[完]クリティカルヒットを喰らいたくないので脱出したいのに騎士団長からは懐かしい香りがして離れ難いのです

小葉石

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2 一騎士のある日

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 ここ大国ソアジャールは広大な敷地を有する国だ。牧草地や農耕地ももちろんの事、太古の森という未だに得体の知れない深い森林地帯をも有するのである。

 得体の知れないとは、その森林は大昔からエルフを初めとする多くの魔物の巣窟と言われており、どの国も自らの力で森の奥を暴こうと行動に出なかった為、森の最奥を知る様な者達がいなかったからだと言う。太古の森には魔物がいる、と言う最もらしい話は国中どこにでもあり人々は恐れて中に入ろうともしないのだが、不思議なことにその太古の森から出て来たと言う魔物を見た者は未だかつていないのである。そんな不確かな大森林を抱えるソアジャール国にもそれらを収める国王がいて、王族と国民を守るべき騎士達がいた。




「まぁ!フレル…今日から行くのですって?」
 
 レビンジャー侯爵家。ソアジャール国の代表貴族である大きな屋敷内の一室で、一人の貴婦人の声が上がった。

「仕方ないのです、母上。もういかなければ…」

 貴婦人に対するのは一人の青年騎士。フレトール・レビンジャーは、ここレビンジャー侯爵家の嫡男にあたる。現在は王太子付きの騎士であり、茶髪に緑眼、精悍で優しげな顔つきの彼はその身分も相まって非常に女性に人気のある、貴族の花婿候補筆頭に登る程の人物だ。これほどまでの人物であるならば婚約者の一人くらいいてもおかしくない年頃なのだが、未だにフレトールには婚約者ばかりか恋人さえもいないと言う始末。

「なんと我儘な方なのかしら。横暴すぎではありませんか?つい先日貴方は帰って来たばかりだと言うのに!もう…!少し待っていなさい。」

 プリプリと怒りながらもフレトールの母レビンジャー侯爵夫人は息子の為に準備の手を休めない。

 レビンジャー夫人は大理石をくり抜いて作られた豪奢で重厚な小鉢を鍵がかかった壁の棚から丁寧に持ち出した。慎重にそっと机に下ろして呼吸を整え、小さな香炉に大理石の小鉢から白い粉を大切そうに焚べていく。

「香を焚くのですか?」

「えぇ。当たり前ですわ。我がレビンジャー家はこの国で唯一、エルフと親交があった家と言われているのです。殿下に付いて森へ行くのですって?あの方は何をお考えなのかしら?幾つになっても、心は子供の様ですわね…いつまで臣下を振り回すのか……」

 香炉から白い煙が揺蕩い登る。途端に芳しい香りが室内に優しく満ちて行く…

「…エルフの加護が有ります様に…フレル、気をつけて行くのですよ?」

「分かっています、母上。貴重な香を使って頂いてありがとうございます。」

 胸に広がる香の香り…つい、うっとりとしてしまいそうな芳しさだ。幼い頃、特別な時にしか焚くことを許されなかった香を今は自身の為に使ってもらえる身分となった事につい、感慨深くなる。

「当たり前ですわ。貴方は我が家の跡取りですもの…その事に早く殿下も気づいてくださるといいのだけれど…」

 フレトールの身体に甲斐甲斐しく香の煙を吹きかけながらもレビンジャー夫人は不平が止まらないらしい。そんな母の姿に苦笑を浮かべながらもフレトールは大人しくレビンジャー夫人にされるがままになっていた。

 フレトールの主人タルコット・ソアジャールはこのソアジャール国の第一王子。いずれは国王となる王太子だ。フレトールは側付きの近衞騎士として常に主人であるタルコット王太子に付き従っている。今回の森への遠征も、いきなり言い出したタルコット王太子の思いつきの様なもので急遽決まったものだった。つい先日までは、国内を視察すると国中を移動してフレトール以下何十人もの臣下を連れ回し、やっと帰って来たばかりだったのだ。フレトールが婚約者を持てない理由がここにもあろう。こんなに落ち着きのない主人であるが故に、腰を落ち着けて婚約者選びなどはフレトール以下、タルコット王太子に付いている臣下達には到底できそうにもないのだった。



















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