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「はい…アスター…………」
ピチョン……ピチョン……
「アスター?」
頬を濡らす朝露で、ユリンは目を覚ます。ここは谷の底で、アスターは既にいない……
「アスター……」
(そうだった…あのまま、寝てしまったのね……)
周りは良く見知った谷の瘴気に後方はウジュルの海だ。着ている衣類もボロボロで…幸せな夢から一気に現実に戻されてしまった。
「行かなきゃ……」
アスターが待っている。結婚した時の幸せな夢を見たんだ。婚姻届も何も出来なかったけれど、叔母様達にはお祝いしてもらった。心からユリンの夫は今もアスター一人だ。もしかしたら、アスターはそこまで迎えに来てくれているのかも知れない。
ヨロヨロとユリンは立ち上がって、更に谷の奥へと進んでいく。
それより、谷にいる魔物の様子がおとなしすぎる様に思う。ウジュルは今までの経験上人を襲わない事は判明しているけれども、谷の奥へと向かって行くユリンを遠巻きにして様子を伺って来る魔物達の中には、かつてこの谷で人を襲っている所を見た事があるのに。
(手っ取り早く、襲ってくれれば良いのに…)
そうしたら、ただ溶けるのを待つだけだとか、飢えるのを待つだけなんて時間をかける事も無くなるだろうに……
[酷な事を言うでない。人間よ……]
「!?」
ユリンのボゥッとしていた頭が一瞬ではっきりとする。
「誰?」
地から湧き上がって来る様な地を揺るがすような響き……
「誰なのですか?」
この谷に来て初めてこんな声を聞く。
[人の住むべき所へ帰れ…]
声は響けども声の主は見つからず…
「貴方は、何方……?」
今まできた道にそれらしき者の姿はなかった。ならば主はこの先にいる。
[帰れ…人間…]
話す内容は人間を拒絶する内容だ。けれども、声の調子に悪意や敵意は見えないのだ。
「聞きたいことがあります。そちらに行きますね?」
どこにいるかもわからない者を探すのだから大変なことかも知れないけれど、これだけの存在感。きっとすぐに見つかるはず…
[要らぬ、帰れ……]
「いいえ!お聞きしたいことがあるのです。それを聞いたら……」
[大人しく、帰るか?]
「………………」
帰れと言われても、ユリンに帰る所はもう無いと思っている。帰るが地獄なら行くしかないだろう。
はぁ……と、大きなため息が聞こえた様な気がした。それも特大の………目の前にいたら強風が吹き荒れて来るかも知れない。
(大きな何か………)
この谷の生態系について、ユリンは全く詳しくはない。調べ様にも瘴気漂うこの地に人は長時間留まれないし調べようがないのだ。でも、意思の疎通が図れる者がいるのは正直助かる。ユリンの知りたい事、欲しいものを得られるかも知れないから。
ガサガサと更に奥へと進んでいく。不思議な事に護り石が無いのにどうしてユリンはここで生きているのだろう?どうして藪に入っても傷一つつかない?
方向があっているかなんて分からない。一心不乱にただ進んで、進んで、ムキになって全体重をかけながら藪を押し退けて進んだ。だから藪が切れた時にユリンは思い切り前につんのめり、思い切り転がりながら飛び出していた。
「いたた………」
失敗した…護り石が無いのだから怪我は命取りになると言うのに……
藪が切れたそこは丈の低い下草が生え揃った空間になっていて、木々が途切れた為か空が見えているのに瘴気の為に朝でも薄暗い。
[酷い格好だ……]
呆れた声が目の前で聞こえた。
確かにユリンは酷い格好をしていたと思う。藪の中を通って来て髪の毛はグシャグシャで、至る所に木の葉がついているし、谷の腐れに溶かされた衣装は、藪で引き裂かれて更に悲惨な事になっている。
「いた………」
呆れた声の持ち主、ユリンの目の前には大きな、大きな漆黒の、竜が……
漆黒の鱗は黒々と光り、僅かな光だけでその艶をこれでもかと言うほどに強調しながら逞しやかな巨躯を覆っていて、背中にある畳まれた翼は、闇に吸い込まれていきそうな錯覚を受けるほどに深い、黒……どこもかしこも黒い竜の瞳だけは、空の様に深い青……
その青い瞳が上からユリンを見下げていた。
竜なんて、初めて見た……
魔物でさえ、谷に降りなければ見る事が出来ないものだ。竜なんて、ただの御伽噺の生物だと思っていた。その竜の目の前で、ユリンは竜に、酷い格好と言わしめるほどの姿で、転んだまま呆けた様に、ただ竜を見上げている。
[娘、来た道を帰れ…]
(この声だ…)
深い所から湧き上がる様な声にユリンは、はっと我に帰る。
「帰れません…!」
[強情な…何が聞きたい…?]
