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「と、言う事なのでございます。」
「まぁ!まぁまぁまぁ!そんな楽しそうな…いえ、素敵な事が起こっていらしたの?」
直ぐにでもラシーナに洩らしてしまいたかったメリカだが、初々しい二人に余計なチャチャを入れたくはなくて、次なる仮面舞踏会の今宵までぐぅっと我慢していたのだ。仮面舞踏会のファーストダンスが終われば、直ぐにメリカはラシーナを席に誘い話し出した。
今夜はカベン商会のサルタンと男爵令嬢ソアラはこの会を欠席している。あの後、正式にカベン商会からソアラ嬢の元に婚約を申し込む旨の書類が届いたらしく、両家とも婚約式の為の準備に忙しそうだ。カベン商会といえば、王都よりも西側に広く商売を展開している大商会に入る。だからこそ貴族であるソアラが嫁ぐのになんの遜色も無くソアラの両親にも受け入れられたのだろう。
「シルキー……私、なぜだか自分のことの様に嬉しいですわ。」
なぜだかラシーナの頬はうっすらと染まりうっとりとした表情だ。
「まあ!私もですわ!……私には縁がない物でしたから、余計に嬉しいですわ。」
メリカの呼び名はすっかりシルキーで定着したようだ。
「聞いて、おりましてよ……?」
そんなメリカに同情の目を向けるラシーナ……
「……私達には頭が痛くなる問題しか、残っておりませんわね………」
伯爵令嬢メリカに執着を顕にしている侯爵家令息タントルに、侯爵令嬢ラシーナの家の周りに張り付いている侯爵家令息ユラン。ユランに関しては接触はしてこないものの、それがまた気味が悪いと使用人からも近隣の住人からも一時期嫌悪されていたらしいのだが、害がないと分かればそれが昇華されたのか、既に空気の様な存在になりつつある様だ。
「空気……ですの……?」
メリカの笑顔もついつい引き攣りそうになる。
「居ても居なくても分からない、と言う事では無いかしら?」
慣れ、とは恐ろしいもので、さすがに侯爵令嬢ラシーナは芯がしっかりとしすぎているのか、普通ではないだろうその状況をも受け入れようとしている節がある。
「失礼…パールクイーン?」
パールクイーン…今日のラシーナの呼び名だろう。今日のラシーナは見事にまとめ上げた黒髪に小さなパールを無数に散らしている。ダンが付けた名なのだが、ダンは渾名を付けるのが得意な様だ。
「まぁダン、どうぞ?」
「こんばんは、シルキー。貴方とファーストダンスを踊れなかったのは残念です。是非次回にお相手ください。」
ニッコリと、毎回人当たりの良い笑顔でダンは接してくる。あの日の近寄りがたい緊迫感は今のダンからは見受けられない。
「まあ、ダン。こちらこそ、次回はお手合わせお願いいたします。貴方様は背がお高いから、私が上手く付いていけるか心配ですけれど。」
「あら、そこは大丈夫でしてよ?ダンの腕前は私が保証いたしますわ。」
ダンを紹介したラシーナはダンとそれなりには親しい様で、ダンスの腕前はラシーナのお墨付き。
「あの後、問題なくご帰宅できましたか?」
「え?」
ダンが心配そうに聞いてくる。あの後、とはマルコス商会に出向いた時の帰り道だろう。
「えぇ…何も問題はなく…ダンには恥ずかしいところをお見せして……」
知らなかったとは言え、何と言ってもダンは特使……そんな方に痴情のもつれ…にもなっていない様な恥ずかしい場面に遭遇させてしまったのだから…
「あら?何かありまして?」
メリカの少しの変化にラシーナは敏感に何かを感じ取った。
「いえ、街中でお見かけした所を私が声をかけたのです。そのまま、お目当ての店までご一緒したまでですが。」
「まあ、ダン貴方。お茶の一つも誘わないなんて、レディへの対応がなっていないのではなくて?」
あの日のダンは非常に頼りになる紳士だったとメリカは記憶している。ダンが居なかったら自分はあのままタントルにストレー侯爵家まで連れて行かれていたかもしれないからだ。だから感謝しても仕切れないほど、感謝はしているのだ。
「あぁ、本当だ!私とした事が国の母に知られたらお小言をもらってしまいそうな程の無作法をしましたね。では、どうでしょうシルキー?その機会を頂けませんか?」
「え……?私ですか?」
(今はソアラとサルタンの話で盛り上がっていたはずで……?あら…?)
