4 / 70
4
しおりを挟む
「こんな所でなんて言うつもりはなかったが、メリカ…残念だよ…君がこんなに狭量だったなんて…もっと周りを見てみるがいい!皆んな誰かに愛されようと自ら尽くしているじゃないか!君がこんなに冷たい女だとは思わなかったよ!悪いが、これまでの婚約話は全て白紙に戻させてもらう!!」
言いたい事だけ言い切って、タントルとステイシーは仲良くサッと踵を返してメリカの前から去っていった。残されたのは、この一部始終を固唾を飲んで見守っていた周囲の貴族達とメリカ…
(では、タントル様。狭量では無い尽くす女とは、誰彼構わずベッドに入り込む者の事を言うのでしょうか……)
本人に言いたくてもそれももう叶わないだろう。婚約破棄を言い渡されたメリカにとって、侯爵家の人間は上位者だ。
ざわつく会場内の人々に優雅に一礼して、メリカは舞踏会場を後にした。
「まぁ、そんな事が………」
ソワイユ伯爵邸に帰って今夜の事を報告すれば当然父母は驚きの表情を隠さない…
「彼方の家からの申し出であったのに…」
「これから正式に婚約破棄の手続きが始まるだろうね……」
いつもは優しい父の声が今宵ばかりは沈んで聞こえる…
「申し訳ありません。私が至らなかったばかりに……」
「何を言うの…決して貴方が至らなかった訳ではありません…私達の家では、逆らえませんもの…」
「メリカは、よく頑張った…未婚の娘を誘ってくるなど……一昔であったなら、貴族と言えども他家から爪弾きにされても文句は言えなかった事だ。」
父は静かに怒っている…
「私どうしましょう…」
今までは、婚約者のタントルの為にストレー家に日参していたのに、それも無くなってしまったから。王城からは舞踏会の招待状がこれからも来るのだろう。なんでもバレント国王は着飾った花が大好きなんだとか…花は花でも中身は泥団子…かもしれないのに、見栄えさえ良ければそれで良いのだろうか…?
「王城からの招待には断れんな……」
父も重苦しいため息を吐く。下級貴族に入りそうな下の家の者達に、王に逆らうなんて選択肢はないからだ。
「大丈夫ですわ。周りの方々はきっと見て見ぬ振りをしてくださるでしょうし、敢えて国王に逆らうなんて事はいたしません。」
「そうか…また、良い人に巡り合わせられれば良いが……」
父の言葉にはやや絶望の色が濃い…ほぼ全貴族家の前と言うほどの中で、婚約破棄を言い渡されたのだから、ストレー侯爵家に目をつけられ嫌われたソワイユ伯爵家に次なる婚約話が上がってくるかも分からない…
「お父様、ごめんなさい……」
もう一度、メリカよりもひどく疲れた顔つきの父に謝罪する。そっと、横に寄ってきた母にメリカは優しく抱きしめられた。
「良いのですよ。今日はもう、ゆっくりとお休みなさいな…明日、貴方が起きたら好物のベリーパイを焼いてもらいましょうね?」
「…まぁ!バターはよたっぷりでもよろしくて?」
パッと明るく笑うメリカはどことなくまだ幼い時の面影が残る。気を張って胸を張って一人で立っていた時のメリカとは違い、素の表情はこんなにも華やかだ。
「ええ、我慢ばかりではいけませんからね?」
「やだ、お母様、私なんでも耐えられそうな気がしてきましたわ…!」
フフ…貴方ったら。メリカの笑い声に釣られてソワイユ伯爵夫人も笑顔になる。
メリカは一つ心に決めた事があった。婚約破棄を言い渡されたあの晩、タントルは周りを見てみろと言っていた。周囲の者は皆愛されようと尽くしている、と。
(そんなに、私には見えていなかったの?)
