメリカの方に向き直る。

「シルキー様?愛称に様はいりませんでしてよ?今日の香りは、ラベンダーですのね?」

「ええ、そうですわ!」
 
 今日も母特性の匂い袋をイリヤーナは持参している。

「では、ラベンダーの姫君?何か飲まれます?」

「いいえ、大丈夫ですので、どうかここに居てくださいませ!」

 これ以上は多分耐えられませんと言う何故だかイリヤーナの必死のお願いに、不思議そうにしてメリカは席に座った。

「?…皆様一体何のお話をしていましたの?」

「フフ、猫のお話ですわ。シルキー」

「そうですね。上手に丁寧に買うためには必要な物でして……」

「パールクイーン?猫を飼っておられましたっけ?」

「ええ、その内挑戦してみようかと晴天の君に相談していましたの。」

「そうですの…?」

 メリカには話の内容が今ひとつわかっては居ないのだが、しばらくはこの席で落ち着いておこうと思う。何故なら、ダンは向こうの席で何やらターンを始め数人での話に花を咲かせているようだから。

(今暫くは、まともに顔を見れないと思うのです) 

 平常心、平常心、貴族の務めは社交から………おまじないの様に、メリカは何度も唱えてやっと今晩の仮面舞踏会に参加したくらいだ。当たり障りのない会話だとしても顔を合わせるのは遠慮したい……

 極力ダンの方を見ない様に、気にしないように、視界に入れない様に今晩は動き回っていよう。












『私も出席しとうございました。家庭の都合でお二人の素晴らしい祝福の時を共にできなかった事を酷く後悔しております。
 次回会う機会がありましたら直接お祝いを述べさせて下さいませ。  ショウ』

 翌日、メリカ宛に届いた透かし入りの高級便箋に、ショウの名前でのメッセージ。

「この……透かしは…………」

 ほんのりと薔薇の香りが便箋に染み込ませてあるのだろう。封を切った瞬間から心地よい香りが広がって来たから。けれど、問題は高級紙でも、薔薇の香りでも無く……

 一度開いた手紙を綺麗にたたみ直して封筒に入れ、直ぐ様メリカは家を出る準備をする。行き先はクラウト侯爵令嬢ラシーナの元。




「これを……」

 緊張した面持ちで侯爵令嬢ラシーナの元を訪ねた伯爵令嬢メリカ。ラシーナの前に差し出したのは先程メリカが読んでいたショウからの手紙だった。

「これは?」

 ラシーナも手に取って手紙の差出人を確かめている。

「……あぁ、そう言う事ですのね?」

 ラシーナは差出人を見た瞬間に全てを悟った様に肯いてメリカに微笑んだ。一方メリカは物凄く緊張した面持ちでじっとラシーナを窺う様に見つめている。

「午前中に届いた手紙ですわ。舞踏会は昨夜でしたから、昨夜のことを聞いて夜半遅くか、早朝にお書きになった物だと思います。」

「でしょうね?」

「……お返しのお手紙はいかが致しましょうか?」

 恐れ多くて、両親にさえ相談もできなかった。ラシーナの紹介と言う繋がりに頼ってここに相談に来てみたのだ。

「実は、この方と私、母方の従姉妹にあたりますの。」

「え…?」

「ふふ、ご存じないのも当たり前ですわね?家名が違っていますから。」

 ラシーナの母は隣国の侯爵家の末娘でバレント国へと嫁いで来た。長女にあたる姉君が同じ同国の侯爵家へと嫁いだそうで、その姉君の産んだご令嬢がバレント国へと嫁いだ透かしの入った手紙の主、との事らしい。

「そう、でしたの?」

「ええ、幼い頃は隣国へも度々訪問していましたから、遊んだこともありますのよ?今回の件をお聞きになって、是非、参加してみたい、と。」

 なるほど、身分は明かせないわけだろう…もう既にメリカには知られてしまった様なのだが…

「恐れ多くも、今後も気が付かないふりをした方がよろしいのでしょうか?」

 ショウの顔を見たら、跪いてしまいそうな自分がいるのだけれども……

「そうね?あの方も色々とあるようなのです。ご伴侶があれではね…メリカ様、まだ黙っていて貰えますか?」

「畏まりましたわ…善処いたします。」

「あ、そう言えばバレたらバレたで大丈夫ですから余り気に負わないでと仰っていましたわ。」

「……」

 きっとそんなに簡単な事ではないのだろうとメリカは考える。だって、お相手がお相手だもの………
 メリカの中ではダンの事を考える余地がすっかりと無くなってしまった………
















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