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『アスター!!答えて!返事をして!!』
あの頃の記憶が鮮明に甦る。事故に遭い、既に事切れていただろうアスターが答えるはずは無いのに、ユリンは叫ばずにはおられない。小屋に運ばれて死亡を告げられ、顔を見ることも叶わぬまま騎士達によってアスターの身体は運ばれた。そして谷の入り口から遠く離れた崖の上から、弔いの言葉一つなく、投げ捨てられた…
『アスター!アスターーーー!!』
名前を呼び泣き叫び、必死にそこから谷に降りようとするのも騎士に止められ、ユリンは気も狂わんばかりに泣き喚いた。
『ふん。惨めなものだ。要らぬ意地を張るからこんな事になる。男に頼りたいならば領主様の寵愛を受ければ良かろう。』
現場の指揮をとっていた年配の騎士は騎士団長だろうか。父をなぶり殺した領主に愛を乞えとはなんとも残酷すぎるでは無いか…
知らず、つつっとユリンの頬を涙が伝う。今だって駄目なのだ。もう4年は経つのに、思い出しただけで自然に涙が込み上げてくる。
一緒に逝きたかった…一人になどさせたくなかった……
ポタポタと足元にユリンの涙がこぼれ落ちて行く。
(今、逝くから…側に、行くから…)
せめて、アスターの亡骸の側で逝きたいものだ。けれど、ここは魔物も出る。きっともう、何も残らず食べられてしまっているのだろうけれど………もう何も考えられず、ユリンはウジュルの中を進んで行く。
どこまで歩き続けて、どこまできたのだろう……ユリンは足を取られながらもウジュルの大群の中から出てはいない。しかし、身体の痛むところは一つもない。
(痛くない…どこも溶けてない?……苦しくもない……)
谷の中には目で見えるくらいに瘴気がモヤッと燻っている。だから護り石が無いユリンは瘴気で体調を崩してもなんらおかしくはないはずなのに…体調は至って変わらず。ただ、足を取られるウジュルの中を突き進んできたので流石に疲労は隠せない。
少し、休もうとウジュルの群れから離脱して端にある岩場に腰かけた。
大地が腐りあらゆる物を溶かす地…その力は衰えてはいない様であった。ユリンが休んでいる岩に触れている衣類が溶け出しているから…
(けど、私は溶けない……)
護り石がないのに不思議なものであった…
(もっと、奥へ行こう……)
どうせ、もう地上に帰ろうとは思えないのだ。だったら奥へ進んで行こう…もう誰もここへは来ないから。アスターとの思い出を胸に、最後の時までのびのび過ごすのも良いかもしれない。ユリンは立ち上がりさらに奥へと、歩をすすめる。
父が生きていた頃にもここまで来たことはあったのだろうか…永遠とも続いて行くウジュルの海に果てが見えた。
(向こうが、あったのね……)
もうここまで来ると、ここにはウジュルしかいないものと思えて来ていたから。ユリンの目の先には大地がある。ウジュルの海から抜け出して、土を踏み締める事ができそうである。
上を見上げれば、鬱蒼とした木々が空を遮っている。あの場所がどの辺であったか、長いリボンでも付けておくべきだった……
「ふぅ………」
信じられないほど奥まで来た。
「足が痛い……」
良く歩いた疲労だろう…
ウジュルの海を越えてからユリンは陸地に上がり座り込む。足は疲労でパンパンで、着ていた服はボロボロだった…
(少しだけ、休もう……そうしたら、また奥に……)
ユリンはそのまま倒れる様にして眠ってしまう。
『ねぇ、ユリン…僕と、結婚して…?』
『私で、良いの……?』
何の変哲もないただの日常…仕事がお休みの日に一緒にいてくれて、時々商店からのお土産や、お菓子をくれる。アスターが来てくれる日は心がホコホコしていて、フワフワと宙を舞う様に身体が軽かった…
一緒に昼食を取って、片付けをして、お土産に貰ったお菓子を開けましょうか、と言う時に、アスターが求婚してくれたのだ。
本当に、私で良いの?
