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[死に損ないとは貴様らのことか?人間よ……]
地を這う怒れる竜の声が辺りに響く…
「で、出たな!!」
「な、坊っちゃま、あの竜ではありません!!!」
「なんと!2頭居たのか!」
黒竜はこの時に既に狩られた獲物として考えられていた。
[愚かな…自分達が死の危険にさらされているとも知らずに…よくも騒ぎ立てられるものだ。]
「何、を!?」
[見るがいい…そして悟れ…ここはもう、人間の入れるところでは無いと…死にたくなければ、今すぐ去れ!!]
「ぼ、坊っちゃま!!なんだか、空気が……澱んでおります…息が………」
次々と不調を訴え始めた者が出てきた。やっと黒竜の放った瘴気が実を結び始めた。
「お、おのれ……黒竜は毒竜であったか…!」
[毒竜だと!?]
「竜は毒など持ってない!!何度もそう申し上げたはず!!」
縛られた男は叫ぶ。
「ここが毒の地となったのだならば、それは我々の所業の所為だ!!アゼルを殺そうとした我々への天罰だ!!その竜が怒るのは当然のことなんだ!!我が子を返せ!!!」
[よかろう、人間!毒竜と言うのならばその通りにしてやろう…我が瘴気はお前達を蝕み、その命をもぎ取るであろう…]
怒れる竜が羽ばたくと瘴気の渦が生まれ、底からどよどよと魔物が生み出されて行く……
「うわぁ!!!」
「魔、魔竜だ!!魔竜だ!!!」
「た、退避!!全員退避ーーーー」
情けなくも竜退治を意気込んできた者達は、幼子を投げ捨て、縛られた男も魔物達の囮に放り出して、一目散に谷を上がって行ってしまった。
[人間は何と情けなく、哀れなものよな…]
不思議なもので、表れ出た魔物達は男と赤子には襲いかからない。
[人間、赤子を連れ帰れ…ここはお前の住む場所ではない…]
少し前までならば、アゼルジャンは未来を夢見ていた…時おりふっと帰ってきては、何やら森の中でゴソゴソと活動していたのだ。それもすぐ飽きるものだろうと黒竜は意にも介して居なかったのだが…今ならばわかる。この男と暮らす為にアゼルジャンはこの森で生活する基盤を作っていたのだ。この男ならば黒竜が居たとしても敵意など向けてこないと…
愛していた…人間に対する愛など黒竜にわかるはずもない。が、アゼルジャンは心から愛していたのだ。幼子の胸には……
[お前にはここは辛かろう…この赤子ならばアジーの加護が付いている。大抵の事では死ぬこともないだろう。だが…お前達人間にはこれから地獄が待っている。アジーが許しても、我は許せぬ…たった一匹の我が同胞を…殺された恨みは人間に返るのだ…]
「黒竜よ……アゼルは、アゼルは死んだのか!?」
[人間達の望んだ通りだ……]
哀れな人間の男を見下ろす黒竜の瞳には最早地獄の様な憎悪は無い。人目も憚らず、慟哭しながらアゼルジャンの名前を連呼する男をもう責めるつもりも無かった…
[人の地に帰れ…そして、己が同胞が犯した愚かな結末を見るがいい………]
この人間の男を責め苦しめたとてアゼルジャンは喜ばない。己が伴侶と定めたアゼルジャンは既にこの男と赤子を護りだしているのだから…ならば、アゼルジャンの遺志を尊重しよう…
黒竜はその場を後にする。深く森の奥へと更に下がって、人間との関わりを完全に絶ってしまおうと思って……
「ひっく、ひっ……ぃく……うぅ……うっく…………」
[娘……何故、お前が泣くのだ……]
呆れた様な黒竜の声が腹に響いて来る。黒竜に取っては昔の、人間に取っては大昔の話をしているだけだ。もう黒竜の心には人間に対する深い憎悪は無い…それくらい時間が経ったのだ。それなのに、話している最中にユリンは泣き出した。
「だ…だって……だって、たった一人の家族だったのでしょう?」
家族……竜には家族と言う概念は無い。黒竜とて卵から孵化した後、両親という者に会ったことすらない。ただ生きていく術がわかった。それだけでここに来たのだ。
伴侶にならなかったと言っていたからアゼルジャンと黒竜は夫婦ではなかったのだ。けれどもお互いに雌雄の愛情は無くとも同胞としての愛情はあった。それはもう家族の様なものと言ってもいいと思う。居なくなったら寂しい、酷い仕打ちをされたら憎らしい…そんな相手を失って黒竜が悲しく苦しまなかったわけはないのだから。だから、淡々と語る黒竜の胸の内を思ったら、ユリンはたまらず涙が溢れて来るのだ。
ユリンはどうしてもアスターとユーアを、メージュとバルンを思い出す。どの人も失いたくない大切な家族だから。だから黒竜の痛みが、多分、本人よりも良く、わかる…
「ここを、離れる事は考えなかったの?」
ユリンは思い出の小屋から逃げ出してしまった…
[ここにあるからだ…アジーの記憶も、アジーの技も、まだ生きている以上、我は見届けようと思った…]
アゼルジャンの護りの技…それはウジュルに変化したことだろうか……
地を這う怒れる竜の声が辺りに響く…
「で、出たな!!」
「な、坊っちゃま、あの竜ではありません!!!」
「なんと!2頭居たのか!」
黒竜はこの時に既に狩られた獲物として考えられていた。
[愚かな…自分達が死の危険にさらされているとも知らずに…よくも騒ぎ立てられるものだ。]
「何、を!?」
[見るがいい…そして悟れ…ここはもう、人間の入れるところでは無いと…死にたくなければ、今すぐ去れ!!]
