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遣いも寄越さずにソワイユ伯爵邸にストレー侯爵家タントルが訪問したと聞いて、ソワイユ伯爵は言葉を失った。彼方からの一方的な婚約破棄に続いてこの不作法…一体何を考えているのかと、タントルの頭の中を疑いそうになる。が、口には出さずに必死に対応を練ろうとソワイユ伯爵は頭を絞る。
「お父様、今日は寝込んでいる事にして事なきを得ましたの……」
メリカも疲れた顔をしていた。遅れた晩餐に大好物が出たとしても気分は晴れない。
「ふむ……随分と失礼な訪問だが、彼方は目上…姻戚というわけにもいかず、何かを言うわけにも……」
もしかしたら、ストレー侯爵は今夜の事を知らないかも知れないからだ。このまま事を荒げずに黙っていればストレー家の恥は隠されたままになる。少々厳格な所があるストレー侯爵に知られればタントルもお叱りを受けるだろう。
「では、またこの様なことがあったらどうしましょう?」
ソワイユ伯爵夫人も困り顔。以前ならば喜んでお迎えしていたタントルの訪問を、理由をつけて今日は断った。タントルの言動からして、また日を改めてという様に受け取った。
「また、来られると…?」
「侍女が言うには、タントル様に心配をかけまいとしてのお断りだと受け取ったらしい、との事でしたわ。」
「……」
訪問予定も告げずになんの関係もない他家の者が突然に訪問する…市中ならば当たり前の光景でも、貴族社会においては相手を貶める程の失礼にあたることもあるのに……
「……逃げますわ………」
ボソリ、と暗い顔のメリカが言う……
「メリカ?逃げるなんてどこに?」
こちらは伯爵家、彼方は侯爵家、持てる領土も資産も違うし、婚約を交わした時に互いの所有する土地や屋敷も開示し合っている為に、メリカの滞在先など直ぐにバレてしまうだろう。
「私、やりたい事がございますの。」
「やりたい事とは、この間話してくれた友人達との集まりかい?」
初めて子供達だけで計画し、全てを取り仕切ったとソワイユ伯爵は聞いた。出席者は大いに喜んでくれたらしく、大成功と言ってもいいのではないかと言ってメリカが両親にも話していたものだ。
「ええ、そうですわ。その舞踏会に集まって下さった方々との繋がりを大切にしたいと思っておりますの。今更……」
そう、今更タントルが何を言って来てもまた以前の様な婚約者の立場には戻りたくもないし、その気もなかった。
「だから、次の集まりのために時間を掛けたいのですわ。タントル様のお相手をしていたら私の時間が私のものでは無くなりますもの。」
常に気を張って隣に立つタントルを注視しなくてはならなかったあの時間の中で、どれだけのものを知り、行うチャンスを無くしていたのだろう。その時間を返して欲しいとさえ思うのに……
「幸いにお友達も何人かできましたし、外出する楽しみも見つけました。しばらく日中はこれで逃げようかと……」
「……そうだな…私の方からは再度ストレー様の方にお断りの手紙を書こう。メリカはしばらく好きにしていなさい。」
「ええ、ありがとうございます。お父様。」
つい先日、マルコス商会に出向いて買い物をする楽しさを知ったのだ。ならば、もっと他にも出歩いて色々な店を見て歩きたいし、ラシーナの所やイリヤーナの所にももっと訪問して次の計画を練りたかったのだ。
逃げます、の宣言通り、翌日からメリカは朝も早くから徹底的に外出する様になった。
「お嬢様!今日はどちらへ?」
ずっと花嫁修行とやらで、自宅であるソワイユ伯爵家とストレー侯爵家と王城の三か所を定期的に動いていたにすぎないメリカがこの頃生き生きとしている。つい先日開催した友人達との一時が成功に終わり、かなり自信を付けられたみたいだ。ソワイユ伯爵家の使用人の間では、活発に行動するメリカの様子が微笑ましくて良くこの噂が上がっていた。
付き添いの侍女が慌ただしく支度を手伝い、お供について行く。
「今日は郊外にある牧場ですわ。」
「は?お嬢様が牧場に?」
呆気に取られる侍女に、歩きながらメリカは説明をする。
「ええ、有名なお菓子店にバターや乳製品を卸している牧場があるそうなの。」
その菓子店は王室や外国の貴族達にも人気な店で、要予約が必要な程の人気を誇っている所だ。
「ええ、そのお菓子店のことならば噂は聞いた事がございます。」
「でしょう?お菓子店は予約で今からでは入手困難。ですから、直接牧場に行ってミルクやバターを売ってもらえないかと…」
郊外にある貴族の領地では大抵牧場や農場の一つや二つ、三つや四つ、貴族の位に応じて持っているのが普通だが、彼らの知名度は決して高くはない…美味しいお菓子や料理を作る時には料理人の腕は必要で、人気沸騰の菓子店も優秀なパティシエがいるからこそのものだ。が、いくら腕が良くても、材料が傷んでいたら美味しい物にはならないだろう。だから、有名な菓子店に材料を卸している牧場のミルクやバターはそれだけでも上質な物ではないかとメリカは思ったのだ。