表情の無い竜だけれども、その声は人間ならば物凄く嫌そうな顔をしているだろうと思わせるものだった。
「人を!!人を探しています!」
(もう、4年も前のことだけれど…)
ピチョン……ピチョン……
「アスター?」
頬を濡らす朝露で、ユリンは目を覚ます。ここは谷の底で、アスターは既にいない……
「アスター……」
(そうだった…あのまま、寝てしまったのね……)
周りは良く見知った谷の瘴気に後方はウジュルの海だ。着ている衣類もボロボロで…幸せな夢から一気に現実に戻されてしまった。
「行かなきゃ……」
アスターが待っている。結婚した時の幸せな夢を見たんだ。婚姻届も何も出来なかったけれど、叔母様達にはお祝いしてもらった。心からユリンの夫は今もアスター一人だ。もしかしたら、アスターはそこまで迎えに来てくれているのかも知れない。
ヨロヨロとユリンは立ち上がって、更に谷の奥へと進んでいく。
それより、谷にいる魔物の様子がおとなしすぎる様に思う。ウジュルは今までの経験上人を襲わない事は判明しているけれども、谷の奥へと向かって行くユリンを遠巻きにして様子を伺って来る魔物達の中には、かつてこの谷で人を襲っている所を見た事があるのに。
(手っ取り早く、襲ってくれれば良いのに…)
そうしたら、ただ溶けるのを待つだけだとか、飢えるのを待つだけなんて時間をかける事も無くなるだろうに……
[酷な事を言うでない。人間よ……]
「!?」
ユリンのボゥッとしていた頭が一瞬ではっきりとする。
「誰?」
地から湧き上がって来る様な地を揺るがすような響き……
「誰なのですか?」
この谷に来て初めてこんな声を聞く。
[人の住むべき所へ帰れ…]
声は響けども声の主は見つからず…
「貴方は、何方……?」
今まできた道にそれらしき者の姿はなかった。ならば主はこの先にいる。
[帰れ…人間…]
話す内容は人間を拒絶する内容だ。けれども、声の調子に悪意や敵意は見えないのだ。
「聞きたいことがあります。そちらに行きますね?」
どこにいるかもわからない者を探すのだから大変なことかも知れないけれど、これだけの存在感。きっとすぐに見つかるはず…
[要らぬ、帰れ……]
「いいえ!お聞きしたいことがあるのです。それを聞いたら……」
[大人しく、帰るか?]
「………………」
帰れと言われても、ユリンに帰る所はもう無いと思っている。帰るが地獄なら行くしかないだろう。
はぁ……と、大きなため息が聞こえた様な気がした。それも特大の………目の前にいたら強風が吹き荒れて来るかも知れない。
(大きな何か………)
この谷の生態系について、ユリンは全く詳しくはない。調べ様にも瘴気漂うこの地に人は長時間留まれないし調べようがないのだ。でも、意思の疎通が図れる者がいるのは正直助かる。ユリンの知りたい事、欲しいものを得られるかも知れないから。
ガサガサと更に奥へと進んでいく。不思議な事に護り石が無いのにどうしてユリンはここで生きているのだろう?どうして藪に入っても傷一つつかない?
方向があっているかなんて分からない。一心不乱にただ進んで、進んで、ムキになって全体重をかけながら藪を押し退けて進んだ。だから藪が切れた時にユリンは思い切り前につんのめり、思い切り転がりながら飛び出していた。
「いたた………」
失敗した…護り石が無いのだから怪我は命取りになると言うのに……
藪が切れたそこは丈の低い下草が生え揃った空間になっていて、木々が途切れた為か空が見えているのに瘴気の為に朝でも薄暗い。
[酷い格好だ……]
呆れた声が目の前で聞こえた。
確かにユリンは酷い格好をしていたと思う。藪の中を通って来て髪の毛はグシャグシャで、至る所に木の葉がついているし、谷の腐れに溶かされた衣装は、藪で引き裂かれて更に悲惨な事になっている。
「いた………」
呆れた声の持ち主、ユリンの目の前には大きな、大きな漆黒の、竜が……
漆黒の鱗は黒々と光り、僅かな光だけでその艶をこれでもかと言うほどに強調しながら逞しやかな巨躯を覆っていて、背中にある畳まれた翼は、闇に吸い込まれていきそうな錯覚を受けるほどに深い、黒……どこもかしこも黒い竜の瞳だけは、空の様に深い青……
その青い瞳が上からユリンを見下げていた。
竜なんて、初めて見た……
魔物でさえ、谷に降りなければ見る事が出来ないものだ。竜なんて、ただの御伽噺の生物だと思っていた。その竜の目の前で、ユリンは竜に、酷い格好と言わしめるほどの姿で、転んだまま呆けた様に、ただ竜を見上げている。
[娘、来た道を帰れ…]
(この声だ…)
深い所から湧き上がる様な声にユリンは、はっと我に帰る。
「帰れません…!」
[強情な…何が聞きたい…?]
表情の無い竜だけれども、その声は人間ならば物凄く嫌そうな顔をしているだろうと思わせるものだった。
「人を!!人を探しています!」
(もう、4年も前のことだけれど…)
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