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「はぁ、はぁ………はぁ、はぁ、はぁ……」
谷の階段を一気に上がってくれば、流石に慣れているユリンとて息が上がる。それもまだ早くは歩けないユーアを抱き上げながら、今までで一番最速で登ってきたと思う。
谷の上はすっかりと陽も落ちて月明かりと星空が頭上に広がっている。ユリンが離れてからちっとも変わり映えしないいつもの雰囲気。いつもの家の前。けれどもその家の中からは全く人の気配がしない。ユーアが言った事を全て信じ切ることができなかったユリンはもしかしたらユーアの思い違いもあるかも知れないと、淡い期待を抱いていたけれども…いつもならばメージュが作る美味しい夕食の匂いが小屋の煙突から広がっていても良い時間帯であるのに…家の中からは一筋の明かりも漏れては来ずに、煙も上がっていないのだ。
「おばちゃま……いない……」
メージュに懐いているユーアはまたベソベソと涙が出てきてしまいそうで、指を咥えてユリンに抱きついてきた。
「そうね…お家の中を見てみましょうね?」
もう二度と帰る事はないと思っていた、我が家…小さくても良く使い込まれてきた家具や食器…懐かしい木の匂い……けれどもここには暖かく迎えてくれる人も、その人達がいた痕跡も見当たらない…
「…いないねぇ……」
小さなユーアの声でユリンは現実に戻された。
居ない…それはユーアの言った事が正しい事を表している。メージュとバルンの家は街のほうにあるけれども、ユーアがいる今はバルンがここに通う形で夕飯を食べる様になっていたのだから。ここに誰も居ない事が異常であった。
「さが、探さないと…!」
黒竜であるアスタラージはどうこうされることなど絶対にないと思うが、この小屋でアスターの事を待っていた事があるユリンには不安しか襲ってこないのだ。
「いい、ユーア?一人で待ってられる?」
何かあった場合、ユーアが一緒ではユリンは早く逃げられない。そして、この子を捕まらせるわけにはいかない。
「や、いやぁ~~~ママ、行っちゃいやぁぁぁ~~~」
当然の様にユーアはイヤイヤをして泣き出した。
「ユーア……でもママは、パパを止めてこなくちゃ……」
少なくとも怒りに瞳を燃やしていた黒竜はきっと何かするはずである。竜の呪いがユリンやユーアに効かないとしても、街の人々にとっては脅威にしかならない。速やかに怒りを鎮めてくれれば良いが、アスタラージはアスタラージでこれまで耐えてきたものがあるのだろうし、考えもあるのだろう…だからそれを最小に抑えてもらえるように訴えかけたいのだ。
「ユーアもいくうぅぅぅぅ!!」
全く手がつけられないほどに泣き出してしまったユーアを仕方なく抱き直して、ユリンは表ドアから外に出る。丘の上からは街の光がキラキラと輝いて見えてとても綺麗だ。そして領主館はその光の中で一番大きく、高く、輝いている建物である。
「ユーア……何かあったら、また竜になっても良いから、ここまで自分で戻ってくるのよ?」
これが良い選択なのかどうか定かではないけれど、泣き叫ぶ我が子をもう一度ここに残して家を出る事がユリンにはどうしてもできない。
「………うん………」
不承不承と言うような体でユーアは頷く。
「じゃ、ママと行こっか?」
(パパを、アスターを止めなきゃね?)
それもかなり急いでユリンは領主館に向かって行く。そう、向かって行こうとしていた所で、目の前に見える領主館から光とも火柱ともわからない強烈な光を放つ光柱が一直線に立ち上り、天を貫いて行った…………
「…………あ………」
ユリンは言葉もなく、その場にへなへなと蹲ってしまう…
(遅かった…?りょ、領主館が……火、火事……?何が、起こったの………?)
