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 伯爵令嬢メリカの元に集まった参加表明署名は既に複数枚に達している。

「順調に集まりましたわね?」

 紙に書かれた名前はどれも見知った者ばかり…

(あの方も、そうそう、この方も壁の花でいらっしゃいましたわ………)

 遠くない思い出には哀愁が漂っているものだけれど、どなたも立派な貴族家のご令嬢にご令息……

「メリカ様、商会のご子息も名を連ねておいでですよ?」

 一枚の紙を持ちながら男爵令嬢イリヤーナが嬉しそうに言う。その紙にはマルコス商会、ターン・マルコスの名だ。

「あら、嬉しいですわね、イリヤーナ様?マルコス商会でしたらこの国きっての商会ですもの。何かと相談にも乗ってもらえそうですわ。」

 仮面舞踏会を開くにしても何かと物入り…侯爵令嬢ラシーナの紹介なのだが、ラシーナは素晴らしく起点が利く。

「本当…高位貴族の方々は名前だけで生きているわけではありませんものね?周囲に気を回さなければ成らないお立場ですもの…尊敬しますわ。」

「そうですわね。ありがたい事です。早速ラシーナ様にお礼の手紙と、マルコス商会にも連絡を入れてみましょう。それに、場所の下見にも行きなくてはいけませんわね?」

「メリカ様、どこかにあてがありまして?」

「ええ!もちろん!」





 メリカの候補地は郊外にある。貴族の館が乱立している城下で場所を確保するとなると何かと目立つ。郊外でも治安の乱れが少ない王都の端…警備兵の詰所も近く他の繁華街に紛れて悪目立ちはしなそうな場所に目をつけてある。会場を借り上げる形になるが郊外の為賃料は高くはないし、掛かる費用といえば会場の飾り付けに、飲料、食事の提供と楽師達くらいだ。参加人数が多く無ければ、開催費は嵩むものではないだろうし、これが成功すれば数回のお試し後に参加維持費として少額の寄付を募っても良いかもしれない。参加者達が伸び伸びと参加し、お喋りを楽しめるそんな一時の為に素敵な場所になれば良いと心からメリカは思う…









「ラシーナ様!マルコス商会のご紹介有難うございました!」

 メリカはラシーナの別邸に招待され、今後の話を詰めようと来訪している。ラシーナの紹介により、大手の商会との伝手ができるとは大きな収穫だった。ラシーナの顔を見た途端、招待のお礼よりも真っ先に紹介に対するお礼が口走った程に嬉しい収穫があったのだ。

「まあ!いらして下さってから早速、メリカ様の大輪の花の様な笑顔を見れるなんて…今日は良い日ですわ!」

 ラシーナもすっかりとメリカに打ち解けて、幼さを気にしている可愛らしい笑顔を惜しげもなく向けてくれた。

 一部の隙もない様なラシーナに、大輪の花と例えられてはメリカも恥ずかしくなってしまうが、恥も外聞もなく嬉しい話が沢山あって、自制するより感謝が溢れ出してしまった結果だった。

「ふふふ、メリカ様は何か素晴らしい報告がおありのご様子。ゆっくりお聞きしてもよろしくて?」

「ええ、もちろんでございます!是非、聴いて頂きたいのですわ!」

 メリカは常に己を律する事に長けてきた。タントルを相手に我儘を言わず、自分の事よりも先ずはタントルの事を一番に考えてきたのが当たり前と思って過ごした期間が長かったのだから、もう、特技と言っても良い程に自制心は身についているはずだった。けれども、そんなメリカが今日は興奮している。ちょっとしたラシーナの心遣いがメリカの心に随分と刺さった様だ。

「私、先日ご紹介のあったマルコス商会に行ったのです!」

 ラシーナからの紹介後、直ぐに連絡を入れたメリカは、ターン・マルコス側からも快く了承されてマルコス商会で面会をすることになった。
 大商会の一つ言われるだけあって、いつもならば自分の足では出向かない本店に入ることになったメリカだが、その店の大きさや商品の品揃え、量、国内の物だけではなくて外国の物に至るまで目移りする程の商品に埋もれてしまうのではないかと思う程、次から次へと商品を目の前に並べられ説明をされてしまった。ランチやそれこそディナーを挟んで、深夜近くに至るまで説明が終わる事はなく、メリカと付き添いの侍女が目を廻す程の商品の保有力は流石は大商会と言わざるを得なかった。

 マルコス商会で会ったタールは、今年20を超える。店員の中でもまだ若い駆け出しの様にも見えた。髪も目もごく平凡な栗色で、色的にはメリカの髪と大差ない外見だ。が、同じ髪色ですね、とメリカの言葉にはタールは強く否定をし、どれだけメリカの髪が艶やかで滑らかで、しっとりとして見えるか、髪のしなもここまでの輝きもそうそうお目にかかった事がない一級品だと強く言い切られてしまった。お供について来たメリカの侍女も隣でうんうんと肯いていれば、誇大評価も有るのだろうが、あながち今までの家族の評価も嘘ではないのかな、と思えるのだが……そしてメリカの容姿を多大に評価して女性を立ててくれたタールは、商売についても手を抜かなかった。豊富な種類の商品の中から、メリカの希望を良く拾っては心の琴線にかかる見事な商品を選び絞ってくれた。どれも見ているだけで心が躍る様な素晴らしい物だ。特に生物で管理が難しいであろう生花の種類が豊富でカタログを見るだけでも目を白黒させてしまうほどだ。

「ふふふ…マルコス商会の洗礼は物凄いでしょう?私もあそこから一生出られないかと思った事も有りますもの。」

 クスクスクスクス、楽しそうなラシーナの声が響く。









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