「ぼ、坊っちゃま!!なんだか、空気が……澱んでおります…息が………」
次々と不調を訴え始めた者が出てきた。やっと黒竜の放った瘴気が実を結び始めた。
「お、おのれ……黒竜は毒竜であったか…!」
[毒竜だと!?]
「竜は毒など持ってない!!何度もそう申し上げたはず!!」
縛られた男は叫ぶ。
「ここが毒の地となったのだならば、それは我々の所業の所為だ!!アゼルを殺そうとした我々への天罰だ!!その竜が怒るのは当然のことなんだ!!我が子を返せ!!!」
[よかろう、人間!毒竜と言うのならばその通りにしてやろう…我が瘴気はお前達を蝕み、その命をもぎ取るであろう…]
怒れる竜が羽ばたくと瘴気の渦が生まれ、底からどよどよと魔物が生み出されて行く……
「うわぁ!!!」
「魔、魔竜だ!!魔竜だ!!!」
「た、退避!!全員退避ーーーー」
情けなくも竜退治を意気込んできた者達は、幼子を投げ捨て、縛られた男も魔物達の囮に放り出して、一目散に谷を上がって行ってしまった。
[人間は何と情けなく、哀れなものよな…]
不思議なもので、表れ出た魔物達は男と赤子には襲いかからない。
[人間、赤子を連れ帰れ…ここはお前の住む場所ではない…]
少し前までならば、アゼルジャンは未来を夢見ていた…時おりふっと帰ってきては、何やら森の中でゴソゴソと活動していたのだ。それもすぐ飽きるものだろうと黒竜は意にも介して居なかったのだが…今ならばわかる。この男と暮らす為にアゼルジャンはこの森で生活する基盤を作っていたのだ。この男ならば黒竜が居たとしても敵意など向けてこないと…
愛していた…人間に対する愛など黒竜にわかるはずもない。が、アゼルジャンは心から愛していたのだ。幼子の胸には……
[お前にはここは辛かろう…この赤子ならばアジーの加護が付いている。大抵の事では死ぬこともないだろう。だが…お前達人間にはこれから地獄が待っている。アジーが許しても、我は許せぬ…たった一匹の我が同胞を…殺された恨みは人間に返るのだ…]
「黒竜よ……アゼルは、アゼルは死んだのか!?」
[人間達の望んだ通りだ……]
哀れな人間の男を見下ろす黒竜の瞳には最早地獄の様な憎悪は無い。人目も憚らず、慟哭しながらアゼルジャンの名前を連呼する男をもう責めるつもりも無かった…
[人の地に帰れ…そして、己が同胞が犯した愚かな結末を見るがいい………]
この人間の男を責め苦しめたとてアゼルジャンは喜ばない。己が伴侶と定めたアゼルジャンは既にこの男と赤子を護りだしているのだから…ならば、アゼルジャンの遺志を尊重しよう…
黒竜はその場を後にする。深く森の奥へと更に下がって、人間との関わりを完全に絶ってしまおうと思って……
「ひっく、ひっ……ぃく……うぅ……うっく…………」
[娘……何故、お前が泣くのだ……]
呆れた様な黒竜の声が腹に響いて来る。黒竜に取っては昔の、人間に取っては大昔の話をしているだけだ。もう黒竜の心には人間に対する深い憎悪は無い…それくらい時間が経ったのだ。それなのに、話している最中にユリンは泣き出した。
「だ…だって……だって、たった一人の家族だったのでしょう?」
家族……竜には家族と言う概念は無い。黒竜とて卵から孵化した後、両親という者に会ったことすらない。ただ生きていく術がわかった。それだけでここに来たのだ。
伴侶にならなかったと言っていたからアゼルジャンと黒竜は夫婦ではなかったのだ。けれどもお互いに雌雄の愛情は無くとも同胞としての愛情はあった。それはもう家族の様なものと言ってもいいと思う。居なくなったら寂しい、酷い仕打ちをされたら憎らしい…そんな相手を失って黒竜が悲しく苦しまなかったわけはないのだから。だから、淡々と語る黒竜の胸の内を思ったら、ユリンはたまらず涙が溢れて来るのだ。
ユリンはどうしてもアスターとユーアを、メージュとバルンを思い出す。どの人も失いたくない大切な家族だから。だから黒竜の痛みが、多分、本人よりも良く、わかる…
「ここを、離れる事は考えなかったの?」
ユリンは思い出の小屋から逃げ出してしまった…
[ここにあるからだ…アジーの記憶も、アジーの技も、まだ生きている以上、我は見届けようと思った…]
アゼルジャンの護りの技…それはウジュルに変化したことだろうか……
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