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「こんな所でなんて言うつもりはなかったが、メリカ…残念だよ…君がこんなに狭量だったなんて…もっと周りを見てみるがいい!皆んな誰かに愛されようと自ら尽くしているじゃないか!君がこんなに冷たい女だとは思わなかったよ!悪いが、これまでの婚約話は全て白紙に戻させてもらう!!」

 言いたい事だけ言い切って、タントルとステイシーは仲良くサッと踵を返してメリカの前から去っていった。残されたのは、この一部始終を固唾を飲んで見守っていた周囲の貴族達とメリカ…

(では、タントル様。狭量では無い尽くす女とは、誰彼構わずベッドに入り込む者の事を言うのでしょうか……)

 本人に言いたくてもそれももう叶わないだろう。婚約破棄を言い渡されたメリカにとって、侯爵家の人間は上位者だ。

 ざわつく会場内の人々に優雅に一礼して、メリカは舞踏会場を後にした。




「まぁ、そんな事が………」

 ソワイユ伯爵邸に帰って今夜の事を報告すれば当然父母は驚きの表情を隠さない…

「彼方の家からの申し出であったのに…」

「これから正式に婚約破棄の手続きが始まるだろうね……」

 いつもは優しい父の声が今宵ばかりは沈んで聞こえる…

「申し訳ありません。私が至らなかったばかりに……」

「何を言うの…決して貴方が至らなかった訳ではありません…私達の家では、逆らえませんもの…」

「メリカは、よく頑張った…未婚の娘を誘ってくるなど……一昔であったなら、貴族と言えども他家から爪弾きにされても文句は言えなかった事だ。」

 父は静かに怒っている…

「私どうしましょう…」

 今までは、婚約者のタントルの為にストレー家に日参していたのに、それも無くなってしまったから。王城からは舞踏会の招待状がこれからも来るのだろう。なんでもバレント国王は着飾った花が大好きなんだとか…花は花でも中身は泥団子…かもしれないのに、見栄えさえ良ければそれで良いのだろうか…?

「王城からの招待には断れんな……」

 父も重苦しいため息を吐く。下級貴族に入りそうな下の家の者達に、王に逆らうなんて選択肢はないからだ。

「大丈夫ですわ。周りの方々はきっと見て見ぬ振りをしてくださるでしょうし、敢えて国王に逆らうなんて事はいたしません。」

「そうか…また、良い人に巡り合わせられれば良いが……」

 父の言葉にはやや絶望の色が濃い…ほぼ全貴族家の前と言うほどの中で、婚約破棄を言い渡されたのだから、ストレー侯爵家に目をつけられ嫌われたソワイユ伯爵家に次なる婚約話が上がってくるかも分からない…

「お父様、ごめんなさい……」

 もう一度、メリカよりもひどく疲れた顔つきの父に謝罪する。そっと、横に寄ってきた母にメリカは優しく抱きしめられた。

「良いのですよ。今日はもう、ゆっくりとお休みなさいな…明日、貴方が起きたら好物のベリーパイを焼いてもらいましょうね?」

「…まぁ!バターはよたっぷりでもよろしくて?」

 パッと明るく笑うメリカはどことなくまだ幼い時の面影が残る。気を張って胸を張って一人で立っていた時のメリカとは違い、素の表情はこんなにも華やかだ。

「ええ、我慢ばかりではいけませんからね?」

「やだ、お母様、私なんでも耐えられそうな気がしてきましたわ…!」

 フフ…貴方ったら。メリカの笑い声に釣られてソワイユ伯爵夫人も笑顔になる。



 
 メリカは一つ心に決めた事があった。婚約破棄を言い渡されたあの晩、タントルは周りを見てみろと言っていた。周囲の者は皆愛されようと尽くしている、と。

(そんなに、私には見えていなかったの?)

 例え見えていたとしても、周りに同調して自分の信念や行いを捻じ曲げる必要はないと思っているのだが…




 今日もいつもの様に着飾った王城の壁の花としてメリカはある一画に留まった。

(ここからならば、会場内が良く見えますわね。)

 どうせ誰も話しかけても来ずに、また自分よりも下位の貴族に話しかけたとてどこかの上位貴族に追随していて極丁寧にあしらわれ、かわされるのが目に見えている。ならば、どっしりと腰を落ち着け、ゆっくりと皆様を観察してやろうと思うのだ。あからさまにジロジロと見つめ続けるのは無礼だが、さり気なく目の端にでも映しているかの様に観察するのはそう難しくはない。

(あの方……)

 まず初めに目に付いたのは、黒い巻き毛のおっとりと見える侯爵令嬢ラシーナだ。

(確か同位のユラン様との婚約が決まって……)

 が、見れば見るほどラシーナ側に立ってエスコートしているのはお相手のユランではない…ではユランはどこに?

(居ましたわ…)

 ラシーナと余り離れていない所でどこかの令嬢の腰に手を添えていて…お相手の令嬢か何方かは満更でも無さそうに、時折ユランの胸に手を置いている。ラシーナは平気そうな顔つきなのだが、時折チラチラと目線がユランに向いているのは、やはり気になるからだろうか。

(エスコートのお相手はユラン様の弟君?)

 良く見ればラシーナはユランの弟ガラットに手を引かれている…そしてユランのお相手は…

(……先日、御夫君を無くされたばかりの、公爵夫人………)

 歳の離れた婚姻をされていた為に、未亡人になられたといってもまだまだお若い方だ…お相手が公爵夫人であられたら流石の侯爵家ともラシーナはユランに文句は言えない。
 ふっと目が王座の方に向いたならば、まだまだ十分に若い国王はその両脇に娘程若い令嬢を侍らせていた………



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