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「!?」

「これは…?」

 金の懐中時計に彫られている模様は、バレント国の国旗に重なる様に羽撃く鷹の姿。
 
 残念だが、メリカにはそれが何を意味を表しているのかは分からない。が、怪訝そうに懐中時計に目をやったタントルの表情が徐々に驚愕のものへと変わって行く。

「……あ、なたは……?」

「私がどういう者か、お分かり頂けたか?」

「そんな、なぜ、貴方のような方がここに居られる?」

 今まで余裕綽々とダンと対峙していたタントルとは思えない程の慌てぶりにメリカの方が混乱してくる。

「あの、ダン?これはどういう事ですの?」

 メリカはダンに抱き寄せられたままキョトンとダンを見上げて、ダンからの解答を待っている。

「メリカ!その方に無礼を働いてはいけない!直ぐに、そこを離れるんだ!」

「え?無礼?ストレー様、どう言う事ですの?」

 どう考えても、今までの態度はタントルの方が無礼ではないかと思えるのだが、なぜかタントルはメリカがダンに寄り添っている事がダンに無礼に当たると言う。

「このままで構わないよ、メリカ嬢。私は貴方の事を無礼だと思った事は一度もない。」

 混乱しているメリカにダンは優しく微笑み返してタントルに向き直った。

「これが何かお分かりになる様だね?ストレー殿?」

「う、は、はい。」

「では、今は引いていただこう。私はメリカ嬢の友人として、彼女と少し話がしたい。」

「ゆ、友人?どういう事です?メリカが、特使殿の友人などと信じられませぬ…!」

(特使…?)

「……!?…特使様!?」

 特使、と言う聞き慣れない言葉に一瞬で理解できなかったメリカだが、心当たりのあるものに行き着いて、タントルと同様に驚きの声をあげてしまった。

 特使とは、新たに国交を始めようとする国の大使の事で、バレント国側に来た他国の大使はダンが持っていたような金の懐中時計で身分を表す習わしになっている。特使はこの国を国交に値するか見定める為に来るので、受け入れる国側は特使への対応は極めて慎重にならざるを得なくなるのが通例だ。バレント国は遥か昔から他国の知識や技術を取り入れて栄えて来た節がある。その為、バレント国への特使は国内において全ての権利を優遇される程の歓待を受けるのだ。

 その、特使が今メリカを腕に抱いている………

 場合によっては王の次程の権威を持つ立場にいる特使であるダンが、まさか街中をフラフラと歩いているなんて誰も思わないだろう。

「すまない。メリカ嬢…驚かせてしまったかな?」

「……いいえ……!?こ、こちらこそ、失礼を働いてしまって……」

 やっとメリカは自分の立場を理解して、特使に対してあるまじき事態に落ちいっていると気がついた。

 メリカは急いで身を離し、礼を取ろうと……取ろうと……

「あの……ダン……様?」

 メリカはダンの本名を知らず、偽名で呼ぶしかないのだが、ダンはメリカを離そうとも為ずに未だにメリカはダンの腕の中だ。

「私は君の友人だと思っている。今まで通り、ダン、と読んでくれると嬉しいのだが…?」

「お、恐れ多いですわ。」

「ストレー殿。先日、ある所で私はメリカ嬢に会っている。だから、メリカ嬢は私の友人だ。いいね?私を歓迎してくれるお気持ちがあるのなら、メリカ嬢どうか、私と友人として接していただきたい。」

「な!メリカ…!なぜ早く言わなかったのだ!特使殿だと知っていたら、少しの邪魔立てもしなかったのに…!」

(それは…また、どう言う了見でございましょうストレー様…?私だとて、今し方ダン様が特使様だと知ったというのに…
特使様が望まれたら、ストレー様は喜んで私を差し出した、と言う事でしょうか?)

 タントルのあまりの言葉にメリカは何も言えない。

「そういう訳だ。ストレー殿、は遠慮して頂きたいものだな。」

「は…心得、ましてございます。」

 タントルがダンに礼をとった所で、ダンの付き人が声をかけてきた。

「若君…ご令嬢はご予定があったのでは?」

 わざわざ貴族の令嬢が街中で馬車を降りたのだ。用事を済ませにきたと考えるのは妥当。

「おやそう言えば、ご予定が?」

 礼を取るタントルを手であしらって、ダンはメリカの手を改めて引き、エスコートしてくれる。

「は、はい。人と会う約束がありましたの。」

 今までの事を飲み込む事で精一杯で胸がドキドキしてくるし、目の端に映るタントルの姿が気になるメリカだが、目の前にいるダンは見事にタントルを眼中から外している。

 もう話は終わった、この意味が分からなければ特使の歓待など出来はしないだろう。これ以上タントルは言葉をかけずにその場去って行った。

「そうですか。では、そちらまでぜひご一緒しても?」

「よろしいのですか?ダン様も何かご予定があられたのではありませんか?」

 特使に失礼をしてはいけないとメリカは気が気ではない。友人と言ってくれたダンの気持ちはもちろん嬉しかったのだが、メリカとてバレント国の貴族だ。目上の方への対応の重要性は嫌というほど熟知しているのだから。

「どうか、遠慮なさらずに…難しいかもしれませんが、貴方に友人と思っていたいだけるだけでも嬉しいのです。」

 ダンの瞳は少しだけ、寂しそうな光を宿す。メリカよりもずっと上位に居るダンではあるが、それでもメリカに強制はせずに真摯に向き合ってくれている。
 その心に応える位ならば、お叱りは受けないのではないのだろうか?ションボリとしてきそうなダンが、なんだか可愛く見えてきてしまったメリカは、それでは、とダンのエスコートを受ける事にした。







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