[完]クリティカルヒットを喰らいたくないので脱出したいのに騎士団長からは懐かしい香りがして離れ難いのです

小葉石

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あなたと共に

7 得体の知れない者 4

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「…ぐっ!」

「うわぁ!!」

「ひゃぁあ!」

 かつて城の室内で荒れ狂った風とは比べ物にならないほどの強風である。フレトールの魔封じがあるので誰をも傷付ける事はないと分かってはいても、大の男が足元を掬われ、体勢が保てないほどのものであった。諸所からうめきや悲鳴が上がり、風が凪いだ後には屈強の騎士も床に尻餅をついていると言う情けない体勢で呼吸を整えていた。
 この場で立っていたのは、キールと神官長だけである。フレトールもかろうじて体勢を保ってはいたが床に片膝をつき蹲る様な姿勢で耐えていたのだ。

「流石でございますね。お兄様…」

 不可解な、非常に不可解な事がおこったものである。人間の神殿に来てみれば、者に出迎えられて、それから兄などと呼ばれるとは…

 キールは非常に機嫌が悪い。と言うよりも、気色が悪いものを見た様な嫌な顔をしているに違いない。それ程、キールの周囲の空気は風が収まった今もビリビリと振動している様な具合であった。

「キール…!どうしたと言うのだ?」

 これにはフレトールも驚いた。平常時のキールが放つ全開の魔力の威力の凄まじさ…もしや、まだ全開では無いのかもしれないが、どうして会ったこともない人間をこんなにも敵視するのか検討もつかないのだ。

「フレトール…これは?」

「何とは…」

「気配でわかるんだよ。は人間じゃない。けれどでも無い。」

「あいたた…キール殿。流石ですが、こんな人が多い所では…」

 今の風の煽りを喰らって怪我人が出ているかも知れなかった。

「大丈夫だ。この回廊の周囲の人払いは終わっている。」

 まともに正面からキールの風を受けていて神官長は何事もなかったかのように衣類の裾を直していた。
 
「あぁ。果樹は傷付けないで頂けたのですね?それは暁光。」

「当たり前だろう。外の木々には関係ない事だ。どうして俺があの子らを傷付けなければならないんだ!」

 イライラとしているキールは、人間を警戒していた始めの頃の様だ。完全に神官長を敵視している。

「それに人も傷つける事ができない。いくらお前が気に入らなくてもだ。」

 本当にこんな時にはフレトールの魔封じが恨めしい。せめて、あの人間の衣でも裂いて顔を見てやりたい所だが、神官長も魔法を使うのだろう。既の所で綺麗に躱されている。再度同じ事をしても警戒し始めたあちらの神官側が防御魔法を使うだろう。

「…気に入らない、ですか。なぜでしょう?」

「知るか!ただ、お前の様な生き物に会った事がないんだ。森でも、ここ人間の所でも。だけど、お前の気配は!」

 キールの魔法に当てられて回廊の隅に追いやられた神官見習い達からざわめきが起こる。

「まさか…神官長様が!?」

「人間じゃ無い?」

「では、魔物……!?」

 ひぃ、と互いを抱きしめながら、彼らはこちらを凝視していた。

「ふん。馬鹿な人間だ。魔物などいるものか。」

「しかし…キール殿。太古の森には…」

 そう、昔から言われている。キールの故郷太古の森には世にも恐ろしい魔物が住んでいると。では、神官長はその森から抜け出た魔物の仲間なのだろうか。

「あれだってまやかしだ!大昔、人間達を撒く為に呪いをかけたのさ。実際にこの世に魔物なんていない。」

 太古の森の出身で森の隅々まで知っている様なキールが言うのだから間違えはないだろう。

「では、一体神官長様は?」

 魔物でないなら何なのか?今まで最高の指導者と崇めていた権力者である神官長は一体何者なのか…

「魔力もさながら、目に見えぬものを見破りますのね?お見事です。」

 神官長が少しずつ前に進む。その度にキールの周囲がゆらりと揺らぐ。

「言っとくけど、ここにいる者を傷付けたら容赦はしない。」

 人間を傷付けられないと言ってもキールの魔法は風を操る事だけでは無い。やり様によってはいくらでも相手をやり込める自信があった。さり気なく、キールはフレトールの前に立つ。キールが心を許している唯一の人間だから。

「そうですの。その方が……」

 感慨深げな声で肯きつつも神官長の歩みは止まらない。

「お前、どう言うつもり?」

 相手の出方がわからないキールはもう一度打ち込もうか迷う所だ。

「キール…!」

 一向に攻撃へと転じない神官長には敵意はないはずなのだが、今のキールには理解できない不可解さが先立って、相手の戦意やらが見えていないのかも知れない。そっとフレトールがキールの手を取る。安心させる様に優しく握りしめながら。

「仲がよろしい様で安心いたします。ようやく、私も務めが果たせそうですわ。」

 キールとフレトールの前まで進みでた神官長はそう言うと、自分のフードを下ろし顔を顕にしたのだった。










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