[完]優しい番は奈落の底の竜でした

小葉石

文字の大きさ
上 下
14 / 30

14

しおりを挟む
[違うの……恨んでなんか、いないのよ……]

 流れ出るアゼルジャンの血潮は止まらず、大地を腐らせる……

[何故だ!何故だ!!何故だ!?]

 雄叫びをあげ続ける黒竜に、アゼルジャンは慈愛の瞳を向けた。輝く様な、水晶の様な透明な瞳。そこに、憎しみも、恨みもなく、ただ黒竜に許しを乞うている。

[アジー何故そんな目をする…?]

 もう少しでお前は死んでしまうというのに…

[いいえ…私は死なないわ…知っているでしょう?私はここで、ここで護り続けるのよ……]

[アジー………]

 まさか……まさか、お前は……

 竜は伴侶と決めた者を生涯自分の命を賭けて守り切る者だ。だがら、アゼルジャンには、ここに、に守りたい者がいる……

[人を愛したわ………]

 分かっていた、答えが返ってくる。そして、結果がこれだ……

[でも、私を襲ったのは彼じゃない…あの人は知らなかったのよ…]

 けれども、自分が竜である事を黙っていることもできなくなったアゼルジャンは秘密を暴露する…結果、人間は竜の鱗や角、肉を求めてアゼルジャンに毒を仕掛けた………

[その男も、その人間の仲間だ!!]

 黒竜は咆哮を上げる。どうしても許せるものではなかった。どうしても一矢報いねば、今この場で全ての人間を滅ぼし尽くしてしまいそうな憎悪を抑えきれそうになかった。

[そう……貴方も、大切なのよ?だから、護るわ……]

 朗らかなアゼルジャンの声…優しい優しい、最初で最後の自分の同胞……

 優しい声を最後に、アゼルジャンは事切れた………竜の死はそれでは終わらない。アゼルジャンが宣言した様に竜は伴侶を死しても護る。だから永遠に生きるとも揶揄されるのだ。死して崩れ去ったアゼルジャンの身体からは無数のナメクジが現れる。
黒竜が放った呪いの一部を緩和する為に、アゼルジャンは最後の最後まで自分を犠牲にした。

[アジー……君は馬鹿だ……こんな事をして、君の伴侶は君の何を知ったと言うんだ…君がどれだけを愛したか知らないが、人間はそれさえも気が付かないじゃないか…]

 竜の護りも竜の呪いも強力だ。黒竜が放ったもの呪いはタラント領全てを覆い尽くす、死の呪い…今まで無かった病が領土全土を、覆い尽くす…

[人間よ……しばし苦しむがいい…アジーが受けた苦しみを、その血の報いを受けるがいい……]

 ドロドロと燻り続ける黒竜の呪いは、谷を瘴気で覆い尽くし、魔物や魑魅魍魎を呼び寄せる。アゼルジャンが谷へ逃げ込んだ事を知る愚かな人間達は意気揚々として武装し、竜に最期の一太刀を浴びせようと谷へ降りて来る。

[愚か者…愚か者め…恥を知らぬ、害虫目が!!]

 黒竜はここに来る者全てを滅ぼし尽くそうとしていた。アゼルジャンを狙い、毒を盛りその命を断つために矢を射掛けた者達なのだから、復讐の為に何の遠慮も要らぬと思っていたからだ。

「竜はどこだ!!」

「探せ!!」

「止めを刺すのだ!」

 もうこの声を聞いただけで、黒竜の血潮は沸騰しそうであった。アゼルジャンは愛していると言った。命懸けで護ると…言葉通り死してもなお、黒竜の呪いから人間を護ろうと働いているのに…

 怒りで頭が焼き切れそうだ…!!

「逃げろ!!アゼル!!!」

 血気盛んな男達の中から、悲鳴の様な声が上がった。

[…!?]

 その男は後ろ手に縛られて、引きずられる様にして谷を降らされている。もしかしなくとも、アゼルジャンが抵抗した時のための人質の様であった。

「アゼル!!ここに来るな!仲間の所に帰れ!!私は捨てていいから、ここには来るな!!!」

 もういないアゼルジャンに向かってその男は叫び続けていた。なんとも悲しい叫びで、爆発しそうな程の怒りが見る見る萎んでいくのがわかった。

「お前は黙っていろ!!」

 陣頭指揮を取っている男が、叫び続ける男を殴りつける。

「良いか!竜よ!よく聞け!ここにお前の夫とがいる!今直ぐに谷に放り込まれたくなければ、その邪悪な姿を表せ!!」

 アジーは邪悪などではない。黒竜が知る限り、一番の輝きを持つ美しい竜だ。ずっと年上のくせに、お調子者の気があるが、優しく、愛情に溢れた素晴らしい竜だ!!!!

 男は片手に小さな包みをぶら下げていた。それを高く掲げてそう叫び続けたのだ。

「ホンギャァァ…ホンギャァァ……!」

 小さな包みから赤子の声がする。

「やめてくれ!兄上!!囮は私だけで十分だろう!!その子は関係ない!やめてくれーー!!」
 
 縛られた男の声は最早絶叫であった。

 なるほど人間は生まれたての子供でさえも道具にするのか…覚えておこう…

 荷物の様な子供…アゼルジャンの気配が濃い…

[アジーの子供か……]

 信じられない事に、アゼルジャンは人間との間に子供を作っていた様だった。

「さあ!出て来るがいい!死に損ないめ!!」

[死に損ない…?]

 もう我慢の限界であった…









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

処理中です...