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[違うの……恨んでなんか、いないのよ……]

 流れ出るアゼルジャンの血潮は止まらず、大地を腐らせる……

[何故だ!何故だ!!何故だ!?]

 雄叫びをあげ続ける黒竜に、アゼルジャンは慈愛の瞳を向けた。輝く様な、水晶の様な透明な瞳。そこに、憎しみも、恨みもなく、ただ黒竜に許しを乞うている。

[アジー何故そんな目をする…?]

 もう少しでお前は死んでしまうというのに…

[いいえ…私は死なないわ…知っているでしょう?私はここで、ここで護り続けるのよ……]

[アジー………]

 まさか……まさか、お前は……

 竜は伴侶と決めた者を生涯自分の命を賭けて守り切る者だ。だがら、アゼルジャンには、ここに、に守りたい者がいる……

[人を愛したわ………]

 分かっていた、答えが返ってくる。そして、結果がこれだ……

[でも、私を襲ったのは彼じゃない…あの人は知らなかったのよ…]

 けれども、自分が竜である事を黙っていることもできなくなったアゼルジャンは秘密を暴露する…結果、人間は竜の鱗や角、肉を求めてアゼルジャンに毒を仕掛けた………

[その男も、その人間の仲間だ!!]

 黒竜は咆哮を上げる。どうしても許せるものではなかった。どうしても一矢報いねば、今この場で全ての人間を滅ぼし尽くしてしまいそうな憎悪を抑えきれそうになかった。

[そう……貴方も、大切なのよ?だから、護るわ……]

 朗らかなアゼルジャンの声…優しい優しい、最初で最後の自分の同胞……

 優しい声を最後に、アゼルジャンは事切れた………竜の死はそれでは終わらない。アゼルジャンが宣言した様に竜は伴侶を死しても護る。だから永遠に生きるとも揶揄されるのだ。死して崩れ去ったアゼルジャンの身体からは無数のナメクジが現れる。
黒竜が放った呪いの一部を緩和する為に、アゼルジャンは最後の最後まで自分を犠牲にした。

[アジー……君は馬鹿だ……こんな事をして、君の伴侶は君の何を知ったと言うんだ…君がどれだけを愛したか知らないが、人間はそれさえも気が付かないじゃないか…]

 竜の護りも竜の呪いも強力だ。黒竜が放ったもの呪いはタラント領全てを覆い尽くす、死の呪い…今まで無かった病が領土全土を、覆い尽くす…

[人間よ……しばし苦しむがいい…アジーが受けた苦しみを、その血の報いを受けるがいい……]

 ドロドロと燻り続ける黒竜の呪いは、谷を瘴気で覆い尽くし、魔物や魑魅魍魎を呼び寄せる。アゼルジャンが谷へ逃げ込んだ事を知る愚かな人間達は意気揚々として武装し、竜に最期の一太刀を浴びせようと谷へ降りて来る。

[愚か者…愚か者め…恥を知らぬ、害虫目が!!]

 黒竜はここに来る者全てを滅ぼし尽くそうとしていた。アゼルジャンを狙い、毒を盛りその命を断つために矢を射掛けた者達なのだから、復讐の為に何の遠慮も要らぬと思っていたからだ。

「竜はどこだ!!」

「探せ!!」

「止めを刺すのだ!」

 もうこの声を聞いただけで、黒竜の血潮は沸騰しそうであった。アゼルジャンは愛していると言った。命懸けで護ると…言葉通り死してもなお、黒竜の呪いから人間を護ろうと働いているのに…

 怒りで頭が焼き切れそうだ…!!

「逃げろ!!アゼル!!!」

 血気盛んな男達の中から、悲鳴の様な声が上がった。

[…!?]

 その男は後ろ手に縛られて、引きずられる様にして谷を降らされている。もしかしなくとも、アゼルジャンが抵抗した時のための人質の様であった。

「アゼル!!ここに来るな!仲間の所に帰れ!!私は捨てていいから、ここには来るな!!!」

 もういないアゼルジャンに向かってその男は叫び続けていた。なんとも悲しい叫びで、爆発しそうな程の怒りが見る見る萎んでいくのがわかった。

「お前は黙っていろ!!」

 陣頭指揮を取っている男が、叫び続ける男を殴りつける。

「良いか!竜よ!よく聞け!ここにお前の夫とがいる!今直ぐに谷に放り込まれたくなければ、その邪悪な姿を表せ!!」

 アジーは邪悪などではない。黒竜が知る限り、一番の輝きを持つ美しい竜だ。ずっと年上のくせに、お調子者の気があるが、優しく、愛情に溢れた素晴らしい竜だ!!!!

 男は片手に小さな包みをぶら下げていた。それを高く掲げてそう叫び続けたのだ。

「ホンギャァァ…ホンギャァァ……!」

 小さな包みから赤子の声がする。

「やめてくれ!兄上!!囮は私だけで十分だろう!!その子は関係ない!やめてくれーー!!」
 
 縛られた男の声は最早絶叫であった。

 なるほど人間は生まれたての子供でさえも道具にするのか…覚えておこう…

 荷物の様な子供…アゼルジャンの気配が濃い…

[アジーの子供か……]

 信じられない事に、アゼルジャンは人間との間に子供を作っていた様だった。

「さあ!出て来るがいい!死に損ないめ!!」

[死に損ない…?]

 もう我慢の限界であった…









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