「今からお菓子は手に入らないかも知れませんけど、材料でしたら?もし、手に入ったならば、美味しいおもてなしができるかも知れないわ。」
ニコニコ笑う皆さんの顔が楽しみですわ、メリカは既に上機嫌だ。
「お父様、今日は寝込んでいる事にして事なきを得ましたの……」
メリカも疲れた顔をしていた。遅れた晩餐に大好物が出たとしても気分は晴れない。
「ふむ……随分と失礼な訪問だが、彼方は目上…姻戚というわけにもいかず、何かを言うわけにも……」
もしかしたら、ストレー侯爵は今夜の事を知らないかも知れないからだ。このまま事を荒げずに黙っていればストレー家の恥は隠されたままになる。少々厳格な所があるストレー侯爵に知られればタントルもお叱りを受けるだろう。
「では、またこの様なことがあったらどうしましょう?」
ソワイユ伯爵夫人も困り顔。以前ならば喜んでお迎えしていたタントルの訪問を、理由をつけて今日は断った。タントルの言動からして、また日を改めてという様に受け取った。
「また、来られると…?」
「侍女が言うには、タントル様に心配をかけまいとしてのお断りだと受け取ったらしい、との事でしたわ。」
「……」
訪問予定も告げずになんの関係もない他家の者が突然に訪問する…市中ならば当たり前の光景でも、貴族社会においては相手を貶める程の失礼にあたることもあるのに……
「……逃げますわ………」
ボソリ、と暗い顔のメリカが言う……
「メリカ?逃げるなんてどこに?」
こちらは伯爵家、彼方は侯爵家、持てる領土も資産も違うし、婚約を交わした時に互いの所有する土地や屋敷も開示し合っている為に、メリカの滞在先など直ぐにバレてしまうだろう。
「私、やりたい事がございますの。」
「やりたい事とは、この間話してくれた友人達との集まりかい?」
初めて子供達だけで計画し、全てを取り仕切ったとソワイユ伯爵は聞いた。出席者は大いに喜んでくれたらしく、大成功と言ってもいいのではないかと言ってメリカが両親にも話していたものだ。
「ええ、そうですわ。その舞踏会に集まって下さった方々との繋がりを大切にしたいと思っておりますの。今更……」
そう、今更タントルが何を言って来てもまた以前の様な婚約者の立場には戻りたくもないし、その気もなかった。
「だから、次の集まりのために時間を掛けたいのですわ。タントル様のお相手をしていたら私の時間が私のものでは無くなりますもの。」
常に気を張って隣に立つタントルを注視しなくてはならなかったあの時間の中で、どれだけのものを知り、行うチャンスを無くしていたのだろう。その時間を返して欲しいとさえ思うのに……
「幸いにお友達も何人かできましたし、外出する楽しみも見つけました。しばらく日中はこれで逃げようかと……」
「……そうだな…私の方からは再度ストレー様の方にお断りの手紙を書こう。メリカはしばらく好きにしていなさい。」
「ええ、ありがとうございます。お父様。」
つい先日、マルコス商会に出向いて買い物をする楽しさを知ったのだ。ならば、もっと他にも出歩いて色々な店を見て歩きたいし、ラシーナの所やイリヤーナの所にももっと訪問して次の計画を練りたかったのだ。
逃げます、の宣言通り、翌日からメリカは朝も早くから徹底的に外出する様になった。
「お嬢様!今日はどちらへ?」
ずっと花嫁修行とやらで、自宅であるソワイユ伯爵家とストレー侯爵家と王城の三か所を定期的に動いていたにすぎないメリカがこの頃生き生きとしている。つい先日開催した友人達との一時が成功に終わり、かなり自信を付けられたみたいだ。ソワイユ伯爵家の使用人の間では、活発に行動するメリカの様子が微笑ましくて良くこの噂が上がっていた。
付き添いの侍女が慌ただしく支度を手伝い、お供について行く。
「今日は郊外にある牧場ですわ。」
「は?お嬢様が牧場に?」
呆気に取られる侍女に、歩きながらメリカは説明をする。
「ええ、有名なお菓子店にバターや乳製品を卸している牧場があるそうなの。」
その菓子店は王室や外国の貴族達にも人気な店で、要予約が必要な程の人気を誇っている所だ。
「ええ、そのお菓子店のことならば噂は聞いた事がございます。」
「でしょう?お菓子店は予約で今からでは入手困難。ですから、直接牧場に行ってミルクやバターを売ってもらえないかと…」
郊外にある貴族の領地では大抵牧場や農場の一つや二つ、三つや四つ、貴族の位に応じて持っているのが普通だが、彼らの知名度は決して高くはない…美味しいお菓子や料理を作る時には料理人の腕は必要で、人気沸騰の菓子店も優秀なパティシエがいるからこそのものだ。が、いくら腕が良くても、材料が傷んでいたら美味しい物にはならないだろう。だから、有名な菓子店に材料を卸している牧場のミルクやバターはそれだけでも上質な物ではないかとメリカは思ったのだ。
「今からお菓子は手に入らないかも知れませんけど、材料でしたら?もし、手に入ったならば、美味しいおもてなしができるかも知れないわ。」
ニコニコ笑う皆さんの顔が楽しみですわ、メリカは既に上機嫌だ。
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