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130 泉の行方
しおりを挟む「お望みの通り、邂逅の神殿へと参りましょうか?」
やっと空が白んできた明け方近く。簡素な馬車が用意され屋敷の前に控えていた。
「おはようございます。お嬢さん方。朝早くに申し訳なく思ったのですが、人目に付かないほうが良いでしょうし…」
何時ものフード付きの外套を纏いトランジェスは申し訳なさそうに礼を取った。
「いいえ、此方はお心遣いに感謝こそすれ、謝られるような事は受けておりませんわ。」
これから自分達がしようとしている事を考えたら、トランジェスが言うように人目に付くのは宜しくない。返って有難い対応と言っても良いほどだ。
「トランジェス様…最後に一つだけ我儘がありますの。」
「おや、貴方からの我儘なんて珍しいですね?」
トランジェスの爽やかな笑顔の中に、慈愛にも似た暖かさがある。
「もし、私達のする事が貴方様の枷になる様ならば、私達を切り捨てるとお約束して下さいませね?」
ここまで何も聞かず、何も言わずに受け入れて協力してくれたトランジェスには、不思議な力を感じずには居られないが、ゴアラに身を置いている以上、裏切り行為はトランジェスの身を滅ぼすことになるのだから、恩を返す目的の為にも是非、そう約束してもらいたかった。
「困りましたね?以前、話した事があるでしょうか?私の目的もあそこにあるのです。」
そう言ってトランジェスは神殿のある方角をゆび指す。
「私の場合は待ち人ですが、やっと会いたいと言う願いが叶うんです。お嬢さん方が成し遂げるべき事を握りしめている様に、私もその人との出会いの為に行くんですよ。だから、私の事は心に止める必要も有りません。」
「左様でございますか。心より、お礼申し上げます。」
サザーニャと共に女騎士達も一同礼を取った。
「それは?」
テーブルの上には、小さな小包らしきものが乗っている。ハンカチーフに包めるくらいの小さな物だ。
「手紙ですわ…もし、私達が帰らなかった場合には、これを国に届けてもらおうと思いまして。」
「潔い、お覚悟お見事ですね…私は国同士の争いを望みませんから…お嬢さん方の心配が杞憂になるよう取り計らう事をお約束しましょう…」
朝日を背に受け邂逅の神殿を祀る山脈はキラキラと輝いて見える。ただ見ているだけならば朝日を反射する岩肌や、新緑の木々のその美しさに心奪われ、感嘆の溜息を漏らしている事だろうが、今朝のサザーニャ一行は今世における最後の朝日を拝む心境で、しっかりとその輝かしい様を目に焼き付けている…各自腰にはトランジェスから譲り受けた物をしっかりと身につけて。
「トランジェス様、邂逅の神殿まで宜しくお願い致します。」
邂逅の神殿、神殿と言うからには神聖な雰囲気を醸し出し、白一色で統一された様は神々しささえも感じる程で、外からも分かる通り中の造りも天井が非常に高く、明るく澄み渡り無駄な装飾など一切受け付けない程の荘厳さだった。神殿への登り口からかなりの高さを登り来てみれば、その素晴らしさに皆言葉を失う。
「凄い…」
「姫様、この様な素晴らしい所を…?」
これからしようとする自分達の所業が至極、極悪非道なものの様に思えてならない。皆の顔が一様に暗くなる。
「泉を所望ですね?お嬢さん方…」
「ええ…左様です。トランジェス様。」
「ならば、更に上に参りましょう。貴方方が求められている泉は更に上にありますから。」
サザーニャ達の表情を物ともせずにトランジェスはスタスタと先を進む。神殿内を流れる川に沿って更に奥へ進めば、極ありふれた扉が見える。
厳重に大きな南京錠でしっかりと封じられており、これ以上は進めない様に思えた。が、構わずトランジェスは扉に近づく。
「私には、意味ない事なのに…」
ポソリと独りごちると、笑みと共にトランジェスの掌から靄が出て南京錠を掠めた。
ガチンッ
重い金属音と共にカギは外れ、床に落ちる。
鍵が無ければここまでか、とも思った事さえ遠い昔の様に感じる位に、あっさりと道は開けてしまった。
「トランジェス様…魔法って改めて何でもできてしまうんですのね…」
サザーニャの呆気に囚われた顔を見てトランジェスも苦笑する。
「魔力が万能な訳ではありませんよ?勿論制約も制限も付きますしね。私はただ、使い方が上手いだけです。」
ガチャリ、と扉は開かれた。
サザーニャ達にとって、この変哲も無い戸は黄金の未来を開くそれこそ魔法の扉の様にも思えてくるから不思議だ。
細く白い道が中へと続く…少し暖かい風と、岩壁をかすめる水気を含んだ風が、扉から流れ込んで来た。人の出入りはないと思われる様な所なのに、澱んだ空気の匂いなどなく、水気を含む風ですら何処か清々しくも感じる事ができる。
不思議な空間が奥にある。
「さぁ、参りましょうか?」
トランジェスの声かけにサザーニャは言葉なく肯きを持って答えた。手は腰につけた、革袋を握り締めて…
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