例え見えていたとしても、周りに同調して自分の信念や行いを捻じ曲げる必要はないと思っているのだが…
今日もいつもの様に着飾った王城の壁の花としてメリカはある一画に留まった。
(ここからならば、会場内が良く見えますわね。)
どうせ誰も話しかけても来ずに、また自分よりも下位の貴族に話しかけたとてどこかの上位貴族に追随していて極丁寧にあしらわれ、かわされるのが目に見えている。ならば、どっしりと腰を落ち着け、ゆっくりと皆様を観察してやろうと思うのだ。あからさまにジロジロと見つめ続けるのは無礼だが、さり気なく目の端にでも映しているかの様に観察するのはそう難しくはない。
(あの方……)
まず初めに目に付いたのは、黒い巻き毛のおっとりと見える侯爵令嬢ラシーナだ。
(確か同位のユラン様との婚約が決まって……)
が、見れば見るほどラシーナ側に立ってエスコートしているのはお相手のユランではない…ではユランはどこに?
(居ましたわ…)
ラシーナと余り離れていない所でどこかの令嬢の腰に手を添えていて…お相手の令嬢か何方かは満更でも無さそうに、時折ユランの胸に手を置いている。ラシーナは平気そうな顔つきなのだが、時折チラチラと目線がユランに向いているのは、やはり気になるからだろうか。
(エスコートのお相手はユラン様の弟君?)
良く見ればラシーナはユランの弟ガラットに手を引かれている…そしてユランのお相手は…
(……先日、御夫君を無くされたばかりの、公爵夫人………)
歳の離れた婚姻をされていた為に、未亡人になられたといってもまだまだお若い方だ…お相手が公爵夫人であられたら流石の侯爵家ともラシーナはユランに文句は言えない。
ふっと目が王座の方に向いたならば、まだまだ十分に若い国王はその両脇に娘程若い令嬢を侍らせていた………
言いたい事だけ言い切って、タントルとステイシーは仲良くサッと踵を返してメリカの前から去っていった。残されたのは、この一部始終を固唾を飲んで見守っていた周囲の貴族達とメリカ…
(では、タントル様。狭量では無い尽くす女とは、誰彼構わずベッドに入り込む者の事を言うのでしょうか……)
本人に言いたくてもそれももう叶わないだろう。婚約破棄を言い渡されたメリカにとって、侯爵家の人間は上位者だ。
ざわつく会場内の人々に優雅に一礼して、メリカは舞踏会場を後にした。
「まぁ、そんな事が………」
ソワイユ伯爵邸に帰って今夜の事を報告すれば当然父母は驚きの表情を隠さない…
「彼方の家からの申し出であったのに…」
「これから正式に婚約破棄の手続きが始まるだろうね……」
いつもは優しい父の声が今宵ばかりは沈んで聞こえる…
「申し訳ありません。私が至らなかったばかりに……」
「何を言うの…決して貴方が至らなかった訳ではありません…私達の家では、逆らえませんもの…」
「メリカは、よく頑張った…未婚の娘を誘ってくるなど……一昔であったなら、貴族と言えども他家から爪弾きにされても文句は言えなかった事だ。」
父は静かに怒っている…
「私どうしましょう…」
今までは、婚約者のタントルの為にストレー家に日参していたのに、それも無くなってしまったから。王城からは舞踏会の招待状がこれからも来るのだろう。なんでもバレント国王は着飾った花が大好きなんだとか…花は花でも中身は泥団子…かもしれないのに、見栄えさえ良ければそれで良いのだろうか…?
