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「あそこの人間か?」
コクコクコク…もう声も出ないユリンは肯きのみで答えた。
「殺すものか…安らかな死など与えてはやらん。」
「え………?」
アスタラージが光柱を建てる前に屋敷にいる人々は全員外に転移させられている。就寝中の者、仕事中の者、食事をしている者、寛いでいる者…それぞれそのままに外に出されて、全員言葉もなくただ領主館が崩れていく様を呆然と見ていたと言うのだ。
「では、生きて……?」
ニヤリ……とアスタラージはほくそ笑む。
「そうだ。あの様に金と権力があるから余計な事をするのだろう?なれば、根こそぎ跡形もなく消し去ってやれば良いと思ったのだ。」
「消し、去って………」
「ああ。何もないぞ?生活に必要な物も全て破壊尽くした。」
すごい事を口にしているアスタラージなのだが、本人は物凄く満足げだ。
「全て…………!?…アスター!ウジュル!ウジュルは!?」
ウジュル、今までユリンが採取してきて領主館に納めていた分はどうしたんだろう……
「やはりユリンはそこが気になるか?」
「だって……あれがなければ…」
領民の人たちがタラント病で苦しむ事になる。
「なに、無くなってしまったのならば、採りにくれば良いのだ。」
「え?」
「採り方を知り、精製法を知っていれば問題ないだろう?」
人々がどれだけ混乱して大騒ぎになっているのか、全く意に介さないようなアスタラージは淡々とそう告げた。
「パパ……?」
小さく、控えめにユーアがアスタラージをそう呼んだ。ジッとユリンに抱かれて大人しくしていたユーアが、ピンクの大きな瞳をアスタラージに向けている。先程ユリンが黒竜アスタラージの事を父であると言っていたので、そう呼んでみたくなったのだろう。
アスタラージは大きな手をユーアの頭の上に置いて、表情を変えずにナデナデと撫でてくる。
「そうだ。娘よ。」
それを聞いたユーアの嬉しそうな顔といったらなかった。白い頬を蒸気させて、嬉しそうにニッコリと笑ったのだった。
「パパ!!」
「そうだ。」
ユーアは両手を広げて抱っこしてのポーズを取る。アスタラージはそれをやれやれと呆れた様な顔をしながらヒョイとユーアを抱き上げた。
「パパ……」
アスタラージの大きな温かな腕の中でユーアは満足気に目を瞑り、ユリンは何も言えずに、微笑ましいであろう二人の姿をただ見つめている…
一夜にしてタラント領領主館は瓦礫の山と化した。不思議なことに、大きな竜の襲撃であったにも関わらず誰一人として死傷者はいなかった。それよりも、襲撃の瞬間外に出され、襲われたと言うよりは救出してもらったと思っている者達の方が多かった程だ。前代未聞の出来事に、国の中枢の者達が事情聴取に出向いてきた。この事件は領主のみならず領民の大多数が目撃し体験したことであって、領主の都合の良い様に情報操作をする事は叶わない。真実は真実のまま王都へと伝えられていくことになった。
「大変だったのよ!あれから!!」
小さな懐かしい小屋では、メージュが興奮しながら息巻く姿がしばらく続く。奈落の谷に隠れていたユリンとユーアは今かつての家であった谷の上の小屋に居て、メージュと近状報告をしあっている。
領主館を潰した黒竜アスタラージは何と王城にまで姿を見せに行っていたらしい。そしてかつて竜達の怒りと呪いを買い、呪われた地となったタラント領を守らんとしてきた白の一族を迫害し、搾取し続けていたのが領主一族と宣言してきたそうである。速やかにこの事態を収めなければ、竜の怒りはタラント領に留まらず、国全体を覆い尽くすだろうと盛大に国王を脅してきたのだった。人伝に聞く伝聞でなく目の前に竜が現れ、そう宣言されては放置するなど自殺行為だ。国王は早急に対策を打って出たのである。
タラント領は国王直下の直轄地となり、タラント領主の爵位は返上。この度の事態について領民には一切責は無く領主一族の上に降りかかる。タラント領が王族直下となっても竜の呪いが消えることはない。だがウジュルは必要となる。けれども今までウジュルの採集をして来た白の一族の行方がどうしてだが分からない。そうであれば、採集と精製の方法を知っている者がそれを担うべきと、以前タラント領主であった元領主とその息子、そして妻と子供達にその役職に就く様にと王命は下った。
「叔母様達は無事で?」
「ええ!当たり前だわ!領主館に連れて行かれた時は…バースの姿が頭をよぎって、もうダメかと思ったけど…あの夜の事は忘れられないわねぇ……」
谷の丘の小屋は今は無人だ。以前白の一族が住んでいたという事だが、領主館が破壊し尽くされた日に、最後に残っていた幼子さえもいなくなってしまったから…住む者が無くなった小屋は時折こうしてユリンとユーアがメージュとバルンに会う時に使われている。だから今もこうしてしみじみと思い出話に耽る事ができるのだ。
「それよりユリン。あんた谷の下で暮らしていて不便はないの?」
ユリンとユーアは小屋には戻らずに奈落の谷の奥にあるアゼルジャンが作った小屋で生活している。
「ええ、大丈夫。」
だって、必要な物は嬉々としてアスタラージが用意してしまうから、不便を感じたことなど一度もないのだから。