「ママ~明るいね…………」
天の怒り…
後日領民達からこの日の事はこう伝えられて行く……
光り輝く光柱が照らし出すのは1匹の巨大な黒竜。領主館の上空に留まりこの光を操り、自在に光を撒き散らしていた。この光景を見た人々は生涯忘れられない事態となっただろう。
領主館が火柱か光の柱で包まれて燃え盛り、それに加えて空想上の生物であった竜がその上を飛ぶ…きっとこの世の終わりがやって来たと本気で泣いていた者もいただろう。領主館を包んだ光は夜空の月と星々の明かりを消し去り、まるで一時は昼間のように明るかったと言う………
「あれだけやれば良いだろう。」
腰を抜かし、立てなくなってしまったユリンの前に竜となったアスタラージが人型を取って降りてくる。
「……………りょ、領主館が…領主館が………アスター………」
カタカタ震えているユリンを、アスタラージはヒョイと横抱きに抱えて一気に谷の奥へと転移する。
「こ、殺して、しまったの……?」
領主館は確かに燃えていた…あそこは大きな屋敷で、働いている人々も多かったと記憶している。
「何をだ?」
「あそこにいた人達よ!?」
信じていた…いいえ、今でもアスターを信じている。こんなひどい事はしないんだって………
谷の階段を一気に上がってくれば、流石に慣れているユリンとて息が上がる。それもまだ早くは歩けないユーアを抱き上げながら、今までで一番最速で登ってきたと思う。
谷の上はすっかりと陽も落ちて月明かりと星空が頭上に広がっている。ユリンが離れてからちっとも変わり映えしないいつもの雰囲気。いつもの家の前。けれどもその家の中からは全く人の気配がしない。ユーアが言った事を全て信じ切ることができなかったユリンはもしかしたらユーアの思い違いもあるかも知れないと、淡い期待を抱いていたけれども…いつもならばメージュが作る美味しい夕食の匂いが小屋の煙突から広がっていても良い時間帯であるのに…家の中からは一筋の明かりも漏れては来ずに、煙も上がっていないのだ。
「おばちゃま……いない……」
メージュに懐いているユーアはまたベソベソと涙が出てきてしまいそうで、指を咥えてユリンに抱きついてきた。
「そうね…お家の中を見てみましょうね?」
もう二度と帰る事はないと思っていた、我が家…小さくても良く使い込まれてきた家具や食器…懐かしい木の匂い……けれどもここには暖かく迎えてくれる人も、その人達がいた痕跡も見当たらない…
「…いないねぇ……」
小さなユーアの声でユリンは現実に戻された。
居ない…それはユーアの言った事が正しい事を表している。メージュとバルンの家は街のほうにあるけれども、ユーアがいる今はバルンがここに通う形で夕飯を食べる様になっていたのだから。ここに誰も居ない事が異常であった。
「さが、探さないと…!」
黒竜であるアスタラージはどうこうされることなど絶対にないと思うが、この小屋でアスターの事を待っていた事があるユリンには不安しか襲ってこないのだ。
「いい、ユーア?一人で待ってられる?」
何かあった場合、ユーアが一緒ではユリンは早く逃げられない。そして、この子を捕まらせるわけにはいかない。
「や、いやぁ~~~ママ、行っちゃいやぁぁぁ~~~」
当然の様にユーアはイヤイヤをして泣き出した。
「ユーア……でもママは、パパを止めてこなくちゃ……」
少なくとも怒りに瞳を燃やしていた黒竜はきっと何かするはずである。竜の呪いがユリンやユーアに効かないとしても、街の人々にとっては脅威にしかならない。速やかに怒りを鎮めてくれれば良いが、アスタラージはアスタラージでこれまで耐えてきたものがあるのだろうし、考えもあるのだろう…だからそれを最小に抑えてもらえるように訴えかけたいのだ。
「ユーアもいくうぅぅぅぅ!!」
全く手がつけられないほどに泣き出してしまったユーアを仕方なく抱き直して、ユリンは表ドアから外に出る。丘の上からは街の光がキラキラと輝いて見えてとても綺麗だ。そして領主館はその光の中で一番大きく、高く、輝いている建物である。
「ユーア……何かあったら、また竜になっても良いから、ここまで自分で戻ってくるのよ?」
これが良い選択なのかどうか定かではないけれど、泣き叫ぶ我が子をもう一度ここに残して家を出る事がユリンにはどうしてもできない。
「………うん………」
不承不承と言うような体でユーアは頷く。
「じゃ、ママと行こっか?」
(パパを、アスターを止めなきゃね?)
それもかなり急いでユリンは領主館に向かって行く。そう、向かって行こうとしていた所で、目の前に見える領主館から光とも火柱ともわからない強烈な光を放つ光柱が一直線に立ち上り、天を貫いて行った…………
「…………あ………」
ユリンは言葉もなく、その場にへなへなと蹲ってしまう…
(遅かった…?りょ、領主館が……火、火事……?何が、起こったの………?)
「ママ~明るいね…………」
天の怒り…
後日領民達からこの日の事はこう伝えられて行く……
光り輝く光柱が照らし出すのは1匹の巨大な黒竜。領主館の上空に留まりこの光を操り、自在に光を撒き散らしていた。この光景を見た人々は生涯忘れられない事態となっただろう。
領主館が火柱か光の柱で包まれて燃え盛り、それに加えて空想上の生物であった竜がその上を飛ぶ…きっとこの世の終わりがやって来たと本気で泣いていた者もいただろう。領主館を包んだ光は夜空の月と星々の明かりを消し去り、まるで一時は昼間のように明るかったと言う………
「あれだけやれば良いだろう。」
腰を抜かし、立てなくなってしまったユリンの前に竜となったアスタラージが人型を取って降りてくる。
「……………りょ、領主館が…領主館が………アスター………」
カタカタ震えているユリンを、アスタラージはヒョイと横抱きに抱えて一気に谷の奥へと転移する。
「こ、殺して、しまったの……?」
領主館は確かに燃えていた…あそこは大きな屋敷で、働いている人々も多かったと記憶している。
「何をだ?」
「あそこにいた人達よ!?」
信じていた…いいえ、今でもアスターを信じている。こんなひどい事はしないんだって………
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