「ええ、ダンはシルキーをお茶にお誘いしたいのですって!いかが?」
あら、まあ!と周囲の席に座っていた参加者達からも会話が消えていく。これ見よがしにこちらを見ては来ない作法を心得た者達ばかりだが、その分シン、と会話が途切れこちらに注意を傾けている事が痛いほどに分かってしまう。
「でも、身分を持っての強要はいけませんから、シルキーには勿論のことお断りする権利もございますわね?」
「えぇ、そうでしたね……」
少し寂しそうに微笑むダンに、意味ありげな視線を送るラシーナ。どうやら二人は随分と気心を知れる間柄らしい。
嫌だと言うのに無理を言う紳士と、寂しそうに返答を待つ誠実な紳士と、恥ずかしながらも選ぶのならば決まっているだろうし、ダンに助けてもらった時の返礼もしていなかったメリカは、覚悟を決めた。
「分かりましたわ。ダン…私もお礼が遅れてしまいまして重ねて恥ずかしい限りですわ。では、お礼を兼ねて私が招待してもよろしいでしょうか?」
内心、恐れ多くも特使様に、と恐縮しきりなメリカだが、なんとか顔に出す事なくその場を乗り越える事ができた………
「まぁ!まぁまぁまぁ!そんな楽しそうな…いえ、素敵な事が起こっていらしたの?」
直ぐにでもラシーナに洩らしてしまいたかったメリカだが、初々しい二人に余計なチャチャを入れたくはなくて、次なる仮面舞踏会の今宵までぐぅっと我慢していたのだ。仮面舞踏会のファーストダンスが終われば、直ぐにメリカはラシーナを席に誘い話し出した。
今夜はカベン商会のサルタンと男爵令嬢ソアラはこの会を欠席している。あの後、正式にカベン商会からソアラ嬢の元に婚約を申し込む旨の書類が届いたらしく、両家とも婚約式の為の準備に忙しそうだ。カベン商会といえば、王都よりも西側に広く商売を展開している大商会に入る。だからこそ貴族であるソアラが嫁ぐのになんの遜色も無くソアラの両親にも受け入れられたのだろう。
「シルキー……私、なぜだか自分のことの様に嬉しいですわ。」
なぜだかラシーナの頬はうっすらと染まりうっとりとした表情だ。
「まあ!私もですわ!……私には縁がない物でしたから、余計に嬉しいですわ。」
メリカの呼び名はすっかりシルキーで定着したようだ。
「聞いて、おりましてよ……?」
そんなメリカに同情の目を向けるラシーナ……
「……私達には頭が痛くなる問題しか、残っておりませんわね………」
伯爵令嬢メリカに執着を顕にしている侯爵家令息タントルに、侯爵令嬢ラシーナの家の周りに張り付いている侯爵家令息ユラン。ユランに関しては接触はしてこないものの、それがまた気味が悪いと使用人からも近隣の住人からも一時期嫌悪されていたらしいのだが、害がないと分かればそれが昇華されたのか、既に空気の様な存在になりつつある様だ。
「空気……ですの……?」
メリカの笑顔もついつい引き攣りそうになる。
「居ても居なくても分からない、と言う事では無いかしら?」
慣れ、とは恐ろしいもので、さすがに侯爵令嬢ラシーナは芯がしっかりとしすぎているのか、普通ではないだろうその状況をも受け入れようとしている節がある。
「失礼…パールクイーン?」
パールクイーン…今日のラシーナの呼び名だろう。今日のラシーナは見事にまとめ上げた黒髪に小さなパールを無数に散らしている。ダンが付けた名なのだが、ダンは渾名を付けるのが得意な様だ。
「まぁダン、どうぞ?」
「こんばんは、シルキー。貴方とファーストダンスを踊れなかったのは残念です。是非次回にお相手ください。」
ニッコリと、毎回人当たりの良い笑顔でダンは接してくる。あの日の近寄りがたい緊迫感は今のダンからは見受けられない。
「まあ、ダン。こちらこそ、次回はお手合わせお願いいたします。貴方様は背がお高いから、私が上手く付いていけるか心配ですけれど。」
「あら、そこは大丈夫でしてよ?ダンの腕前は私が保証いたしますわ。」
ダンを紹介したラシーナはダンとそれなりには親しい様で、ダンスの腕前はラシーナのお墨付き。
「あの後、問題なくご帰宅できましたか?」
「え?」
ダンが心配そうに聞いてくる。あの後、とはマルコス商会に出向いた時の帰り道だろう。
「えぇ…何も問題はなく…ダンには恥ずかしいところをお見せして……」
知らなかったとは言え、何と言ってもダンは特使……そんな方に痴情のもつれ…にもなっていない様な恥ずかしい場面に遭遇させてしまったのだから…
「あら?何かありまして?」
メリカの少しの変化にラシーナは敏感に何かを感じ取った。
「いえ、街中でお見かけした所を私が声をかけたのです。そのまま、お目当ての店までご一緒したまでですが。」
「まあ、ダン貴方。お茶の一つも誘わないなんて、レディへの対応がなっていないのではなくて?」
あの日のダンは非常に頼りになる紳士だったとメリカは記憶している。ダンが居なかったら自分はあのままタントルにストレー侯爵家まで連れて行かれていたかもしれないからだ。だから感謝しても仕切れないほど、感謝はしているのだ。
「あぁ、本当だ!私とした事が国の母に知られたらお小言をもらってしまいそうな程の無作法をしましたね。では、どうでしょうシルキー?その機会を頂けませんか?」
「え……?私ですか?」
(今はソアラとサルタンの話で盛り上がっていたはずで……?あら…?)
「ええ、ダンはシルキーをお茶にお誘いしたいのですって!いかが?」
あら、まあ!と周囲の席に座っていた参加者達からも会話が消えていく。これ見よがしにこちらを見ては来ない作法を心得た者達ばかりだが、その分シン、と会話が途切れこちらに注意を傾けている事が痛いほどに分かってしまう。
「でも、身分を持っての強要はいけませんから、シルキーには勿論のことお断りする権利もございますわね?」
「えぇ、そうでしたね……」
少し寂しそうに微笑むダンに、意味ありげな視線を送るラシーナ。どうやら二人は随分と気心を知れる間柄らしい。
嫌だと言うのに無理を言う紳士と、寂しそうに返答を待つ誠実な紳士と、恥ずかしながらも選ぶのならば決まっているだろうし、ダンに助けてもらった時の返礼もしていなかったメリカは、覚悟を決めた。
「分かりましたわ。ダン…私もお礼が遅れてしまいまして重ねて恥ずかしい限りですわ。では、お礼を兼ねて私が招待してもよろしいでしょうか?」
内心、恐れ多くも特使様に、と恐縮しきりなメリカだが、なんとか顔に出す事なくその場を乗り越える事ができた………
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