「王城からの招待には断れんな……」
父も重苦しいため息を吐く。下級貴族に入りそうな下の家の者達に、王に逆らうなんて選択肢はないからだ。
「大丈夫ですわ。周りの方々はきっと見て見ぬ振りをしてくださるでしょうし、敢えて国王に逆らうなんて事はいたしません。」
「そうか…また、良い人に巡り合わせられれば良いが……」
父の言葉にはやや絶望の色が濃い…ほぼ全貴族家の前と言うほどの中で、婚約破棄を言い渡されたのだから、ストレー侯爵家に目をつけられ嫌われたソワイユ伯爵家に次なる婚約話が上がってくるかも分からない…
「お父様、ごめんなさい……」
もう一度、メリカよりもひどく疲れた顔つきの父に謝罪する。そっと、横に寄ってきた母にメリカは優しく抱きしめられた。
「良いのですよ。今日はもう、ゆっくりとお休みなさいな…明日、貴方が起きたら好物のベリーパイを焼いてもらいましょうね?」
「…まぁ!バターはよたっぷりでもよろしくて?」
パッと明るく笑うメリカはどことなくまだ幼い時の面影が残る。気を張って胸を張って一人で立っていた時のメリカとは違い、素の表情はこんなにも華やかだ。
「ええ、我慢ばかりではいけませんからね?」
「やだ、お母様、私なんでも耐えられそうな気がしてきましたわ…!」
フフ…貴方ったら。メリカの笑い声に釣られてソワイユ伯爵夫人も笑顔になる。
メリカは一つ心に決めた事があった。婚約破棄を言い渡されたあの晩、タントルは周りを見てみろと言っていた。周囲の者は皆愛されようと尽くしている、と。
(そんなに、私には見えていなかったの?)
例え見えていたとしても、周りに同調して自分の信念や行いを捻じ曲げる必要はないと思っているのだが…
今日もいつもの様に着飾った王城の壁の花としてメリカはある一画に留まった。
(ここからならば、会場内が良く見えますわね。)
どうせ誰も話しかけても来ずに、また自分よりも下位の貴族に話しかけたとてどこかの上位貴族に追随していて極丁寧にあしらわれ、かわされるのが目に見えている。ならば、どっしりと腰を落ち着け、ゆっくりと皆様を観察してやろうと思うのだ。あからさまにジロジロと見つめ続けるのは無礼だが、さり気なく目の端にでも映しているかの様に観察するのはそう難しくはない。
(あの方……)
まず初めに目に付いたのは、黒い巻き毛のおっとりと見える侯爵令嬢ラシーナだ。
(確か同位のユラン様との婚約が決まって……)
が、見れば見るほどラシーナ側に立ってエスコートしているのはお相手のユランではない…ではユランはどこに?
(居ましたわ…)
ラシーナと余り離れていない所でどこかの令嬢の腰に手を添えていて…お相手の令嬢か何方かは満更でも無さそうに、時折ユランの胸に手を置いている。ラシーナは平気そうな顔つきなのだが、時折チラチラと目線がユランに向いているのは、やはり気になるからだろうか。
(エスコートのお相手はユラン様の弟君?)
良く見ればラシーナはユランの弟ガラットに手を引かれている…そしてユランのお相手は…
(……先日、御夫君を無くされたばかりの、公爵夫人………)
歳の離れた婚姻をされていた為に、未亡人になられたといってもまだまだお若い方だ…お相手が公爵夫人であられたら流石の侯爵家ともラシーナはユランに文句は言えない。
ふっと目が王座の方に向いたならば、まだまだ十分に若い国王はその両脇に娘程若い令嬢を侍らせていた………
0
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
男装の騎士に心を奪われる予定の婚約者がいる私の憂鬱
鍋
恋愛
私は10歳の時にファンタジー小説のライバル令嬢だと気付いた。
婚約者の王太子殿下は男装の騎士に心を奪われ私との婚約を解消する予定だ。
前世も辛い失恋経験のある私は自信が無いから王太子から逃げたい。
だって、二人のラブラブなんて想像するのも辛いもの。
私は今世も勉強を頑張ります。だって知識は裏切らないから。
傷付くのが怖くて臆病なヒロインが、傷付く前にヒーローを避けようと頑張る物語です。
王道ありがちストーリー。ご都合主義満載。
ハッピーエンドは確実です。
※ヒーローはヒロインを振り向かせようと一生懸命なのですが、悲しいことに避けられてしまいます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる