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 今日向かった牧場はボンソン牧場という。家族経営の牧場で規模はそんなに大きくは無い。が、厳選された牛を選び独自の飼育法でのびのびと飼育している。ここの牛達から取れるミルクは濃厚で甘味が強く、地元には有名な牧場だ。牛の頭数が少ない為に市場にその牛達のミルクは出回ってはいない。

「ようこそ!おいで下さいました!」

 牛や馬の鳴き声響く牧場に決して釣り合わない様な貴族の令嬢がわざわざここまで足を運ぶ……それだけでも牧場内では大ニュースだ。

「このような所に、お嬢様のような方がいらっしゃるとは…!」

「こんにちは。貴方がボンソンさんですの?」
 
「はい、左様でございます!して、ミルクの購入でございましたか?」

 ここに来る数日前にはこの牧場に訪問したい旨と出来たらばミルクとバターの購入をしたい旨を伝えていたのだ。

「ええ、そうなのですけれども可能かしら?」

 何と言っても人気お菓子店に下さなければならない物があるだろうから、余分が無ければ購入は出来ない。

「はい。買われたいと言われる量にもよりますが、どうぞこちらに…先ずはお気に召しますかどうか、お味見をして頂きとうございます。」

 ボンソンが出して来たのは小さなミルクの瓶を数個と小さなカップに入ったバターだ。

「まあ!よろしいんですの?」

「ええ、これ位ならば直ぐにお出しできますが、決まった量となるとお時間頂かなくてはならなくなります…」

「分かりましたわ!こちら、もらって帰っても?一緒に相談して決めたいと思いますので。」

「はい!それはもう。よろしくお願いします!」

 牧場主のボンソンは何度も頭を下げて忙しい中見送りをしてくれた。

「あまり、裕福そうには見えませんわね?」

「そうでしょうとも、ここは牧場ですもの。」

 農場や牧場は土地を領主に借りて生産物を作る形になる。だから、その土地の地主がどれだけ利益を取るかで、農場や牧場の利益が大きく変わってくるのだ。

「こだわりがあって素晴らしいものを作るのなら、その利益は十分に返してあげたいですわね…?」

 メリカは勿体無いと思うのだ。良い物を作るのだったら十分に支援さえすれば良い物がもっと流通するだろうと思うのに……








「それは、その品の市場価値を落としたくないのではありません事?」

 約束していたラシーナの屋敷であるクラウト侯爵邸別邸に到着後、メリカはラシーナからそう言われた。

「そうですわね…市中に同じ品が溢れれば人気お菓子店の価値も下がりますわね…」

 ラシーナに言われてみれば至極納得がいくものだったが、良い品を作っている人達の暮らしぶりをもう少し上げてあげたいと、どうしてもメリカは思ってしまう。

「それも確かにそう思いますわ。このミルクの濃厚な事……甘くてまったりとしていて、このままでも十分に美味しいですわ。」

「ええ、ラシーナ様もそう思いますでしょう?」

「それに、バターの香り高いことと言ったら…!言葉が出て来ませんわ!」

 今日はイリヤーナもラシーナ邸にお呼ばれしている。メリカが目をつけた牧場からの新鮮なミルクとバターの、その味見会を兼ねてのお茶会だ。

「焼きたてのパンケーキになんて会うのかしら?もう、他に何も付けなくてもパンケーキがご馳走になりましたよ!」

 イリヤーナはやや興奮気味にバターの濃厚さと風味を伝えようとしてくれている。

「本当ですわね…?絶品と言ってもいいのでは無いでしょうか?」

 お菓子や料理だけにではなくて、男性用に酒のつまみにも喜ばれそうだ。

「こちらはあの有名店に卸しているとか?」

「ええ、そうなのですわ。ですからお品はとても良いものだろうと足を運んでみましたの。」

「その通りでしたわね?ん~、カルタス!」
 
 少し考え込んだラシーナがこの屋敷の執事を呼んだ。

「はい、何でございましょう?」

「シェフの手は今空いていて?」

「はい、いかようにも対応できます。」

「では、これらの味見とスイーツの考案を…」

「ミルクと、バターでございますか?どちらの商品でございましょうか?」

「ボンソン牧場ですわ。」

「ソワイユ伯爵ご令嬢がお持ち頂いた物でしたね?」

「ええ、そうです。」

「承りました。それと……お嬢様…あの…」

 ハキハキと受け答えしていた執事のカルタスが言い澱む。

「どうかして?」

「あの…お伝えするべきかどうか…迷ったのですが…」

「何です?」

「……屋敷の表の角に、あの、エイドルフ様が………」

 大変に申し訳ない様に、カルタス執事はラシーナに申し伝えた。
 
 エイドルフ様…とくればユランだろう……

「何か、言付けでも?」

「いえ、特には……」

 ラシーナはユランの訪問を徹底的に断っている状況だ。本宅にいればカードにプレゼントに本人の訪問にと、うるさい限りなので別邸に隠れているのだが……しばらくすればまぁ、見つかるだろうことはラシーナにもある程度分かっていた事だ。

「何も、言ってはこないのですか?」

「………はい……」

 父親のエイドルフ侯爵から帰ってくるな宣言を出されてから、ラシーナへの面会を求めて日参して来たユランだが、ラシーナが別邸に移ってからは訪問もなくなり快適な時間を過ごしていたというのに……

「あの……ラシーナ様……」

 仮面舞踏会を共に過ごした気安さからか、イリヤーナがそっと打ち明けた…


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