コクコクコク…もう声も出ないユリンは肯きのみで答えた。
「殺すものか…安らかな死など与えてはやらん。」
「え………?」
アスタラージが光柱を建てる前に屋敷にいる人々は全員外に転移させられている。就寝中の者、仕事中の者、食事をしている者、寛いでいる者…それぞれそのままに外に出されて、全員言葉もなくただ領主館が崩れていく様を呆然と見ていたと言うのだ。
「では、生きて……?」
ニヤリ……とアスタラージはほくそ笑む。
「そうだ。あの様に金と権力があるから余計な事をするのだろう?なれば、根こそぎ跡形もなく消し去ってやれば良いと思ったのだ。」
「消し、去って………」
「ああ。何もないぞ?生活に必要な物も全て破壊尽くした。」
すごい事を口にしているアスタラージなのだが、本人は物凄く満足げだ。
「全て…………!?…アスター!ウジュル!ウジュルは!?」
ウジュル、今までユリンが採取してきて領主館に納めていた分はどうしたんだろう……
「やはりユリンはそこが気になるか?」
「だって……あれがなければ…」
領民の人たちがタラント病で苦しむ事になる。
「なに、無くなってしまったのならば、採りにくれば良いのだ。」
「え?」
「採り方を知り、精製法を知っていれば問題ないだろう?」
人々がどれだけ混乱して大騒ぎになっているのか、全く意に介さないようなアスタラージは淡々とそう告げた。
「パパ……?」
小さく、控えめにユーアがアスタラージをそう呼んだ。ジッとユリンに抱かれて大人しくしていたユーアが、ピンクの大きな瞳をアスタラージに向けている。先程ユリンが黒竜アスタラージの事を父であると言っていたので、そう呼んでみたくなったのだろう。
アスタラージは大きな手をユーアの頭の上に置いて、表情を変えずにナデナデと撫でてくる。
「そうだ。娘よ。」
それを聞いたユーアの嬉しそうな顔といったらなかった。白い頬を蒸気させて、嬉しそうにニッコリと笑ったのだった。
「パパ!!」
「そうだ。」
ユーアは両手を広げて抱っこしてのポーズを取る。アスタラージはそれをやれやれと呆れた様な顔をしながらヒョイとユーアを抱き上げた。
「パパ……」
アスタラージの大きな温かな腕の中でユーアは満足気に目を瞑り、ユリンは何も言えずに、微笑ましいであろう二人の姿をただ見つめている…
一夜にしてタラント領領主館は瓦礫の山と化した。不思議なことに、大きな竜の襲撃であったにも関わらず誰一人として死傷者はいなかった。それよりも、襲撃の瞬間外に出され、襲われたと言うよりは救出してもらったと思っている者達の方が多かった程だ。前代未聞の出来事に、国の中枢の者達が事情聴取に出向いてきた。この事件は領主のみならず領民の大多数が目撃し体験したことであって、領主の都合の良い様に情報操作をする事は叶わない。真実は真実のまま王都へと伝えられていくことになった。
「大変だったのよ!あれから!!」
小さな懐かしい小屋では、メージュが興奮しながら息巻く姿がしばらく続く。奈落の谷に隠れていたユリンとユーアは今かつての家であった谷の上の小屋に居て、メージュと近状報告をしあっている。
領主館を潰した黒竜アスタラージは何と王城にまで姿を見せに行っていたらしい。そしてかつて竜達の怒りと呪いを買い、呪われた地となったタラント領を守らんとしてきた白の一族を迫害し、搾取し続けていたのが領主一族と宣言してきたそうである。速やかにこの事態を収めなければ、竜の怒りはタラント領に留まらず、国全体を覆い尽くすだろうと盛大に国王を脅してきたのだった。人伝に聞く伝聞でなく目の前に竜が現れ、そう宣言されては放置するなど自殺行為だ。国王は早急に対策を打って出たのである。
タラント領は国王直下の直轄地となり、タラント領主の爵位は返上。この度の事態について領民には一切責は無く領主一族の上に降りかかる。タラント領が王族直下となっても竜の呪いが消えることはない。だがウジュルは必要となる。けれども今までウジュルの採集をして来た白の一族の行方がどうしてだが分からない。そうであれば、採集と精製の方法を知っている者がそれを担うべきと、以前タラント領主であった元領主とその息子、そして妻と子供達にその役職に就く様にと王命は下った。
「叔母様達は無事で?」
「ええ!当たり前だわ!領主館に連れて行かれた時は…バースの姿が頭をよぎって、もうダメかと思ったけど…あの夜の事は忘れられないわねぇ……」
谷の丘の小屋は今は無人だ。以前白の一族が住んでいたという事だが、領主館が破壊し尽くされた日に、最後に残っていた幼子さえもいなくなってしまったから…住む者が無くなった小屋は時折こうしてユリンとユーアがメージュとバルンに会う時に使われている。だから今もこうしてしみじみと思い出話に耽る事ができるのだ。
「それよりユリン。あんた谷の下で暮らしていて不便はないの?」
ユリンとユーアは小屋には戻らずに奈落の谷の奥にあるアゼルジャンが作った小屋で生活している。
「ええ、大丈夫。」
だって、必要な物は嬉々としてアスタラージが用意してしまうから、不便を感じたことなど一度もないのだから。
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