上 下
136 / 143

136 そこに貴方が

しおりを挟む
 あれから大蛇は微動だにしていない様だ。ネイバーの手を掴んだままかなりの時間が経過したはず。時折腸の蠕動で幾らか奥へと押し流されている感覚以外に振動も何も感じない。

 どこか巣にでも戻った?これだけの巨体だから巣となる所も大きなものだろう。山肌や地上では無いはずだ。穴を作っているか、地下の空洞?どこでも良いが、今自分達がどこに居るのかも、大蛇がどうなったのかも分からない。深く深く地下に潜っていたら、果たして皆は追いつけるだろうか?

 不安は必ず付いてくる。村にいた時も、サウスバーゲンに来た時も、ルーシウスの側にいる時も何度も何度も感じていたもの…ただ、グッと抑えて耐えて来ただけ。

 今度も…耐えられる?時折波の様に襲ってくる、えもいわれぬ不安に飲み込まれそうになる。

 ネイバーを掴む手が時折震えてしまう。が、そんな時こそぎゅうっと強く握り返されて、まるで、負けるな!諦めるな!と激励されているみたいだった。

 仲間が居て良かった、一人じゃなくて…
 結界を張り直しネイバーに答える。大丈夫…まだ、まだ生きてる。

 生きる事を、諦めない!!




 
 ルーシウスの周りに舞い上がった粉雪の様な魔力が凝縮してルーシウスが持つ剣の刃の周囲に集まって行く。残りの物は空いた手の方に棒の様な、槍の様な形をかたどった。

「曲芸には長けているのか、サウスバーゲン王。」

 シュトラインは面白くもなさそうにその様を見ている。

「果たして、ただの曲芸かな?それと、其方そなたの体質か?此方こちらの魔力を全て無力化しているな?」

「ほう、良く、分かったな?」

「して、魔力の通じぬ者に魔力を通すにはどうしたら良いと思う?」

 昔、兄達と悪ふざけをしてよく遊んだのだ。一方は逃げる者、一方は追う者。逃げる者は魔力を使い攻撃してはならない。
 言うなれば、良いだけのこと。

 魔力を纏った剣はキラキラとそれ自体が光を発している様に見える。
 
「見るだけならば、綺麗なものだ…だが、それをどうする?」
 まるで次の攻撃を今か今かと待ち望む様な表情でシュトラインはルーシウスの出方を待っている。何処からでも切り掛かってこいとばかりに、わざと両手を広げて煽っている様だ。

「ふっ覚悟だけは見事、とでも言っておこうか?」

 フワリ……まるで羽毛を掌から落とした時の様に、ルーシウスの左掌の上で形造られていた光の槍が、フワリと宙に浮く。

 次の瞬間一気にスピードを上げ槍は大蛇の元へ音も無く吸い込まれて行く様に飛んでいく。と、同時にシュトラインに向かってルーシウスも飛び込んできた。

「!!!」

 ガッ!!!

 先程とは打って変わった重さの剣撃で、シュトラインは後方へと飛ばされる。が、クルッと体を反転させて綺麗に着地して見せた。

「ふっ威力は格段に上がった?此方の剣の刃がかけたか……面白い!」

 シュトラインが体勢を整えルーシウスに向かって反撃に出る前に、凄まじい咆哮が上がった!

 キシャャャャャャャャヤ!!!!

「!!!」

 周囲の乱闘にも物ともせずに寝静まっていた大蛇が咆哮を上げ、もがき暴れだしたのだ。

「陛下!!」

「ルーシュ!!」

 大蛇の苦しみ様は凄まじく、敵も味方も分別無く自分自身を傷つく事にさえも躊躇せずにただ暴れまわっている。大蛇が体当たりした岩が崩れ降ってくれば、長い尾で弾き飛ばした瓦礫も飛んで来た。
 
「大事ない。」
 ルーシウスの周囲にはシエラが張っていた簡易な防御壁に、暗部団員が駆けつけ岩を弾く。

「貴様………何をした?」
 余りの苦しみ、暴れようは尋常では無いものだ。シュトラインもことごとく飛んでくる岩を剣を片手に弾き飛ばし、軽々と避けて行っては大蛇を仰ぐ。

「何、此方に興味もない様なのでな。もたげもしない首には用はないと思ったのだ。」
 爽やかに笑うその先には、頭を起こした大蛇の首元がスパリと切られ、血が滴り落ちている。

「喉を潰して、呼吸の道を断った。それだけだ。」
 ルーシウスはそれだけ言うとまた剣を構える。

「……相当、焦っていると見える…そんなに大事な者ならば、縄で縛り付けておけば良いものを。」
 大事なペットと言う割には、暴れ回る大蛇の姿にシュトラインの心は動かされてもいないだろう。一瞥だけすると、ルーシウスの方へ向き直り、剣を握り直す。

「生憎と、縛りつける様な趣味は持ち合わせてはいないのでな。」

「面倒な事だ…」

 フッ……話していたシュトラインが、一瞬消えた様に見えた。今そこに、距離を置いて言葉を交わしていたと思ったそのシュトラインの剣が、今正にルーシウスの脇腹にえぐり込もうとしている。剣の柄と防御壁に守られて、辛うじて上衣を切るまでに止まっていた。

「ルーシュ!!」

「流石に早いな…!」
 ギリギリギリ、今回はやっとの事で防ぎ切れたというところか…

 ゴアラ兵には身体能力が上がっていると思われる者が多くいる。なので魔力を有しているということだけが戦闘に有利なわけではない事は嫌と言うほど知ってもいたのだが。

「なる程、ゴアラ王。自らも兵の一員か…」
 
 守られるだけの王では役に立たないと思ってはいても、王自らが命を張る国など国としては成り立たないだろう。ルーシウス自身もだが、この王は大人しく座っている事を良しとしない、自分と良く似ている王なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...