白の一族は皆んなから恨まれてはいないけど、煙たがられ、気味悪がられていて、アスターの様に自分からわざわざ寄って来てくれる人も少ないのに……
『うん!君が良い…君と一緒に生きたいんだ。』
父と、母もそうだったんだろうか……相手がいない場合、無理矢理に子作りさせられていた時代もあったと聞いた。そんな事になりたくなければ、領主館に来いと何度も言われた。行った所で、領主に無理矢理に貞操を奪われるのが目に見えていて…領主館に行く時には、まだ殆どの者が起き出していない早朝のみと決めていた。
『だって…そんな事をしたら…領主様に…』
今だって見つからない様に隠れてあっている。アスターが物を売りに来る体で、人の目を掻い潜って同じ時間を過ごしているのに…
『ふふふ…!それは大丈夫!メージュさんとバースさんが協力してくれるよ。ユリンも幸せになって良いんだよ?』
幸せに……母が死ぬ前に私に残してくれた言葉だそう……
『いいの…?私も、幸せになって、良いの?』
『勿論!ユリン…役不足かも知れないけれど、一緒に居させて?』
『はい…!はい、アスター!』
あの頃の記憶が鮮明に甦る。事故に遭い、既に事切れていただろうアスターが答えるはずは無いのに、ユリンは叫ばずにはおられない。小屋に運ばれて死亡を告げられ、顔を見ることも叶わぬまま騎士達によってアスターの身体は運ばれた。そして谷の入り口から遠く離れた崖の上から、弔いの言葉一つなく、投げ捨てられた…
『アスター!アスターーーー!!』
名前を呼び泣き叫び、必死にそこから谷に降りようとするのも騎士に止められ、ユリンは気も狂わんばかりに泣き喚いた。
『ふん。惨めなものだ。要らぬ意地を張るからこんな事になる。男に頼りたいならば領主様の寵愛を受ければ良かろう。』
現場の指揮をとっていた年配の騎士は騎士団長だろうか。父をなぶり殺した領主に愛を乞えとはなんとも残酷すぎるでは無いか…
知らず、つつっとユリンの頬を涙が伝う。今だって駄目なのだ。もう4年は経つのに、思い出しただけで自然に涙が込み上げてくる。
一緒に逝きたかった…一人になどさせたくなかった……
ポタポタと足元にユリンの涙がこぼれ落ちて行く。
(今、逝くから…側に、行くから…)
せめて、アスターの亡骸の側で逝きたいものだ。けれど、ここは魔物も出る。きっともう、何も残らず食べられてしまっているのだろうけれど………もう何も考えられず、ユリンはウジュルの中を進んで行く。
どこまで歩き続けて、どこまできたのだろう……ユリンは足を取られながらもウジュルの大群の中から出てはいない。しかし、身体の痛むところは一つもない。
(痛くない…どこも溶けてない?……苦しくもない……)
谷の中には目で見えるくらいに瘴気がモヤッと燻っている。だから護り石が無いユリンは瘴気で体調を崩してもなんらおかしくはないはずなのに…体調は至って変わらず。ただ、足を取られるウジュルの中を突き進んできたので流石に疲労は隠せない。
少し、休もうとウジュルの群れから離脱して端にある岩場に腰かけた。
大地が腐りあらゆる物を溶かす地…その力は衰えてはいない様であった。ユリンが休んでいる岩に触れている衣類が溶け出しているから…
(けど、私は溶けない……)
護り石がないのに不思議なものであった…
(もっと、奥へ行こう……)
どうせ、もう地上に帰ろうとは思えないのだ。だったら奥へ進んで行こう…もう誰もここへは来ないから。アスターとの思い出を胸に、最後の時までのびのび過ごすのも良いかもしれない。ユリンは立ち上がりさらに奥へと、歩をすすめる。
父が生きていた頃にもここまで来たことはあったのだろうか…永遠とも続いて行くウジュルの海に果てが見えた。
(向こうが、あったのね……)
もうここまで来ると、ここにはウジュルしかいないものと思えて来ていたから。ユリンの目の先には大地がある。ウジュルの海から抜け出して、土を踏み締める事ができそうである。
上を見上げれば、鬱蒼とした木々が空を遮っている。あの場所がどの辺であったか、長いリボンでも付けておくべきだった……
「ふぅ………」
信じられないほど奥まで来た。
「足が痛い……」
良く歩いた疲労だろう…
ウジュルの海を越えてからユリンは陸地に上がり座り込む。足は疲労でパンパンで、着ていた服はボロボロだった…
(少しだけ、休もう……そうしたら、また奥に……)
ユリンはそのまま倒れる様にして眠ってしまう。
『ねぇ、ユリン…僕と、結婚して…?』
『私で、良いの……?』
何の変哲もないただの日常…仕事がお休みの日に一緒にいてくれて、時々商店からのお土産や、お菓子をくれる。アスターが来てくれる日は心がホコホコしていて、フワフワと宙を舞う様に身体が軽かった…
一緒に昼食を取って、片付けをして、お土産に貰ったお菓子を開けましょうか、と言う時に、アスターが求婚してくれたのだ。
本当に、私で良いの?
白の一族は皆んなから恨まれてはいないけど、煙たがられ、気味悪がられていて、アスターの様に自分からわざわざ寄って来てくれる人も少ないのに……
『うん!君が良い…君と一緒に生きたいんだ。』
父と、母もそうだったんだろうか……相手がいない場合、無理矢理に子作りさせられていた時代もあったと聞いた。そんな事になりたくなければ、領主館に来いと何度も言われた。行った所で、領主に無理矢理に貞操を奪われるのが目に見えていて…領主館に行く時には、まだ殆どの者が起き出していない早朝のみと決めていた。
『だって…そんな事をしたら…領主様に…』
今だって見つからない様に隠れてあっている。アスターが物を売りに来る体で、人の目を掻い潜って同じ時間を過ごしているのに…
『ふふふ…!それは大丈夫!メージュさんとバースさんが協力してくれるよ。ユリンも幸せになって良いんだよ?』
幸せに……母が死ぬ前に私に残してくれた言葉だそう……
『いいの…?私も、幸せになって、良いの?』
『勿論!ユリン…役不足かも知れないけれど、一緒に居させて?』
『はい…!はい、アスター!』
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