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 イリヤーナが大いに疑問に思うのも無理はない。そもそも、社交場においてしか他家との出会いが無い様な貴族の令嬢の立場で、最も最大な社交の場である王城の舞踏会に出席しない事を決めたばかりだ。

「イリヤーナ様、社交の場がないなら、作れば良いと思いませんこと?」

「場を、作る?」

「そうですわ。私、婚姻なんて懲り懲りですけど、社交の場やおしゃべりの場は欲しいのですもの!だから、作ってしまおうかと。」

 うふふ、と悪戯をバラす子供の様に、メリカはワクワクとしてくる。

「…お茶会を、開かれるのですか?」

「いいえ!お茶会の席でしたら今の舞踏会と変わりませんでしょう?」

 これでは身分云々、家柄云々がそのままお茶会に移動しただけになる。

「それでは意味がありませんの。」

「意味が、ない……」

 メリカの言葉にイリヤーナは首を傾げる。

 楽しそうにチョコレートを摘んでは、メリカがの内容を話し出した。

「仮面舞踏会ですわよ…」

 メリカは内緒話をするみたいにイリヤーナだけに聞こえる声でそっと囁く。
 
「仮面、舞踏会…?」

 一部の人達に知っている者もいるのだろうが、まだ若いメリカやイリヤーナは足を運んだ事がない。

「それって……なんだか…いけない匂いがするのですが……?」

 仮面を被った男女の一時の出会いのためだけに開いている、世間での認識とはこんなものではないだろうか?

「まぁ!そんなに卑猥なものに捉えないで下さいませね?一時の享楽を得ようとは思っていませんのよ。」

 悪魔でもメリカの狙いは、お喋りと情報交換。それも身分に囚われず誰彼かまわず発言しても良いと言う場所の事。

「仮面を付けるのはその方の身分を今だけは覆い隠すと言う意味ですわ!ここでなら、誰に話しかけても構いませんの。」

「あの……メリカ様……仮面をつけただけでは、完全にその方が何方かわからなくなりは致しませんよね?」

 今流行りの仮面は鼻から上半分を隠す物で、特徴ある外見の持ち主ならばそれ位の覆いがあっても大抵誰だが判別が着きそうなものだ。

「ふふふ。良いんですのよ?」

「え?良いんですか?」

「ええ。良いんですの。その方が誰だか分かってもかまいませんわ。」

 そもそも、仮面舞踏会は会員制の所が多い。それは参加者たちに貴族が多く、身辺の安全を図る為にも身元が確かな者達ばかり。メリカもそこは譲りたくはない様で、こちらも会員制を取り入れるつもりの様だ。

「そして、これですわ!」

 ペラリ、と持ち出したのは一枚の紙。

「これが何か?」

「血判状です!」

「け、けっぱ…!血判、状?」

 余りの不穏な言葉にイリヤーナは驚きを隠せないでいる。

「ふふふ、そんなに怖がらないで下さいませ。参加者の方に仮面舞踏会ではこちらでの取り決めを守って頂くための意思表明書ですわ!勿論、本物の血判で無くて結構です。」

「…そうでしたの……それで、取り決めとは?」

 ホッと息を吐きながらイリヤーナは先を促した。

 メリカが考えている仮面舞踏会では、勿論身分差なく全ての者が同等として扱われるものだ。が、参加者の身の安全は守られなくてはならない。とすると、誰でも参加出来るものと言う訳にはいかないだろう。
少なくとも、身元がしっかりとした者達に限られてしまうために、貴族か大商会以上の家柄の者となる。

そして、

その場に置いては身分を明かさない事。

二名だけでの会話はせずに常に三名以上の多数グループでの会話を楽しむ事。

事業の情報を話す時には悪魔でもこんな話があるそうです、と噂話に留める事。

目上の立場、家柄を利用してプライベートでも事業の話でも無理を強要しない事。

会話の内容を、王城での舞踏会や他家でのお茶会、その他の社交の場で引っ張り出して話の延長をしない事。

参加者は招待制で、これらの取り決めに全て納得して署名できる者達だけとする事。

もし、今後婚約等進んだ話をしたい場合はこの会の中で証人の前で本人に意向を確認した上で、必ず後日個人的に書面等で連絡を取る事。

と、メリカはどんどん取り決めを書き出していく。

「ま…ぁ!これでしたら何方とでも自由にお話しできそうですわ!」

「ね?そうでしょう?楽しくもない王城の舞踏会で泥だんご達の所為でただ立っているだけなんて、もう勿体無くてできなくなりそうでしょう?」

 王城からの馬車の中では不安で泣いてばかりいたイリヤーナが満面の笑顔を向けてくれる。二人でベッドに転がりながら、ホクホクと笑顔になる。

「ええ!楽しそうですわ!今から待ち切れない程に!」

 そんなイリヤーナの言葉にメリカも大きく肯く。

「あ!待ってくださいませ!メリカ様!もし、もしこの取り決めを破った方はどうなりますの?」

 この仮面舞踏会から一歩出たら、また法に縛られる貴族社会だ。約束が守られなかったからと言って下位貴族の者達には訴える事もできないのではないか?

「そうなんですわ!良くお気づきになりましたね?さすがです、イリヤーナ様!」

 勢いよくベッドから起き上がってメリカ はもう一枚の紙を出す。

「此方に参加してくださる方々の利益も、権利も、社交における利害も守られなくてはいけませんわね?」

 ですから、そっとメリカがイリヤーナに見せた紙の中には、違反者に対する罰則のような物が書かれていた。

[以上のものを破り、他参加者に不利な状況や損害を与えた参加者に対しては、この会の取り決めにおける署名と共に、不利な状況や損害がこの会に参加して得た内容である事を証明する証人の署名と共に参加全貴族宅にお知らせするものとする]

とあった。


























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